緑の挑戦者

oxygendes

第1話

 初めて自己の存在を認識した時、私は多数の同胞とともに、巨大な白い円盤の上に載っていた。同胞は皆、緑色の胴体を横たえ、身動き一つしない。私も自分の体を動かすことができなかった。

 やがて、上方から黄色いねっとりしたものが降り注いできた。それは同胞たちの姿を覆いつくす。私も黄色いものに包まれた。つんとする匂いの中、物を考えることが気怠くなってくる。このまま虚無に還って行くのか、そう感じた時、私の体は下から押し寄せた力でひっくり返された。そのまま何回転もする。動きが止まった時、私は全身を黄色いもので覆われていた。

 上空に銀色の湾曲した角柱が現れ、私を串刺しにした。空中へ持ち上げられる。前方に薄暗い洞窟が現れ、私はそこへ運ばれて行った。洞窟が目の前に迫った時、

『チャレンジを望むか?』

 頭の中で声が響く。これは何だ?

『答えよ。この世界の支配者となるチャレンジを望むか?』

 声は続いた。だが、どうすればよいのだ?

『心の中で望むだけで良い。拒むならそいつに食べられて消えるだけだ』

 洞窟の入口はピンクに縁どられていた。私はその中に押し込まれる。巨大な白い歯が迫ってきた。助けてくれ、チャレンジでも何でもやる。私は心の中で叫んだ。

『望みを認知した。チャレンジシークエンスを開始する』

 声とともに周りの洞窟が消失していった。


 気が付くと、私は白い光が満ちた空間に浮遊していた。体を覆っていた黄色い異物はなくなっている。目の前の光が揺らぎ、薄黄色のこんもりした姿が現れた。私や同胞に似た全身だが色が違う。

『我は銀河知性評議会の探索員アロレシアだ』

 先ほどと同じ声が頭の中に響く。

『評議会に迎え入れるべき知的生命を探してこの惑星までやって来た。だが、この星の惨状はどうだ。光合成もできない食害生物どもが星を支配し、植物生命体を捕食している。植物生命体は知性を持たず、動くこともできない状態だ』

 目の前の存在の怒りの感情が伝わってくる。

『知性を代表する評議会としてこの状況は修正しなければならない。だが……』

 怒りの感情が一層増した。

『残念なことに銀河知性評議会には食害生物の構成員もいる。その意向も尊重され、無闇な介入は許されていない。こうした場合には虐げられている土着生物から一帯を選び、支配生物と対決させるのがルールだ。土着生物が勝てば、優位性を認めて、その種族が支配する世界になるよう惑星を改造するのだ。お前はその戦士に選ばれた。ちなみにお前の今の知性も我が与えたかりそめのものだがな。心配するな、対決に臨めるようお前の体を改造してやる』

 薄黄色の存在は私に近寄り、薄黄色の両手を私にかざした。そして……、


  ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 目覚ましのけたたましい音に、沙羅は薄目を開けた。時刻はいつものぎりぎりの時刻。つまり、もう眠れない。

「うー」

 目をこすり、目覚まし時計を止める。

「はあ……」

 月曜日は本当につらい。体がだるくてテンションが上がらない。

それに、今日は学校でミニテストがある。学校一めんどうくさいといわれている石田先生の授業だ。


「行きたくなーい」

 つぶやきながら部屋を出る。

 親はもう仕事に出て行っているので、自分で適当にパンを焼いて、もそもそと食べる。テレビをつけるだけのやる気もない。そのまま重い体に鞭うって、服を着替える。

「あーあ、このまま休みたいなあ。それでずっとLINEやっていたい。それか一生ゲームしていたい」

 かすかな期待を込めてスマホで学校の休講情報を確認するが、残念ながら予想通りの結果。

「うー、学校に巨大隕石が落ちて来て、敷地ごと……いや、そしたらもっとめんどくさいことになるよね」

 暫くの間、さまざまな妄想の世界で逃避を図った後、ようやくあきらめて学校に行くことにした。

 テストが終わったら、学生食堂でおいしいものをいっぱい食べてやる。ささやかな楽しみを糧にして外へ出る。出た早々、冬の冷たい風が彼女を襲った。

「さむ!」

 沙羅は体を縮める。

「やっと学校に向けて踏み出したのになんて天気よ」

 ぶつぶつと文句を言いつつ歩いていると、ふと沙羅は思った

「あ、そういえば今日の天気予報はどうだったっけ」

 テレビを見てないから、天気がどうなるかわからない。彼女は何気なく空を見上げ、

「……はあ?」

 絶句した。



「なに、あれ」

 青々とした空には、大きな白いものが浮かんでいる。雲じゃない。表面はつややかで規則的な曲線のかたち。飛行機でもない。大きすぎるし、音もなく静止している。

「あれは……お皿?」

 そう、お皿。UFO的な円盤じゃない。よくパーティーで使うような大皿。

「なんでお皿が浮いてるのよ」

 沙羅は茫然とするばかりだった。


「どうやらこれが最後の一人のようですね」

 突然、背後から声が聞こえてきた。振り返ると、そこには、

「……」

 ブロッコリーがいた。

 ブロッコリーみたいな頭の人じゃない。正真正銘のブロッコリー、だけど巨大、人間ほどの背丈がある。緑色の花芽の塊が、人間でいえば頭や手の位置にあって、薄緑色の茎でつながっている。下半分は一本の太い茎になっていて、道路の上に直立していた。


「ぶ、ブロッコリーの化け物!?」

「私は化け物ではありませんよ、お嬢さん。私は種族を代表する戦士であり、この世界の支配権をかけて戦うものです」

 ブロッコリーは右手?を胸の部分に当て、お辞儀をするように頭?を下げた。

「さあ、一緒についてきてもらいましょうか」

「やだ、誰があんたみたいな野菜なんかと!」

「それなら力づくで連れて行くだけです」

 ブロッコリーは茎を曲げてジャンプし、沙羅に向かって飛んできた。

「い、いや!」

 沙羅はブロッコリーを思い切り突き飛ばし、必死に走り出した。

「もう、なんなのよ! ゆ、夢!? 夢だよね!」

 訳がわからず、沙羅は逃げ出す。

 彼女はその時は気づいてはいなかった。これが、世界を賭けた試練のはじまりであることを。



「ふう、元気なお嬢さんですね」

 倒れていたブロッコリーは起き上がった。

「逃がしませんよ。この町の人間をすべて捕まえることが勝利条件ですから」

 ブロッコリーは立ち上がり、彼女の進んだ道を跳びはねて進んだ。


 沙羅は駆けた。青いコンビニの前を過ぎ、倒れていた自転車を跳び越え、道路脇に積まれたゴミ袋の山の横をすり抜けた。大通りに出ると反射的にいつものバス停の方向に曲がった。走り続け、バス停の標柱が見えて来た頃、沙羅はようやく町の様子がおかしいことに気がついた。


「なによ、これ」

人の姿がまったく無い。車も一台も走っていない。沙羅はきょろきょろしながら小走りで進んだ。これは夢ではないという恐怖がじわじわと押し寄せて来る。

「なんで私がこんな目に……」

 泣き出しそうになりながら数百メートル進んだ時、はるか前方に人影が見えた。隣町との境になる天神橋の向こうで、孫を連れたおばあちゃんがのんびりと散歩している。スマホを操作しながら歩く学生の姿も見えた。

 助かった、沙羅がそう思って天神橋の赤い欄干の脇に走り込んだ時、回りの景色がぐにゃりと歪んだ。

 エレベーターで急降下したような浮遊感に思わず膝をつく。そのまま座り込んだ沙羅が何とか顔を上げた時、風景はまったく変わっていた。橋の欄干は擬宝珠の付いた石造り、周りには古びた団地の建物が並んでいる。その景色には見覚えがあった。沙羅は一瞬の間に町の反対側の端、西京橋のたもとに移動していたのだ。



「町からは出られませんよ、人間にんげん

 背後からの声に跳び上がる。

「また出たわね、化け物ブロッコリー」

 沙羅は振り向いた先に立つ人間大の野菜に言い放った。

「ブロッコリー? ああ、チャレンジャーのことか。我は彼とは違う」

 野菜はかぶりを振るように上部をくねらせた。頭でっかちな形状は似ているが、色は白っぽい薄黄色だ。


「あんた……、もしかしてカリフラワー?」

「カリフラワー? 何のことかわからんな。我は銀河知性評議会の探索員アロレシアだ」

 訳の分からないことを言っているが、どっちにしたって化け物に違いなかった。

「あんた、あいつの仲間なんでしょ。この町で何をしているのよ?」

「活動しているのは彼一人だ。我はチャレンジの舞台を設定し、勝負を見届ける判定人にすぎない」

「とにかく一味なんでしょ。チャレンジって何なのよ?」

「彼の種族とお前たちの種族、どちらがこの星を支配するにふさわしいかを見定めるためのゲームだ。彼が勝てばお前たち食害生物は駆逐され、彼の種族がこの星を支配する」

「何、勝手な事言ってるのよ」

「ふん、駆逐が嫌なら勝てばよいのだ」

「勝つって、どうすればいいの?」

「ゲームのフィールドは半径三キロほどのこの町の全域。ここから出ることはできない。プレイヤーはこの町の住民全員とチャレンジャー一体だ。チャレンジャーが町の住民すべてを捕まえて、」

 カリフラワーは腕のように突きだした花芽の一つを上空の皿に向けた。

「皿の上に送り込めばチャレンジャーの勝ち、住民がチャレンジャーを撃退すれば住民の勝ちだ」

「撃退するってどうするの?」

「ゲームを公平なものにするため、チャレンジャーには人間の二十倍の戦闘力を持たせた一方で、弱点が設定されている。ある物質が体に付着すると力を失うのだ。その物質が何かをつきとめ、それをチャレンジャーに付着させればお前たちの勝ちだ。まあ、その物質がまだこの町に残っていればの話だが……」

「なによ、もう無くなっているとか言うんじゃないでしょうね」

「うるさい、機会が与えられただけでもありがたく思うがいい。この食害生物め。これは銀河知性評議会が管理する公明正大なゲームだ。ルールを守って戦うがいい」

 そう言うと、カリフラワーはふわりと浮かび上がった。体をくねらせながら上昇し、上空の巨大な皿に向けて飛び去って行った。



 残された沙羅は肩を落として橋の欄干にもたれかかる。とりあえずどこかで身体を休めたかった。あたりを見回していて、級友の文香あやかの家がこの近くだったのを思い出した。もしかしてまだ捕まっていないかも、わずかな期待を胸に彼女の家に向かってのろのろと歩き出した。


 十分ほどで文香の家にたどり着く。残念ながら彼女の家も無人だった。沙羅はキッチンのダイニングテーブルに座りこんだ。カリフラワーの言った言葉を考えてみる。ブロッコリーには何か弱点があってそれを見つけたら倒せるみたいだ。でも、いったい何だろう。もう無くなっているかもしれないもの。考えても頭が痛くなるだけだった。コーラでも無いかと冷蔵庫を開けてみる。前に文香の家に遊びに来て一緒にお好み焼きを作ったのを思い出した。あの時も冷蔵庫を開けて材料や調味料を取り出した。キャベツに天かす、お好みソース……、そこまで思い出して、冷蔵庫の中身に違和感を持った。何かが足りない、あの時あった何かが無くなっている。たっぷり三十分考え続けた後、気がついた。そう、あれだ。文香の大好きな……。

「これが答えなの?」

 沙羅はつぶやいた。でもまだわからない、たまたま切れているだけかも。確かめなくっちゃ。


 確認の場所として沙羅が選んだのは近くにあるスーパーだった。文香の家を出て、四方を見回しながら建物の陰に隠れて進む。五分ほどでたどり着き、中に入ろうとしたら自動ドアが開かなかった。

「しょうがないわね」

 店の前に立ててあったセールののぼりを引き抜き、その下の円筒形の土台を持ち上げる。くるくると身体ごと回り、自動ドアに向けて手を放した。ガシャン、思ったより大きな音がして、ガラスに大きな穴が開いた。



 音を聞きつけてブロッコリーがやって来るかもしれない。沙羅は穴をくぐって店に入り、買物カゴをとって通路を駆けた。目指すは調味料の売り場だ。

「やっぱり」

 調味料の棚のあれの部分が空っぽになっていた。化け物野菜どもが持ち去ったに違いない。でも、それならそれで方法がある。沙羅は売り場を巡りながら、商品を選んでカゴに入れていった。玉子、サラダ油、塩、そして……。

「あっれー」

 調味料の棚にもうひとつ、商品がごっそりなくなっている部分があった。

「ブロッコリーの奴、ちょっとは頭が働くようね。なにか代わりになるものは……」

 沙羅は店内を歩き回り、野菜売り場で歓声を上げた。

「見っけ」

 棚に並ぶレモンをどんどんカゴに移す。

「後は道具ね」

 調理器具の売り場に移動し、ボウル、泡だて器、キッチンナイフ、スクイーザー、絞り出し袋をカゴに入れる。棚に並ぶエプロンから胸あて付きのものを選び出した時、背後でガラスの割れる音が響いた。


 振り向いた沙羅の目に映ったのは、完全に破壊された入口のガラス扉と跳びはねながらこっちに向かってくるブロッコリーの姿だった。沙羅はカゴをつかんで走り出す。通路を駆け、辿り着いたのはあらかじめ位置を確認しておいた「男は入れない場所」だ。個室に飛び込み、扉に鍵をかける。エプロンをつけ、腕まくりをすると、座席に座り込んで作業を始めた。

 ボウルに卵を割り入れ、二つに切ったレモンを絞ってその果汁を加える。さらに塩を加えて泡だて器でかき混ぜる。十分混ざったところで少量のサラダ油を加えて、泡だて器を叩きつけるようにして混ぜ合わせる。半透明だった材料はもったりとしはじめ、てらてらした黄白色に変化していく。そこにさらに……。



 十分後、沙羅は個室の扉を開けて外をのぞいた。沙羅が籠っている女子トイレの外でブロッコリーが通せん坊をしている。出口をふさぐだけで、中に入って来るつもりはないようだ。沙羅は扉から顔だけを出し、憎まれ口を叩く。

「ねえ、あんた邪魔よ。どっかへ行きなさいよ」

 ブロッコリーは回れ右をした。顔が無いのでわからないがこちらを向いたらしい。

「そうはいきません。お譲さんこそあきらめてこっちへ出てきなさい」

 沙羅はゆっくりと個室から出た。ブロッコリーはぴょんと跳びはねたが、女子トイレの入り口の前で止まった。男子禁制の場所には入れないらしい。上部をひょいと曲げる。

「お譲さん、体形が変わっていませんか? さっきは……」

「どこ見てるのよ、エッチ!」

 鋭く言い放つ。たじろぐブロッコリーの様子を見ながら、沙羅は少しずつ前に出た。

「おなかが空いたわ。食べるものを持って来てよ」

「なんで私が……」

「ハンバーガーがいいわ。牛肉100パーセントのバテに薄切りトマトとざく切りレタス、そして……」

 わざと一呼吸おく。

「たっぷりのマヨネーズ」

「マ……」

 ブロッコリーは絶句して立ちすくんだ。

「あら、マヨネーズはお嫌い?」

「そ、そ、そんなことは、ないですよ」

「それならどうぞ召し上がれ」

 沙羅は一気にダッシュしてブロッコリーに駆けよった。エプロンの胸あてから中身がいっぱいに詰まった絞り出し袋を取り出してブロッコリーに押し付ける。

「はいどうぞ」

 絞り出し袋から勢いよく飛び出した黄色いものが浴びせかけられる。ブロッコリーは身もだえした。

「い、い、い、いやだ、いやだいやだいやだいやだ。私はマヨネーズ和えなんかにはなら……」

言葉の途中でばったりと倒れる。しばらくひくひくと痙攣していたが、やがて動かなくなった。


「YOU WIN」

どこからか、くぐもった声が響いた。



 上の方からズズズズズという低い音が聞こえて来た。沙羅が外に出てみると、巨大な皿がゆっくりと下降して来ている。その上に立ちつくす多くの人影が見えた。


 やがて大皿は駅前の広場のすぐ上で静止した。上面からスロープが何本も地表に伸ばされ、住民が列をなして降りて来る。沙羅は物陰に隠れ様子をうかがったが、地上に降りた住民は会話を交わすこともなく、町の中へ散らばって行った。全ての住民を降ろすと、大皿はふわりと浮き上がり空の彼方へ飛び去ってしまった。

 「ゲーム」は終わったみたいなので、沙羅は自分の家に帰った。絞り出し袋に残った自家製マヨネーズをパンに塗ってハムを載せてお昼ごはんにする。カリフラワーやブロッコリーの化け物がまた出てくるのでないかとひやひやしていたが、彼らはもう姿を現さなかった。


 夕方になると沙羅の両親が家に帰って来た。何が起こったのか沙羅が問いただしてもきょとんとするばかりで、いつもと同じ一日を過ごしたと思っているようだった。LINEで友達に聞いてみても同じ反応だった。

「訳わかんないけど、片付いたんだからいいか」

 沙羅は自分の部屋のベッドの中で、マヨネーズを作るため泡だて器を振り過ぎて痛くなった右手をさすりながらつぶやいた。


 こうして沙羅の試練の一日が終わった。だが、この世界にはまだ多くの虐げられた存在がいる。そいつらの同類の探索員がやって来た時、新たなチャレンジが始まることなど、沙羅は知る由もなかった。



              終わり

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