収容島 〜追放された者たちのセカンドライフ。堕ちゆく太陽を見て『悪魔』は嗤う〜

警備員さん

第1話 収容島


 ーー収容島。

 そう呼ばれる島は七個存在しており、そこでは極悪な犯罪者たちが生活している、と言われていた。


 では、そこで疑問が生じる。収容島で生きている彼ら彼女らは、どのように暮らしているのか。

 協力し合い助け合い生活している。

 ーー否。

 彼ら彼女らは、それぞれの島の各々が定めたルールに従い、生き残るために戦い続けている。


 これは、そんな島で生きる者たちの物語。


 ☆ ☆ ☆


 微かな音が耳に入る。

 荒い呼吸音、足音。……そしてその足音の主を追うような足音が複数。そしてそれが近づくにつれ、耳障りな女の声が聞こえてきた。


「無理です無理無理! これ死んじゃいますってほんとにぃ!!」


 恥も外見もなく必死に逃げ回る女性の姿。それを見て、少年は少し考え込む。ここで見逃して、彼女を食らっている好きに魔獣を狩るか。それとも、すぐに魔獣を狩るか。

 純粋に彼女を助けたいと思う気持ちなど、毛ほども浮かんでこなかった。

 そして――


「よし」


 ちょうど女の前に落ちるタイミングで気から飛び降りる。女は突然空から少年が降ってきたことに目を白黒させるが、少年はそれを無視して魔獣の群れに突っ込んだ。


 猪型か。まずは一体引き付けて、突進してきたところをグサッとやるか。

 流れるように魔獣を一体切り裂くと、その流れのまま残り二体の魔獣へと距離を詰める。

 スピード勝負だ。おいおい、何ビビってんだよ。足震えてんぜ? ここでは、そんな隙が命取りになるってこと魂に刻み込んでやろうかぁぁ!!

 短い時間でナイフを何度も突き刺すと、次第に魔獣は体から力が抜けて地面へと倒れる。

 ラスト一体っ!! おいこら、何逃げようとしてんだこら。逃がすかよ、この晩飯風情がよぉ!!

 一目散に逃げていく魔獣の背に向けて、手に持っているナイフを思いっきり投げつける。ナイフは直線的な起動を描き、見事脚に命中した。


「おっしゃああ!! 覚悟しやがれ!!」


 動きが鈍った猪型の魔獣なんざ、素手で殴りかかってくる一般人と大して変わりゃしねぇ!!

 意気揚々と魔獣を美味しい部分は傷つけないよう、殴り蹴り斬る。……よし、これでお終いだな。んでもって……。


「よう、女。てめぇ、見かけねぇ顔だなぁ? 新入りか?」

「は、はひっ」


 左手に持った銃の先を腰を抜かして尻もちついている女に向けながら、じりじりと距離を詰めていく。身のこなし方からして素人だが、まだ警戒を解くには早い。


「ハキハキ喋れ。それが無理なら、二度と喋れねぇようにしてやる」

「は、はいっ! 新入りですっ!!」


 なんだ、声出せんじゃん。なら最初っから出せや。

 苛立たしげに唾を吐き捨てる。するとビクゥっと肩を震わせ、怯えた目でこちらを見上げてきた。もう面倒だし始末するか……?

 殺すか見逃すか、対応に思い悩んでいると唐突に天啓が舞い降りてきた。


「女、ここに来たのは最近か?」

「はいっ!」

「てめぇがどっち方面から来たか覚えてるか?」

「あっちですぅ!!」


 ビシィッと勢いよく指をさす方向は東。なるほどなるほど……、どうせすることもないし暇潰しついでに行ってみるか。


「特別に見逃してやるよ」


 しっしっあっちへ行けと手を振りつつそう言う。だが、女はなかなか動こうとしない。


「聞いてんのか? 俺の気が変わらないうちにさっさと……」

「私、気づいたんです」

「はあ?」


 さっきまでの怯えた顔はどこへやら、女は深刻な顔をして何やら言い出した。何言ってんだこいつ……と、俺は女に怪訝な目を向ける。


「私一人の力では、この島で生き延びれないと!」

「ふーん。そりゃ、大変だな」


 突然大仰に動き、喋り出した彼女をサンはシラーっとした視線を向ける。しかし女はそんな視線を気にしないかのように、ザッと一歩近づいてきた。


「だからお願いします、私を守ってください」

「断る」


 祈るように手を合わせ頼んできた女に、少年はそう即答した。


「人に頼ってここで生き残ろうなんざ甘いんだよ。さっさとどっか行け、殺すぞ」


 再度銃口を突きつけて、ドスの効いた声でそう脅す。けれど、女にとってはここで引くわけにはいかないのだ。ここで逃げ出しては、さっきまでと状況は変わらない。


「え、と、その! どこから来たのか、海岸までですけど案内出来ますし!!」

「方向が分かればすぐに見つかる」

「で、でも、私が嘘をついている――」

「あ?」


 少年の姿が一瞬消えたかと思うと、女の目と鼻の先に現れた。銃口は女の額にくっつけて、ナイフの刃を首筋に当ててやる。


「てめぇ、嘘ついたのか?」


 冷たい、けれど中に激情が孕んでいる声音に、女は全身の穴という穴から汗が噴き出す。

 まずい、何か言わなければ……! そう思ってはいても、乾いた唇からは掠れた吐息しか出てこない。


「……」

「……」


 縋るような、許しを乞うような目をした女。それを冷たい目で見つめる少年。そんな二人の拮抗を破ったのは、少年の方だった。


「嘘ついてないなら別にいい。見逃すって言ってんだから、殺さねーよ」


 ケラケラと少年は楽しげに笑うが、女からしたらまったく笑えない。無理やり口角を吊り上げて、乾いた笑みを浮かべるので精一杯。

 常人なら、ここで引くのだろう。これ以上食い下がれば、危害を加えてくるのではないかと危惧して。そう、常人なら。


「あ、あの、報酬ならあります。これでどうでしょうか!?」


 懐から取り出したのは、――一枚のチョコレートだった。

 ありえない。この状況でチョコレート一枚で助けてくれだなどと、そんな事を言えるのはバカを通り越して狂っている。普通であれば、子供扱いをされていると捉えるか、バカにされたと捉えるかのどちらかだ。

 だが、幸か不幸かここは普通ではなく少年も普通ではない。もっと言うのであれば、今の状況においてその行動の選択は最善であった。


「ふーん……」

「あ……」


 少年はチョコレートを奪い取り、包装をそのままに口に放り込む。


「……凄い甘いな」


 味わった事の無いその味は少年に衝撃を与えた。

 少年がこれまで味わってきた甘みというのは、せいぜい偶に手に入る果物ぐらいのものだ。この場所に、砂糖は存在しない。だからこそ、この島でのチョコレートとは希少価値がとてつもなく高い。


「あー……」


 味わい尽くしたところで我に返る。思わず食べてしまったが、別にこの女を助けてやると決めた訳でもない。なんなら、今ここで殺して有耶無耶にしてもいい。


「……まあいいか。ついて来る限りは守るが、好き勝手に動いたりした時はてめぇの責任だからな」

「やっったああああ!! 」


 全身で喜びを表現する女の姿を見て、判断を早まったかなぁと少年は若干後悔する。


「そんでてめぇ、何番だ?」

「何番……とは?」


 そんなことも知らんのか。

 少年はコンコンッと首に巻き付けられているチョーカーのような、首輪のような物を叩いた。


「これに掘られてる番号だよ。俺は三番だ」

「あー、なるほど」

「確認してないのか? なら、見せてみろ」

「あ、あー! 思い出しました! 三十七番です!!」


 女はさっと首筋を隠すと、慌てて教えてきてくれた。


「じゃあミナミだな。よかったな、語呂が良くて」

「はい……?」

「ここじゃあ、お互い番号の語呂で読んでるんだよ」

「そうなんですか」

「そうだ。あと、俺の事はさん付けしろよ。多分こっちの方が年上だし」


 サンがそう言うと、ミナミは小首を傾げて不思議そうな顔をした。


「え、何歳なんですか?」

「19」

「本当に年上なんですか!?」


「え、見えない」という呟き声が聞こえてきたので、殴ってやろうかと睨みつけてやる。すると、えへへと愛想笑いを浮かべ、早く話題を変えようとミナミは口を開いた。


「あ、因みに私は18です!」

「そうか。ちゃんとさん付けしろよ」


 どうでもいい知識を脳内でゴミ箱へ放り投げながら、ミナミが示した方向に向かって足を進める。


「分かりました。サンさ……太陽さん!」

「なんでだよ」

「いやほら、サンさんで太陽じゃないですか」

「それだと、太陽さんはサンさんさんになるぞ」

「あ、確かに」


 むむむ……と唸る彼女をスルーして、さっさと先へと向かう。


「……おい、置いてくぞ」

「へ……? あ、ちょっと待ってください」


 パタパタと近寄ってくるミナミを見ながら、額に手を当てはぁとため息を吐いた。


「襲われても知らないぞ」

「大丈夫ですよー」


 彼女はぐるりと辺りを見回して、ないないと手を横に振る。


「見た感じ、魔獣は居ませんし」

「いや、俺が言ってんのは魔獣の事じゃなくて……」


 サンは知っていた。この島で、世界で、一番危険な存在は魔獣ではないと。魔獣よりももっと恐ろしい存在のことを。


 ――パァンッと、乾いた音が辺りに響き渡った。

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