第28話 グランドツアー 16:侯爵の悲劇?

 ※都合で、唐突に本編を挟んでいます。すみません。


〈 時系列は少し戻り、ハンガリーへの道中、とある貴族に用意された、宮殿という名の豪奢な宿泊施設 〉


 エステルハージ侯爵は、マリア・テレジアと、ふたりの友人を交え、「今日はサーベルにしましょうか? しばらくは稽古にもマトモに出来ないでしょうから、しっかりやりましょう」そう言って、マリア・テレジアに、彼女用にあつらえた、練習用のサーベルを手渡して、宿泊施設にある温室の中で、稽古をしていた。まあ、友人のナーダシュディと、バッチャーニ、侯爵のは、周囲の見張り役の合間に、驚いた表情で、その光景を眺めていただけであったが。


「大公女殿下の腕前はいかがですか?」


 稽古を終えたマリア・テレジアが、服を着替えに姿を消したあと、彼にそう聞いていたのは、ひさびさに里帰りとばかりに、彼に同行していた、元フサールの“じいや”である。


「うん? まあ、持久力は期待できんだろうが、筋はいい。どのみち最前線に出たとしても、最後尾の陣営に切り込まれる事態はほぼない。まあ、なにかしらあって、切り込まれても、初手さえ自分で防いでくれれば、あとは周囲がフォローできる。十分な才能だ。しかし……筋はいいんだけど……」

「どうかなさいましたか?」

「……なんだろう? 初心者のはずなのに、変にがあるんだよな」

「はて、不思議でございますねえ?」


 マリアテレジア(改)は、自分自身は習っていないが、平安の息子、現代の幼馴染みである武芸全般にすぐれた朱雀君のところに、しょっちゅう出入りしていたので、知らない間に、なんだかんだと『見取稽古/見て学ぶ稽古のこと』を、無意識にしていた。ゆえに、侯爵いわく、がついていたのである。


 やがて、再び元の美しく、しかしながら、少しくつろいだドレス姿に着替えた大公女が現れ、じいやは、何事もなかったように、お茶の用意を整えていた。剣術などの稽古のあとは、いつもお茶をする。最近の話題は、マスケット銃とその他、様々な兵器の改良と運用についてであった。


「それでは今日は、新式の銃の改良と運用の話をしましょう……」

「何度も言ってますけど、それはオイゲン公か、婚約者のフランツ公子に……」

「あとでね、あとで言うから、彼らは、いま忙しいから!」


『俺だってヒマじゃね――んだが……』


 エステルハージ侯爵は、オイゲン公及び、フランツ君から来た注文を思い出して、空を仰いだ。


「どうかしたの?」

「いえ別に……」


 彼は、マリア・テレジアの相手だけではなく、オイゲン公やフランツの要請を受け、密かに本国ハンガリーで、例の改良型兵器製作試作工場の準備の話を、手紙で祖父の大侯爵とやりとりをしたり、秘密の射撃場を用意する打ち合わせを、腹心と言う名の「ツレ」たちと追われたり、密かに多忙を極めていたのである。


「……まあ、しかし、あれほどのアイデアを、よく思いつきましたね」

「まあね、ほら、わたし、ハプスブルグだから! ハイスペックで、生まれながらに出来が違うから――、生まれって怖いわね――」

「……そ――ですか」


 彼女が提示できた、新型の兵器のアイデアは、もちろん、元の現代の知識や、文武両道を誇る、こちらもハイスペックな、ザヴォイエン公子の力もあったが、父、カール6世の蔵書『ダヴィンチコレクション』によるものが大きかった。


 現在では現存する書籍の方が少ないと言われているが、この時代には、ほぼ、カール6世の図書館にコンプリートされており、彼女はその本から使えそうな部分を、ピックアップしていたのである。


 前出の後填式ライフルに加え、マリア・テレジアは、自身の能力“ソロモンの指輪/改”をフルに生かし、『ダヴィンチコレクション』、今一度精査し、深く掘り下げて検討することにより、様々なアイデアを、頭の中に描いてもいた。


 その結果、これこら十数年後、ハプスブルグ家の率いるオーストリア常備軍皇帝軍と、ハンガリー帝国には、他国を圧倒的に引き離すことのできる、新式の銃が採用される。


 そしてそれはその後、時代をはるかにさかのぼって、もともと軍事大国ではあった、オーストリア・ハンガリー帝国の武力は、国力の増強と共に、軍事力も強化されてゆく。


『ヘリコプター』は無理だけど、ダヴィンチ、さすが! 何世紀も先を読んでる!


 兵器開発にも携わっていた彼の書いた『兵器に関する考察』は、すべての言語が読み解ける“ソロモンの指輪改”の能力をもってしても、かなり難しかったが、それはそれで、苦労したかいのあるものであった。


 そして、次の日の早朝、侯爵のもとへ、ひそかにやってきたのは、フランツが手配していた、先の中世の時代において、傭兵の組織化をはかり、のちの常備軍の基礎にもなる軍の運用方法を作った、『アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタイン』の子孫で、いま現在は、未来のマリア・テレジアが、腹心のエヴァに命じて、密かに探し出し、未来の金羊毛騎士団金羊毛騎士団Order of the Golden FleeceleftNo.3として潜伏している『コンラート・フォン・ヴァレンシュタイン』であった。


 ***


〈 その日の深夜のマリア・テレジアの部屋 〉


「お初にお目にかかります……できれば、大公女殿下におかれましては、わたくしになぞ、用のない人生をお祈りいたしておりました……」


 マリア・テレジアの前でひざまずいていた彼は、ヴァレンシュタインの子孫は、おもむろに自分の上着の袖をめくりあげる。


『ⅩⅢ Ⅴ』


 彼の腕の内側には、そんな数字が刻印してあった。


「それは……」


 5月13日、そうそれは、マリア・テレジアが生まれた日付であった。


「ようこそ、そして、やっと会えたわね……私の金羊毛騎士団Order of the Golden Fleece( ゴールデン・フリース騎士団)left


 彼こそが、あの日、マリア・テレジアが小部屋で見つけた小さな薄い本に記載され、消されたはずの、金羊毛騎士団Order of the Golden Fleece( ゴールデン・フリース騎士団)のleftに、代々名をつらねている人物であった。


「あなたの先祖、アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタインからはじまり、わが大公家は幾たびと、あなたの家には、苦労を……いえ、泥だけを被せているわね。先にお詫びをするわ……」

「大公女殿下……めっそうもございません。たしかに表立っては、そうでございましょう。しかしながら、我が家は陰から出ることはないとはいえ、ハプスブルク家に代々仕え、恩恵を受けて来た一族。代々皇帝陛下に仕えた者たちの亡きいまは、神の剣としてキリスト教徒を守る、カトリック教徒の守護者、ハプスブルク家の次期当主である、マリア・テレジア大公女殿下に、わたくしめが仕えるのは、神の示した正しき摂理……我ら一族の役割は、最後のひとり、最後の血の一滴になろうとも、ハプスブルク家の信徒として、あなたさまの使徒として、お仕えすることにございます……」


 そう、実質的なことはともかくとして、彼の家系は家系であり、スペイン継承戦争でのことで、なにもかも一気に、やる気がなくなったカール6世が、永遠の別れを告げたはずの一族であった。


「マリア・テレジア大公女殿下、ご活躍は耳にしております。カール6世も、あなたさまのおかげで、ようやく……」

「いいえ……陛下は、少しお疲れだったのです。あなたの一族の忠義を、一度たりとも、お忘れになったことはないでしょう。ただ、わたくしはまだ幼い上に、女の身。陛下があなたのことを知れば、まだ少し心配なさるでしょうから、これからしばらくは、同じ、金羊毛騎士団Order of the Golden Fleece( ゴールデン・フリース騎士団)のleft、エステルハージ侯爵を通じて、あなたとの連絡を取ることになると思います」

「承知いたしました……」


 真面目な表情で畏まる彼に、マリア・テレジアはそう言い、決して表には出ない、leftの騎士団として、彼はその日、その場所で、自分の主人である彼女に、主人に対する忠誠と、彼女を『私の貴婦人』として守ることを、永遠に誓い、剣を捧げた。やがて、また彼は密かに姿を消した。


「アーサー王のエクスカリバーは、一本だったけれど、わたしは、2本どころか、もう5本もを手に入れたわ! ほほほ! こうなったら、10本でも20本でも、集めて見せるわ!」


 自分の寝室に戻ったマリア・テレジアは、そう言いながら、ベッドに身を投げ出していた。


「つかれた……」


 ***


「疲れているのは俺だ! 馬には乗れるんだろうな!?」

「乗れない男子なんています……?」


 そんなこんなで、未来の金羊毛騎士団金羊毛騎士団Order of the Golden FleeceleftNo.3、今現在16歳の『現・ヴァレンシュタイン当主』は、とりあえず、エステルハージ侯爵預かりで、ハンガリー軍に紛れ込んでいたのである。

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