第21話 グランドツアー 15
バチカンで、お出迎えの大騒ぎが始まる少し前に、マリア・テレジア一行は、ウィーンから約100キロ、ハンガリーのフェルテードにあるエステルハージ宮殿で、戴冠式前に、一休みと準備を整えるために逗留する予定にしており、一行は、1ヶ月以上かけて、ようやく宮殿が遠くに見えるところまでやって来ていた。
今回は、皇后やマリアンナも同行していた上に、マリア・テレジアのお披露目がてらの旅でもあったので、かなり、ゆっくりとした道行であったので、ハンガリー軍のフサールの中では、居眠り運転ならぬ、居眠り騎乗になりかける者もいた。
「おい、そこ、寝るな! 寝たら落馬するぞ!」
「大丈夫、大丈夫、このスピードなら寝ても落ちな……おっと!」
「起きていた方がいいってばよ!」「やべー、やべー!」そんなのどかな? 光景が、マリア・テレジアの前で、繰り広げられることも、しばしばであった。
『急に襲われたらどうするのよ? いいかげんなんだから……』
しかしながら、そうこうしているうちに、一行は、ようやくハンガリーにたどり着いていた。カール6世が目を細める。
「あれが、エステルハージ宮殿。聞けばハンガリーのヴェルサイユとか言われているそうな……ヴェルサイユ、ヴェルサイユ、どこへ行っても、宮殿と言えば、ヴェルサイユきどりか……」
「…………」
皇帝の不機嫌を察知した、案内のために、馬を並べていたエステルハージ侯爵は、素早くフォローをする。
「やたらと自己主張の強いフランスが、少し見栄えのする宮殿を見つけると、なんでもかんでも、そうやって言いふらすので、まったく迷惑な話です!」
「むっ! それは迷惑千万! エステルハージ家も災難だなっ!」
カール6世は、そう言うと、やや同情気味の表情で、遠くのキラキラした宮殿に、再び目をやっていた。
「そうなんです! 風評被害もはなはだしい! 我が家は、ウィーン式の清潔で華麗な宮殿です! それよりも、マリア・テレジア大公女殿下の乗馬姿は、素晴らしい限りですね!」
マリア・テレジアは、すでに馬車を降り、自分が考案した(と言いくるめている)ナポレオン時代の肋骨とも呼ばれ、弾除けでもある、金糸と金の糸であつらえた豪華な飾り紐が、胸元からウエストにかけて、ずらりと並び、裏地には、これまた防弾ジャケット代わりに、強く圧縮した薄い綿に、ウィーンのアウガルデンで開発させた、いくつもの小さな固いせともので出来たビーズを縫いつけ、表の生地は鮮やかな赤の生地で、ピタリと体に沿ってあつらえた、この時代にしては斬新で機能的、そんなデザインの、前が短めのジャケットを身に着け、中に色々仕込みを施した乗馬用のスカートに、金色の小さなボタンが、ズラリとならぶ、短めで、かかとにも金の装飾がある、上質な黒革のブーツを履いた姿で、カール6世と侯爵の間に挟まれ、白い仔馬に騎乗していたのである。
上着に合わせてあつらえた、真っ白な大きな羽根飾りを、リボンのついた宝石で留めている。そんな華やかな飾りのついた
「素晴らしい乗馬姿……やはり君もそう思うかね? 親の欲目とは良く言うから、ハンガリー軍を率いる君から見れば、やや見劣りはするかな? なんて思っていたんだがね?」
カール6世は、そんな風に言ってはいるが、顔には「もっと言って!」そう書いてあったので、侯爵は、更に言葉を続けていた。戦場も大変だが、これはこれで大変である。
彼の友人でもあるナーダシュディと、バッチャーニは、同情の視線を向けながらも、巻き込まれないように、気配を消していた。
「いえいえ! このマジャールにも、殿下のお年で、これほど巧みに馬を乗りこなす者は、なかなかおりません、それに、乗馬姿といい、乗馬服といい、皇后陛下にそっくり、光輝く美貌のマリア・テレジア大公女殿下によくお似合い! 素晴らしいお姿です! 是非とも肖像画にするべきだと思います! はい!」
「うむ、侯爵がそう言うのなら、わたしの目に狂いはなかったな! 誰か、肖像画家を呼べ!」
「はは——っ!」
「…………」
エステルハージ侯爵は、上手いこと「ヴェルサイユ」から、気を逸らせたわね……。
マリア・テレジア(改)は、皇帝の斜めりそうだった機嫌を、侯爵が頑張って持ち直させ、皇后が連れ歩いている肖像画家が、素早くスケッチしているのを、横目で見ながら、白い仔馬に騎乗しつつ、ふと、「〇〇のヴェルサイユ」と、」「〇〇の小京都」の数の多さに思いを巡らせ、半分呆れてから気を取り直し、夕べ、逗留先の某伯爵邸で、母に伝えていた「ヨーゼフ・アルフレート・フォン・ライヒェンシュタイン」のことを考えていた。
バシリオの最新情報によれば、彼はスペインのサンティアゴ巡礼の途中で、何者かに連れ去られ、武装した奴隷商人の隠れ宿に、監禁されていたらしい。
なにかと行動が派手な「凶鳥/
「ま、会ったと言っても、わたしにとっては、記憶の中、5歳のときに会っただけなんだけれど……記憶が強烈で助かったわ」
『ヨーゼフ・アルフレート・フォン・ライヒェンシュタイン』は、やや年上ながら、驚くほど「マリア・テレジア」に酷似しているのである。
結婚しちゃったら、わたしは聖女じゃなくなっちゃうし、まあ、「名誉聖女」として、なんとか誤魔化そうと思っていたけれど、妊娠出産もあるから、 あの子を、いまから教育して、密かに育てられていた、「カール6世の庶子」そんな風に仕立て上げて、わたしの代理にすれば、前線の士気は高められるはずなのよね。どこか、断絶した公爵家か侯爵家を、早急に探して、爵位を確保しておかないと!
女大公女にそっくりで、女大公女の信頼も厚く、オーストリアに、忠実有能な男子の庶子>婿養子なはず!
あと、マリアンナも、カール公子と、サッサと結婚させて、男の子を産んでもらえれば、最悪、わたしの跡継ぎにスライドさせられる! それならそれで、戦場にわたしが出撃できる機会も増えるはず!
ごちゃごちゃ言うなら、今回のハンガリーで、誰かと婚約させて、十三になったら、サッサと先に結婚させよう!
「はっくしゅん!」
キラッキラのふっかふか、そんな馬車の中で、ヒマそうに、外をながめていたマリアンナは、大きなクシャミをしていた。
「マリアンナさま、もしや、お風邪では?!」
「違うと思うけど……変な寒気が……」
まだ、病弱時代だった彼女の記憶が残っている、付き添いの侍女長は、すぐに窓を開けて、「マリアンナ大公女殿下に、早く宮廷医を呼んで!」そう声をはりあげていたし、カール6世はカール6世で、となりから向けられる娘の視線に、なにやら、ただならぬ気配を感じていた。
『愛妻家のお父さまには、少し悪いけれど、お母さまは、訳を話せば大丈夫なはず……』
あの、一夫多妻制の平安時代出身である「マリア・テレジア(改)」は、良心の呵責もなく、実に清々しい気分で、青々と広がる大空を見上げていた。
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