例えばの悲劇

森林公園

例えばの悲劇

「一つ、言わせていただくとだね月川つきかわ君」

「うん、星宮ほしみや


「例えばね」


 平日の真っ昼間、夏休みの部活動終わりだろうか。夏服の男子高校生二人組が歩いている。お互い文化部だが、入っている部活動が違う。その日二人は、高校の玄関口でバッタリ出会って、それで一緒に帰ることにしたのである。


 片方は小柄な眼鏡の男の子(文芸部)で、もう一人はヒョロヒョロと背の高い男の子(美術部)だ。二人が歩いて来た背後から、結構近い距離で救急車のサイレンが聞こえてくる。日差しが強く、影が濃い九月のある日だった。


 話し掛けた星宮という眼鏡少年は、少し得意げに指をフリフリしながら瞳を閉じる。月川という大きい男の子の方は、まるで木偶の坊みたいにわずかにそれに頷くだけだった。


「さっき、僕らあすこの角でトラックにぶつかりそうだったじゃない? 軽く」

「うん」

「トラックは運良く僕らを避けて、電信柱にぶつかったじゃない?」

「うん、そこそこ驚いた」

「それでさ、実際はあのトラックは僕らを避けることができないでいて、僕らが本当は『轢かれてしまっていた』としたらどうだ」

「俺らが?」

「うん」


 背の高い月川が覗き込むようにして聞くと、眼鏡の星宮はまるで大型犬の飼い主のような慈愛に満ちた表情で頷く。その眼鏡の左端のつるに、赤い液体がわずかに飛び散っているのが見える。それに気づいて、月川はより静かな表情になった。そして口をゆっくりと開き尋ねた。


「じゃあ今、ここで歩いている『お前』は、誰なんだい?」


「『轢かれなかった場合』の『僕ら』なんじゃないかな。人間はさ、本当はこういう風に死んでしまったことにも気づきもしないで、『生きていたif(イフ)』の方を歩いて行って、そのまま天寿を全うできてるんだと思うんだよ。どんな人間でもね、全うできる『チャンス』と『選択肢』がある」

「ふうむ」

「死んだ瞬間に、僕らがまだ『生きている』パラレルワールドに飛ばされるの、そうやって知らない間に、幾度の死を乗り越えてずっとずっとみんなして生きていけるんじゃないかって……」


 星宮の、宗教みたいなその言葉に、月川は「うー……ん」っと首を捻ったあと、思い切ったように口を開いた。


「お前が言っていることはひとっつも分からんが、俺も一つ、お前に言いたいことがあるんだ」

「僕に?」

「うん、お前。分かってないみたいだからさ」

「え?」

「先ほど、確かに『お前』は轢かれたよトラックに」

「……は?」

「俺は『俺たち』とは言わなかった。『お前は』と言ったんだ」


 眼鏡の星宮は言われて立ち止まる。彼の足元は日に照らされたコンクリートが白く反射するばかりで、その上に背の高い月川の影が伸びている。星宮には『影』がなかった。


「だから『お前』は『誰なんだい?』と俺は聞いたのさ」


 星宮はすっかり黙ってしまってから、血だらけの歯を剥き出して、にやりと月川に笑いかけた。



<了>

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例えばの悲劇 森林公園 @kimizono_moribayashi

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