黒神家と白神家

車椅子の神様


「お前、お嬢様だったのかよ」


 なんの思惑なのか知らないが、ぬらりひょんのほしいままにされた闘王は、渋々とおうれんとノラの十歩ほど後ろをついていくように歩いていた。楽しそうに談笑する二人に内心で盛大に舌打ちをしながらだらだらと歩みを進めていると、ふと二人の足はとある家の前で止まる。


 そして闘王の炎のように揺らめく瞳に映り込んできたのが大げさに言えば城、控えめに言えば屋敷だった。そして、冒頭の台詞が闘王の率直な感想である。


「あら? 知らないの、闘王。この辺りじゃ有名なお家よ。黒神くろかみ家、聞いたことない?」

「知らねェ。興味もねェ」

「まぁ、お酒と女性にしか興味がない貴方なら、知らないのも納得だわぁ」

「印象値が更にマイナスになりました」

「闘王だもの」

「ですね」

「へいへい。もう会うこともねーよ。あばよ、クソガキ」


 手をひらひらさせながら身をひるがえした闘王に、おうれんとノラはどっちつかずの溜息を吐く。


 闘王の赫々あかあかとした短い髪が夕日の色と混ざり合っていく後ろ姿を見ていると、ふと屋敷の門のところで一人の男性がノラの帰りを待ちわびていたかのように、弾んだ声で話かけてきた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「あ、ただいま、ジョー」

おうれん様、いつもありがとうございます。ノラ様を無事に送ってくださって、感謝申し上げます」

「いいのよ、ジョーさん。それじゃあ、あたしも帰るわ。またね、ノラちゃん」


 ひらひらと手を振るその動作には、ふんだんの優しさと気遣いが込められていた。あの赤い犬にはこの親切な青い犬の爪の垢を煎じて飲ませたいところだが、何分あの赤い犬の言う通り、もう会うことはないだろうとノラはジョーに車椅子を押されながらそう思っていた。


 今夜、不法侵入されるまでは。




「闘王! ちょっとお待ちなさいな!」


 珱守は腰にまで届く豊かな海色の髪を揺らしながら、不機嫌臭をとっちらかしている闘王の背中に向かって言葉を投げかけた。頭を垂らす稲穂のように背中を丸めて歩いていた闘王の歩みが止まり、面倒くさそうに振り返った闘王の表情は見事なほどに不貞腐れており、どこかまだ少年の面影が残っているようにさえ見えた。


「あまりノラちゃんのこと悪く思わないでちょうだいね」

「そう言われるだけ無理があるってもんだろ。出会いは最悪。第一印象も最悪。第二印象でケツに犬だぞ」

「まぁ、それは、ね」


 お互い様と言うか、ほぼあんたが悪いんだけどね。そんな言葉を飲み込んだおうれんは、すっかりと青菜に塩のようにしょげている闘王に向かって言葉を繋いだ。


「ノラちゃんの姓である黒神くろかみ家はね、白神しろかみ家同様、字の通り黒い噂があるのよ」

白神しろかみ家? 黒い噂?」

「そう。なんでも、屋敷の所有主が闇オークションを通して、荒稼ぎしてるってね」

「それがあのクソガキとなんの関係があるんだよ」

「そこよ、闘王」


 まるで教鞭きょうべんるかのように、人差し指を突き出しながら闘王に説明をするおうれんは、滔々とうとうと話を進めていく。


 なんでも話はこうだった。


 とある街にどこにでもいるような兄弟がいたそうだ。


 兄の姓を黒神くろかみ、弟の姓を白神しろかみと言った。


 二人の仲は特別悪いわけではなかったが、異能を持つ人間をそれぞれ養子に迎えたことによってしばしば対立を起こすようになっていったそうだ。


 兄には『動く絵』の異能を持つ人間が、そして弟には『涙が宝石に変わる』異能を持つ人間が。


 二人はお互いの異能者がどんなに優れて美しいものかを言い争った。だが、意見の食い違う二人だけではらちが明かず、兄と弟は闇オークションでどちらの異能が高値で売れるかで争うことにしたのだ。


「その異能者の一人がノラちゃんよ」


 それはそれは二人の異能で作られた逸材品は飛ぶように売れたそうだ。片や『動く絵』は画家のお眼鏡に叶い、片や『涙が宝石に変わる』ものは宝石商に寵愛ちょうあい)された。


「ノラちゃん、双子だったらしいわ」

「だった?」

「……亡くなったそうよ、妹さん」


 詳しいことは分からないのだけれど。そう言葉を繋げたおうれんに、闘王の頭の中ではぬらりひょんの店での出来事がフラッシュバックしていた。


──じじ様みたいに私の絵を本当に必要としてくださることが、私の生きがいなんです。


どこか物悲しそうにしていたノラの姿が、脳裏をよぎる。


「……けっ。人様のゴジジョーなんざ、知ったこっちゃねーよ」 


 少しだけ揺れた心を隠しながらそう吐き捨てる闘王に、珱守は長く白いまつげを伏せるだけだった。


 闘王の心に何かが芽生えた瞬間だった。

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