第20話 グランドツアー 14:バチカン協奏曲 2

〈 聖ヨハネ騎士団Order of Malta 〉


「はっくしゅん!」


 教皇が説話に悩んでいる頃、彼に、「どハデ騎士団」呼ばわりされた聖ヨハネ騎士団Order of Maltaの総長は、赤に白い十字が走る大団旗と、八つの角のある十字架が大きく配置された黒いマントにピカピカの銀色の甲冑に、これまた八つの角のある十字架印の盾をずらりと並べて、バチカンへ出発する荷物の準備をしながら、クシャミをしていた。


 彼が、クシャミも気にせず、ピカピカの銀色の仮面をつけたまま僧服を着て、ブーツを磨いていると、同じような仮面をつけた副総長が、扉を開けて声をかける。


「Salute! あの、本当に礼服じゃなくて、そちら(中世の戦闘用甲冑スタイル)で出席するんですか?」

「そう! 全員で! 決定事項な! せっかくマルタから駆けつけるんだ! サン・ピエトロ広場で皇帝陛下ご一行が歩く、大聖堂まで敷かれた赤い絨毯の両サイドに、この一番、きまってる姿で並ぶぞ! トルコの侵攻を食い止めてくれた聖女であらせられる大公女殿下を、最前列で見られるし、きっと、ウチが一番目立つなこれは!」

「はあ、まあ、それは、そうですね……」


 地政学上、彼らの拠点であるマルタ島は、オスマントルコとの戦いでの被害も多く、数百年前には、騎士団の八割を失う程の激戦が繰り広げられている。マリア・テレジアに興味を持つなと言う方がおかしかった。


「……教皇庁に許可取ってます?」

「ない! スイス衛兵 Guardia svizzera pontificiaのお出迎えは、ハプスブルク家に気分よくないだろう? とかなんとか言って、なし崩しに行く作戦だ!」

「皇帝陛下のご当地、直轄のドイツ騎士団Teutonic Orderに、横やり入れられたらどうするんですか!? 絶対に来ますよ!?」

「う――ん……先にバチカンの教皇庁へ行って、優先してもらえるように、財務の枢機卿に頼んでみて? そこに金貨の入った袋があるから。渡す相手を間違うなよ? 逆効果になる。マルコ枢機卿な! マルコ!」

「~~~~」


 彼らと同じように派手な? ドイツ騎士団Teutonic Orderとは、正式名称は、『ドイツ人の聖母マリア騎士修道会』であり、(※こちらは、白地のマントに大きな黒十字が特徴)なんだかんだあって、オーストリアに流れ着き、今現在はカール6世の個人的な騎士団であった。(おおざっぱに言えば、経費はカール6世の持ち出しではあるが、マリア・テレジアにとっての甲冑を着た修道士の師団/ヴェリタVeritàや、凶鳥oiseau/オワゾーみたいな扱いである。)


 なお、現在でもバチカン名物? スイス衛兵 Guardia svizzera pontificiaが、ここまで持て余され、話題になっているのは、過去のハプスブルク家の支配から独立したスイスと、ハプスブルグ家との歴史に残る? 両者のゴタゴタのせいであった。


 そんなこんなで、結局、教皇庁では、話し合いの末、ふたつの騎士団は、絨毯の両サイドに分けて、配置することは容易に決まったが、問題山積の「テンプル騎士団」からも、同じような希望が出され、こちらは取扱いに困っているだけに、寝る時間を削っての討議が重ねられることとなる。


 そのさまはまるで、コンクラーベを彷彿とされるような、あるいは、外には見せられない聖職者同士の泥仕合を巻き起こし、聖務の間をぬって、実に、三日三晩、寝ずの大騒動であった。


 枢機卿たちに用意された討議場は、皮肉の応酬をする者、実利一辺倒の者、真面目過ぎて融通がきかずに、もう出禁にするべきだと言い出す者、あらゆる人々の思惑が入り乱れ、休憩にと、はさまれた食事中には、あちこちから投げられたワイングラスが、中身ごと部屋中に飛び交い、パンがのせられていた皿も宙を舞っていた。


 そんな激しい討議の最中、さすがにと、説話を推敲している教皇の元へ、疲れ切ったマルコ枢機卿が訪れ、そのせいで集中力が切れ、怒鳴りつけたいのを、なんとか我慢した教皇の、ひねり出したアイデアにより、皇后陛下から立ち寄りたいと、かねてから希望があり、ご一家の行幸予定が組まれていた、教皇宮殿でもあったことのある、聖母マリアの聖堂『サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂』の一室へ、テンプル騎士団の総長をはじめ、ごく少数の代表者のみ、待機させることになった。


 追い払う選択がされなかったのは、テンプル騎士団が用意した、聖ヨハネ騎士団Order of Maltaとは比べる気にもならない、潤沢な隠し財産の威力であった。


「目立たんように……地味にな、地味に……礼服も甲冑も禁止。フランスや世間にバレたら、面倒くさいことになるから。うちは俗世間のアレコレには巻き込まれたくない……」


 そんな訳で、後日、教皇の片腕、普通の修道士の僧服に変装したマルコ枢機卿は、サン・ピエトロ広場の隅で、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂への紹介状を、金貨の詰まった袋と交換に、テンプル騎士団の総長へ、コッソリと手渡すと、小声で、クドクド念を押してから、姿を消していた。


 ちなみにテンプル騎士団の正装は、白地に赤く大きな十字の、やはり目立つ服装である。


「……総長、やはり大公女殿下にお会いするのは、無理な話ではないのでしょうか?」

「いや、いまはただ祈ろうではないか……我らの悲願を遂げるために……」


『深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。 主よ、この声を聞き取ってください。 嘆き祈り続ける我らの声に耳を傾けてください……アーメンamen


***


 マリア・テレジア一行が、ウィーンから約100キロ、ハンガリーのフェルテードにあるエステルハージ宮殿に到着する少し前、休憩に寄った某貴族のやかたで、マリアンナが、いつものように、コーヒー1:ホイップクリームとアーモンドシロップ9の割合で淹れられた「ウインナーコーヒー」を飲んでいる頃、ローマ、バチカン周辺では、様々な思惑と思惑が入り乱れていたのである。


「それ、甘すぎないの?」

「えっ!?」



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