第50話 ある日突然、職場が出来る事もある。

 「永遠坊、立派な病院じゃねーか。一人前の男の城って感じだな。」お義父さんが院内を見て歩きながら設備を確認していく。

 「まぁ、実際にこの医療機器を使う事は無いだろうけどね。最低限クリニックの開設に必要な物を揃えて置いてあるだけだからさ。」ツネ婆さんがお義父さんの話にツッコミを入れる。

 「それにしちゃ使いやすい動線で設置してあるなぁ。本物の美容整形のクリニックみたいだぞ。」お義父さんが感心している。

 「そりゃそうさ、その道のプロが作ったんだ。すぐにでもオープン出来るぐらいのクオリティでやってくれてるはずだよ。」ツネ婆さんがお義父さんの呟きに答える。


 今日はかねてからの計画通り、僕の病院の完成を見に来ている。あれから何人かの病気や怪我を治し、その報酬替わりとして購入して貰った医療機器や事務用品、家具雑貨に至るまで、それらクリニック開設に必要な物が揃えられて配置されている。土地と建物に関してはツネ婆さん所有の物件から、僕の新居の近くのビルのワンフロアを使わせて貰っている。

 こんな風にいつでもオープン出来る程立派な医療機器が揃ってるけど、僕が使うのは広い応接室と、その隣にある仮眠室だけ。まぁ仮眠室という名の治療室かな。患者さんにはリラックスして治療に当たらせてもらいたいので、ベッドは寝心地のいい物を設置してもらった。

 もちろん今まで通り、出歩けない患者さんもいると思うので、往診も臨機応変に対応する事になると思う。

 本当にこの場所は、高額な治療費を頂いても不自然では無いというていでのクリニックであって、言い方を悪くすれば隠れみのとも言うだろうね。もちろん毎日ここに出勤する必要も無いわけだ。なんなら殆どここには来ないかもしれないほど。


 活動当初は患者さんの選定、患者さんの資産から治療費の決定、請求までをツネ婆さんが全てしてくれていたんだけど、今ではその業務を華玲と紅葉が分担してやってくれている。

 僕はいつも目の前の患者さんだけに集中出来るのでとてもありがたい。

 特に選定は信用出来る人物だけを選ぶ必要があるので、間違いなく僕には出来ない仕事だ。


 全体的に見学して回ると東雲大二郎さんが現れた。

 「ツネ婆さん、この状態まで仕上がれば後は申請するだけだ。後はカネ爺の腕次第だろうな。」大二郎さんは申請書のファイルを鞄にしまいながらそう言った。

 このクリニック開設の申請書を作製してくれたのが大二郎さんで、この先の申請にかかる期間は大崎兼光総理大臣の腕次第で短くなるみたい。あ、カネ爺は治療したその後。念願叶って政権を取り、総理大臣の椅子に座る事になったそうだ。良い事が重なり過ぎて「明日にでも死ぬんじゃねーか?」って言っていたそうだ。今度会う機会があったらおめでとうって言わなきゃだね。


 「まぁ、問題無いだろう。あとはあの爺さんが上手くやるさ。」ツネ婆さんが片手をフリフリしながらそういった。


 「じゃぁ、俺は申請書出してくるからな。先生、深雪さんが先生にくれぐれもよろしくと言ってました。華玲ちゃんも、またお茶飲みにおいでって深雪さんから伝言だよ。それではこれで失礼を。」大二郎さんは僕と華玲に深雪さんからの伝言を伝えると足早に出口へと向かう。

 「相変わらず忙しい奴だなぁ。」お義父さんがやれやれというポーズでボヤく。


 「よし、折角だし昼飯でも食いに行かないか?」お義父さんが提案する。

 「そうだね。店はどうしようかね?」ツネ婆さんがその提案に乗る。


 「では、私達の家などいかがでしょう?いい陽気ですしお義父様も永遠様の新居が気になるのでは?」今までずっと静かに控えていた華玲が口を開く。


 「お!それいいなぁ。永遠坊、それでいいか?」お義父さんが僕の方を振り向く。

 「もちろんだよ。」僕は笑顔で答える。ちょっと色々とバタバタしていて、まだツネ婆さんしか招いていなかったから丁度いい。


 「ではその様に連絡を入れておきます。」華玲はスマホを取り出すと通話ボタンを押す。


 「私です。今からお祖母様とお義父様がいらっしゃいますので、おもてなしの準備をお願い致します。」華玲が簡単に要件を告げる。


 「はい。はい。ではその様にお願いしますね。近くなので直ぐに着くと思います。」華玲がスマホの画面を操作して鞄にしまう。

 「直ぐに準備して頂けるようです。」華玲がこちらに向き直り報告する。


 「あんた達は歩いて来たんだろ?私達も歩いて行こうかね。」ツネ婆さんが提案する。

 「お!散歩かぁ。桜も綺麗に咲いてるだろうから、花見がてら歩いていくのも良いな。」お義父さんがツネ婆さんの提案に乗る。


 自宅からこのビルまでは1kmも無いぐらい近いんだけど、駐車場からは中央分離帯があって右折で出れない。その為反対方面に進み、大きな交差点を何個か曲がって反対車線の方に戻るか、大回りして反対側から向かうしかない。歩きならすぐ着く距離なので、今日僕達は歩いて来たんだ。

 クリニックの入口にはSP兼ドライバーの金剛さんと、秘書兼SPの紅葉が待機している。徒歩の道中も前後を歩いて守ってくれていた。まぁ、大都会東京の歩道でそんなに危険な事も無いだろうけどね。


 クリニックを出ると紅葉と金剛さんが合流する。

 クリニックの電子錠を閉めてセキュリティを入れる。


 ツネ婆さんの車椅子は新しいお付のメイドさんが押している。名前はトミさん。見た感じ50台の後半位かな。体力もあって電動の重い車椅子をスイスイ押して歩く。


 「年頃のメイドを雇うと、又永遠に持ってかれそうだからね。今度は年増のメイドを選んで連れてきたよ。」新しいメイドを連れてくる時にツネ婆さんがそう言っていた。本家のメイドの中からベテランのメイドさんを選んで連れてきたそうだ。

 まぁ別に僕が誘惑してる訳じゃないんだけどね……。



 ビルを出ると大通りからそれて、近くにある大きな公園の通りまで出る。この公園の桜は綺麗に咲いているはずだ。


 「おぉ〜、満開じゃないか!!」お義父さんが感嘆の声を上げる。

 少し公園の中に入って大きな桜の木の下まで行く。


 「桜の下でお二人の写真を撮りませんか?」華玲がツネ婆さんとお義父さんに提案する。


 「そうだね、お願いするよ。冥土の土産にしてやろうかね。」断るかな?と思ったが、ツネ婆さんが真っ先に返事してきた。

 「なんだか照れるなぁ、おい。」お義父さんの方が逆に照れ臭そうにしている。


 「それでは撮りますわよ。3.2.1.ハイ!」華玲がスマホのカメラで写真を撮る。写し出されたのはプロも顔負けの芸術的な写真。華玲はカメラの才能もあるらしい。


 「あら、良いじゃない。流石華玲ね。これ後でプリントしてくれるかしら?」ツネ婆さんがウキウキした顔で華玲に言う。

 「あ、俺にもくれ。」お義父さんが遅れて手を上げる。こういう所はツネ婆さんの方が積極的なんだな。女系家族だしな。華玲も確かにこんな感じだね。


 ギャハハハハハ!!振り返ると花見客なのか、顔を真っ赤にした5人組の体格のいい男達が話に盛り上がりながら歩いてくる。しかも僕達の方に真っ直ぐ向かってくる。これぶつかるんじゃ?そう思ってツネ婆さんとお義父さんを庇うように前に出ようとした、その僕の脇をスっと通り過ぎて更に前に出る人影が……。


 「ちょっと!!失礼します。」僕の前に出た紅葉が発した声が具現化して巨大な文字が飛んでいき、男達にドスン!!と当たったぐらいの衝撃を受けて男達の足が止まる。


 「あ”?いきなりなんなんだ?おめえわよ!!」あまり呂律の回っていない口で紅葉に食ってかかる前列の男。


 「少しは前を向いて歩いた方がよろしいですわよ。私が止めなければ車椅子の御老人にぶつかるところでした。」紅葉が凛とした声で男達に物申す。


 「それがどうしたってんだよ?ぶつかる手前でサッと避けてたろうよ。こちとら元ラグビー部だぞ?そんくらい余裕だってーの。」ギャハハハハハ。何がおかしいのか男達はそう言うと腹を抱えて大笑いし始めた。


 「そんな足元も覚束無おぼつかない程の足取りで避けられたとはとても思えませんが?」紅葉が大笑いしている男達にズバッと言い切る。紅葉の言う通り、男達は減らず口を叩いている最中も、ずっと左右にユラユラ揺れている。とても良けれたとは思えない。


 「生意気な女だなぁ、やっちまうぞ?」そう言うと目の前に居た男が紅葉に手を伸ばす。

 その手を右にスっと避けて、右手を相手の右手首に添えると相手の勢いを借りて手前にクイッと引き寄せる。そのまま自分の体を軸にして、僕達がいない方向に向かって放り投げる。ゴロンゴロンと前転しながら男は転がっていく。簡単にやってのけたけど、これ程の大男があんなに勢いよく投げ飛ばされるとか合気道最強かよ!?


 「おいおい、やってくれるじゃねえかよ!!」残りの男達が一斉に紅葉に掴みかかろうと前に出る。

 その目の前にスっと割り込む真っ黒い壁。じゃなかった、真っ黒いスーツを着た金剛さんだった。後ろを警戒してたけど、紅葉が男を投げ飛ばした瞬間前に出てきた。


 「これ以上ラガーマンの名をおとしめるのはやめて欲しいな。」男達の前に立ちはだかるでかい壁。先程まで大男と感じていた男達が子供にすら見えてくる程のデカい金剛さんが男達に向かって声を張る。


 「いやぁ、冗談だよ、冗談。」アハハ、アハハ。と薄ら笑いを浮かべながら男達が後ずさっていく。

 「忘れ物だぞ。」金剛さんは転がったまま延びている男を片手でヒョイと持ち上げて、後ずさる男達に放り投げる。いやほんとプロレス中継とか観てるみたい。ここまでくるとアニメの世界か。紅葉も凄かったが、金剛さんも異次元の強さだった。冷静に見るとあの男達より少し大きいぐらいだった。さっきは大人と子供ぐらいの体格差に見えたが、きっとあれは内なる力による錯覚なんだろうな。


 「遅くなって申し訳ありません。」金剛さんが僕達に頭を下げる。


 「まぁ、僕達は無事だったし。」チラッと紅葉の方を見る。

 「私も大丈夫ですよ。」紅葉は若干乱れたスーツをスっと直しながらそう答えた。守られる立場でありながら、紅葉は望んで警護に回っている。「これが私の大事な役目です。」と言って譲らなかった。1番近くで僕を守るのが紅葉の役目なのだそうだ。確かに強いけどね。なんなら日常的に金剛さんと組手をしていて、まだ負けたことが1回もないらしい。組んでは合気道が、離れては薙刀なぎなたが、といった感じで金剛さんもタジタジなのだそうだ。金剛さんも元ラガーマンで、プロレスから総合格闘技を経てSP へと転身したらしい。


 無事公園で花見散歩をした僕達は新居にたどり着いた。公園のすぐ近くだからバルコニーからもよく見えるんだ。


 「おぉ~!ここの最上階か!!こりゃ良い眺めが期待できそうだ。」ツネ婆さんのマンションからは富士山が綺麗に見えるけど、僕のマンションからは公園と大都会東京の夜景がよく見える。さっきの華怜の口ぶりだとバルコニーに食事を用意させてるみたいだから、バルコニーからの景色を楽しんでもらおう。







 坂本永遠35歳。仕事も私生活も順調です。毎晩の寝る暇もないぐらい忙しいですけど、それでも元気です。2つの意味で。

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ある日突然人生が変わる事もある。 ゆきを。 @PaPa_DeAth

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