第14話 ゴールデン・フリース騎士団 2
『金羊毛騎士団(Order of the Golden Fleece/ ゴールデン・フリース騎士団)』
古びた扉に、古びた金の札がついている。
「そして、鍵はわたしが持っている……プリンツ、誰もこないように、見張っていて!」
「おやめください大公女殿下!」
いつもは天使のような大公女殿下の顔が、一瞬、見たことのないような悪い顔に? いやいや、きっと気のせいだと思いながら、プリンツは止めるが、もちろんマリア・テレジアは、聞くわけがなかった。
「黙っていてくれればいいの! ちょっとのぞくだけですもの!」
「殿下……」
「おもしろそうなことをしていますね」
いきなりそう声をかけたのは、待ちくたびれて、彼女を探しにきた、エステルハージ侯爵であった。
プリンツは、侯爵が大公女殿下に悪影響を及ぼしていると思っているので、自然と投げる視線は鋭くなるが、彼は気にもしていなかった。
彼は、つい先程まで大公女の部屋で、あわただしく出入りする侍女たちを、興味深く観察しながら、空になったコーヒーカップを前に、かぎタバコを
戦場では馬と一緒に土の上で眠り、泥水にひたしたパンで、何日も飢えをしのぐ。そんなことも、ままあるので、文句は言わなかった。
この軍人としての美徳は、もちろんカール6世にも備わっているものであり、それがゆえに、この豪華な掘っ立て小屋と、マリア・テレジアに、大いにくさされている『ホーフブルク宮殿』の極寒も、彼らには気にならないのである。
しかしながら、あまりにもヒマなので、かぎタバコをしまうと、彼は自分のウィーンにある宮殿よりも貧相な宮殿の中を、大公女を探して、うろついていたら、この光景である。
「この、ボロい宮殿を、無理矢理、建て直すために、とうとう自分で壊して回っています?」
「ボロは、よけいなお世話よ……それに今度は、鍵を持っているわよ」
マリア・テレジアは、そう言うと、彼を外に待たせて姿を中に消した。
部屋の中を見回して、お父さま、カール6世が、何かを隠しそうな場所をさがそうと、あたりを見回す。
大理石を積み重ねてできた部屋には、豪華ではあるけれど、古びた最低限の家具、本棚、鏡、新しいのは、大きなお母さまの肖像画だけ。
「ふ——ん……」
マリア・テレジアは、現代にいた頃、確かに歴史の大きな流れには、まったく興味がなかったが、物語やロマンを感じる歴史や文化には、かなり造詣が深かった。
その上、いまのわたしの部屋にも、いざという時のために、隠し通路もあるのよね……お母さまの絵を左に……。
「せ——のっ! 発想が安直なんだから……」
案の定、部屋に飾ってある母、エリザベート・クリスティーネの肖像画の額縁を、横から押してみると、自分の部屋と同じように、そこにはポッカリと棚があく。
中には古びた小さな一冊の本と、いかにも引っ張ると、どこかが開きそうな、呼び鈴のひものようなものが下がっている。
ひもを引っ張って、どうなるか確認したかったが、侯爵と揉めているらしいプリンツたちの声が、部屋の外から聞こえる。この部屋の扉まで壊されては大騒動だと思い、また肖像画を元に戻す。
「……今日は、とりあえず本だけ持ってかえりましょう」
誰も二週間は、ここにはやってこないのだから。
マリア・テレジアはそう思うと、満足そうな顔で、中から取り出した小さな本を、少し考えてから、スカートをめくって、無理やり、背中とドレスの間に、本をはさんで外に出る。
「待たせたわね。本当に、ふつうの古い部屋だったわ」
彼女はプリンツにそう言葉をかけ、彼らや侯爵と一緒に、自分の部屋に戻る。
「もっと薪をくべるように言ってちょうだい」
「はい、大公女殿下」
暖房係に伝えるように、メイドが返事をして姿を消し、エヴァが、そっとマリア・テレジアに、柔らかな毛皮の肩掛けを差し出す。
「寒い……」
「そんなことでは戦場に立てませんよ?」
ほかの人間に知られずに、気安く話せるのが気に入っているのか、自分にはハンガリー語でしか、話しかけてこない侯爵に、肩掛けの暖かさに一息をついていたマリア・テレジアは、嫌な顔をした。
『それを言われると……でも、フランツはあてにならないし、カール、カールはいまから鍛えれば、もうちょっと有能になったりして、そうすれば、わたしは元のお話通りに、戦場には行かずに、うわさに聞く戦場の“泥水のパン地獄”から、解放されるのかしら? いやいや、しかし、でも、あの兄弟をアテには……』
やがて暖房係がやってきて、暖炉のまわりは、ようやく暖かくなったが、やはり隙間風だらけなので、部屋全体は寒く、侯爵に「いまから戦場にそなえ、鍛えているとは……」などと、からかわれていたが、あきらめたマリア・テレジアは、椅子とテーブルを、暖炉のそばに動かすよう侍従に言う。
それから、しぶる護衛騎士のプリンツたちを、なんとか説得して人払いをした。
『プリンツ! あなたのためなのよ! 』
そう心の中で言いながら。
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