君を追いかけて銀河鉄道に。後編

「北斗!」

 聞き慣れた声が聞こえる。一香よりも毎日ずっと聞いていた声だ。

「ああ、おはよう。健人か」

「どうした? なんか、ぼーっとしてふらついていたぞ」

 その言葉に、僕は頑張って笑みを浮かべる。

 やっぱりか。

 顔を上げて周囲を見回せば、いつもの朝の教室だった。

「せめて切符か何かくれればいいのに」

「ん? なんか言ったか?」

 前の席に座っている健人が、振り返りながら僕に話しかけていた。背中が広いと思いながら見ていたら、少し安心した気持ちにもなった。

 僕だけが、きっと戻ってきてしまったのだ。

「何でもないよ」

 何も残らない。あれは夢だったんだ。僕の記憶の中だけに、一香と話した言葉だけを思い出しながら、これからも平凡な日常は続いていくんだ。

 そんな少し黄昏れた気分でいたら、教室に一香が入ってきた。

「え?」

「お、有栖じゃん」

 健人よりも早く僕は立ち上がると一香の元へと走っていった。

「一香、大丈夫なの?」

 僕と同時に花織が一香の真正面で声をかけた。花織は、とても背の小さくて可愛らしい女子で、僕や健人とも小学生の時からの付き合いだった。

「え? 何? ちょっと貧血で倒れていただけ。大げさね」

 一香は、一瞬驚いた後で手を振りながら笑っていた。

「でも、三日もだから」

 花織が心配してそう言った横で僕も頷いていた。

「お腹も痛かったから、昨日も休んじゃった。大丈夫だって」

 明るく言った顔は、本当に無理をしているようにも見えなかった。

「ありがとね。花織。……北斗も」

 行方不明じゃなかったのかな。

 そんな記憶が僕の頭でよぎったけれど、花織も健人も特に疑問には思っていないみたいだったので何も言わなかった。

「そっか。よかった」

 花織は笑顔でそう言った後で、僕の方を目を細めて見つめながらにんまりと笑っていた。

「ところで……何? 二人は仲直りしたの?」

「え?」

 花織は、僕の慌てた反応を確認したあとで、勢いよく振り返ると一香の方を向いた。

「えっ、いや、別に、そもそも……喧嘩とかしてないし……」

「うっそ。一時期、話しかけてこないでって言ってたじゃん」

「えっ、いや、そんなこと……あったっけ」

 一香は花織に絡まれてしまい困った顔をしながら、ちらりと何度か僕に視線を向けていた。

「そうそう、ちょっと親同士が揉めていたってだけで、僕たちは何もなかったよ。ね」

 僕からすれば、それは嘘ではなかった。

 ごみ焼却施設だかの反対派と賛成派に祭り上げられた僕たちの両親のせいで、僕たちは引き離されてしまった。

(でも、それだけじゃないよね)

 一香は別の理由で、僕を避けているのだと感じていた。

 だから、僕の方から話しかけることもなくなってしまった。

 この四人組の中で、僕たちの間だけが少し遠い。変な関係になっていた。

「うん。そうだよね」

 一香は僕の言葉に笑顔で応じていた。

 何を求められているのかよく分かっていなかったけれど、僕は優しく微笑み返した。

(まあ、いいか)

 もう、一香と話すこともできないんじゃ無いだろうか。

 そう思ったのは昨日のことだった。

 変な照れも遠慮もやめて、一香と話をすればよかったと後悔していた。

「心配したよ。でも、よかった。おかえり」

 もう後悔したくないと僕は一香に声をかけた。



「えっ? あれ?」

 一瞬、視界がぼやけて暗くなった。

 次の瞬間に見えたのは、また独特なアーチ型の天井だった。

「また、寝台列車?」

 僕はベッドに、制服姿のままで寝転んでいた。

「どうなってんだ……」

 あまりにもリアルな感触に、僕は困惑する。

 夢はもう終わったはずだ。

 上体を起こしながら、学校での景色を思い出していた。

(もしかして、あっちが夢とか……)

 そんな想像をして、寒気がした。

「申し訳ありません。不具合がありまして、また緊急メンテナンス中でス」

「え? ああ、アシスタント君?」

 僕はそういえば、昨日はその姿を見ることができなったアシスタントの姿を探した。

「はい」

 枕元には、小さな女の子が立っていた。

 白いワンピースに帽子をかぶっているその姿を見て幽霊かと思って、僕の心臓が一瞬止まりかけた。

「おはようございまス。北斗さま」

 もちろん、映像なのは分かっているけれど、もっと、自動掃除機みたいな姿を想像していた僕は戸惑っていた。

 次の瞬間、扉がすーっと開いた。

「あ」

 これはこれで心臓が止まりかけた。

「北斗! 今日もいてくれた。よかった」

 僕の姿を見て、涙を浮かべながら喜んでくれている一香の姿があった。

 会っただけで、こんな素直に喜んでくれるのは、幼稚園の時以来じゃないだろうかと思う。


「ところで何? その小さな女の子は?」

 ベッドで枕元に立っている小さな女の子を見て、一香は怪訝な顔をしていた。

「何って、この……列車のアシスタントじゃないの?」

「ああ、アイちゃんね。私、音声だけで話していたから分からなかった」

 別に僕の趣味というわけじゃないのだけれど、じっくりと一香がアイちゃんを観察して品定めをしているように見えてしまう。

「ねえ、この列車は何なの?」

 一香はベッドに腰掛けると不意にアイちゃんに向かってそう聞いた。

「宇宙船になります」

「えっ、何かあっさり教えてくれた」

 一香は驚いていた。

「何に驚いているのさ」

「いや、だって、普通こういうの到着するまでは秘密ですみたいな感じで言われそうじゃない?」

 だから、この三日ほどは聞いたこともなかったと可愛らしく言って誤魔化していた。

 まあ、何となくその気持ちは分かる。

「え。じゃあ、本当に銀河鉄道なの?」

 天井や周囲を見回しながら、一香は微妙な顔をしていた。確かにどう見ても、ここは豪華寝台列車の中だ。

 いきなり宇宙ですと言われても信じられるわけがなかった。

「どうして……」

 僕は次の言葉を悩んだ。信じているかいないかは別にして、聞きたいことは多すぎる。

「宇宙船だとして、何で列車の形をしているの?」

 とりあえず心の準備がいらなそうな質問をしてみる。

「皆様の精神状態を安定させるためでス」

 アイちゃんは、そう答えた。

「精神状態って?」

 どういうことかと、僕と一香は目を合わせてお互いに首を傾げていた。

「人間をいきなり一人、宇宙に連れて行くとおかしくなってしまいましたのデ」

 答えを期待していなかったのに、アイちゃんは流暢に答えてくれた。

「あ、うん……。そうなんだ……」

 僕と一香は、お互いに困ったような顔になっていた。

 確かに、いきなり宇宙船に一人いることを想像すると、とても孤独で不安でたまらなくなってしまうだろうとは思った。

 でも、まだとてもこんな話を完全に信じていたわけじゃない。

「悲しかったでス」

 映像の中のアイちゃんは、顔を伏せて涙を拭っていた。

 その言葉に、もしかして夢なんかじゃなくて、本当のことだろうかと信じてもいいかもと思っていた。

「ですので、この船は一香が一緒にいたい番いを調べましタ」

 番いの意味が分からなくて、アイちゃんに聞き返そうとしたけれど、でも、真っ赤になった一香の様子を見て何となくわかってしまった。

「そ、そんなじゃないから」

 一香は、アイちゃんと僕に怒っていた。何となく小学生の時にもこんなことがあったような気がする。

「……嬉しいよ。ありがとう」

 僕は、素直にそう答えた。

「えっ、あっ、な、何? 素直すぎて気持ち悪いんだけど」

 一香は、紅潮したままで後ずさる。

「もう、二度と会えないんじゃないかって思っていたから」

 僕は嬉しくて笑顔になる。

 何も嘘はない、心の底からそう思う。

 大したことがあったわけじゃない。でも、もし、このままだったら少し気まずくなったままで終わってしまったのだと思った。

「あー。うん、そう……実はね。私も、親のことなんかよりも……花織が」

「花織が?」

 何だろうと聞き返した。

「北斗のこと好きだっていうから、ちょっと遠慮した」

「えっ、ああ、そうなの? 全然、そんなこと考えたこともなかった」

 花織は小さい頃からずっと変わらない距離感だった。もちろん、可愛いなと思う時もあったけれど、ずっと気のいい友だちのままだった。

「まあ、でも、これで話さないままだったら、きっと後悔していた」

「そうだね……。うん、よかった」

 人から見れば、全然大したことじゃない。

 事件ですらない、ちょっと距離ができただけ。

 でも、今、こんなことになって僕たちはもう一度話すことができるきっかけをもらった。

「感謝しているよ」

 映像でしかないアイちゃんには実際には触れられないけれど、僕は彼女の頭を撫でる仕草をした。

「それで……」

「それデ……?」

 僕たちは、アイちゃんに詰め寄っていた。残念ながらアイちゃんは自分から察して説明はしてくれないようで僕と一香はお互いに目を合わせて覚悟を決める。

「何で、私は宇宙船に乗せられているの?」

 一香が聞いた言葉に、アイちゃんはすぐには反応してくれなかった。話す内容をどこかに確認しているような時間だった。

「助けるためでス」

「助ける?」

「もう地球は人類が住めない環境になってしまいましタ」

 その最悪な可能性も考えてはいたけれど、小さな女の子の姿であっさりとすごいことを伝えられて僕たちは固まってしまった。

「え? ま、待って、そんな」

「映像もあるのですが、ショックが大きいと思いますのでまた今度にいたしましょウ」

 アイちゃんの冷静で流暢な合成音声が怖いと思った。

「かくして、私たちは生物を地球から脱出させることにしましタ」

「つ、ついていけないけれど、ノアの方舟みたいなこと?」

「はい。この船には他の生き物も乗っています」

 僕は周囲を見回した。昨日は、寝台列車五両分しかいけなかったけれど、その先には色々な植物や動物とかもいたりするのだろうかと考えてしまう。

「じゃあ、今日見た学校の景色は何?」

「教育用及び心のケアをするためのプログラムでス」

「へえ。謎の組織なのか宇宙人なのかは知らなけれど、随分と気を使ってくれるんだね」

 僕はそう言ったけれど、やっぱり今朝、見た学校の景色は幻なのかと思うとがっかりした気分になっていた。

「人間は心が正常でなければ、いけません。大事でス」

 力強くそう言ってくれる。ホログラム映像なことは分かっているけれど、嬉しい気持ちになっていた。

「でも、人類、僕たちだけが生き残っても意味あるのかな」

 僕のつぶやきに、一香はかなり困ったように慌てながら何かを言おうとしていたけれど、それよりも先にアイちゃんが答えてくれた。

「ご安心ください。他にも宇宙船はありまス」

「え? そうなの?」

「残念ながら、全ての人類は助けられません。すでにかなりの人類は滅んでいましタ。ただ、お二人の御学友は、生きております。一緒に学んでいきましょウ」

 悲しそうな顔ながらも励ましてくれるアイちゃんだった。

「花織や健人も? 無事なのね」

 前のめりに一香はアイちゃんに聞いていた。

「今朝、お話しされた方々はいきておりまス」

 今朝……。夢だと思っていた光景を改めて思い出していた。あれは教育用と精神安定のためのプログラム……。

「もしかして、あれはオンラインゲームにログインしているようなものなのかな」

 僕は一香の方を見ながら、そうささやいた。

 一香も同じ夢を見ていたのかと確認したかった。

「そうね。何か変だと思ったけれど、そういうことなんでしょうね」

 少し彼女は照れている。

 そういえば、久しぶりに再会できて、妙に素直だった一香がいたことを思い出していた。

 まあ、僕の方もだったけれど……。

「ですので、今は別々に脱出していますが半年後からは徐々に合流できまス」

「それはよかった」

 僕は素直に喜んだ。家族は駄目なんだろうかとか、今の状況が頭も追いつかないほど不安だらけなのは変わらないけれど、仲間がいてくれるのは心強かった。

「よかったね。花織ともまた一緒にいられるよ」

「う、うん。そうね」

 僕は一香を励ました。やはり幼なじみで親友と一緒にいられることは、がさつな僕とずっと一緒に過ごすことより嬉しいことだろうと思った。

 僕も健人とどうしても一緒にいたいとは思わないけれど、でも再会できればきっと馬鹿な話で過ごす時間は楽しいだろうと前向きに考える。

「はい。それでもし、お嫌でしたら、半年ごとにパートナーを交換していただくことも可能でス」

「えっ、ああ、パートナー?」

「基本、この列車は二人乗りですのデ」

「……そうなんだ。まあ確かに、客室は二つしかないからね」

 ベッドも二人で寝れはするだろうけれど、酸素とか水とか食料とか色々都合があるのかもしれないと思った。

「まあ、たまには交換してもいいかもね」

 僕の深く考えていないその言葉を聞いて、一香は急に不機嫌になっていた。

「アイちゃん。まだ、急いで合流する必要はないから。あと一年後くらいでいいから」

「え? 一香、何で?」

「かしこまりました。一香様」

 アイちゃんは素直に応じていた。

「一香。は、早く花織や健人に会いたくないの?」

「申し訳ありません。この船は一香様をマスターとしておりますのデ」

 アイちゃんは深々と頭を下げていた。

 いや、アイちゃんは何も悪くないけれどと思いながら、一香を見るとまだ不機嫌そうに腕を組んでいる。

 もうしばらく宇宙の中で二人だけの列車の旅が続きそうだった。

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君を追いかけて銀河鉄道に。 風親 @kazechika

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