第6話 アウフタクト(by Rain)
まずい事になった。
カノンがバレエを辞めたっぽい。
久しぶりに様子を見がてらレッスンに向かえば、彼女が2週間ほど顔を出していないと同じスタジオの仲間が教えてくれた。
本人に探りを入れようと連絡しようにもメールは無視、電話は繋がりもしない。
こうなりゃ、とアパートに向かおうともしたが今のオレの立場では行く理由が思い付かない。
ああ…カナタになんて言い訳しよう。
カノンの様子伺いに同じバレエスタジオに入って、動向を探るように言付けられていたのにしばらくサボっていたらこの様だ。
オレだって、出来ればカナタの代わりに親の離婚で離れ離れになった妹の様子を見てやりたかったさ。
でも学業に監督生、ヴィオラ、バンドと流石に忙し過ぎるだろ!
「〜…っ、無理っ!!」
「何が無理なの?レイン。」
澄んだ声に心臓が跳ねて小さな悲鳴がもれる。
恐る恐る振り向くと、朝日に照らされた清らかな笑みがすぐ側にあった。
「ああ〜…おはよう、カナタ。」
「おはよう、レイン。
朝から項垂れてどうかした?」
オマエノイモウトノカンシガデキナクナッタヨ。
「あ、いやいやいや、ナンデモナイデス。」
んな事言えねー、言える訳ない!
7年前、別れて暮す大事な妹の様子を知りたい、元気でやっていけるのか心配で仕方ない。と嘆いたカナタにオレが力になりたいと言ったんだ。
週一でも良いからと、親に懇願してカノンと同じバレエスタジオに通いはじめた。
正直言ってバレエに興味は無かったけど、女子より男子のレッスンは甘めで先生も優しかったし何よりカノンと一緒にいる時間が嬉しかった。
ガキの頃から一緒だし、オレはカノンの笑った顔が好きだったからアイツの母親に引き取らせて会えなくなるのは嫌だった。
父親サイドの面子を気にして大好きな妹に会えないカナタにちょっとした優越感を抱いたのも確かだ。
それでも互いに成長すれば思春期も相まって絡む時間は減っていったし、学園に入ってしばらくする頃にはカノンは笑わなくなった。
オレは益々カノンに近づけなくなり、カナタへの報告も"無難で適当"なものばかりになった。
そうしているうちにバレエスタジオへも足遠くなりなり今に至る。
「どうしたんだよレイン、なんで元気ないのさ。」
「ごめん、カナタ!」
なんだか急に罪悪感が押し寄せて、オレはカナタに頭を下げた。
「…もしかして、カノンのこと?」
思いがけない言葉が降ってきて、咄嗟に顔を上げてカナタを見る。
「知ってたのか?
いつから…?」
オレだって昨日知ったばかりなのに。
カナタの青い瞳には焦りや落胆、ましてやオレへの怒りの色すら浮かんでいない。
ただ、「仕方ないね」と言わんばかりの落ち着いた笑みを浮かべているだけだ。
「レインを信用してない訳じゃないから誤解しないでほしいんだけど、実はカノンの様子はニックにも見てもらっていたんだ。」
「ニック…って、お前の家の執事か?」
屋敷の執事が主人でもない、主人の息子の命令なんて聞くのだろうか。
ましてや、見向きもされなかった娘の様子など守るべきタウンハウスを放って置いてまで見る価値はないだろう。
「怪訝そうな顔だね。
うん…まぁ、無理もないか。
ニックは僕ら双子を分け隔てなく可愛がってくれた唯一の人なんだ。
ずっと僕の味方でいてくれるし、カノンの事も陰ながら心配してくれている。
だから、自ら進んでカノンの様子を見に行ってくれているんだ。」
「そうか…なら、バレエ辞めたのもニックがお前に報告したのか?いつ?」
「先週の頭くらいかな。
毎日必ずレッスンに向かうカノンの姿が見えない。
アパートを探ればゴミ箱にトゥシューズとレオタードが捨てられている…って報告を受けたよ。それでバレエの先生に連絡したら、一言辞めると言って去って行ったのが14日前だった、と。
ローザンヌも控えてたし先生は引き留めたかったみたいだけどね、度重なる怪我もあった様だし僕は辞めて良かったと思ってるよ。」
辞めて良かったなんて、カノンの必死さを知らないから言えるんだ。
汗を流しながら痛む身体で踊る姿を見てないから。
悔しさに拳をグッと握ったのは、カナタがオレの知らない所で動いていたからではなく、カノンの努力を軽く見た事でもない。
腹が立ったのは、こうなって初めて近くで見ていたはずの自分が傍観者だと自覚したから。
カノンが苦しんでいる時にどうして寄り添ってあげられ無かったんだろう。
扱いが判らなくて避けるんじゃなく、理解してあげるべきだった。
トゥシューズに滲んだ血を見て見ぬふりをするのではなく、手当てしてあげれば良かった。
一緒にいたのに、結局オレはカノンを一人きりにしてしまったのだと今になって気づいた。
「カナタ、オレお前の妹を…大事な幼馴染を守ってやれなかったんだな。
せっかく近くに居させてもらったのに、何も出来なくて本当にすまない。」
後悔の念に唇を噛むと、肩にカナタの手がポンっと乗っかって、「大丈夫だよ」と笑う。
「レインはそれで良かったんだ。
カノンに王子様は必要ないんだから。」
耳元に顔を近づけてそう言ったカナタの声はたまに聞く冷たい声だ。
オレに向けられたのは初めてで、そういう時のカナタは無表情に鋭い眼付きをする。
生憎、表情は伺えないが張り詰めた空気がビリビリ漂っているあたり"あの"カナタなのだろう。
カノンに王子様は必要無いってどういう意味なんだよ。
お前は何を考えてる?
その意味を問えず、去って行くカナタにオレは振り向く事も出来ずにその場に立ち尽くしていた。
クインテット @Mese
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