第3話 堕ちゆく太陽は何を思う


 男がこちらの存在を認識した。


「ちっ!」


 勢いよく扉を閉めると、ダダダダッと遅れて銃声が聞こえてきた。


「逃げるぞ」

「え、はい!?」


 手を引っ張って先へ先へと走り抜ける。走りながら懐から手榴弾を後ろへ放り投げる。


「あの人知ってる人なんですか?」

「知らん。というか、てめぇの方が知ってんじゃねぇのかよ。この船で来たんだろ?」

「確かに居ましたけど、話をしたことは無いです!」


 あれは俺たちが来ていることに気づいていた。しかも撃ち方からして人との殺し合いが初めてという感じではない。あのまま戦いになると、俺はともかくミナミは確実にやられていただろう。


「……肉壁にできればなあ」

「何か不穏な言葉が聞こえてきた気がするんですけど」

「気のせいだ」


 ギャーギャー喚いているミナミを無視して、ちらと後ろを見てみるがあの男の姿は見えない。


「こっちだ」


 近くの部屋に入り込み、サンは部屋の扉に木の板を打ちつけ始めた。


「え、どうしたんですか?」


 なぜ逃げないのか、と無言で聞いてくるミナミに対してサンは作業をしながら質問に答える。


「あのまま逃げて、船から降りればさすがに追っては来ない。ただ、俺らの目的は武器の調達。船に居座られんのも気分が悪い」


 釘を何本か懐にしまいながら、言葉を紡ぐ。


「だから返り討ちにしてやろうってこった。これはまあ、ちょっとした気休め」


 説明を言い終えると、他になにか質問はあるか? と目で問いかける。


「さっきので死んでそうですけど」

「そうだったら良いが、まああの感じからしてな」


 確かにあの手榴弾の爆発は人一人殺すには十分な威力を持っている。けれど、


「この島に来る連中は、かなりの割合で身体能力が並外れた人間が来ることが多い。なんでかは知らんがな」

「へー。じゃあ、太陽さんも?」

「俺もそっちの部類には入るが、普通に上はいるからな」


 化け物レベルの身体能力を誇る連中を思い浮かべ、いやいやと首を横に振る。流石にあの男はあのレベルの手合いではない。


「ま、とりあえずあの程度で死んでないと思って警戒は――」


 微かに床を叩く音が耳に入り込む。

 人差し指を唇に当て、ミナミに静かにするよう指示を出す。このタイミングでの足音。この部屋に入ったところを見られてはいないだろうが。

 コツコツと一定間隔で足音が聞こえる。その度に徐々に音が大きくなっていっている。


 足音が聞こえる。

 扉のすぐ横に移動する。


 足音が聞こえる。

 短剣と拳銃をそれぞれ片手に持つ。


 足音が――止まった。

 扉が吹き飛んだ。


「クソッタレが!」


 一応だがわざわざ補強したんだぞ、この野郎。

 部屋に入ってきた男に飛びかかり、首筋目がけて短剣を振るう。が、それは屈んで避けられて、滞空している所に銃口を向けられてしまった。


「ちぃっ!」


 体を強引に捻り、銃弾を紙一重で避けきる。


「曲芸かよ」

「てめぇの方こそ、あの目線で完全に見切るとか首に目でもついてんのか?」

「まさか」


 男がそう答えたその瞬間、目にも止まらぬ早撃ちでサンの体を狙い撃つ。彼は体をのけぞらせ、少し掠りはしたが何とか避けきった。

 そこに追撃とばかりに男は距離を詰めるも、サンが両手で体を支えて両足を浮かして、顎に蹴りを入れたことで再び距離が生まれた。


 ……どうする、距離を詰めるか。

 一瞬頭に浮かんできたその案を、危険であると判断し即座に捨てる。下手に近づくと撃ち抜かれる、そんな確信があった。

 男が持っているのは、先程の短機関銃とは違う無骨な拳銃。あの早撃ちで対応されると、弾に当たってしまう可能性もある。


 じりじりとした互いに互いを牽制する時間が訪れた。心臓の音がやけにうるさく、それに比例するかのように体温が上昇するのを感じる。

 けれど、それに比例するかのように頭の中はクリアになり、無駄な所へ向けられる意識が削がれていく。


 互いに互いが手を出せない状況。

 その均衡を破ったのは、男の方だった。


「……っ」


 ノールックでミナミの方へ銃口を向けると引き金を引いた。パァンッと乾いた音が聞こえるより先に、サンは床を蹴っていた。――間に合うかっ!?


「ミナミっ!」


 飛び込んで、突き飛ばす。それとほぼ同時に、銃弾が左脚を貫通した。


「クソがっ!」


 突き飛ばされたミナミは床に転がり、サンは顔から地面へダイブする。


「しぶといな。……だが」


 男は地面を這うサンから視線を外し、倒れ込んでいるミナミへと近づいていく。


「待て……!」


 それを止めるべく立ち上がる。が、左脚からの鋭い痛みによって上手く立ち上がれない。ドクドクと血が垂れていて、足になかなか力が入らない。

 そうこうしているうちに男はミナミの下へ到達してしまい、彼女は拘束されていた。


「おい動くな。動くと……分かってるな?」

「ああはいはい。本日二回目ですねこんちくしょう」


 ふらふらと立ち上がり、手に持っていた短剣と拳銃、懐に入れていたものを取り出してその場に落とす。

 これで油断してくれりゃあいいんだが……。

 ちらと気づかれないよう見てみるが、警戒を緩める気配はない。これ相当手慣れてんな。


「両手を頭の後ろに回せ」

「了解了解」


 さて、どうするか。

 指示に従いながらもこの状況をもう打破するか考える。

 取り押さえることは可能。だが、反応速度的に不意をつかなければミナミの死ぬ可能性がある。隙を作り出すことが出来たなら、制圧できるはずだが。


「銃も刃物も持ってねぇんだからよ、もうちょい警戒解いてくれねぇか?」

「断る」


 まあ、そうだわな。これで警戒を解いてくれるだなんて、微塵も思っちゃいない。なんなら警戒心が強くなったまである。だが、それでいい。


「……話が通じるやつなら、情報を提供するかわりに生かしてやろうと思ってたんだがな」

「いやいや。案外話が通じるやつかもしれないだろうが」

「いや。経験からわかるんだ。お前が話が通じないクズだって事がよ」

「言ってくれるじゃねぇか」


 ゆらりとミナミに向けられていた銃口がサンの方に向く。

 男の視線も意識もサンへと向けられた。サンがもし何かおかしな動きをしたのなら、すぐに動けるようにと。


 そう、それでいい。


「だからよ、……死んでくれ」



 今だ……っ!

 眩い光が部屋を包み込む。警戒心を強めさせることで、ミナミへの意識を出来るだけ削いだ甲斐があった。ミナミが事前に渡しておいた発光玉を上手く使ってくれたようだ。

 床を蹴って、一気に男との距離を詰める。瞼を閉じても入ってくる光。それも次第に弱くなってきたので目を開ける。

 銃も短剣も床に放り投げたまま。手には何も持っておらず、拳で殴りかかってきた……と男は一瞬考えた。そうであるなら、一撃ぐらいは耐えられると。

 だから男は拳を避けることなく待ち構え、照準をサンへと合わせた。だが、


「殺せりゃ武器はなんだっていいんだよ!」


 顎に衝撃が走る。


「なっ……!?」


 それは殴られた衝撃と共に、何かが喉に突き刺さったかのような鋭い痛みが男を襲った。

 男の顎のすぐ下に突き刺さっているのは、扉に板を打ち付けた時に使った釘。


「かふっ……!」


 ごぼっと血が口から飛び出した。息を吸う度痛みが伴い、少しずつ息苦しくなっていく。

 しかしサンの方も無事ではなかった。捨て身の男の攻撃に、致命傷は避けられたものの腹部に銃弾が当たった。


「クソッタレが……!」


 誰に向けたのか分からない、怨嗟の念を込めた声が部屋に響く。致命傷ではないはずなのに、全身から力が抜けて、床へ大の字に倒れ込む。

 そんなサンのすぐ横で、血反吐を吐きながらも男は必死に銃に手を伸ばす。ゆっくりゆっくりと手が伸びていき、……銃の先に指が触れた。


「ぁ……!」


 あと少しだと男の顔に喜色が浮かんだその瞬間、乾いた銃声と共に、銃に指先が触れていた手が吹き飛んだ。


「あ……ああ……! あ……ガフッゲフッ!」


 手が吹き飛ばされた痛み、そして絶望。そんな想いを込めた悲鳴さえあげられない。

 銃口が男の顔へと向かう。男は自分を殺そうとする者の顔を見ようと見上げると……引きつった笑みを浮かべて固まった。

 命乞いも絶叫も出来ないその男は、額を撃ち抜かれて絶命する。

 おびただしい量の血が床に飛び散り、真っ赤に染めあげる。


「……おかしいと思ったんだよ」


 その一部始終を聞いて、サンは今どういった状態なのか理解する。そんな彼は、男を殺した者に向けて言葉を投げつける。


「初めて会った時、あの場所はここからそこそこ距離があった。それなのに無傷で、しかもその身一つでなんて無理がある」


 言葉を投げかける。けれど、彼女からの反応はない。


「あとな、変わり身の早さも引っかかった。ついさっき殺そうとしてきた相手に、守ってくださいと頼むとか正気じゃねぇ」


 どんなに粗を突ついても、彼女からの反応はない。けれど、否定はしないというのはある意味答えているようなものだった。


「次によく分からん連中に絡まれた時。てめぇはあの連中が死んだ時、大した反応は見せなかった。つまり、人が死ぬ瞬間を見慣れてたんじゃねぇかと思った」


 この理由は根拠としては弱い。けれど、違和感を感じさせるには十分だった。


「最後に、前提条件からしておかしいんだ。てめぇみたいないかにも善人ですってやつは」


 ここは罪人が送られてくる収容島。一般人が来るところではない。


「ここでいかにも善人ですってやつは、大抵頭のネジがぶっ飛んだやつなんだよ」


 自分が他とは違うという自覚をしているからこそ、まともに振る舞おうとする。つまるところ、この島においては、まともそうに振る舞う輩は見るからに危険なやつよりも危ないのだ。

 なあ、と痛む体を無視して顔を動かし、彼女の姿を視界にとらえる。


「お前何者なんだ? ――ミナミ」


 疑惑の目を向けられているのにも関わらず、彼女はふっと不敵に微笑む。その姿は、先程までの彼女とは似ても似つかない。


「そこまで分かってたのに、どうして貴方は私を守ろうとしたんですか?」

「契約絶対主義なものでね。難儀な性格だよ、まったく」


 本当に笑えない。そのせいで、こうやって死にかけてるんだから。


「残念だけど、貴方の質問には答えられませんね」

「……ああそうかい」


 冥土の土産にでも教えてくれりゃあいいのにと思いつつも、サンは文句を言うことはしなかった。


「ああ……こりゃ死ぬわ」


 何となく、このままいけば死ぬのだろうという確信があった。頭に霞がかかって、視界はさっきからチカチカと明滅している。更に指先から感覚が失い始めたのに気づいてからは、これはもう助からないと理解した。


「命乞いはしないんですね」

「助けてくれるのか? それならいくらでもしてやるぞ」

「そこの男の人は、一度も命乞いなんてしなかったのに?」

「出来なかったの間違いだろ」


 生きる者が尊ばれ、死んだ者には慈悲のないこの島において、生き残ることが本土よりも重要視されている。どう生きるかではなく、どこまで生きられるのか。それがこの島で培ってきた、サンの考えだった。


「だがまあ、どうせ命乞いをしようが死ぬんだから恥は少なくしておきたいしな」


 ああやばい。思考がまとまらない。


「なあ……もっと違う結末はあったのか?」

「どうでしょう。きっとあったと、私は思いたいです」


 軽口を叩けるのがおかしいぐらい。朦朧としている意識の中で、彼女の顔を見ながら掠れた声を絞り出した。


「そうそう。これだけは言っとかないとな」


 最期なら、もっと格好よく言いたいものだがそれが叶いそうもないので諦める。だからせめてもの気持ちで、ニヒルに口角を上げて精一杯強者感を醸し出した。


「ようこそ収容島へ。てめぇがどれだけ生き残れるか、楽しみにしてるぜ」


 それを最期の言葉だと受け取ったミナミは、ゆっくり銃口を向けてきて、


 ――意識が消え入るその一瞬、悪魔の嗤う声がした。

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収容島 〜追放された者たちのセカンドライフ。堕ちゆく太陽を見て『悪魔』は嗤う〜 警備員さん @YoNekko0718

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