第22話 グランドツアー 幕間

〈 時系列は昨年、ベーメン(ボヘミア)のとあるガラス工房 〉


「いいか、絶対に割るなよ!?」

「了解です!」


 マリア・テレジア(改)のアイディア、もとい丸パクリ知識を動員し、ベーメン中の職人たちが試行錯誤を繰り返し、必死に努力と根性を集結させた結果、昨年、いわゆる『マリア・テレジア型シャンデリア』は時代を少し早めて完成し、量産させることに成功していた。


 その後、欧州中に流行する『マリア・テレジア型シャンデリア』は、クリスタルガラスで金属のアームを覆い、その両端を花を模したガラスの飾りで留め、まるで宝石からこぼれるような輝きを放つ豪華なデザインで、その反射性から、いままでのシャンデリアよりも、ロウソクにかかる費用を大幅に削減できる素敵な一品であった。


 シャンデリアは、カール6世じきじきに派遣した護衛をつけ、まず、ウィーンとハンガリーへ運ばれていた。


 そんな訳に、ウィーンでは、宮廷お抱えの建築家エルラッハが、すでに到着していたシャンデリアを、カール6世が留守になった、いまこそ取り換え工事のチャンス到来とばかりに、ホーフブルク宮殿や他の宮殿に設置するように、てきぱきと指示をしていたし、ハンガリーのエステルハージ宮殿でも、カール6世の到着前には、無事に取り付け工事が終わり、大侯爵が満足げな表情で、シャンデリアを見上げていた。


 ***


〈 フランス、ヴェルサイユ宮殿、時系列は1727年 〉


「おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」

「おめでとうございま——す!」


 1727年のフランスでは、『マダム・プルミエール』こと、ルイ15世の初めての子どもである、ルイーズ・エリザベート・ド・フランスLouise Élisabeth de Franceが生まれていた。


 ルイ15世は喜びのあまり、「うちも国事詔書Pragmatische Sanktion出しちゃおうか? この子を暫定女ドーファンDauphin(王太子)に! ああ、かわいいざんす!」なんて舞い上がり、執政のケチケチ・ド・フルーリー枢機卿は、周囲に交じり、愛想よく祝いを述べつつも、「寝言は寝て言え」と思いながら、いつも気配を殺して、オーストリアで暮らしている駐墺フランス大使からの手紙で知った『マリア・テレジア型シャンデリア』のことを考えていた。


『一時的に出費は痛いし、なにせ名前が型シャンデリアとか、フランス王の頭上に、フランスの宮殿に、オーストリア大公女の名が入ったシャンデリアなんてとんでもない! だが、だがしかし、背に腹は代えられないざんす! それに、いずれベーメンをフランスの物にして、名前を変えれば……問題ないざんす……』


 フルーリー枢機卿は、ロウソクにかかる莫大な経費、つまり光熱費に、いつも頭を悩ませており、この際だと、ルイ15世に話を持ち出していた。


「いかがでしょう、王女殿下がお生まれになった記念に、ヴェルサイユ宮殿のシャンデリアを新しくされては? いまよりも明るく更に美しい宮殿になった由来を知ったとき、王女殿下はきっと喜ばれるかと……」


『いつもケチってばかりなくせに、どうしたんざんす? とうとう耄碌もうろくしたのか? お迎えが近いのか?』


 王に王妃、周囲の大貴族まで、そんなことを考えて、静まり返っていたが、赤ん坊に「バベット(エリザベートのあだ名)はどうしたい?」ルイ15世がたずねると、それは可愛らしく笑ったので、その提案は通り、『ベーメン産シャンデリア』は、ヴェルサイユ宮殿にも早速導入されることとなっていた。


 ***


〈 馬車に乗って移動中のフランツ御一行 〉


「そういえば兄さん、駐墺フランス大使が、母上に、新しい『マリア・テレジア型シャンデリア』が、なんとか手に入るように頼みに来ていたの知ってる?」

「知ってる。自分が代わりに購入する代わりに、倍の値段で売って、仲介料を取ったらしいよ? フランスもメンツがあるし、順番待ちの列から前に出たくて、頼んだんだって。母上、仲介料で、ぼろ儲けしたってさ」

「うわぁ……」


 ロートリンゲン公妃エリザベートは、フランツ顔負けの悪どい商売をしていた。


「なに!? なにか文句ある? あるなら、取り寄せてあげないわよ? 早く欲しいって言うから、特別に割り込みを、わざわざ頼んであげるのに!?」

「いやいや、そんなことは決して! はい! よろしくお願いするざます! どうかよしなに!」


 素早くランニングコストを考えた枢機卿の使者は、公妃の言い値で購入を決定し、ロートリンゲンから、フランスに帰ったあと、ケチケチ枢機卿に、粘りが足りないと、叱責されていたが、仮にもフランス王家につながる、オルレアン家の出自であるエリザベートには、さすがにあとから値切ることは、フルーリー枢機卿にもできなかった。


「ほ——、ほっほっ! わたくしのお小遣いが増えたわ!」


 ロートリンゲン公国の空には、今日も公妃の高笑いが響いていた。


「……ちょっと静かにするか、寝室から自分の部屋へ行くか、どちらかにして欲しいんだけど……」

「あら、失礼! 自分の部屋に戻りますわ!」


 ロートリンゲン公は、最近体調が悪く、彼女の高笑いが体にこたえていた。



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