悪役令嬢に転生した私が望むのは、推しの幸せです。

鷹羽飛鳥

悪役令嬢に転生した私が望むのは、推しの幸せです。

 今日が運命の日。私が断罪される日です。


 「ドヴォーグ公爵令嬢アメリケーヌ! ブーケに対しお前がなした行為の数々、証拠は揃っている!

  既に陛下は、お前と私の婚約の破棄を裁可なされたぞ!」


 あと少し後、殿下は、そう仰るのです。

 全ては、ずっと前から決まっていたこと。

 その後、私は勘当され、最後の温情により修道院に送られることになります。

 そして、殿下は、ヒロインであるブーケと結ばれ、ゆくゆくは王となり、国を富ませ、幸せに暮らすのです。

 私がこの「芳醇なる愛の香り」の世界に転生してから17年。長かった。ようやく王太子のエンディングに辿り着きました。




 私には、前世の記憶というものがあります。

 日本という国で、OLと呼ばれる人種だったという記憶が。

 私が前世を思い出したのは、4歳の時でした。「私は、この人達の未来を知っている」──そう感じたのです。

 私は、この世界をゲームとして知っていました。私が前世で死ぬ直前にはまっていた乙女ゲーム「芳醇なる愛の香り」にそっくりだったのです。

 攻略難易度MAXの王太子ルート。私は攻略本を読んでさえクリアできずに何度も挑戦していました。

 そんな時、たまたま事故で死んでしまった私は、神(多分)にその執着を評価されて「芳醇なる愛の香り」の世界に転生できることになったのです。

 条件は、私がその世界で死んだ後、私の魂を捧げること。私の魂は、執着心の故か普通よりずっとずっと強くて価値があるのだそうです。

 魂を欲しがるなど、まるで悪魔のようですが、どうせ一度死んだ命です。王太子と幸せな人生を生きられるのなら、魂くらい喜んで譲り渡そうではありませんか。

 そうして私はこの世界に新たな生を受けたのでした。

 前世の記憶が甦り、この世界での人物相関を思い出した時、初めはショックを受けました。きっとヒロインであるブーケに生まれ変わるのだと思っていたのに、悪役令嬢アメリケーヌになっていたからです。アメリケーヌは王太子の婚約者であり、王太子に近づくブーケに嫉妬して意地悪し続けるキャラです。アメリケーヌとなった私が王太子と結ばれるエンディングはありません。

 実際に婚約者として王太子殿下と引き合わされた私は、殿下に改めて恋をしました。けれど、私とこの方が幸せになれる未来はないのです。なんという不幸でしょう。

 私は考えました。それでも殿下には幸せでいてほしいと。

 この時から、私の目的は王太子との幸せなエンディングを迎えることではなく、王太子殿下に幸せになっていただくことになったのです。それさえ叶うのならば、この身がどうなろうと構いはしません。

 ゲームの中でのアメリケーヌは、学園の卒業式で断罪され婚約破棄された上、修道院に生涯幽閉されることになっています。つまり、命までは取られません。

 ならば、目的を果たした後は、私の願いを叶えてくれた神?に祈って余生を送るのもいいでしょう。

 幸い、生前に攻略本で、イベントはほぼ完璧に押さえてあります。私は、前世を思い出してすぐ、忘れないようにそれを書き留めておきました。それを活用して、学園に入学してからは、次々とイベントをこなしてきたのです。

 ブーケの靴を隠したり、言葉遣いや所作などについてネチネチと嫌味を言ってみたり、最近では、ざまあの定番とも言える、階段からの突き落としもやりました。

 どうせ、それでブーケが死ぬことはないとわかっているのですから、罪悪感も湧きません。

 そうして、今日の卒業式を迎えました。




 用意周到な殿下のこと、今日のために、証拠固めも陛下への根回しもおすみでしょう。

 大丈夫、ブーケはヒロインだけあって優秀ですし、私の嫌がらせの数々にもめげないほどの強い心を持っていますもの、殿下を支えて生きられます。

 それに、この後明かされることになるのですが、ブーケは臣籍降下した王弟──ポワゾン公爵──の娘なのです。

 赤子の頃に暗殺されかけて侍女の手で逃げ延び、追っ手を撒くために「姫君は病死した」と発表し、庶民として育てられたのですが、学園に入学する年齢になった時、公爵の信任厚い男爵家の庶子として学園に入学したのでした。

 つまり、ブーケの本当の身分は、私と同じ公爵令嬢ということになります。王太子妃になるのに、何の問題もありません。

 市井で育ったが故の奔放さと柔軟な考え方を持ち、なおかつ学園生活で最低限のマナーも身に付けました。少し王妃教育を頑張る必要はありますが、十分いけるでしょう。民の目線でものを考えることのできる王太子妃のできあがりです。

 きっと、殿下をお幸せにしてくれることでしょう。

 ああ、目に浮かびます。エンディング画面──結婚式の後、お城のバルコニーに並び立ち、民に手を振る2人の姿が。

 残念なのは、その2人の姿を生で見られないことでしょうか。

 その頃には、私は修道院に入っていますものね。

 けれど、よいのです。

 何より大切なのは、殿下がお幸せであること。

 たとえ直接見ることが叶わなくとも、人づてに聞くことくらいはできるでしょう。

 それだけで、私は残る日々を生きていけます。魂だって捧げましょう。

 殿下さえ、お幸せになれるなら。






 「この場を借りて、重大な発表がある」


 ブーケを脇に侍らせた殿下が、私を呼び止め、声を上げられました。

 さあ、最後の大舞台です。

 最後まで憎たらしい悪役令嬢を演じるとしましょう。


 「アメリケーヌ。

  確認させてもらうが、ブーケの靴を盗んだのは、君だな」


 「なんのことでございましょう。

  そんな貧乏娘の靴、わたくしが手にしたとて使い途などございません」


 「使えなくても、ブーケに履かせないことはできる」


 「私、裸足で歩いているみっともない娘をわざわざ見物に行くほど暇ではございませんの」


 「ブーケの言葉遣いがなっていないと罵倒したことは?」


 「罵倒などしておりません。

  ただ、我が学園に通う子女として、目を覆うばかりでしたので、ご注意差し上げたまでですわ」


 「そうか。では、2か月前、ブーケを階段から突き落としたことは?」


 「あら、彼女が勝手に足を滑らせて落ちたのではございませんでしたか?

  たまたま近くにいたからといって、私が突き落としたなどと仰られましても困ります。そこまで仰るからには、どなたかご覧になっていらしたのでございましょうね?」


 「無論だ。人知れず見ていた者がいる」


 そう。見ていた者がいるのです。ゲームでは、アメリケーヌがブーケを突き落とす姿は、王家の密偵が目の当たりにし、陛下に報告していました。

 もちろん、殿下も陛下から知らされています。そして、これこそが悪役令嬢たる私の破滅の引き金。

 今日、ここで、全ての悪事の証拠は白日の下に晒され、私と殿下の婚約の破棄と、ブーケの公爵令嬢復帰と、ブーケと殿下の婚約発表となるのです。

 ゲームでの私は、みっともなく騒ぎ立てるのですが、現実となった今、せめて潔く断罪されましょう。




 「…驚かないようだな、やはり。

  まったく、愚かなことをしてくれたものだ。

  1つ、訊いておきたいのだが」


 王子が口を開きました。いよいよ断罪の時です。でも、こんな台詞、ゲームにはなかったような…。


 「君は、ブーケの立場というものを知っているのか?」


 ああ、ここでブーケの素性について語るわけですか。順番が変わっていますが、大した問題ではありませんね。では、ここはしらばっくれるところでしょう。


 「いいえ。何かありまして?」


 当然、アメリケーヌは、ブーケが公爵令嬢だなどということは知らされていないのです。


 「なるほど、やはり知っていたのか。どうして知り得たのかはわからないが、それで納得できた」


 「…?」


 どういうことでしょう? 私は知らないと言いましたのに。それに、納得とは?


 「おや、珍しく察しが悪いようだな。

  ブーケの立場と言えば、3年前にガルーニ男爵家に迎えられた庶子、というのがここにいる皆の認識だ。

  君だってそれを知らないはずがない。それを知らないと言うのは、逆に本当のことを知っているということだろう。

  ちょうどいいから皆も聞いてもらいたい。ここにいるブーケは、17年前に死んだとされているポワゾン公爵家の令嬢だ。色々あって命を狙われていたため、ずっと市井で育てられていたのだ。

  今日、この場をもって、彼女は正式にポワゾン公爵家に復帰することとなった」


 背後から、ザワザワと驚きの声が上がっているのがわかります。

 皆、動揺しているようですね。なにしろ、これまで馬鹿にしていた相手が公爵家の令嬢だったのですから。これまでの無礼をどう詫びるつもりか、楽しみですね。

 いえ、今は私の処分の話です。

 殿下が、ざわめきが収まるのを待っておられますもの。そこから、私を断罪なさるのでしょう。


 「次に、私の婚約者であるアメリケーヌだが…」


 いよいよです。

 その時の殿下のご様子を一瞬たりとも見逃すことのないよう、私は殿下を見つめます。

 これが殿下にまみえる最後の機会ですもの、一瞬だって目を離すわけにはいきません。


 「本来ならば、卒業後ただちに私の妃として迎えるはずだったのだが、そうもいかなくなった」


 ああ、温情なのでしょうか、言葉が柔らかいですね。

 けれど、周囲からは納得するような空気が漂っています。私がしてきたことを知っているのですから、当然ですね。

 ですが、続いたお言葉に、私は耳を疑いました。 


 「アメリケーヌには、当面、ブーケの教育係を務めてもらうこととなった。

  残念ながら、ブーケは淑女というには至らぬところが多い。

  アメリケーヌには、同じ公爵家令嬢として、ブーケを指導してもらう。

  とりあえず半年経って、その時ブーケが淑女と認められるくらいまでになっていれば、そこでアメリケーヌを妃に迎えることになる。認められなければ、不本意ながら更に半年延期だ。

  アメリケーヌ、手間を掛けさせるがよろしく頼む」


 頼む、ですって!? 私がブーケの教育係って、いったい…。いいえ、殿下の仰せに返事をしなければ。


 「恐れながら殿下、“延期”でございますか?」


 破棄ではないのですか?


 「不本意だがやむを得まい。

  さすがに王太子妃に公爵令嬢の教育係をさせるわけにはいかないからな」


 そういうことではありません!

 ああ、もう! わかっていらっしゃるでしょうに!


 「殿下は、私が彼女にしたことをご存じだと先ほど仰いました。その私に教育係が務まるとお考えなのでしょうか」


 私は、ブーケに散々嫌がらせし、階段から突き落としさえした女なのですよ?


 「もちろん知っているとも。

  皆も聞いてくれ。

  実は、アメリケーヌは以前からブーケの素性を知っていた。そして、人知れず守ってきたのだ。

  アメリケーヌが嫌味として言っていた言葉は、全て貴族令嬢として身に付けておかねばならぬことばかりだ。ブーケの素性を隠したまま諭すには、嫌味を装うしかなかった。

  また、ブーケには影ながら護衛がついてはいたが、近くにいられぬ分、そしてブーケの素性を隠さねばならぬ都合もあり、手が回らぬことも多々あった。アメリケーヌは、そうしたところを補助してくれてもいたのだ。

  アメリケーヌに隠された靴を調べたところ、毒針が仕込まれていた。アメリケーヌは、事を荒立てずブーケを救うため、靴を履けぬよう隠したのだ。隠された靴は、密かに護衛の手に渡っていた」


 なんですって!? 私はそんなこと…。そういえば、隠しておいた靴がいつの間にかなくなっていたけれど、密偵が回収していたの!?


 「そして、階段から突き落としたという件だが、実はあの時、刺客が吹き矢でブーケを狙っていた。アメリケーヌは、ブーケを突き飛ばして吹き矢を避けさせたのだ。

  吹き矢の方は、その後回収されたが、やはり猛毒が塗られていた。そして、アメリケーヌの袖を針が貫いていたこともわかっている。

  つまり、アメリケーヌは、我が身を賭してブーケを救ったのだ。

  正直なところを言えば、王妃となるべき者が我が身を犠牲に、というのは愚かな所業ではあるが、その心根は称賛されるべきものだろう。

  陛下も事情はご存じで、それだからこその依頼だ。

  アメリケーヌ、なんとしても半年で、ブーケを淑女に育て上げてくれ。」


 「わ…私…は…」


 思わず膝をついた私に、殿下は手を差し伸べてくださいました。

 手を引かれて、思いがけず殿下の胸に倒れ込むようなかたちになってしまいました。

 こんなことがあるなんて…。

 殿下は、私の耳元に口を寄せ、


 「君を失っていたかもしれないと思うと身が縮む思いだ。我が身を危険にさらすような愚かな真似は、二度としてくれるな」


と囁かれました。

 殿下が、私の身を案じてくださっているなんて…。


 「いいか、半年でなんとかするように。それ以上私を待たせるなよ」


 「は、はい」


 どうやら、私はまたしてもヒロインによる王太子殿下攻略に失敗したようです。

 けれど、私自身の手で殿下をお幸せにできるのなら、もちろん私に異存はありません。この上は、全力で殿下をお支えしましょう。


 ありがとう、神様。私が死んだら、ちゃんと魂を捧げます。

 その前に、後で、神殿に喜捨をしに行った方がいいでしょうか。

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