第19話 グランドツアー 13:バチカン協奏曲 1
〈 バチカン・ローマ教皇 〉
数年前、コンクラーベを無事に乗り切り、新しくイエスキリストの代理人になった、くだんのローマ教皇は、てっぺんに小さな十字架、そしてあちらこちらに宝石があしらわれた、キラッキラで豪華な、なんと三段積み、金色の玉子にも見えなくもない、教皇専用の冠を両手で、しっかりと抱え、サン・ピエトロ大聖堂にある個室にて、腹心の財務責任者やその他、関係部署の枢機卿たちと、何度も入念な打ち合わせをしていた。
カール6世ご一行が礼拝というか、娘である大公女の聖女認定御礼詣に、ハンガリー王太子戴冠式のあとでやってくるので、祝福のための儀式をするためである。
ここ数年、てっぺんを突き抜ける勢いのハプスブルク帝国のご一行。大げさに大げさを重ねても、派手過ぎることはないと、意見は一致していた。
「
「うんうん、スイスとハプスブルク、なにかと事情が複雑! 一応気配りをな! 目に見える誠意が大切!……しかし警備も抜かりなくな!」
「十分に検討しております。儀式の参列予定者一覧はこちらに。おもだった枢機卿と司祭枢機卿を、選抜しました。残りは
「うんうん……うん!? テンプル騎士団!? 今更、どこから湧いて出て来ただがや? そもそも、あれはどう考えても、対面的にも、バチカン的にもアウト……」
「ま、まあまあ、そこは、ひとつ穏便に! どうしても聖女さまに、ひと目でいいから拝謁したいと、密かに、頼み込んできまして……めげずに、まだ細々と元気にやっていたようで……信心深いのは、信心深くて、つい断りきれず……お布施もドンと弾んでくれましたし、あいかわらず金回りがよいので、まあ、今後なにかとアレかな~なんて……」
「ついって……ま、まあな、それに、そもそもテンプル騎士団の件は、おおむねフランスが悪いだがや、いつまでも放置しておくのは、バチカンとしても聞こえが悪いし、まあ、いいか……」
バチカンの重要機密を知る教皇や枢機卿たちは、ちょっとくらいは、ウチにも責任が……そんな考えも湧いたが、全てフランスのせいだと思い直し、なかったことにした。バチカンは、自分たちは、いまは、いまのことで、手一杯なのだ。
『過去のフランスより、現在のオーストリア!』
オーストリア勢力圏では、あの大粛清のあと、教会関係者にも、色々と体裁の悪い所業が、かなりあることが、ハプスブルク家にバレてしまい、救貧院への援助や貧民救済の名目で、教会関係の資産や、ワインなどの生産品に、目玉が飛び出るような高税がかけられ、名目が名目だけに、バチカンも介入ご難しく、悩んでいたのである。(それに、バチカンにも、そこからのキックバック……もとい、少しは、寄進もあるので、なかなか、踏ん切りがつかないところでもあった……)
「ここは猊下から、マリア・テレジア大公女の心に響く説話をひとつ!」
「いくら秀でているとはいえ、まだ、成人前の幼子! ここは重厚かつ、分かりやすい説話でひとつ! 大公女からの願いとなれば、溺愛するカール6世もきっと、教会への税率を再考するはずです!」
「できれば、バチカンに被害なく! 利潤は多く!」
「……精一杯頑張ってみるだがや」
「バチカン一同、すばらしい説話を期待しております」
そんなわけで、聖務と政務に追い回される今現在、思い出したくもない屈辱の過去を振り返って、古い傷口を舐めているヒマは、教皇やバチカンにはないのである。(そんな思惑もあってのマリア・テレジア聖女認定でもあった。教皇の駆使できる権威で、寂しく冷え切ってゆく一方の懐を、なんとかしたかった。)
「ま、フランス嫌いのカール6世であれば、テンプル騎士団にも、気を悪くすることはないと、そこは大丈夫だと思われますし……」
「ま、まあな! それな! まあ、こっそり手配だけして、知らん振りしておくだがや! あ、一応、フランス系の枢機卿や、その他フランス系は、皇帝の目に入らんところへな! 丁度いい、まとめて
「御意……あと猊下、くれぐれも、なまりにはお気をつけください……」
「ローマ弁は、なにも恥ずかしいことではないだがや!」
「うーん、それはそうですが、まあ、公式行事ですので、ラテン語でいきましょうよ……」
「まあな……それが無難な選択か……」
ちなみに教皇が驚いた「テンプル騎士団」とは、数百年前のフランス王と、巻き込まれ教皇の陰謀で、異端裁判により解散させられ、国によって、逮捕されたりされなかったり、拷問の末に火あぶりにされたり、されなかったりしていたいわくつきで、ど金持ちな騎士修道会だったが、もちろん当時のスペインやドイツでは、堂々と、あるいは非合法スレスレに無罪を勝ち取ったり、はたまたドーバー海峡を越えて、遠くイギリスの向こうに雲隠れしていた。
もともと財務管理能力にたけていたテンプル騎士団は、そこを生かして、金融業を中心に、密かに活動していたが、フランス嫌いのカール6世や、聖女とされたマリア・テレジアに拝謁し、とにもかくにも、再び正式な騎士団復活の機会をつかもうと、近々教皇主催で開かれる『慶祝・オーストリア大公女にして、神聖ローマ帝国皇女、ハンガリー王太子(確定済)、聖女マリア・テレジアさまを祝福する儀式の会』へと、潜り込む算段をつけていたのである。
教皇の信頼厚い財務責任者、マルコ枢機卿を筆頭に、教皇に重用される彼らは、有能ではあるが、このあたりの話が示す通り、のちに問題になるような、割合に融通をきかせすぎる人物が、多数混じっていたが、いまのところ十字架を首に下げ、カーディナルレッドと呼ばれる緋色の礼服を着た彼らは、白い礼服をまとった教皇と、二人三脚、いや、ローマ・カトリック教会関係者が総出で、この式典の準備に走り回っていた。
早く落ち着いて、みな揃って穏やかに、神への祈りを捧げる平和な日々を送りたいだがや……。
教皇は、自分の個室で、そんなことを考えながら、感動的な説話をひねり出すべく、何枚も書き散らした羊皮紙に囲まれ、再びペンを手に、新しい羊皮紙へ向かっていた。
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