鮮血の唇

koto

鮮血の唇(SS)

 紅差し指で彩るは、唇。

 力の入りにくい指だから繊細に紅を載せられるという理由でついたらしいその名は、いま鮮血にまみれている。

 断末魔の叫びをあげた男の腹を踏めば、唇から噴き出した鮮血は毛足の深い絨毯に黒々とした艶を加えた。 

「さて、終わったわね」

 男の腹部からヒールを引き抜くと、サテン張りのパンプスがぬらりとした紅に染まっていた。もともとソールの赤い靴だが、サテンまで赤く染まるとメイドや執事が困った顔をするだろうと思いながら私はドレスの裾を翻す。ぺたりと足に張り付く感触は返り血によるもので、自分のものではない。

「お嬢様、もう少し優雅にお願いいたします」

 案の定、傍らに控えていたメイドが眉根を寄せて言った。

「あら、いいじゃない。自分の屋敷を襲撃してきた輩を無傷で返り討ちにしたんですもの、誉というべきだわ」

「お嬢様の腕前は素晴らしゅうございますが、下種の返り血はお嬢様には似合いません」

 彼女はハンカチを取り出して私の手を拭おうとする。

「可愛いことを言うのね」

 メイドが拭き取る前に、指について粘りを帯びてきた紅を彼女の化粧気のない唇に載せる。彼女もまた黒いお仕着せに点々と染みを作っているが、私と同じように返り血のみで怪我などしていない。。相当な猛者であり忠実な、お気に入りのメイドだ。

 紅をさした唇は艶やかに輝き、彼女の知的な顔立ちをあでやかに彩った。が。

「やはり、あなたにも下種の血は似合わないわねえ」

 差し出されていたハンカチを奪い取って彼女の唇を丁寧に拭ってから、唇を重ねる。

「ああ、やはりこの色の方が似合うわ」

 同じ鮮血の紅でも、私の移した色の方が彼女によく似合うと思い、満足げに微笑むと、彼女は私に顎をとらえられたまま耳まで染めた。


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頂いたお題:「唇の鮮血」

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鮮血の唇 koto @ktosawa

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