東京の人は冷たい

杜侍音

東京の人は冷たい



 これはノンフィクションである。



 ──バスから降りて考えるまでもなく、背中を反った。

 腰から鳴る破裂音。プチプチを潰した時と同じ感覚があって、個人的に少し心地よいと感じる。

 ちなみに空を仰ぎ見るようにして、よく上体を後ろに反らしているとギックリ腰になりにくいみたいですよ。うちの家系は私以外みんななったことあるので、私にもいずれ訪れるかもとビクビクしながら生きています。これを投稿したタイミングでちょうど父がギックリで倒れてますし。


 地元から夜行バスで何時間も揺られ、午前五時とかにバスタ新宿に落とされたわけですが、ここから見える朝焼けに思わず見惚れて「きれぇだなぁ……」と言葉が漏れ出てしまう。

 目に映る景色が、写真にしっかり表現できるまで何枚も撮った。朝早くから良いものが見れたなぁー。

 東京に来たのは三回目だけど、単身一人で来たのは初めて。

 あまり東京に詳しくないから、見えている建物が何なのかは正直なところ知らない。

 けれど、この構図は見たことがある。そう、キング○ムハーツⅢのパッケージだ……! オタクの私はすぐにそう思った。

 ちなみに四回目の東京は今年、キンハのホテルに泊まるためにディズニー行きました。ヨシッ!


 今回東京に来たのもオタ活のためだ。てか、それ以外で来ることはまぁない。

 2020/02/02。逆から読んでも同じ日付にあった、とあるゲームのイベントに当選し、しかも席順をネットで確認してみれば中央側の前から二列目。

 人生の運を全て使ってしまったかもしれない特等席で、私の最推しである声優のあや○るを、肉眼でしっかり見るのだ。

 結論から言えばガッツリ見られた。可愛くてカッコよくて美しかったです。イベントも最初から最後まで楽しく面白く盛り上がって、とにかく最高でした。ヨシッ‼︎


 しかし、今回の物語はオタ活レポートではない。東京に降り立った直後のことである。


 とにかく風呂に入りたかった。

 私自身、一日風呂に入らずに過ごすのがどうも苦手だ。友達の家に泊まる時は必ずお風呂を借りるし、カラオケオールして朝帰りした時は家で一度シャワーを浴びてから昼に寝る。

 睡眠が大好きな私にとって、なんか身体が汚いまま寝るのは生理的に無理なのだ。別に菓子食ったり、夏の暑い日に篭ってゲームするとかはできるけど。矛盾しとる。


 とりあえず、夜行バスで寝て起きてきたのはいいものの絶賛気持ちが悪い。

 どっか温泉があればいいけど……調べて見る限りなさそうだ。まずこんな時間に空いていない。

 あるにはあったが、ここから距離も遠いし使用料金もかなり高い。

 オタクグッズに諭吉を溶かしたい私にとって、なるべく他の部分での出費は避けたい。


「どうしよっかな……」


 思わず言葉が漏れてしまう。



「──もしもし、そこの人。これからどこかに行かれるのですか?」


 急に声をかけられたが、すぐには反応しなかった。私だと思わなかった。

 けど、何度も言うように朝五時台。この時間のこんなとこに人はいないし、一緒に夜行バスに乗ってた人はとうの昔にどっか行っている。

 声の聞こえた方に振り返れば、そこにいたのは五十代前後のオジさんがそこにいた。

 オッサンというよりかはオジさんだ。

 身長は目測160cmと男性としては平均より低く細身であった。髪は白髪が混じってるほどで、優しい笑顔を浮かべるオジさんの頬にはえくぼのようなシワが刻まれている。マスクはまだしていない。ギリギリコロナ禍に入る前だから。


「あ、いえ、温泉に行こうかなと思ってまして」


 普通知らない人に話しかけられたら情報は開示するべきではないんだろうけど、寝起きで頭が回っていないのか、それとも初の一人東京で舞い上がっていたのか、思わず反射で目的を話してしまった。


「あぁ、そうなんですね。私もこれから行こうと思っていたので、よければ一緒にどうですか?」

「いえ、そんな申し訳ないですよ」

「ははっ、お気になさらなくても大丈夫ですよ」

「はぁ、では……」


 優しい人だなと思った。

 東京の人は冷たいという印象が、関西人の私たちには特にあるのだが、こういう人もいるんだなーと付いて行った……


 ──いやいや待て待て待て。知らない人には付いてっちゃダメだろ!

 小学生の時に散々学んだのに、『いかのおすし』で美味しく学んだはずなのに。そういうことやる奴は最初は優しいもんなんだよ‼︎

 どうしてもお湯に浸かりたい欲求に負けて付いて行く私。冷静に考えて、ヤベーやん私も。


 けど、まぁ……自分自身男だし? こんなオジさんには負けないだろう。

 いや、でも昔から女の子に間違われることはあったな。今でも「先程娘さんが──」的な感じで訪れた人が母に報告するなどのような勘違いをされたことがある。

 結構他人と話す時は母の電話対応の如く、声高くなるし、腕相撲で男子に全敗、女子といい勝負して負けるくらい細身、てかガリガリ? だからなぁ……さては女子と間違えてる?

 いや、それはないか。


「そこは私もよく行くとこでしてね。男性限定のお風呂なんですよ」


 と、言っていたので性別はちゃんと分かっているらしい。

 んー、ならナンパとか言うのではないか……てか朝っぱらからする奴いないか。知らんけど。

 もしかしてそっちの気がある人? でもそうも思えない。知らんけど。

 ま、これも縁だよね。一人旅の醍醐味でもあるし。知らんけど。


「ちなみに何て名前の場所なんですか?」

「え? 何だったかな……ちょっと忘れちゃいました」


 ……怪しいっ⁉︎

 え、よく行くとこなんだよね⁉︎ 名前分かんないとかある⁉︎

 そうこうしてる内に新宿の細い道を歩いて行く。朝だからこそ、東京にすら人がいない。

 本当にヤバい事案なのでは……い、いざとなったらこのキャリーケースで後ろから殴って逃げよう、うん。


 いつでも実行できるように両手でキャリーバッグを持ち歩いて五分。

 着いたのはビジネスホテルだった。


「ここのビジネスホテルはね、一般にも温泉を開放してるんですよ。一時間500円で」


 今振り返っても、場所は覚えているが、名前は思い出せない。確かに覚えづらい横文字の名前だった。

 すぐさまオジさんの目を盗み、片手でホテル名をスマホで調べるとチェーンの真っ当なビジネスホテルだった。

 とりあえずヤバい場所ではなさそう……?


 それから、オジさんの案内と女性スタッフの指示に従い温泉に入る。

 もしかしてジロジロ体見てくる──とかもなく、温泉に入ってからは別々に行動した。

 案外綺麗で広い温泉だったから、安堵共に息が漏れ出る。漏れ出てばっかだな、ガス欠してたんか我。


「どうです? いいとこでしょ」


 すると、オジさんが近寄って来て色々とお話をした。局部を見せないように来てくれた。その辺の心遣いもできてやがる……。

 オジさん……ってか、その方は放射線技師の仕事をしており、出会った当時では中学三年生の娘さんがいるそう。通知表の数字はオール3で、「逆に凄くない?」と言ってきたんだとか。なんて平和な家庭なんだ。普通にお父さんしてました。

 もちろん、それだけ話してくれたので、私からも情報を話した。学年とか出身とか、東京に来た目的とか。


「じゃあ、東京を楽しんでね」


 温泉から出て、お金まで払ってくれて、ビジネスホテル前で別れ際。オジさんは最後まで優しい笑顔を浮かべてそう言ってくれた。

 ごめん、キャリーバッグで殴ろうとか考えてて。


「これも何かの縁ですし、一緒に写真でも撮りませんか?」


 と、最後はホテルの看板の前でツーショットを撮った。

 その写真は今でも残っているし、データを送るためにLINEも交換した。

 なんじゃこれとは思ったが、まぁ面白い経験をしたなーと今になって振り返る。上京した時にいい温泉も知れたし。

 東京の人は冷たいと思っていたけど、オロオロしていた私を見かねて、声をかけてくれるのは優しい人だなと思いました。


 ……ま、オジさん名古屋出身だったんですけどね。仕事のために、一緒の夜行バスに乗ってたみたいです。

 というより東京って大体上京してきた人だろうし、きっとみんな他の人に負けないよう気張ってるだけな気がしますけどね。


 元気かなーオジさん。

 みなさんも、もしかしたら思ってもいない縁に巡り合えるかもしれないので、勇気を持って飛び込むのもありかもしれませんね。

 ただ、一応キャリーバッグをぶん回す準備はしておいた方がいいとは思います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

東京の人は冷たい 杜侍音 @nekousagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ