車椅子の神様

@crocus_hana

あらすじ・プロローグ

― あらすじ ―


「賽銭泥棒。ここは神聖な場所だよ」


 賽銭箱を覗いていた顔をあげると、目に映り込んできたのは車椅子に座った少女だった――


 時代は妖怪と異能を持つ人間とのうつ。大なり小なり様々な異能を持つ人間と手を取り合って暮らす、その賽銭泥棒の男、闘王とうおうもまたその内の一人だった。


「うっせー。博打でスッちまって、金がねーんだよ。こんぐらい見逃せ」

「だめ。神様の私があんたに天罰を与える」

「は? 神様?」

黒神くろかみノラ。苗字に『神』が入ってるでしょ。だから神様」


 烏の濡れ羽色の髪。ガラス玉のような若葉色の双眸そうぼう。そして、負けん気の強いその表情は、目を奪われてしまうほどに美しかった。


 だが、目の肥えた百戦錬磨の闘王は、そんな少女のことなどお構いなしにまた視線を賽銭箱に落とすのだ。すると。


「っなにすんだ、コノヤロー!?」

「除霊。塩を投げてるの」

「俺はそこらへんにいる魑魅魍魎ちみもうりょうじゃねぇっつうの! 狛犬様だっつうの!」

「神様の使いが、神様への捧げものを盗むんだ。へえ、悪趣味な狛犬様」


 舌戦を繰り返す二人の間に柔らかな風が通り抜け、少女の豊かな髪を揺らした麗らかな午後。


 これは神の使いである狛犬の妖怪と、特別な異能を持った人間との恋物語。




─ プロローグ ─


「また入り浸っているのかい、小童」


 両手に美しい色の花を愛でながら酒をあおっていた闘王は、その聞き慣れたしゃがれた声に首だけひねって、声の主をじっとりとした目付きで見やった。そして、あからさまな溜息を吐きながら持っていたグラスを机の上に置いて、いつものお決まりの台詞を投げかける。


「じーさんこそ、まだ生きてたのかよ。しぶてーな」

「何を言うわい。このぬらりひょん、まだまだ現役よ」


 何度目かも分からぬこのやりとり。ぬらりひょんと名乗った老輩は、昼はカフェ、夜はバーと成り代わる、ここ「招き猫」のオーナーだ。とてつもなくダサいネーミングだと最初の頃は吐露していたものだが、いつしかこの場所は闘王の居場所となっていた。


「闘王! まぁたじじ様に無礼な態度をとりおって! 今度こそここから摘み出すぞ!」

「うっせー。使い魔のくせして偉そうなこと言うな」

「お前こそ神の使い魔じゃないか! 人のこと言える立場じゃないだろう!」

「俺様は特別だからいーんだよ、この下級使い魔めが。いや、ただのパシリか」

「なにをーっ!?」


 売り言葉に買い言葉。大体、妖怪に従える使い魔などただのパシリ以外なにがあるんだよ、そんなことを考えながら闘王は、可愛らしい子猫の姿で怒りをあらわにしているチビ助を見下ろしていた。


「これ、黄助きすけ。お前もまた稚児ちごのようにそう喚くな」

「んだと、じじい」

「だって爺様! 毎日毎日こうやって入り浸って、闘王は妖怪の総大将である爺様のことを悪く言う! 珱守おうれんみたいに神様の使い魔として役に立っているのならオイラも文句は言わないよ! でも闘王は珱守おうれんの片割れのくせして役に立つどころか、ただの飲んだくれじゃないか!」

「ぶっ飛ばすぞ、チビ助」

「よしよし黄助。お前は本当に愛らしいのぉ」


 一連のゴタゴタに句読点をつけようとする爺様こと、ぬらりひょんは、一対の狛犬の片割れである闘王の反骨精神むき出しになっているその態度に白旗をあげて、いつも口からは自然と重い溜息を吐いてしまうのだ。


「闘王や。まだうまこくじゃぞ。酒をたしなむには早すぎる。それに、もうじき大事な客が来る」

「客ぅ?」

「そうじゃ。まさに筆舌ひつぜつに尽くしがたい異能を持つ、人間のお客様じゃ。ほれ、お前達も戻りんさい」


 ぱんぱんと両手を打ち鳴らすぬらりひょんの鶴の一声によって、闘王の両腕をつたのように絡ませていた細腕をあっけなく離した女達。そんな様子に闘王は隠すこともなく舌打ちをして、酒が残ったグラスを一気に飲み干したその時だった。


 女達と入れ替わるように、カランカランと耳障りの良い音を鳴らして黄助に介抱されながら店に入ってきた人物に、闘王の真っ赤に燃える炎のような瞳が揺れる。


「こんにちは。爺様」


 烏の濡れ羽色の髪。ガラス玉のような若葉色の双眸。そして、負けん気の強いその表情。


 そんな異なる色を持つ二人の瞳が交じり合った時、先に口を開いたのはやはり少女の方だった。


「あ、賽銭泥棒」

「まだ言うか女ァ! 犯すぞゴラァ!」


紫煙しえんをくゆらせながら滔々とうとうと二人のやまない雨のような会話を聞き流すぬらりひょんも、まだ知らない。


この二人がこれから走り抜けてゆく恋物語のことを──

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