赤と黒の再会

車椅子の神様



「すまんのぉ、ノラや。店まで来るのは大変だったじゃろう」

「いいえ、じじ様。気になさらないでください。じじ様みたいに私の絵を本当に必要としてくださることが、私の生きがいなんです」


 どこか儚くそう言葉をこぼす少女、ノラに、闘王はいぶかし気に眉をひそめる。あんなにも強気だった瞳は伏せられ、寂寥感せきりょうかんさえ感じられるほど打って変わったその態度に、どこか居心地が悪い気分になっていた。そして、ようやくここでノラが自分の胸元にまである大きな四角い包み袋を持っていたことに気がつくのだ。


 まるでタンポポの綿毛が空へ飛んでいかないようにと、そっとその包み袋を黄助に手渡す一連の動作を闘王の視線がなぞる。


「どうしてもわしの店にも置きたくてな。ほれ、闘王。お前さんも見てごらん。この『動く絵』を」

「はぁ? 動く絵ぇ?」


 布が擦れる音を聞きながら、包み袋を開けた黄助が誇らしそうにそれを闘王に魅せつける。


「これはまた見事。ノラ、お主は至極しごくの絵師じゃの」


 闘王はまなじりを吊り上げて、あまりのその美しさに言葉を失った。


 少女は踊る。額縁の庭の中で。

 やさしいお日様が緑を深め、小鳥達たちが唄をうたう。

 たわわに揺れる少女の金色がキラキラと光り輝き、やがてとまる。

 レースをふんだんにあつらえたスカートの端を両手で持ちあげ、少女は首をかしげた。

「こんにちは」

 まるでそう問いかけてくるかのように。


「んだよコレェッ!? 絵が動いてるじゃねーかッ!? どういう仕組みだァッ!?」


 水風船を破裂させたかのような勢いで静寂を破った闘王は、キラキラとした少年のような目でぬらりひょんを、黄助を、そしてノラを見やる。とても気持ちの良い反応をしてくれたそんな闘王に、ノラは形の良い唇をわらわせて、こう言葉を紡いだ。


「私は自由自在に『色』を動かせる異能を持つ人間なの。こんなことだってできるんだから」


 そう言葉を切って、おもむろにスケッチブックを取り出したノラは、慣れた手つきで何かを描いていく。そして、一言。


「おいで」


 それは魔法の言葉だった。

 スケッチブックから飛び出してきた煙幕と共に、『なにか』はお行儀よくそこにたたずんでいた。


 掠れた墨汁のような輪郭線。紙のように薄いその身体。獅子のように気品溢れる毛並み。そして、ぎょろりとした鋭く赤い双眸そうぼうが、闘王をじっと見つめていた。


「あんたをイメージして描いてみたんだけど」


 ご感想は? と挑発的に言われていることすらやなぎに風と化している今の闘王には、まったく癇に障ることすらなかった。そんなことよりも、今目の前にいるこの『なにか』の存在に衝撃を受けすぎて、闘王の心は自分の髪と瞳と同じくらい爛々と燃え盛っていた。


「すっげェーッ!? こいつ、俺が元に戻った時と瓜二つじゃねェーかッ!? なぁ、もっと描いてくれよ、クソガキ!!」

「は? クソガキ? それが人にものを頼む態度なの?」


 愛らしいその表情には似合わない青筋を浮かべたノラは、無邪気にせがむ闘王に冷たい視線を投げかける。そして、思い出したかのようにこう続けた。


「そういえば、あんたにきちんとした天罰を与えてなかったね。賽銭泥棒」

「あ?」

「その派手な頭、一回この子に冷やしてもらったら?」


 やっちゃえ、どこか楽し気な声でそう言葉を続けたノラに、闘王はぎょっとする。なぜならば、今の今まで大人しくたたずんでいた『なにか』の首に繋がっていた綱が、飼い主の一言によって放たれたからだ。


 自由になった『なにか』もとい、狛犬の絵は、喜びの咆哮ほうこうはしらせ、一目散に闘王をめがけて突進していく。


「おいおいおいおい、冗談だろ」


 途端、耳をつんざくような絶叫が響いたその頃、ぬらりひょんと黄助はノラから預かった絵を額縁に入れて店の一角に飾る準備にとりかかり、そしてノラは絶景とも言えるその光景を見て、満足そうに微笑んだのだった。


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