悪魔の囁き

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悪魔の囁き



 が、眼前に広がる廃墟を見渡す。そこにはかつて、非常に栄えていた王都があり、国の象徴たる王城があった。


 それが今では、見るも無残な灰色の町。


 そして……かつて、それを成した魔王は、卑屈な笑みを浮かべ、次の目的地へと旅立っていった。







 燦燦と陽光が降り注ぎ、蝉の声がよく響く、夏のある日のこと。



 とある工事現場の足場がバキッ、と大きな音を立てて崩れ始めた。そしてその下には、登校中と思われる女子高生の姿。



「おい! 危ないぞ!」



 状況にいち早く気づいた男性が大声を上げた。しかし、大きな蝉の声のせいか、はたまた彼女の身に付けているのせいか。彼女は男性の警告に気づくことなく……そのまま、崩落した足場に圧し潰された。









 ――あ、死んだ。



 私はそう直感した。痛みはあまり感じなかったから、たぶん、即死だったんだと思う。ところで……ここは死後の世界なのかな? 光も音も、何もない。まさに「無」という言葉がぴったりな世界だと思う。



 ――やぁ、聞こえるかい?



 突如頭に響く、中性的な声。



 ――だ、誰?


 ――うん、聞こえているようでなによりだ。早速で申し訳ないんだけど、君は死んだ。本来はこのまま君の魂も、摂理に則って消滅していくんだけど、ちょっと君にお願いがあってね。ああ、ここでは、考えるだけで声が相手の意識に届くから、問題なく会話ができるよ。



 あ、やっぱりここは死後の世界なのね。



 ――お願いと言うのは何でしょうか?


 ――えっとね、異世界に行って、魔王を倒してほしいんだ。


 ――あの……私には何の力もありませんよ?


 ――大丈夫。剣と魔法の成長を早める加護、つまりは天賦の才を与えてあげるし、君のスタート地点は、その世界で最大の国力を持つ国だからね。必ずいい師匠をつけてくれるさ。衣食住にも困らないと思うよ。



 ――ちょ、ちょっと待ってください……私がその世界に行くのは確定なのですか? それと、異世界に行ったらコミュニケーションに困りそうなんですが? 当然、話されているのは日本語ではないですよね?


 ――別にこの話を断ってくれてもいいよ。そのまま君の魂が消滅していくだけさ。それとコミュニケーションについては……そうだね。ここみたいにができる魔道具をプレゼントしよう。もちろん翻訳機能付きだよ。


 ――その魔道具とやらに頼らず、会話ができるようにはできないんですか? あと、読み書きは自力で習得するしかないんですか?


 ――これでも譲歩してるんだよ? 本来はこんなやり取りもなしで、才能だけを与えてその世界に送るんだからね。


 ――そう……ですか。



 うーん、ちょっとキツイなぁ。



 ――あ、じゃあ、魔王を討伐した暁には、君の願いを何でも一つだけ叶えてあげるっていうのはどう?


 ――な、何でもですか?


 ――ああ、何だって叶えてあげよう。


 ――例えばなんですが……



 もしも、これが叶うならば、私は……




 ――うん。それも叶えられるよ。



 ――分かりました。異世界に行って、頑張ってみようと思います。


 ――そうかい! よかったよ。じゃあ、向こうに送るね。また会える日を楽しみにしているよ。




 その言葉を最後に、再び意識が暗転した。









 ……私がこの世界に召喚されて、一ヶ月が経った。



 コミュニケーションが困難なことを除けば、十分すぎるほど充実した生活を送っていると思う。高級で上質な服が何着も用意され、食事は前世でも食べたことがないほど美味しいし、自分用の屋敷まで用意され、メイドさんが何人もいる。


 一体どれだけのお金がかかっているのかは、正直怖くて考えたくもない。


 コミュニケーションについても、魔道具があるから問題ないと思っていたんだけど……なんと、その魔道具は二人用だったのだ。イヤホンのような形をしていて、その片方をつけた相手と念話が可能になるという代物だ。ただ、念話ができる相手が一人というのは、想像もしていなかった。これ、詐欺じゃない? 普通、そんな制限があるなんて思わないよね?



 普段生活しているときはメイド長さんに渡していて、訓練の時は師匠に渡すようにしている。



 そうそう、私には師匠が三人いる。


 〈剣聖〉と呼ばれる20歳ぐらいの騎士団長には剣術を中心とした戦闘技術を、〈賢者〉と呼ばれる初老の宮廷魔導士には攻撃魔法と魔物の知識を、〈聖女〉と呼ばれる同い年の王女には回復魔法とこの国の言葉を、それぞれ習っている。


 〈剣聖〉は訓練となると厳しいが、とても紳士的で、なによりイケメンだ。


 〈賢者〉もその神経質そうな顔とは裏腹に、とても親切で、私のどんな質問にも嫌な顔ひとつせず答えてくれる。


 〈聖女〉は同い年ということもあり、とても話しやすく、私の唯一の友達と言えるだろう。



 そんな彼らからこの世界を生き抜くための術を教わり続けたが、今日はついに、初めての実戦だ。



 私と三人の師匠との四人パーティで向かうのは、ゴブリンの集落の討伐。ゴブリンはこの世界においてそれほど強い存在ではないが、かと言って油断できる相手でもない。稀に現れる上位個体であるホブゴブリンなどは人間のように思考することができる。また、ゴブリンは群れで生活しており、繁殖力が高く、人間を攫い苗床とすることもある。



 これらは全て知識として持っているだけで、実際にその姿を見たことはなかった。



 だけど……なるほど。確かに、こちらを欲望に満ちた目で見つめる眼前の魔物たちは、邪悪な存在なのだろう。



 ――それでは、行きますわよ。



 〈聖女〉からの念話だ。戦闘時は彼女に念話の魔道具を渡し、司令塔になってもらうのだ。



 ――うん。サポートよろしくね。


 ――お任せくださいまし。



 その言葉と共に、彼女の強化魔法が私に施された。



「フッ――」



 鋭く息を吐き、私はゴブリンとの間合いを詰めた。私の速さに驚いたのか、硬直したゴブリンの首を一閃。肉を斬り、骨を断つ感覚が剣を通してリアルに伝わってくる。


 断末魔の叫びは聞こえなかった。だが、それが良かったのかもしれない。


 これが命を奪う感覚なのね――と私は短く嘆息。どうにもこの感覚は慣れそうにない。


 少しは気持ちを整理する時間が欲しいところだけど、敵は待ってはくれない。私は再び剣を構え、ゴブリンに向き合った。





 ……あれから何体のゴブリンを倒したのかは、もはや覚えていない。だが、残るは僅か五体。鬱蒼とした森のせいか、少し気分が悪い。早く討伐して私の家に帰りたいところだ。



 ――あの一番奥にいるのはホブゴブリンですわ。ゴブリンとは強さの格が違うので、ご注意を。ひとまず、その取り巻きから片付けましょう。


 ――了解。



 そして私がゴブリンに攻撃を仕掛けようとしたその時、突如は現れた。



 ホブゴブリンの隣に現れたは、見るだけで嫌悪感を抱いてしまう、闇を凝縮したような塊。一体なんだろう、あれは。何故か、とてもよくないことが起きようとしている気がする。



 森がざわめき、漂う雰囲気がガラッと変わる。



 そんな中、ホブゴブリンは空中に浮かぶを何の躊躇いもなく掴み、そのまま口に入れようとした。



 ダメ。阻止しなきゃ――!



 私は直感に従って、攻撃魔法を放った。しかし一歩遅く、私の魔法が直撃したのは、ホブゴブリンがを口に入れた後だった。




 嘘、でしょ……?



 私の魔法を無傷で凌いだその魔物は、明らかにホブゴブリンとは別物になっていた。その体躯は一回り大きくなり、より強靭なものになっている。さらにその眼は染まっており、内包する凶暴性がありありと感じられる。そして何より、その威圧感。ただそこに居るだけなのに、息が詰まるほどの圧倒的なプレッシャーが、私を襲う。



「――ッ!」



 油断はしていないつもりだった。だけど、いつの間にかその魔物が目の前に現れて、剣を振り下ろそうとしていた。私は咄嗟に避けようとするが、足が竦んで、思うように動けない。



 目の前に迫るのは、濃厚な「死」。



 あぁ……また私は死ぬのね。



 私が諦めかけたその時、左から強烈な衝撃を受け、私は吹き飛ばされた。



 一体何が!?



 慌てて起き上がり、魔物の方を見ると、〈剣聖〉がその魔物の剣を受け流していた。ただしその顔は苦痛に歪められ、かなり無理をしているのだと思われる。



 ――ひとまず後方へ下がってください!



 私に回復魔法がかけられると同時に、そんな念話が届いた。


 私は指示に従い後退しつつ、〈聖女〉に尋ねる。



 ――あの魔物は一体なに!? 絶対普通じゃないよね!?


 ――〈賢者〉様曰く、あれはユニークモンスターのようですわ。ユニークモンスターは総じて人類を脅かすほどの力を持っており、討伐には騎士団が総がかりで参戦するような相手ですの。赤い眼が特徴なので、見ればすぐに分かるらしいですわ。もっとも、〈賢者〉様も、魔物がユニークモンスターに進化する瞬間を目撃したのは初めてのようですわね。



 そんなやり取りをしている間にも〈剣聖〉は一人奮戦し、そのユニークモンスターの隙を作り出すことに成功した。


「――――!」


 その隙を見逃さず〈賢者〉が、私とは比べ物にならないほど強力な魔法を放った。


 しかし……それでも倒すには至らず、傷をつけるにとどまった。さらに、目で見て分かるほどに速く回復していっている。



 ――あれを倒しきるには〈勇者〉様のお力が必要です。私どもであの敵を疲弊させ、大きな隙を作りますので、そこに〈聖剣〉の一撃をお加え下さいまし。


 ――了解。



 〈聖剣〉――それは〈勇者〉に与えられた、必殺の一撃。剣に特殊なオーラを纏わせ、敵に、特に魔物に大ダメージを与えることができるものだ。ただ、私はまだまだ未熟なので、〈聖剣〉を発動するにはしばらくの集中が必要となり、その間私は無防備になる。また、力の消耗が激しく、一度しかチャンスはない。



 深く呼吸し、意識を集中させ、その一瞬を待つ。



 深く……さらに、深く…………





 ――今ですッ!


「――ッ!」



 溜めた力を一気に放出し、全力で剣を振るう。



 そして確かな手ごたえと共に、私は意識を失った。









 ユニークモンスター「ゴブリンロード」を倒してから早二年が過ぎた。



 初遠征にもかかわらず、ユニークモンスターをたった四人で倒したということで、勇者の名声が高まり、多くの味方を得ることができた。


 それからも、魔物や魔族――魔物の中でも高い知性を持つ者――を討伐し続け、〈勇者〉の力への信頼は確固たるものとなった。



 私自身の大きな変化と言えば、実力が著しく成長したことはもちろんだが、〈剣聖〉と恋仲になったことだろう。パーティ内の恋愛が不和を齎す要因となることも多いようだが、幸い〈聖女〉も〈賢者〉も祝福してくれ、未だにパーティとしての仲も良好だ。


 魔王を討伐するまでは子供を持つわけにはいかないので、避妊を続けているが、将来は幸せな家庭を作れたらいいな、と思っている。



 問題だったコミュニケーションも、筆談ではだいぶ話せるようになった。ただ、発音の方は難航しており、まだまだ時間がかかりそうだ。まあ、予想はしていたので、根気強く頑張るしかないのだけれどね。


 とはいえ、前世では得ることのできなかった、信頼できる仲間たち。彼らと会えただけでも、こちらの世界に来た意味があるというもの。



 そして――ついに今日は、決戦の日。



 昨日はゆっくりと休み、英気を養ったので、コンディションは最高だ。



 ――それでは、行きますわよ。



 いつものように〈聖女〉が念話でそう宣言する。



 ――うん、行こうか。




 そして決戦の火蓋は切られた――









 両者ともに掛け声も、雄叫びもなかった。ただ、自然に、予定調和のように、されど、決死の覚悟で――衝突する。



 常人ではとても目で追えないほどの、理解の及ばないほどの、激しい戦い。



 地形を変え得るほど高火力な〈魔王〉の魔法が連発され、〈賢者〉がそれに対抗するように魔法を放つ。



 〈剣聖〉が援護しながら、〈勇者〉が〈魔王〉へと接近し〈聖剣〉を何度も振るう。



 手足が吹き飛ばされても、すぐに〈聖女〉による回復魔法が届き、何事もなかったかのように戦いは続く。



 苛烈を極めるその戦いは、神話で語られるような「聖戦」の如く。




 そして……丸一日続いたそれは、〈勇者〉が〈魔王〉の心臓を貫いたことで、幕を閉じた。



 今際の際に〈魔王〉が〈勇者〉に何かを呟いたようだが、〈勇者〉はそれを意に介すことは無く、の〈魔王〉は笑って消滅した。



 それと同時に〈勇者〉の意識は、闇へと落ちていく……









 ――ここは?


 ――やぁ、聞こえるかい?



 頭に響くのは、中性的な懐かしい声。



 ――私、勝ったんですよね?


 ――うん、君の勝利だ。お疲れ様。そして、ありがとう。



 ――昔、私に言ったこと、覚えてます?


 ――ああ、勿論さ。願いは変わりないかい?



 ――ええ、変わらず私は…………。



 ――分かった。その願いを叶えよう。じゃあ、これでお別れだ。もう会うことは無いだろうね。


 ――はい、こんな機会を与えてくださって、ありがとうございました。




 そして、かつてのように、感覚が薄れていく。




 ――この世界には、案外、が多いんだよ。




 何かを囁いた気がしたけど、それを聞き取ることはできなかった。









 意識が戻った。だが、すぐに起き上がるようなことはしない。まずは身体に意識を向け、怪我などをしていないかを確認する。昔、勢いよく起き上がり、余計に身体を痛めてしまった経験から学んだことだ。



 うん、怪我は残っていないようね。やっぱり〈聖女〉の魔法は凄いわ。戦いの後、どうやら転移魔法で、私は王城に運ばれたらしい。廊下を歩く人の足音も、外で鳴く虫の声も、喧噪も、問題なく



 よし、仲間に会いに行こう。



 そう思い私は起き上がり、部屋の隅に控えていた使用人に声をかけ、彼らがいると思われるところに向かう。


 魔王を倒して念願が叶った。これから訪れるであろう平和で幸せな生活に、私は思いを馳せる。


 ――私は運がいい。だって、前世で夢に描いた生活が、もうすぐ手に入るのだから。


 いつもの部屋の前で立ち止まり、ノックをしようとして、固まった。〈聖女〉と〈剣聖〉の声が聞こえたからだ。




「――それで、これからあいつはどうするんだ?」


「予定通り、他国を威圧するための駒としましょう。殺すのは勿体ないですし……そう言えばあなたは、魔王討伐後は彼女と結婚するんでしたっけ?」


「ハッ、勘弁してくれよ。あんな田舎臭い女はごめんだぜ」


「でも、彼女はあなたに夢中ですわよ? ちょっと優しくされたからって……単純な女ですわよね」


「おいおい、あいつはお前のこと友達だと信じているんだぜ? そんなこと言っていいのかよ?」


「安心なさい、彼女のに入ることはありませんわ。それにしても、友達、ねぇ。分不相応にも程があると思いません?」


「それもそうだ」




 ハハハハ、と二人の笑い声が聞こえる。




 頭の中がごちゃごちゃになり、崩れそうになる体を、私はドアノブを掴むことで支えた。




「誰だ!?」



 ドアノブの音で、誰かが盗み聞きをしていると気づいた〈剣聖〉がそう叫ぶ。



 カチャ、とドアを開けて姿を現した私を見て、〈剣聖〉は安堵のため息をつく。



 ……嘘だ。そんなはずない。



「なんだ、噂をすればってか。おい、話してやれよ」


「仕方がないですわね。まったく」




 ――おはようございます、目が覚めたのですね。ところで、何やらお疲れのようですが、大丈夫ですか?




 ……彼女のこちらを気遣うような仕草が気持ち悪い。



「おい、なんか様子がおかしくねぇか?」


「そうですわね。魔王に精神攻撃でもされたのでしょうか? ……これでは使い物になりませんわ」




 その囁きが、私の胸を大きくえぐる。




「…………ぃ」


「え?」


「信じてたのに! 皆のことを仲間だって!」


「なッ! お前まさか、耳が――!」



 全てがまやかしだったんだ。嘘だったんだ。私がやっと手に入れた仲間は、友達は、信頼できるパートナーは――すべて虚像だったんだ。



 結局、ここにも、私の居場所なんてなかったんだ。そっか……そうだよね。前世でもいじめられ、友達はおらず、両親は早々に事故で死んでしまって、独りで……そう、ずっと私は独りのままだったんだ。




 今も、私は、独りのまま。




 何も信じることなんか、できない。





「あ、あああぁああぁぁああぁああ――ッ!」



「お、落ち着いて下さいまし!」


「そうだ、何か勘違いをしているんだ! 話を聞いてくれ!」



 うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい!



 何も聞きたくない。何も知りたくない。こんなことなら、ずっと騙されたままの方がよかった!



 悲しみ、痛み、苦しみ、喪失感、絶望感、孤独感……あらゆる感情が私の胸を渦巻く。



 私は涙で顔がぐちゃぐちゃになりながら、剣を取り出し、激情のままに暴れる。



「衛兵! 衛兵はいませんの!? 〈勇者〉が狂乱状態ですわ!」


「クソッ! こうなったら殺すしかないぞ!」


「ええ、仕方ありませんわ!」



 私に明確な殺意を向けるのは、信頼していた仲間だ。




 そして私も躊躇うことなく〈聖剣〉を発動させ、彼らに襲い掛かった。








「はぁ、はぁ、はぁ……」



 私は残り僅かな魔力を使い、斬り飛ばされた腕を止血した。



 ……あれから、数えるのも馬鹿らしくなるほどの人間を殺し、あらゆるものを壊し続けた。



 〈剣聖〉も〈聖女〉も〈賢者〉も、私のメイドたちも皆、私の〈聖剣〉で殺した。



「はぁ、はぁ、はぁ」



 王城は、私の〈聖剣〉や魔法によって、瓦礫と化した。


 観光名所だった王都は、見るも無残な姿だ。



 ……そして今、私は、逃げるように森を走っていた。泥だらけになることも厭わず、あてもなく。



「はぁ、はぁ、はぁ…………うっ、うわああああああぁあああぁあ!」



 恥も何もかもを捨てて、私は泣いた。声が枯れるまで泣き続けた。




 それからもひたすら、森の奥へと進み続けた。




 ……どれほど進んだ時だろうか。突如森の気配が変わり、何かが現れようとしていることに気づいた。



「あれは、あの時の……」



 そして前方で現れたのは、かつてホブゴブリンがユニークモンスターへ進化する直前に口にした、謎の塊だった。



 森が騒がしくなり、多くの魔物がそれを求めて集まっていることを感知する。



 ――痛い、苦しい、何も見えない、何も聞こえない、誰もいない、どうして僕がこんなことに……。



 突如のは、悲痛な怨念のようなものだった。そしてそれは、確かに、その塊のだった。



 何故か私はそれを聞いて、魔物から守ってやりたいと思った。自分のように独りなそれを見て、同情したのかもしれない。



 私はどの魔物よりも速く、その塊に近づき、私の残り全ての魔力を使い、結界を張った。これで、しばらく、魔物は侵入することができない。



 私はその塊に触れ、優しく話しかける。



「ねぇ、聞こえる? 君も独りなのね。実は私も同じなの……」



 ――誰かいるの? お願い、僕を独りにしないで……!



「ねぇ、提案なんだけど、二人で一つにならない? そうしたら、二人とも、独りじゃなくなるでしょ?」



 ――二人で一つ? でも、どうやって?



「……私を食べていいよ。私の身体を君にあげる。君が私になってくれるなら、私も君も、独りじゃなくなる。どう?」



 ――いいの?



「うん。私はもう……疲れちゃったの」



 ――分かった。二人で一つになろう。



 その塊はそう言うと、ゆっくりと私の身体に浸透していった。



 ――そうだ、もう一つだけお願いしてもいい?



「どうしたの?」



 ――僕に名前を付けてほしいんだ。



「そうね……じゃあ、君は今日から――――」







 かくして、史上最強のユニークモンスターは、ここに誕生した。この魔物が成長し、災厄の魔王として猛威を振るうのは、また別の物語。



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