想い人の面影

 遠ざかる背中は、あいつによく似ていて。

 それが見えなくなるまで、車は動かさなかった。

「……」

 千歳ちとせ、だったか。

 藤宮の姉がそう名付けたという、藤宮の姪。

 娘なのかと疑いたくなるほど似すぎているが、年齢が合わない。

 あの日、確かにあいつは言った。

 兄貴以外の男と添い遂げるつもりも、まして子供を産む気もないと。

「……すまない」

 自然とそんな言葉を口にして、アクセルを踏み、その場から離れる。


 藤宮を殺したのは俺だ。


 あいつは兄貴の墓がどこか訊く為に、電話をしてきた。

 忘れようとしていたのに、俺の顔を見て、兄貴のことを思い出し、想いを押さえきれなくなったのだと。


 もし、墓の場所を教えなければ。

 俺がテレビに出なければ。

 ──藤宮が死ぬこともなかった。


 謝っても謝りきれない。

 電話越しに聴いたあの声を、忘れられない。

 藤宮の願いを、俺は……。

「……」

 だから、せめて、代わりに。

 償いになるか、分からないが。

 あいつの代わりに、残された二人に何かしてやりたい。

 きっと不安に思っているだろうから。

 ……兄貴に会えるのに、そんなのあんまりだ。


「幸せにな、藤宮」


 二人のことは任せろ。

 最後まで責任は持つ。

 お前によく似たあの子が、これ以上悲しまないように。


 だから安心して、兄貴とよろしくやってくれ。


 直接の謝罪は、その後に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

想い人の面影 黒本聖南 @black_book

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説