金の卵と鳥と四人の牧場主たち

おしょう

完結済 全1話 金の卵と鳥と四人の牧場主たち

■序章 ■金の卵きんのたまご


 あるところに、大きな牧場がありました。


 牧場には、たくさんの金の鳥きんのとりが、放し飼いになっていました。


 金の鳥は、金の卵きんのたまごを産みます。


 その金の卵は、まるで、魔法まほうの卵でした。


 金の卵にくちびるを寄せ、欲しいものを唱えると、金の卵は、欲しいものに変わります。


「パンに変われ」

と命じると、金の卵は、パンに変わります。


「宝石に変われ」

と願うと、金の卵は、宝石に変わります。


 そんな魔法の卵ですから、とてもとても貴重で、みんな、金の卵を欲しがりました。


 その金の卵を産む金の鳥は、金の山きんのやまんでいます。


 金の山を取り囲むように、北の牧場と、東の牧場と、西の牧場と、南の牧場がありました。


■ 第一章 ■ 北の牧場


 北の牧場主は、金の卵が欲しくて、牧場を作りました。


 牧場こそ作ったものの、金の卵は大切にしますが、金の鳥は大切にしませんでした。


 北の牧場主は、金の鳥が産む金の卵を、持ち去っていくだけでした。


 水をあげません。


 鳥小屋も掃除しません。


 金の鳥と一緒に、唄を歌うこともありません。


 いつしか、北の牧場からは、一羽、また一羽と金の鳥が逃げていきました。


 北の牧場主が気づいた頃には、一羽の金の鳥すらいなくなり、北の牧場主は、もう二度と、金の卵を手に入れることができませんでしたとさ。


■ 第二章 ■ 東の牧場


 東の牧場には、いろいろな動物がいました。牛も、馬も、ヒツジも、豚も、にわとりも、アヒルも。


 東の牧場主は、動物が大好きでしたから、いろいろな動物を集めて飼ったのでした。


 動物たちも東の牧場主が大好きでした。


 すずめも、カラスも、うぐいすも、カエルも、犬も、東の牧場主のまわりに集まって、一緒に唄を歌うのが大好きでした。


 しかし、その中に、金の鳥は、一羽すら、いませんでした。


 その、東の牧場主が、小さな小さな牧場を、作ったばかりのころの話です。


 東の牧場主が、川に水をみにくると、一羽の金の鳥が、水面みなもを泳いで遊んでいました。


 東の牧場主は、土手に座り、楽しそうに、金の鳥をながめていました。


 すると、その金の鳥が近づいてきました。


 いろいろな鳥の中で、金の鳥だけは、人間の言葉を話せましたから、金の鳥は、


「やあ。東の牧場主さん」

と、声をかけてきました。驚いた東の牧場主は、


「おや?私を知っているのかい?」

たずねました。すると金の鳥は、


「もちろん。動物たちが、東の牧場で、幸せに暮らしたいとうわさしているよ」


 東の牧場主は驚きました。動物たちが噂しているなんて知らなかったのです。


「チッポケな牧場なのに?」


「そんな小さな牧場だから、たくさん飼えないだろうって、みんなあきらめている」


「お恥ずかしい。少しづつ、大きくしていくつもり」


「小さくてもいいから、鳥小屋の上に、屋根さえ付いていれば、いいんだけどナ」


「もしかしたら、君も、東の牧場に来たいのかい?」


「そうさ。飼ってくれる?」


「いいとも。大歓迎だよ」


 こうして、東の牧場主は、一羽の金の鳥を飼うことになりました。


 その一羽の金の鳥は、毎日のように「この牧場は、いいね~」と鳴きました。


 すると、一羽、また一羽と、金の鳥が集まってきて、増えていきました。


 金の鳥が増えるのですから、金の卵も増えていきました。


 そうして、東の牧場は、たちまち、大~きな大~きな牧場になりましたとさ。


■ 第三章 ■ 西の牧場の鳥飼い


 金の卵は、にわとりの卵よりも割れやすく、あひるの卵よりも壊れやすく、うずらの卵よりも小さな、もろい卵でした。


 金の卵を産む金の鳥も、卵よろしく繊細せんさいで、警戒心が強く、気分次第でどこかへ行ってしまう、臆病な鳥でした。


 ですから、西の牧場で働く鳥飼いたちは、金の鳥を、大切に育てていました。


 飲み水は、あるかな?


 病気になって、いないかな?


 神様が決めた安息日であっても、雪が降る夜は、見回りを欠かしませんでした。


 日曜日の他に、雷が鳴ったり、風が強かったり、金の鳥が心配な日は、牧場へ行って、様子を見ました。


■ 第四章 ■ 西の牧場の見習い


 大きな西の牧場には、たくさんの鳥飼いと、鳥飼見習いたちが働いていました。


 金の鳥を世話するのは、鳥飼いの役目です。


 川から水を汲んできたり、鳥小屋を掃除するのは、鳥飼いの下で働く見習いの仕事でした。


 見習いは、金の鳥に触れさせてもらえません。


 見習いたちは、いつか鳥飼いになりたいと思っていました。


 鳥飼いになれば、もらえる金の卵の数が増えます。


 牧場の一部を分けてもらって、自分の小さな牧場を作ることもできます。


 いずれは、東の牧場のように、大牧場の牧場主になることも夢ではありません。


 鳥飼いは、見習いたちのあこがれでした。


 しかし、西の牧場主は、見習いを、なかなか鳥飼いにさせてくれません。


 西の牧場主が「一人前だ」と認めた見習いだけが、鳥飼いになれました。


 そんな牧場ですから、金の卵が欲しいだけの単純な理由で働く者は、一人としていませんでした。


 見習いたちは、鳥飼いになろうとはげみました。


 鳥飼いたちは、自分の仕事に、誇りと自信をもち、金の鳥のため、牧場のため、そして何より自分のため、一生懸命に働きました。


 そんなに大切に世話しても、金の鳥は、金の山へ帰ってしまったり、他の牧場へ行ってしまいます。


 金の鳥が減ると、鳥飼いたちは、金の山へ出かけて行って、金の鳥をつかまえてきては、牧場へ放しました。


 そうして、西の牧場は、東の牧場と並ぶ、大きな牧場になったのでした。


 ところで、西の牧場主は、どうやって「鳥飼いに昇進させていい見習いかどうか」を決めていたのでしょう?


 その答えは金の鳥が知っていました。


 西の牧場主は、金の鳥たちに、次は、誰を鳥飼いに昇進させたらいいか聞いて、決めていましたとさ。


■ 第五章 ■ 南の牧場


 南の牧場主は、悩んでいました。


「うちの牧場には、千羽の金の鳥がいるから、千個の卵が取れるはずなのに、どうして半分の五百個だけなんだろう?」


 そんなことを考えつつ、南の牧場主が、牧場の裏庭を歩いていると、倒れている金の鳥を見つけました。


 南の牧場主は、思わず駆け寄って、


「おい!どうしたんだ?しっかりしろ!」

と、声をかけました。

 

 金の鳥は弱々しく、何か言いたげでしたが、ガクリと首を垂れて息絶えてしまいました。


 南の牧場主は、金の鳥たちを集めて、どうしたことか、聞いてみました。


 すると、鳥たちから、驚きの答えが返ってきました。


「たくさんの金の鳥が、山へ帰った」


「残っている金の鳥たちは、飛べない鳥だけになってしまった」


「飛べなくても、歩いて、他の牧場へ行った」


 南の牧場主が驚いて「どうして?」と、その理由を訊ねると、


「鳥飼いたちの世話が、おざなり」


「本人たちは鳥飼いの仕事しているつもりでも、見習いでも出来る世話しか、できない」


「鳥飼いたちは、金の卵が欲しいだけ」


「鳥飼いたちが大切なのは、金の鳥ではなく、金の卵なのさ」


 それが本当かどうか、今度は、鳥飼いたちに聞いてみました。


■ 第六章 ■ 南の牧場の鳥飼い


「お前たち鳥飼いが、金の鳥を世話していないって、本当?」


 すると、鳥飼いの一人が答えました。


「ちゃんと世話していますよ。牧場からもらっている給料分の金の卵の個数分だけは」


 別の鳥飼いも答えました。


「もらえる給料分の金の卵の個数が少ないんですよ。もっと増やしてくれなきゃ、これ以上は世話できません」


 他の鳥飼いも口を開きました。


「卵を産まないのに、文句がある鳥は、他の牧場へ行きゃあイーんですよ」

と、吐き捨てました。


 それを聞いていた南の牧場主は、開いた口がふさがりませんでした。


■ 第七章 ■ 鳥飼いたちの意識の差


 はるか東にあるという黄金の国ジパングでは「お鳥様」と呼び、御酉様おとりさまをまつる神社じんじゃや、とりいちという祭りまであるくらいです。


 神様あつかいする国があるを、自分の牧場で働く鳥飼いたちは、呼び捨てにしていたなんて、驚くより、悲しくなりました。


 金の鳥を短く世間で「とり」と呼ぶことはあっても、牧場関係者で「鳥」と呼び捨てにするのは、入りたての見習いくらいです。


 普通は、金の鳥と呼びますし、他の牧場の鳥飼いたちは「鳥さん」と呼びます。


 しかも、立場が弱い鳥へ向かい、

「文句があるなら、他へ行け」

とは、なんたるハラスメント(いじめ、いやがらせ)でしょう。


 そもそも、金の鳥は、鳥飼いたちに、牧場が世話をたくしたですから、牧場の大事な財産です。


 その財産を、ぞんざいに扱って、平気な顔して

「もらえる金の卵の数を増やせ」

とは、なんたる恥知らずでしょう。


 南の牧場主は、こんな鳥飼いたちに育ててしまった自分が情けなく、涙をこらえながら、


「お前たち、鳥飼いの中で、金の鳥が、他の牧場へ行ったり、山へ帰ったり、死んでいなくなった数を、毎日、ちゃんと確認していたのは、誰がいる?」


 と聞きました。


「はい!俺は、確認していました!」


と答えた鳥飼いは、一人もいませんでした。西の牧場の鳥飼い達とは、別人種のように意識が違うようです。


 南の牧場主は、ため息をつきながら、


「お前たちのような鳥飼いは、要らない」

と、キッパリ言いました。「でも、もう一度だけ、チャンスをやろう」


「この牧場で、もう一度、鳥飼いの見習いから始めるか、それがイヤなら、他の牧場で雇ってもらうか、自分で牧場をひらくか、好きな道を選ぶがいい」

と言って立ち去っていきました。


 それを聞いた鳥飼いたちは

「ひどい牧場主だ」

「出て行ってやる」

「いなくなって思い知るだろう、おれたちの実力を」

と、口々にわめきつつ、南の牧場を去っていきました。


 南の牧場を辞めた鳥飼いのうち、西の牧場へ行った鳥飼いたちは、日曜日でも働く鳥飼いの意識の差に驚き、「日曜まで働けるか!」と逃げるように、また他の牧場へ面接に行きました。


 東の牧場へ行った鳥飼いたちは、金の卵より、一緒に歌を唄って金の鳥を大切にする風土に馴染めず、「歌なんか、仕事じゃねえ」と、またまた他の牧場へ面接に行きました。


 結局、彼らを受け入れてくれたのは、金の卵だけを欲しがる、北の牧場主でした。


 北の牧場主と、鳥飼いたちの波長は、ぴったり合いました。金の鳥が、死のうが、弱ろうが、彼らの知ったこっちゃありませんでした。


 北の牧場から金の鳥がいなくなり、牧場がなくなったあと、北の牧場主と、鳥飼いたちが、どこへ行ったのか、その行方を知る人は誰もいませんでしたとさ。


■ 終章 ■ 牧場ができる前のこと


 昔々あるところに、金の山と呼ばれる、それはそれは大~きな大~きな山がありました。


 金の山には、金の鳥がんでいました。


 金の鳥は、金の卵を産みます。


 その金の卵は、魔法の卵でした。


 金の卵に唇を寄せ、欲しいものを唱えると、金の卵は、欲しいものに変わります。


 その魔法の卵を獲ろうと、たくさんの人たちが、山へ登りました。


 ある者は、壁のような山を登りきれずに、落ちていきました。


 ある者が、山から下りて、獲ってきた金の卵を、取り出してみると、金の卵は、つぶれていました。


 みんな、みんな、金の卵を欲しがりました。


 しかし、金の卵を産む金の人は、誰もいませんでした。


 牧場を作って金の最初の牧場主が現れるまでは。


 東の牧場主は、こう言ったそうです。


「金の卵が先か?金の鳥が先か?そんなの、金の鳥に決まっている」


 西の牧場主は、こう言ったそうです。


「金の卵は、使えば無くなる。しかし、金の鳥は、金の卵を産み続ける」


 南の牧場主は、こう言ったそうです。


「金の卵が足りないんじゃない、金の鳥が足りないんだ」


 北の牧場主は、こう言ったそうです。


「みんな、本音じゃ、鳥でも、卵でもなく、卵が変わるが欲しいのさ」

                 「了」

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