ロズリーとアルセムと、魔女のリフィリア。


 雨のように降り注ぐ火炎弾かえんだん。夜空にとどろく爆発音。

 激しい攻撃を受けているのは、ゼディア王国の王城だ。扉は粉砕され、城壁は崩れ落ち、窓ガラスは爆風と共に散った。

 

 「こんなものかしら。派手な攻撃魔法は、あまり得意ではないけど」

 

 あちこちから火の手が上がり、ガラガラと天井が焼け落ち、完全崩壊へと近づく城内。その危険な廊下を、日傘を差した魔女が悠々と歩いている。

 コツ、コツ、コツ……とハイヒールを鳴らして、魔女がたどり着いたのは、城内の大広間。普段はダンスパーティーなどが行われているその会場の中心には、天井と共に落下した大きなシャンデリアが鎮座ちんざしている。

 

 「あら……?」


 シャンデリアを挟んだ反対側に、人影が一つ。

 

 「ふふっ、あなたが避難させたのね。この城に住むニンゲンたちを」

 「来るのが遅かったな。おれ以外は、もうみんな逃げたぞ」

 

 『おれ』。その姿にはまるで似合わない一人称で、少女は魔女の問いに答えた。その身には不釣り合いな剣を構え、刃の先を敵対する魔女に向けている。


 「再びプリンセスになった気分はどう? アルセム・ロシュフォード」

 「どんな姿に変えられようと、気高けだかい騎士の精神は変わらない。今ここで、おれはお前を討つ」

 「あなたをその姿に変えたのは、裏切り者のお姫様でしょう? 男の子になった彼女はどうしたの?」

 「戦いの邪魔になるから、孤児院の地下室で眠ってもらったよ。もうこの城には誰もいないし、誰も来ない。決着をつけようぜ、黒帝魔女リフィリア……!」

 「ふふ、ふふふっ……! どうしても、私と一騎討ちがしたいようね。いいわ、受けてあげる。女の子のまま死んでしまっても、後悔はしないでね」

 

 その言葉を言い終わらないうちに、黒帝魔女リフィリアは小さな火球を5つ並べ、ロズリー姫に向けて全弾発射した。対するロズリー姫は、一発、二発、三発、四発と火球を華麗にわし、五発目を剣で弾き飛ばしながら、リフィリアに向かって正面から突撃した。

 

 「行くぞっ……!!」

 「あら、やるわね。でも、私は最上級の魔女だから、近接戦闘も得意なのよ」


 ガキンッ!

 ロズリー姫が大きく振り下ろした剣を、リフィリアは閉じた日傘で軽く受け止めた。間髪入れず、ロズリー姫は多方向からのざんを連発したが、リフィリアはそれらを全て日傘で受け流し続けた。


 「くっ! このっ! はぁっ、はぁっ……!」

 「うふふ。もう息が上がってるわね。普段から体を鍛えておかなきゃダメよ、お姫様」

 「黙れっ!! うおぉっ!!」

 「その大きな胸も、戦闘には不向きね。そんなに、たぷたぷ揺らしたら……ほらっ」

 「何っ!? うわっ!?」


 リフィリアは一瞬の隙を突き、激しく動くロズリー姫の胸を、右手のひらで軽くトンと押した。ただそれだけでも、ロズリー姫は大きくバランスを崩し、三歩ほどよろけながら後退してしまった。


 「はぁ……はぁ……。チッ……!」

 「私は魂を操る魔女。この手のひらで、魂を吸い取ることもできるわ。あなた、今死んでたわよ」

 「うるさいっ! ロズリーの……胸に触るな……!」

 「あら、あなただっていっぱい触ってたでしょ。入れ替わり生活の時に」

 「……触ってない。ちょっとしか」

 「女の子はね、そういうのすごく嫌がるのよ。反省しなさい」

 「黙れっ! おれはもう反省してるっ!!」

 「そうね。じゃあ……そろそろ終わりにしましょうか」


 リフィリアが日傘の先端で床をトンと叩くと、転移魔法陣が浮かび上がった。これにより、任意の場所へ瞬間移動が可能となる。

 

 「それは、転移の魔法!? どこへ行くつもりで……わあぁっ!?」

 

 その直後。リフィリアは日傘をバサッと開き、ロズリー姫に向かって放り投げた。真っ黒な日傘に視界を奪われたロズリー姫は、突然のことに驚き、構えた剣を日傘に当ててしまった。

 

 「しまった……! どこにっ!?」

 「四肢の力を奪う魔法よ。あなたは一度体験してるハズ」


 声は後ろから。

 リフィリアは、魔力を込めた人差し指で、ロズリー姫の背骨をなぞった。指が上から下へ動くと、ロズリー姫は「はぁっ……」と息を吐き出し、握っていた剣を落としてしまった。


 「きゃっ……!」


 ドサッと床に倒れこんだら、もう立ち上がれない。手足に力を入れることができないので、戦闘は不可能。


 「私の勝ちね。ふふっ、せめてあなたが男の体だったら、もう少しいい勝負になったかも」

 「うぐぐ……動けない……! はぁ……はぁ……」

 「ムダよ。この魔法の効力は10分間。10分もあれば、この大広間は完全に崩壊して……ほら、あの天井が焼け落ちてくるわ。あなたは、あれに潰されて死ぬのよ」

 「……!」

 「私は今から孤児院へ行って、あなたになったお姫様を連れてくるわ。あの子も用済みだし、せめて同じ場所で死なせてあげる」

 「……」

 「ふふ、ふふふっ……! 体が入れ替わったまま死んでいく騎士とお姫様は、最期にどんな会話をするのかしら……! アハハッ、命尽きるその瞬間まで、私を楽しませてねっ!!」


 転移魔法陣の発動。高笑いと共に、リフィリアは崩れゆく城から姿を消した。

 置き去りにされたのは、この国の姫。すでに炎に囲まれ、天井崩落の時間も迫っており、状況は絶体絶命。しかし、ロズリー姫は……不敵にニヤリと笑った。

 

 「……おバカさんね。プリンセスの演技力、甘く見てはいけませんわよ」


 * * *


 「え……?」


 上級ドラゴンが一匹、二匹、三匹。全てリフィリアの部下であり、並の人間では太刀打ちできない強力な魔族だが、すでに全滅していた。

 己の力を過信した最上級魔女リフィリアの「誤算」は、ここから始まる。 

 

 「私の部下たちが、全滅……?」

 

 リフィリアが王城を攻め落としている間、リフィリアの部下たちは、予定通り街を襲撃していた。平和に暮らしていた街の人々は、悲鳴を上げ、逃げ惑い、避難場所を求めてパニックになった。

 しかし、それは最初の数分間だけの話。「ある男」が街に現れてからは、事態が一変した。


 「一体、何が起きたというの……?」


 リフィリアはロシュフォード孤児院に到着し、普段は子どもたちが遊んでいる孤児院の広い庭に、足を一歩踏み入れた。そして、日傘を畳んで顔を上げると、一人の男が目の前に立ちはだかっていた。


 「来るのが遅かったな。お前の部下は、全部倒したぞ」

 「アルセム……ロシュフォード……!?」

 「あとはお前だけだな。黒帝魔女リフィリア……!」

 「どういうこと……? あなたは、孤児院の地下室で眠っていると聞いたけど……」

 「何を言ってるんだ。うちの孤児院に地下室なんてないぞ」

 

 見た目はアルセム。中身もおそらくアルセム。正真正銘、少年騎士のアルセム・ロシュフォードが、そこにいた。

 ただ、装備している武器が、いつもとは違う。今日のアルセムは、「プリンセスレイピア」を装備しているのだ。「プリンセスレイピア」とは、女性でも扱いやすい軽い細剣「レイピア」に、輝く宝石などをたくさん散りばめて豪華にしたもので、贈呈用として流通している宝剣のことだ。

 元々は城の食堂に飾ってあったが、ロズリー姫が勝手に持ち出し、アルセムに貸した。

  

 「うわ……もう折れそうだな、この剣。やっぱり、おれが戦闘で使うには不向きか」

 

 刀身に入ったヒビ割れを見て、ぼやくアルセム。そんな彼を、少し離れた場所から、カトレア率いる孤児院の子どもたちが応援している。

 

 「ラスボスが来たよ、お兄ちゃん! いけいけお兄ちゃん! がんばれお兄ちゃん! 悪い魔女なんて、やっつけちゃえー!!」


 黒帝魔女リフィリアは、最後の敵。

 リフィリアは、立ちはだかるアルセムを見て、はしゃぐカトレアを見て、倒れている部下たちを見て、一呼吸置いた後、自分が置かれた状況を理解した。


 「……なるほど。やってくれるじゃない」

 「ああ。お前が城で戦ったのは、おれのモノマネをしてるだけの、ただのロズリーだ。あいつが命がけで時間を稼いでくれたから、おれは街の人たちを避難させて、魔族の軍勢を全滅させることができた」

 「ふふっ、確かに時間を稼がれたわ。でも、いいの? あと5分もすれば、あなたの大切なお姫様は、ガレキの山に埋もれることになるけど」

 「猶予としては充分だ。5秒でお前を片付けて、ロズリーを助けに行く」

 「やれるものなら……」


 ちょうどその時。

 

 「その必要はありませんわっ! 落ち着いてゆっくり戦いなさいっ! アルセムっ!」


 ロズリー姫がやってきた。

 しかし、魔法のせいで手足がまだ動かないので、倒れたままこちらにやってきた。


 「うおおっ!? どうしたロズリー!? 大丈夫かっ!?」

 「大丈夫ですわ、アルセム! もうすぐ動けるようになりますっ!」

 「いや、どうやってここまで来たんだよ」

 「この子たちが、わたくしを運んでくださったのです……!」

 「この子たち?」


 ロズリー姫の体の下から、「ましゅ?」っと顔を出したのは、6体のキノコ妖精たち。元々、ロズリー姫(ママ)が着ているドレスの中に隠れていたのだが、ママがピンチになったので、ドレスから飛び出して助けてくれたのだ。


 「ね? すっごく良い子たちでしょう? わたくしとあなたの子は」

 「ああ。ロズリーを助けてくれてありがとう、キノコ軍団」


 そして、かけられていた魔法も無事に解け、ロズリー姫は自分の足で立ち上がった。6体のキノコ妖精たちは、カトレアたちがいる場所へとサッと避難した。

 これで、リフィリアの前に立ちはだかるのは、アルセムとロズリー姫の二人になった。

 

 「結局……初めて出会った時と、同じ状況になったわね、護衛騎士さん。あなたは、お姫様と孤児院の子どもたちを守りながら、この私と戦わないといけないのよ?」

 「それは違うな。おれはもう、ロズリー姫の護衛騎士じゃない」

 「へぇ、お姫様を守るのはやめたのね。やはり、出来損ないの第四王女は、守る価値などないということかしら?」

 「いや。守るのをやめたのは、おれと一緒に戦ってほしいからさ。おれとロズリーの二人で、お前を越えていくんだ……!!」


 昨日、アルセムがロズリー姫に語った『大事な話』とは、孤児院の子どもたちを連れて国を脱出する計画のことだった。魔女と戦い、その後のドサクサに紛れて国を出る……という、割とざっくりした内容だったが、それを聞いたロズリー姫は「それはもちろん、二人で行う計画ですわよね? アルセム?」と尋ね、アルセムは「当たり前だ。おれと一緒に戦ってくれ、ロズリー」と答えた。

  

 「……あら、本気で言ってるの? お姫様という弱者を戦場に出しながら、この最上級魔女を倒すことができる、と?」

 「お前も、この国の王も、ロズリーのことをナメすぎなんだよ。『ロズリーには何の才能もない』? 『出来損ないの第四王女』? ……バカ言え。ロズリーは戦闘の天才だ」

 

 すると、ロズリー姫はアルセムの右腕をぐいっと引っ張り、今の会話に乱入してきた。

   

 「それに関しては、わたくしも疑問に思っていますわ。わたくしが戦闘の天才って、どういうことですの?」

 「今はまだシロウトだけど、ロズリーには才能を感じてたんだ。一人で下級魔獣プニピョンを倒せたんだし、修行すれば必ず強くなるよ。いつも一番近くでお前を見ていた、おれが保証する」

 「アルセム……。わたくしのことを、そこまで……」

 「ただ……そうだな、武器をもう少し軽いものにした方がいいと思うぞ」

 「武器? 武器の問題ですの?」

 「ほら、このレイピアを使ってみろよ。お前の体に合う剣は、おそらくこっちだ」

 「ふふっ。うんっ……!」

 

 プリンセスレイピアが、ロズリー姫に返却された。それと同時に、アルセムの剣も持ち主に返却された。そして、それぞれの体に馴染む剣を、二人で一緒に構えた。


 「やるぞ、ロズリー。おれたちの剣で、守りたいものを全部守るんだ……!」

 「ええ! あなたと一緒なら、どんなお相手にも負ける気がしませんわ!」


 アルセム&ロズリー vs


 「身の程知らずのバカップルね……。いいわ、あなたたちの心も、体も、めちゃくちゃにしてあげる……!」


 黒帝魔女リフィリア


 夜空には、満月。

 背景には、滅びゆく国。

 後の歴史には残らない、ゼディア王国最期の戦いが始まった。


 * * *


 ザシュッ!!!

 

 * * *


 「────!」


 ゼディア王国から遠く離れた、深い深い森の中。跳梁跋扈ちょうりょうばっこする魔族たちに気をつけて、森の奥へとどんどん進むと、そこにそびえ立つのは魔女の城。「黒帝魔女」とも呼ばれる、最上級魔女リフィリアが住まう暗黒城だ。


 「……」

  

 城の最上階には、ひつぎが一つだけポツンと置いてある部屋がある。何の面白みもないその部屋に、今日は来訪者が一人やってきた。


 「生きてますか~? 死んでますか~? うふふ~。どっちでもいいけど~」

 

 来訪者は女性。頭にツノ、背中にコウモリような羽根、お尻にはしっぽが生えているので、悪魔族の女だ。さらに、下腹部に刻まれた淫紋が、彼女が淫魔サキュバスであるということ証明している。

 淫魔が声をかけると、棺のフタがギイィ……と音を立てて開き、棺の中で眠っていた魔女がムクリと起き上がった。


 「はぁ……はぁ……」

 「あら~、生きてたのね。リフィリアちゃん~」

 「はぁ……。おはよう……ございます……淫魔サキュバス女王クイーンウェルデリナさん……」


 来訪者の名は、ウェルデリナ。通称、淫魔女王ウェルデリナ。

 呼び名の通り、数多の淫魔たちの頂点に立つ存在であり、リフィリアと肩を並べる最上級魔族でもある。微笑みを常に絶やさないのが、彼女の特徴。

 

 「どうしたの、リフィリアちゃん~。汗びっしょりで、顔色も悪いわよ~。怖い夢でも見たの~?」

 「怖い……夢……?」

 「そうねぇ……例えば、ニンゲンの騎士さんに、首をね飛ばされる夢、とか~?」

 「……っ!!」

 

 八つ当たり。苛立ちのままに、リフィリアは火球を作り、ウェルデリナに向けて投げ放った。しかしウェルデリナは、冷静に水の盾を作り、リフィリアの火球を消滅させてウフフと笑った。


 「はぁっ……はぁっ……。あら、よくご存知ですね……。私がアルセムに……首を斬られたことを……」

 「フフッ、分魂ぶんこん(魂を二つに分ける高度な魔法)をしていなかったら、本当に死んでたわね~。それにしても、リフィリアちゃんの敗北なんて、一体誰が予想できたかしら~」

 「敗北……。私が、ニンゲンに……」


 リフィリアは立ち上がり、荒くなった呼吸を整えながら、窓のそばへと向かった。

 窓から見える景色は、森や山しかない。しかし、それを越えて遥か遠く進んだ先の世界のどこかには、あのアルセム・ロシュフォードがいる。そしてその隣には、必ずロズリー・ピアメル姫がいる。黒帝魔女を討ち破った、あの二人が。


 「そうですね……。少しだけ休んだら、また会いに行きますよ……」


 リフィリアは、遠くを眺めた。

 

 「ねぇ、リフィリアちゃん? アルセムくんって子、私がもらってもいい~? ああいう強くて若い男の子って、淫魔の大好物なのよ~」

 「ダメですよ、ウェルデリナさん。アルセム・ロシュフォードとロズリー・ピアメルは、私の物です。手を出すなら、あなたと言えど殺します」

 「あらあら……それは残念ね~」

 「それに、アルセムは強くて若い男の子じゃありませんよ」

 「えっ?」

 「アルセムは、男の子じゃありません。今のアルセムは」

 「まさか……また魔法をかけたの~?」

 「はい。首を斬られる寸前に」


 * * *


 そしてここは、宿場町しゅくばまちブランケト。

 ゼディア王国の東にある森を無事に抜けた旅人たちが、疲れを癒すための町だ。一階が酒場で、二階が宿泊用の部屋という作りの宿屋やどやが多い。


 「お兄ちゃん、おはよう! 朝だよっ! 起きてーーっ!」

 「う~ん……。むにゃむにゃ……」


 11歳の少女カトレアは、今日も朝から元気いっぱい。自分の部屋の弟や妹たちを起こした後、隣の部屋のベッドで眠る「お兄ちゃん」を起こしにやってきた。

 

 「ねぇ、起きてよーーっ! みんなでお散歩に行こうよーーーっ!!」


 布団に潜っている「お兄ちゃん」の上に乗り、容赦なくお尻でドッスンドッスンするカトレア。たまらず、「お兄ちゃん」は布団から顔を出し、寝起きの不機嫌な目でカトレアをじっとにらんだ。


 「うるさいぞカトレア……。おれはまだ疲れてるんだよ。散歩なら、ロズリーと行ってこい」

 「かわいい……」

 「え?」

 「怒っててもかわいいっ! いいなー、お兄ちゃん! キレイなお姫様の顔になれるなんて!」


 リフィリアの最後の魔法により、アルセムとロズリー姫は再び入れ替わってしまった。そのため、今「アルセムお兄ちゃん」と呼ばれている人間の体は、ロズリー姫のものだ。ロズリー姫が、寝起きの顔でムスッと怒っているのだ。

 

 「髪の毛はふわふわだし、おめめもぱっちりだし、くちびるもぷるぷるだし……お姫様って、いつ見ても素敵っ!」

 「うわ、やめろっ! 顔に触るなっ!」

  

 顔面に触られないように、ロズリー姫は再び布団の中にモゾモゾと隠れた。それに対して、カトレアは負けじと布団を引っ張り、隠れみのを奪い取ろうとした。


 「だめだよーっ!! 早く起きてよーー!! みんなでお散歩に行こうってばーーー!!」

 「お、おいっ! それはマズいって! やめてくれ、カトレアっ! あっ……」


 バサッ。


 「きゃーーーっ!? お兄ちゃん、はだかんぼ!」

 

 ベッドの上のロズリー姫は、衣服を一枚も身につけていなかった。

 

 「ち、違うんだっ! これは、そのっ……!」

 「なんで服を着てないのっ!? おっぱい丸出しだよっ!?」

 「いや、だから……! あ、暑かったし……」

 「この部屋、アルセムお兄ちゃんとロズリーお姉ちゃんの部屋だよね!? 二人で、はだかんぼになって寝てたの!?」

 「えっと……。いや、まあ……そうだけど……!」

 「もしかして……見せ合いっこしてたの!? 体、入れ替わってるから、女の子のおっぱいとか、男の子のおちん」

 「あーーー!! おれ、そろそろ起きるよ!! 散歩にでも行こうかなっ!! と、とりあえず、着替えてくるっ!!」

 「あっ! 待ってよ、お兄ちゃんっ!」 


 ベッドを降り、いそいそと部屋を出る全裸のロズリー姫を、カトレアが追う。姿は変わっても、兄妹の時間はあまり変わっていない。

 

 ゼディア王国は滅びた。魔女の襲撃を受け、城も街もガレキの山へと変わってしまった。帰る家もなく、今は旅を続けるしかない。……しかしそれでも、ロシュフォード孤児院の子どもたちは、今日も明るく元気に生きている。「アルセムお兄ちゃん」が連れてきた、「新しい家族」と一緒に。


 *


 「ましゅましゅ……!」

 「わぁー! ましゅちゃんかわいいー!」

 

 宿屋の裏にある、小さな花畑。

 6体のキノコ妖精たちと、孤児院の子どもたちが、花のかんむりを作って遊んでいる。そして、その中心で、幼い子どもたちに花冠の作り方を教えているのが、「ロズリーお姉ちゃん」。


 「ロズリーおねぇちゃん。これでどう?」

 「ふふっ、よくお似合いになっています。とても素敵ですわ」

 「ですわって、おひめさまみたい。みためは、おにぃちゃんだけど、なかみは、おひめさまなんだね」

 「ええ。たとえゼディア王国から離れても、たとえ男性と入れ替わっても、優雅で華やかな淑女としての心は、いつまでも忘れないようにしたいのです」


 「ロズリーお姉ちゃん」と呼ばれているのは、プリンセスドレスに身を包んだ少年だった。男の体には窮屈なサイズだが、心は常に気品のある「お姫様」でありたいと思い、彼は今日もドレスを着る。


 「おーい、ロズリー! みんなで散歩に行かないかー!?」

 「あら、アルセムっ! ごきげんようっ! 気持ちのいい朝ですわねっ!」


 遠くで手を振るのは、「アルセムお兄ちゃん」。高貴な女性の容貌ようぼうを持ちながら、質素で庶民的な男性の服を着て、腰には刀身のないレイピアを提げている。


 「散歩のついでに町に出て、情報を集めよう。おれたちが元の体に戻る方法は、必ずどこかにあるはずだ」

 「ふふっ。あなたが連れていってくれるのなら、わたくしはどこへでも行きます。そして、ここにいるみなさんもきっと、わたくしと同じ気持ちですわ」

 「弟や妹たちは、すっかりお前に懐いてるな。今もまた……改めて思うよ。家族になってくれてありがとう、ロズリー」

 「ううん。わたしの方こそ、こんな暖かい場所に連れてきてくれてありがとう、アルセム」


 向かい合い、見つめ合う二人。


 「ロズリー……」

 「アルセム……」


 するとそこへ、妹のカトレアがやってきた。


 「きゃーーーっ!! アルセムお兄ちゃんとロズリーお姉ちゃんが、チューしそう!! みんな来てーーっ!!」


 無駄に注目を集めるカトレア。「アルセムお兄ちゃん」は恥ずかしくなり、真っ赤な顔でカトレアの方を向いて叫んだ。


 「するか、バカっ!! 何を言ってるんだ、こいつはっ!! ……もう行こうぜ、ロズリー」


 そして再び、向かい合う二人。

 振り返った「アルセムお兄ちゃん」の目の前で、「ロズリーお姉ちゃん」は待っていた。


 「ん……」

 「えっ? ろ、ロズリー!?」

 「ほら、早くっ……」

 「いや、周りでみんな見てるしっ!」

 「見られてると、できないの……?」

 「で、できっ……できるさっ!! そうだ、おれはできるっ!! 見てろよ、お前たちっ!! おれたちのチューをっ!!」


 騎士は、王子様とは違う。物語の王子様みたいに、スマートにカッコ良く、お姫様のくちびるを奪うことはできない。


 「わああぁ……! お兄ちゃんがんばれー! お姉ちゃんもがんばれー!」


 みんなから応援されながらの、キス。

 ダサくてカッコ悪いけど、それもまた自分たちらしい。そう思って、愛し合う二人はキスした後に笑った。

 

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入れ替わり姫 蔵入ミキサ @oimodepupupu

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