第2話 死ぬか奪うか


「危ねぇっ!」


グイッと彼女の腕を引く。

それとほぼ同時に、ミナミがさっきまで立っていた場所を銃弾が通っていった。


「はぇっ!? え、な、何が……!?」


動揺して固まる彼女を俺の後ろに立たせて、発砲音が聞こえてきた方向を睨みつける。


「てめぇらも新入りか」

「おん? なんだこのクソガキ」

「おう姉ちゃん。痛い思いしたく無かったら、持ってもん全部渡しな」


大木の裏から現れたのは、いかにも三下といった雰囲気を出している二人。片方は拳銃を、もう片方はシャドーボクシングをしてこちらを威嚇してきている。


「おら、さっさと出せや!」

「……ミナミ、持ってるもん全部出せ」


隠し持っていた短剣やら銃やらを馬鹿正直にその場に放り投げ捨てながら、ミナミにそう指示を出す。


「え、いえ。私、武器とか何も持ってないですよ」


彼女はひらひらと両手を広げて何も持っていないとアピールしてきた。


「丸腰で船から逃げてきたんですもん」

「……あ、そう」


丸腰で逃げるとか危機感無さすぎだろ。

呆れの混じったため息を吐き出すと、下卑た目線を送ってくる二人組に視線を移す。

ここまで近づくまで気づかないなんて、俺は何をやってんだ。油断しすぎていた自分を叱責しつつ、思考を巡らせる。

子供と女の組み合わせであることで、男たちは完全に油断している。それに加え、少年の方は命令に素直に従っている事実に、更に男たちの気を緩めさせた。


「おいそこの女、武器を地面に落とせって言ってんだろ!」


痺れを切らした男の一人が、ミナミに拳銃を突きつけてそう怒鳴リつける。


「ひぃっ!? い、いや、あの、その、私武器持ってなくてそれで全部ですよ!!」


ビシィッと地面に散らばる短剣やら銃やらを指をさす。


「そうなのか?」


拳銃を持った男がミナミを警戒し、ナイフを持った男は地面に散らばる武器とミナミを交互に見る。その瞬間、サンに向けられていた意識は外れ、完全にフリーとなった。

足音がしないよう意識しながら駆け出して、弧を描くようにして男たちの背後をとる。


「ん? なんだこのガキ……ガッ!?」


拳銃を持った男に後ろから抱きつくと、前に突き出していた腕を掴んで無理やり後ろに来るよう引っ張った。突然のことに硬直したその一瞬を狙って、拳銃を男から奪い取る。


「あ……ちょ……」


パァンッと乾いた音と共に、力を失った男の体は地面へと崩れ落ちていく。


「は!? お前……いきなり何して……!」


ナイフを持った男は驚愕と恐怖の入り交じった目で、サンを見ていた。


「いきなり……? さっきに手を出してきたのはそっちだろうが」


比較的正論をぶつけてみると、男は言葉が詰まって顔が強ばる。


「あ、その、悪かった! 突然襲ったのも謝るし、持ってるもんは全部渡す。だから、今回だけは見逃してくれないか?」


男の言葉を聞いて、サンはにっこり微笑むと持っていた拳銃を地面に落とす。男はそれを見てほっと安堵の息を吐く。その瞬間、顔面に強い衝撃を覚えた。


「……っ!?」


まるでトラックにぶつかったかのような衝撃。地面に思いっきり叩きつけられ、男の息が一瞬詰まった。


「な……んで……」


掠れた声で、朧げな目で少年の姿をした化け物にそう問いかける。


「ここはよ、一度喧嘩売っちまったら棄権なんて出来ないんだよ。どっちかが死ぬか、ボコした方が飽きるかのどっちかだ」


空気だけで成立したと思い込むだなんて、なんて幸せな頭なのだろうか。そんな頭の持ち主に、サンは冷たい視線を向ける。


「あとな、あの言葉はダメだわ」

「は……?」


頭を横に振ってみせると、男は何言ってるの分からないと、困惑したような顔をする。その顔を見て、サンはにぃっと笑みを深くすると大きく拳を振りかぶった。


「ありゃあ、殺されるやつのセリフだ。所謂死亡フラグってやつだな」


そう言いながら、何度も何度も拳を男の顔面に叩きつけ続ける。原型が無くなるまで何度も何度も。サンは心臓の動きが止まるまで、男の体がピクリとも動かなくなるまで、殴るのを止めなかった。


「ゴリ押しで勝ってもなぁ……」


事切れたのを確認して、ふぅーっと長く息を吐き出しながら今回の反省点を述べる。今回は、身体能力的に圧倒的に勝っていたからこんな感じでいけたが普段はこんなに上手くはいかない。

慣れると普段の戦いでしてしまいそうになるので、こういうのはこれっきりにしよう。


「……上手い具合に意識逸らしてくれたありがとな」

「え、あ、はい。お役に立てたのなら何よりです……?」


サンが礼を言ったのがそんなにも意外だったのか、それとも気を逸らしたつもりは無かったのか、困惑したような顔でまじまじと見てくる。それに気が付きつつも、スルーしてガサゴソと死んだ男の死体を漁った。


「ちっ。大した物持ってねぇな」


念入りに探ってみたが特にめぼしい物はなく、はあと小さくため息を吐くとミナミの方へ顔を向ける。


「おい。もう行くぞ」

「あ、はい。……この人たちはどうします?」

「放っておけ。しばらくしたら魔獣が食うだろ」


得られるものが無いなら用はないと、踵を返してさっさと立ち去る。ミナミはそれを見ると、バッと男たちの死体に頭を下げて慌てながらサンの背中を追いかけるのだった。


☆ ☆ ☆


「ここか」


眼前にあるのは、錆びた中型の船だった。

大きさはそこそこあるものの、至る所が錆び付いていてまともに動くようには思えない。だからこそ罪人の運搬だなんていう、使い捨て覚悟の使い方をされているのだろうが。


「ああ、そうそう。ミナミ、これ」


不意に思い出したように声をあげると、懐から何かを取りだし放り投げる。


「え……と、なんですかこれ?」

「発光玉。そのフラグを抜くと、白い光が飛び出るから」

「……どうして私に?」


不思議そうに首を傾げるミナミを見て、サンはあー、いや……と言葉を濁す。しかしすぐに観念したかのように、ため息を吐いた。


「何も武器無かったらお前、俺がいない時どうやって身を守るんだよ」


付きっきりで構うつもりは毛頭にない。けれど下手に武器を持たせると裏切られた時に厄介だ。というわけで、使用されてもさほど影響はない発光玉を渡した。


「あー、なるほど」

「出来るだけ自分の身は自分で守れってことだ」


そう言い残すと、さっさと先に船に乗船していく。


「少しは待とうっていう気持ちはないんですか!?」

「ない」


ミナミからの訴えに一切耳を貸さず、さっさと船の中へと足を進めるサン。その様子を見て、彼女はとても疲労の溜まった息を吐き出しながら後に続いた。


「……ここで何をするんです?」

「弾薬とか武器の補充だな。こういったのは早い者勝ちだから、先に誰か来てないといいのだが」


無いならないでそこまで問題はないのだが、あった方がいいのは確かだ。だからあったらラッキー的な考えで来てみたのだが、これは……。


「ミナミ、一ついいか?」

「はい、いいですよ」


首を巡らせ背後に立っていたミナミに視線を向けると、はてと小首を傾げながらそう答えてきた。


「てめぇが船から降りた時、どんな奴が何人残っていた?」


偶にだが、船に残ったままなタイプのやつがいることもある。もしくは、船を拠点にした連中とか。

ミナミは俺の問いかけに、えーっと……と目をさ迷わせながら口を開く。


「実は私、一番最初に船から降りてまして……あの後どうなったかとか私知らないんですよね……」


情報が得られるか思ったがアテが外れたか。

顎に手をやり思考をまとめていると、横から「すみません……」と力のない声がした。


「……まあ、気にすんな。そこまでアテにしてない」

「それはそれで酷いです!」


あー言えばこー言う。フォローをしたつもりだったが、この娘には満足いただけなかったようだ。


「まあどうでもいいが気を引き締めろ」


忠告を一応するが、彼女には何を言っているのかわかっていないご様子。


「おい。流石に危機管理能力欠如しすぎなんじゃねぇの?」


特段良いという訳では無い俺の鼻でさえ、今この場に充満している匂いがなんなのかわかる。獣の腸を引き裂いた時と同じ、生臭い血の匂いだ。しかも乾いてそこまで経ってねぇ。


「間違いなく、そこに人がいる」


階段を下りながら、船底の武器類がしまわれている部屋へと目指し、扉の前まで来ると立ち止まる。


「後ろに隠れてろ」


周りに別の人間がいる可能性も考慮して、ミナミも連れてきたが戦えないそうなので後ろに隠れてもらうことにした。


「行くぞ」


ギィィィッと音を立てて、ゆっくりとゆっくりと扉が開いていく。少しずつ広がっていく扉の向こうには、


――短機関銃を持った男がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る