明日、僕はこの家を出る
マルヤ六世
明日、僕はこの家を出る
一つ一つ、丁寧にしまっていく。赤ん坊を抱くように柔らかな手つきで、でも折れてしまわぬようにしっかりと支えて。
昨日までゴミ屋敷と揶揄されていた部屋を、何年かぶりに片付ける気になった。これでようやく、君がしびれを切らして僕を怒鳴りつけた甲斐もあるというものだ。
まずは床に散らばったものを仕分けして、決められたゴミ袋に捨てていく。金属のアクセサリーや皮のバッグなどは、不燃ゴミに該当することもあるからよく見ないといけない。そんなことは君が口を酸っぱくして僕に言いつけたから大丈夫だ。
一度あらゆる収納から物を引っ張り出して、それらを整頓して戻すのが掃除のコツらしい。箪笥にそれぞれ畳んだものをしまう間、不慣れなこともあって何回か壊して、ゴミを増やしてしまった。けれど、壊れたものは捨てればいい。まだ使えるものは修復すべきだけれど、そうでないものを持っているのはおかしいのだと、君が僕に教えてくれたね。
段ボールにはしばらく見ていなかったものを重ねていく。手帳とか、免許証とか、スマホのメモとか、僕はそういうのを何度も読み返すのが好きだ。掃除の最中にはとくにそういうことがしたくなる。アルバムを何年か分じっくりと眺める。
いつか使うかもしれない。いつか楽しむかもしれない。そういうことに君はあんまり理解はなかった。部屋というのは心の鏡みたいなもので、整理していないと気持ちまで汚れていく、なんてよく脅されたものだ。
ああ、これは君にあげたワンピース。指輪も。香水もね。なんでもリサイクルしたい僕と違って、君は一度人が使ったものは嫌だっていうからやめておこう。まだ使えるけれど、こうやってゴミが溜まっていくのは仕方がない。使う人間がいないなら使う方がエコだと僕は思っていたけれど、新しい知見を得たのも確かだ。
だから、迷いに迷って引っ越し先に持っていく荷物はゼロにした。カーテンも、天井に貼ったポスターも、二人で買った家電も、なにもかも。この部屋はこのままにしておこうと思う。記念ってわけじゃないけど。
断捨離っていうのは意外に気持ちがいいものだ。一人で集中して掃除をすると、あっという間に時間が経つ。今までも彼女と別れる度に引っ越しをしたものだが、リサイクルが好きな僕がなにも持たないで出ていくのは初めてだった。だから、今では君に感謝しているところもある。口うるさいところは、嫌いだったけれど、まあ、もういいさ。
僕はスーツケースの中から君の頭を取り出して、部屋の真ん中に置いた。
「これでもう、ぐちゃぐちゃ言われることも、ないわけだしね」
明日、僕はこの家を出る マルヤ六世 @maruyarokusei
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