第7話 千丈電子セキュリティー2

 暖房の効いた店内で対面式の席に座って、年頃らしいお茶の時間を楽しんでいたという表現は微妙で、智檡と紗鳥に挟まれるようにして私が座り、対面には一回り以上歳の離れた男性二人がコーヒーとケーキを目の前に置いている。



 哲学堂公園を一通り見て回った私たちの身体も冷え、智檡が喫茶店に行きたいと言いだしたのが切っ掛けとなり、紗鳥が妙に事件について食いつきが良く、「シブさんも塚本さんも一緒しませんか?」二人を誘い、こうして席を挟んでいる。



 喫茶店の内装は落ち着いたレトロ趣味な造りとなっている。席も数人が掛けられるカウンター席と二組分のテーブル席しかない小規模な店。私たち以外に客の姿はなく、カウンター越しに大学生くらいの女性が、「塚本ちゃんが誰かを連れてくるなんて、珍しいこともあるんだね」親しげに笑顔を向けながら、ショーウィンドウのケーキを三つ取り出した。



「ちょっと休憩するのにはちょうどいい場所だからね。それにここならあまり公にできない話も出来るわけだし」

「いつも私の店は閑古鳥が鳴いてますよぉだ」

「ああいや、そういうつもりじゃなくて」



 慌てて弁解する塚本刑事を一瞥した落合刑事が溜息をつき、「親しいんだな。お前がこんな店に通っているなんて知らなかったよ。狙っているのか? あの子を」冗談っぽく囁くとあからさまな動揺を示した。



「そんなんじゃないですって! 彼女はその……、情報屋と親しいらしくてですね。えっと、たまに情報を安く売く買い取らせてもらってるんです」

「信憑性はあるのか?」



 小声で耳打ちしたタイミングで、「失礼じゃないですか。渋いおじさまは私の師匠を知らないからそんなことが言えるんですよ。情報を売り買いする人達からしたら、知らない人はいないんですから」胸を張って、トレーに乗せたケーキを少女達の前に置いていく。



海津原みつはら聖人せいと君とは言わないよな」

「正解です。あれ、知ってるんですか?」

「なるほど、確かに失礼だったな。訂正と謝罪をさせてもらっても?」

「分かればよろしいんです。それでこんな若い子達を前に、どんな公にできないお話をするんでしょう。まさか、いかがわしいやつだったりですかぁ?」



 ニヤニヤとする女性店員に、「違う違う。最近、中野区で起きている殺人事件についてだよ」塚本刑事が笑って訂正を入れる。



「へぇ。普通の女の子相手に、ですか?」

「普通の女の子には話さないなぁ。上野議員は知っているね。彼女、娘さんなんだ」

「えぇ!? そういえば、上野邸で被害者が出たとかニュースで……、ああ、それで」



 女性店員は私を見て会釈をした。



 同じように会釈で返すと視界の端、レジ横に置いてある長いモノを捕らえた。形状からして傘でないことは明らかで、白い布でグルグルに巻かれていて何かは分からなかった。一瞬の視線の動きを見逃さなかったシブさんも、同じ方向に顔を向けて、「あれはなんでしょうかねぇ。傘、にしては少々扱いが物々しいというか」ジロリと店員を睨んだ。



「気になるのでしたらご覧になっても構いませんけど、壊さないでくださいね。預かり物なので、私の私物じゃないんですから」



 そう言った女性店員はレジの横に立て掛けてあるモノを手にして戻ってくると、グルグルに巻かれた布を解いて見せてくれた。



「刀ですか!? ちょっと、どうしてそんなものを置いてあるんですか。というより、誰がこんな物騒なモノを預けていったんですか」



 素っ頓狂な声を上げた塚本は立ち上がろうとしたが落合に腕を引っ張られた。刀を手にした店員は柄の部分を握ると少しだけ力を込めて、「本物らしいんです。一応、レジの下に許可証も保管してありますけど、それは個人情報なので見せてあげられません」数センチだけ刃の部分を見せた。



「許可証があるのなら我々はこれ以上の関与はしませんよ。持ち主の方に言って置いてください。許可証は本人にのみ有効なので、他人に預けるようなことは今後止めるように、と」

「しっかりと伝えておきますよ。私ちょっと倉庫に行ってきますので、ゆっくりと公にできない内密の話をしていてください。私は一般人なので邪魔になりそうですから。そのために来たんだよね、塚本ちゃんは」



 布をまき直して胸にしっかりとい抱いた店員が店の奥へと消えていった。店内には雰囲気に合わせたジャズミュージックが流れているだけで、この中の誰もが誰かがしゃべり出すのを待っていると、「では、本題に入るとしましょうかね。亡くなったこれまでの被害者の心臓部には花が挿してある、というのはニュース等で知っているでしょう。ですが、花の種類までは公表させていません」落合刑事はコーヒーを一口飲み、「これまでに確認されている花の種類を」塚本にバトンを渡す。



 角がヨレた手帳を取り出して慌ただしくページを捲る塚本刑事。



「大切な証拠には付箋なりなんなりとしとけよ」



 手間の悪い部下を呆れた様子で笑む。



――面倒見の良い方ね。



「はい……。ええと、あった」



 順々に殺された被害者の遺棄された場所と挿された花名、それと花言葉を説明していく。



「ふん、理解できないね。被害者に共通点もなければ、接点も無い。これでは無差別殺人だな、若い女性という点を除いて見れば。狂人の美学と言う一種のロマン劇なんじゃないのか」

「ロマン劇ならなおさら、犯人の主張となる花は貴重な足取りになるわ」

「警察は中野区の防犯カメラを調べたのか? 目立つ場所ならなおさら遺棄する瞬間を捕らえているはずだろ」



 もっともな意見に警察の二人は困ったように顔を見合わせた。



「もちろん調べましたよ。ですが……、まるでマジックのように、死体がいきなり現れたんです」

「何それ! 何も無い空間から現れたって事?」

「そう言ってるだろ。分かっていることをいちいち確認するな」

「分かっててもさ、いきなり何も無い場所から死体が現れるなんて科学的にありえない現象じゃん!」

「世界中の防犯カメラ映像を管理監視している千丈電子セキュリティーなら、カメラに映像に細工くらいできそうではあるな」

「なに、紗鳥。私の身内を疑ってるわけ?」

「冗談だ。悪かった、今のは言って良い冗談じゃ無かったよ。たとえ細工できたとしても、プロが見れば編集されたものかどうかは判断がつくはずだ。それに監視の目はカメラだけじゃない。中野駅前なんて、深夜でも人の通りがある。そんな場所に死体遺棄をするリスクに見合うメリットが見当もつかない」



 紗鳥の言うとおりだった。人目という誤魔化しの利かないセキュリティーが常に、予測も付かない法則で動き回っている。



――遺体が本当に突如出現した、なんてファンタジーがまかり通るなら。



「私の家に遺棄できた謎にも説明がつくわ」



 しかし現実に魔法なんて奇跡は存在しない。ゴミ収集車で死体を運び、回収をするフリをして遺棄したというのが、現実的に考えて可能性としてありえる一例。しかしその考えを躊躇いもなく霧散させる。



――突然遺体が現れたなら、ゴミ収集車では説明が付かなくなる。ダメね、思考の組み立てが柔軟ではない。



 凝り固まった常識に囚われている証拠だ。上野邸の不完全ながらも完成形として機能している屋外密室の件だって、どこかに抜け道があるはずなのだ。目に見えるだけが全てではない。



 頭の中で広げすぎた情報を一度整理して、一つずつ考えてみることにした。



「シブさん。私にも見せてもらえませんか、駅前のカメラ映像を」



 塚本刑事の言葉を信じていないわけではなかったが、自分の眼でも確かめてみたくなり、無理なお願いをしてみたところ、落合刑事は快諾してくれた。二人も興味があるらしく身を乗り出してきた。



「本当に特別ですからね。俺の携帯にその映像データを移してあるので、気が済むまでどうぞ」



 大きな画面の携帯電話をテーブルの真ん中に、画面を上向きにして置くと、中野駅前の映像が映し出された。死体遺棄された南口の様子が淡々と続くと、「そろそろです」落合の言葉に三人の少女は顔を画面に近づけた。



「ほんとうに、いきなり現れたのね」



 何も無い場所から前触れも無く出現した死体は、シャッターの降りた改札前に鎮座していた。その場所の付近にはたまたま人が居なかったし、車も通っていなかった。紗鳥が携帯を手に取って映像を巻き戻し、「音声は入ってないのか?」落合刑事を携帯越しに睨み付けた。



「映像だけですよ。他にも別アングルからのものもありますが」

「他の映像も突然現れるんですか?」

「同様に」



 勝手に落合刑事の携帯を操作している紗鳥は、別アングルからの映像を映してテーブル中央に置いた。



「ホントだ。パッと現れるね」

「世の中にそんな超常現象があってたまるか」

「神社の子がそんなことを言ってはいけないわ、紗鳥」

「神様はいる」



 何度再生しても同じように現れる。映像を切り抜いてつなぎ合わせたようだ、と紗鳥は言うが、彼女も含めてこの場に居る全員がそういった知識も見抜く目も持ち合わせていない。



 死体遺棄方法は今の段階では保留にしておく。しかし必ず方法がある。紗鳥の言ったように超常現象なんてものはこの世に存在しないからだ。存外、種明かしをすれば、ああその程度のことか、と納得できてしまえるのがマジックだ。



 誰もが黙り込んでしまったので店内を見渡していると、レジカウンターの棚に列車のおもちゃが置かれているのを見つけた。しかし視線はすぐ脇の扉に差した影に向き、「三葉ちゃん、いないの?」店の扉を開けた若い男性が店内を見渡し、「おや、刑事さん。こんな場所で会うなんて奇遇だ。その子たちは何かの事件の参考人かい?」私たちのテーブルまでやってきた。



「海津原君か。キミこそどうしたんだ、何か情報の臭いに誘われでもしたか?」

「今回は金にならない仕事なんだよね。ちょっと預けモノの回収に来たんだけど……、三葉ちゃんは出掛けてる?」

「女性店員のことか? 彼女なら倉庫に行くと言っていたよ」

「そっ。なら、僕が来たことを伝えてもらっていいですか、預かり物は回収したって」



 海津原という人物は刑事二人に対面して座る私たちを順に一瞥して、「へぇ、これは面白い組み合わせだ。千丈智檡さんと上野智恵さんか。金にはならなそうだけど、好奇心が掻き立てられる組み合わせが刑事と茶を飲むなんてね」私はどうしてか咄嗟に彼から視線を逸らした。



――なに……、この人。



 彼の眼を見ていると自分を見ているような気分になった。普通の眼をしている。普通に笑っている。それなのにどうして彼は人間のように見えないのだろうか。彼はまるで全然他人を見てはいない。見るモノすべてが有価値か無価値かによって評価を下し、人間も虫も同列に、取るに足らないモノとして見ているような冷めた印象。



 他人と共感したい私にとって、他人をどうでもいい存在と見ているような彼に反発を抱いているのかもしれない。



 そもそも彼を恐れてしまったのは、自分の勝手な想像であるのにもかかわらず、「上野智恵さん。そんなに僕を怖がらないでくれるかな。キミに花なんて挿さないし、興味もないんだから」なんて優しく微笑む。



 彼の言葉、彼の態度、彼の思想のどれもが溶け合っていない。矛盾を詰め込んだような男だ。



「え。その良い方だと、貴方が犯人だったり?」



 恐怖から救い出したのは智檡の冗談めかした言葉だった。



「僕じゃないだろ。僕は情報屋だ。上野智恵がまるで僕を殺人者のように怖がるから、ジョークを言っただけなんだけど、面白くなかったようだね。苦手なんだよ、そういった意味のない言葉遊びはさ」

「海津原君は他人に対して、もう少し寄り添った言い方を覚えるべきだと思うよ」

「それは難しいよ。興味のないことを学ぶつもりはないし、今の僕こそ本来の僕なんで。偽りは人の為にならず。ああ、そうそう。最近、僕のテリトリーで好き勝手やってくれる殺人鬼も、花言葉なんてまどろっこしい手段を使わないで、自分を世間に曝け出せば良いのに。ねえ、そうでしょう刑事さん。合理的な手段の方が捜査もし易くなる。さあ、秘めた想いをいつまで秘め続けられるか見物だよ。防波堤が一気に崩壊しないかが心配だ。そういう奴はね、自制が利かなくなって、手が付けられないくらいに発散させようとするんだ」

「おい。いきなり現れてさぁ、ペラペラと頭の悪い言葉の羅列を吐き出すな。智恵が怖がってる。何より私の機嫌が悪い、それを察してどっか行けよ」



 大きく舌打ちをした紗鳥が席を立って海津原さんを睨み付ける。



「そう怒るようなことでもないと思うが、まあいいけどね。僕はアレを回収しにきただけだし、もう行くよ。ああ、それと、どうしてキミが怒っているのか、僕には分からないね。だって、キミのことを言ったわけじゃないんだし」



 海津原聖人はレジの脇に立て掛けてある刀を手にしてから許可証を確認した。



「また御入用だったら連絡を待っているよ、落合刑事と塚本刑事」



 小さく手を振って最後に私達へ視線を移して微笑んだ。



 彼が店を出て扉が閉まるまで私は視線を上げることが出来ないでいた。



――あんな人が……。

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