魍魎戦記【もうりょうせんき】

星海 焜炉

第1話 出現、未知なる脅威

●陰陽五ヶ条

❶陰陽術の私的利用を禁じ、定めた者のみを陰陽術師を名乗る事を許可する。


❷陰陽術による人的被害を禁じ、妖の悪行に対してのみ行使する事を許可する。ただし、帝に害する存在は、何者であろうと陰陽術の行使を許可する。


❸人権を害する陰陽術の実験及び研究を禁じ、禁術指定された術を行使しては、ならない。


❹項目1~3に違反した術師は、項目2の適用外とし、確保を目的とした陰陽術の行使を許可する。


❺五稜郭の任命には、特別な理由ないかぎり受諾する。


この物語は、1人の青年が出会った陰陽術師によって、人生を大きく変わるお話である。




生方『あーあ、どうしてこうなったんだろう』吐いた息が白くなって消える12月の冬、廃墟はいきょした工場内で不良高校生30人がグルリと取り囲まれる危機的状況に陥っていた。


生方 宗継【うぶかた むねつぐ】中学三年生は、柄にもないことをしたと心の中で後悔していた。


普段の自分ならこんな面倒ごとに首を突っ込まなかった・・・普段の自分なら。




自分は、[神奈川県横浜に生まれ育ち、俗に言う不良と呼ばれる人種である。これまで多くの力自慢と喧嘩ケンカをしてきた。学校のてっぺんを目指してより強い奴らを喧嘩で打ちのめして、横浜最強の伝説を作ってみせる!]・・・みたいなそんな野望を抱いて喧嘩をしている訳ではない。ましてや自分を不良だと認めた覚えもない。


スポーツ万能、勉学も・・・まあ優秀?先生からの評価だって・・・時々、学校をサボって怒られたりもするが印象は、良い方だと思っている。


そんな[自称]優等生の自分が喧嘩に巻き込まれてしまうには、大きく理由が2つあると考える。



1つ目は、目つきの悪さと体が大きいという見た目である。周りの小学生の平均身長が130~140cmぐらいである中、自分は、160cmの大柄だった。それが今や中学三年で180cmにまで背が伸びてしまった。


体が大きいだけでも目立ってしまうのに、この威嚇しているかのような目つきの悪さがあいまって、不良に見られてしまうのだ。


睨んでもいないのに「ガン飛ばしてんじゃね、喧嘩売ってんのか!?」と喧嘩を仕掛けられる事なんて日常茶飯だった。


『なんだ、図体がデカイだけで喧嘩は、弱いのか。大した事ねぇな』とそう思われるくらい喧嘩が弱ければ、柄の悪い連中と関わらずに済んだのかもしれない。ここで2つ目の理由、自分は喧嘩が強かったという事を挙げさせてもらう。            



父方の祖父が空手道場を営んでいる師範で、祖父独自の家訓[男児たるもの強くあらねばならない]というならわしにのっとり、5歳の頃から嫌々空手を習わされていた。厳格な祖父の教えは、泣く事も許してくれないほどスパルタだったので、怒られるたびに何度辞めてしまおうかと思ったことか。そんなスパルタ指導の成果もあって、空手の大会で何度も優勝するくらい強くなった。


だが、、上級生との喧嘩をきっかけに空手を習うのをやめた。祖父に教わった空手を喧嘩に利用した事に対する申し訳無さからなのか、空手を続けるのが元々嫌だったのか、まあ色々と理由は、あったと思う。


そしてその喧嘩をきっかけに『生方は、喧嘩が強い』といううわさが広まってしまう。


喧嘩漫画を読んでいた少年たちは、強い不良に憧れを抱く奴らが多く『どうして不良という人種は、強い奴と喧嘩がしたいんだろう?』と平穏な生活を願っている自分からすれば、関わりを持ちたくない世界である。




不良中学生「おいコラ生方!お前、あのを相手に喧嘩で勝ったんだってな。お前倒して俺が最強の称号をいただくぜ!」と意気揚々と自分に向かって売り言葉を放つ。


相手は、後ろに3人の仲間を引き連れていて喧嘩を挑んで来た。着用している制服が他校の中学校なので当然、面識もなく、不良特有のネットワークもうとかった為、たとえ相手が名のある不良だとしてもおびえる素振そぶりも見せたことが無かった。



生方「すんません。俺、喧嘩とかしたくないんすよ。最強の称号??良かったらもらってくんないすか?」と相手の売り言葉を買わず、訳の分からない称号を相手にゆずり、その場を避けようとした。


自分は、いたってまじめに対応したはずなのに相手の顔がゆがんだ。



不良中学生「は!?お前の同意なんざ知らねんだよ。じゃあ黙ってボコられろや」と言いながらを生方の顔面目掛け殴りかかる。


少し後ろに下がって左ステップを2回、勢いを付けて繰り出したストレートは、これまで幾度いくどと逆らった相手を倒してきた自慢の一撃。今回も自慢のストレートで勝利をおさめるつもりだった。



生方は、欲しくもない称号なんてどうでも良かったが、黙ってやられるような無様ぶざまな格好をさらす事だけは、許せなかった。


それは、祖父の教え[男児たるもの強くあらねばならない]が体に染み込んでいるからだろう。当時は、この家訓が嫌いだったが、"男のプライド"というものを持ち始める年頃になって受け入れられるようになった。


自分に向けられた拳(右ストレート)を反射的に左てのひらで止めていた。すかさず、を素早く顎にくらわす。軽く振った拳だったが、向かってくる勢いを利用してのカウンターパンチは、見事にクリティカルヒットした。自慢のストレートを止められた事に驚く暇もなく、気絶してしまう。



生方『あっ!やってしまった』襲いかかって来た相手が目の前で倒れ込むのを見て、ふっと我にかえる。意識せず反射的に動いてしまった為、手加減するのを忘れてしまった。自分のこういう所がダメだとつくづく思う。視線を連れていた仲間3人の方に向けると、驚きのあまり唖然として、しばらく呆然と立っていた。



生方「あの、まだやりますか?」と申し訳ないがいい加減、終わりにしたいという気持ちをのせて、喧嘩の続行か否かを問いた。3人は、倒れているリーダーの腕を肩に掛け「テメェ生方、この借りは、いつか必ず返すからな。覚悟しとけ」とモブキャラが去り際に吐くような捨て台詞を言いながら逃げ去った。


そう言ってくる相手を一度たりとも覚えていたことがない。コンビニ店員がお客さんの顔をいちいち覚えないのと一緒で、日々の流れ作業のようなものだから。その後も幾度の喧嘩をふっかけられては、倒してを重ねた結果、自分の意を介さず、周りから不良というレッテルを貼られるようになった。




冒頭の1日前、妹の生方 美波【うぶかた みなみ】とたわいもない兄妹喧嘩をした。2つ下の妹は、思った事を口にしてしまう素直さと理不尽を許さない正義感を持った優しい子である。そんな妹だからなのか、しょっちゅう言い合いになる。


きっかけは、喧嘩してできた#頬の傷を帰宅してすぐ妹に見られてしまった所から始まった。心配性の妹は、自分が喧嘩をしている事をこころよく思っていない。



美波「ねえ!怪我してるよ。また喧嘩したの?」と怪訝けげんそうに尋ねた。


生方が顔を隠して避けるようにそっぽを向くと、下から顔を覗いてきた。驚いて後退あとずさりする。



宗継「喧嘩?してないしてない。これはその・・・猫?そう猫にひっかけられた傷」と慌てて嘘を口にする。


心配を掛けたくない一心で誰でも嘘だと分かるような言い訳をベラベラ喋る。



美波「なにそれ、面白くもない。ふざけないでよ!辞めるって約束したでしょ」子供を相手しているような言い訳に美波は、腹が立った。こんなにも心配してあげているのに伝わっていない。



宗継「す、すまん。だけどこれだけは、信じてくれ!俺からふっかけて喧嘩したんじゃないんだ!」と妹が不機嫌になったので素直に認め、謝罪した。付け加えて自分に非は、無い事を強調する。



美波「次、喧嘩して帰ってきたらおじいちゃんの道場で空手の稽古だからね!分かった?」と妹は、祖父の稽古を罰ゲームのような物言いで兄に念を押す。



妹は、思い違いをしている。自分は、喧嘩を好きでやっているわけではないと言う事を。


むしろ話し合いで解決できるならその方が良いと思っているくらいだ。ふっかけてくる不良を正当防衛で撃退していると言ってもいい。



宗継「分かったから、もうしないって約束する。だから、じいちゃんの稽古を持ち出すのは,無しな!」祖父との稽古を思い出すと血の気が引いてしまう。


美波は、何かしら約束を破ったら祖父の稽古に参加させるという事を持ち出す。本当に嫌なところを突いてくる。



美波「そんなにおじいちゃんのこと嫌いなの?とても優しく教えてくれるよ」



宗継「嫌いとまでは、言わないけど苦手なんだよ爺ちゃん。それに優しいのは、お前にだけだからな!男相手には、容赦ないんだから。」と可愛い孫娘に甘い祖父への皮肉を目の前の妹に言う。



妹は、。「どうして?」と理由を聞いたが、妹は教えてくれなかった。まあ、あの祖父のスパルタ指導を受ければ嫌でも辞めるだろうとたかくくっていた。


しかし、予想とは裏腹に妹の空手の上達は凄まじく、同年代の女子の大会で負け無しというご立派な成績をあげる。『あの健気けなげな妹は、何処いずこへ』と甘えん坊だった妹は、空手の上達ともに勝気な性格になり、今では妹に頭が上がらない。そんな情け無い兄をいつまでも心配してくれる妹に変わらない愛おしさを感じる自分は、兄バカなのだろう。



美波「少しは、道場にも顔を出してよ。私がどのくらい強くなったか、お兄ちゃんで試したいしね。」とシャドーボクシングしながら微笑んで言った。


『おいおい!俺は、お前のサンドバックか!』と思わず心の中でツッコミを入れ、鼻で笑った。妹の無邪気さは、変わらない事に安心した。



宗継「気が向いたらなあ。女の子なんだから無理するなよ。」妹の申し出を軽く流しながら、2階にある自分の部屋へ向かう為、階段を上がった。


美波「もーう!どうせ来ないんでしょ。バカ兄貴」と耳元に届くように大声で"バカ兄貴"の部分を強調して言った。皮肉を言い終わった後、少し微笑んだ。


こうして言い合える時間を美波は、楽しいし嬉しいので大切にしている。兄は、だから居なくならないで欲しいと日々願い、無事家に帰ってくるたびに安堵するのだった。




翌日、いつもの通り授業が終わり、教科書をカバンに入れて帰る準備をしていた。


周りは、放課後の部活動があるから急ぎ準備して各々おのおのが体育館やグラウンド、文化系が利用する教室に向い教室を出る。



中学3年生の冬の時期になると続けている人もいれば、夏のシーズンで引退している人もいる。受験で忙しい中、自分のクラスにも少なからず部活動を続けている生徒もいた。校訓で部活動に絶対参加の学校だったので自分も部活に入っていた。


1年生の頃、運動神経が良かったので運動部から色々と声をかけられていたが、体育会系の上下関係が嫌だったので全て断っていた。


どこかに入部は、必須だったので、早く帰れる部活動を探していたら、1つ上で仲良くしていた近所のお兄さんに「部員数が足りなくて廃部寸前なんだ。頼む!入ってくれ」と言われ、囲碁将棋部に入部した。



元々、別の部だったが継続できる部員数が足りなくて合併した。それがまた部員不足で廃部になりそうになり、仲良くしていた後輩である自分に白羽の矢が立った。


お世話になっていた相手のお願いだし、好きなタイミングで参加して帰れると言う所に魅力を感じた。在籍数の関係で3年生の今でも引退せずにいる。いわゆる幽霊部員というものだ。


今日は、妹の機嫌直しに好物のショートケーキでも買って真っ直ぐ帰ろうと思っていた。



??「あの、生方君ちょっといいかな?」緊張気味な声で自分の名前が呼ばれた。帰る準備を止めて、声のする方を振り返る。



生方「おう、どうした?甲斐」そこにいたのは、クラスメイトの甲斐 隼人【かい はやと】だった。



甲斐「この間、穴場のゲームセンターを見つけたんだけど、良かったら一緒に行かない?」とモジモジしながら生方の顔を伺いながら言った。



生方「えっ?」意外な相手からの遊びの誘いに驚く。ガラの悪い人を避けて生きてきたみたいな奴だから、まさか遊びに誘ってくるなんて思いもしなかった。



甲斐「もしかしてこの後、用事でもある?生方君には、もあるし、いつかお礼がしたいと思って。ダメかな?」甲斐の言っている恩というのは、1ヶ月前に不良高校生3人から絡まれている所を助けた事を指しているのだろう。




その日は、休日だったから行きつけのゲームセンターで格闘ゲームをしていた。喧嘩が嫌いな自分だが格闘観戦をする事に抵抗感はない。互いの同意のもとルールにしたがって闘うから。


特に格闘ゲームは、よく好んでやっている。喧嘩と違って誰も傷つかないし、老若男女問わず平等に楽しめるからだ。



ゲームに熱中していると、少し離れたクレーンゲーム近くから怒鳴り声が聞こえてきた。声のする方に視線を移すと不良高校生3人が中学生1人を相手にカツアゲしていた。


よく見ると中学生側は、同じ制服を着て、どこかで見たような顔をしている。『あっ!思い出した、確か同じクラスの奴だ。なんだっけなアイツ』名前までは、思い出せないが教室で会うとビクビクして逃げるように避けていた男子だった。



クラスメイトではあるが、仲がいいと言えるような間柄ではなかった。


その時に抱いた甲斐の印象は、丸メガネをかけて、小柄な背格好でいかにも喧嘩したことがなさそうな細い体つき、猫背でオタクっぽい立ち振る舞い、恐喝で今にも泣きそうに震えていた。


まあ不良に目をつけられるような奴だった。



自分は、トラブルに巻き込まれるが自分からトラブルを引き起こす事は、してこなかった。


平穏な生活を願って過ごしている学生としては、燃え盛る火の海に好き好んで自ら飛び込みたくない。


『見過ごせば巻き込まれない、見逃せば巻き込まれない・・・』と自分に言い聞かせていた。


だけど、そう思えば思うほど、罪悪感が芽生えてくる。思わず立ち上がり、気づけば現場に向かって歩き出した。



生方「おい!その辺にしとけよ。ダサいからそういうの」と1人を取り囲む3人に割って入り、カツアゲ犯たちに向けて言った。


余計なお世話をしてしまったと思いながら、不良たちに対峙たいじしている。



不良高校生A「はっ!誰だお前。同じ制服だから友達なのかな?一緒にボコられたくなかったら、スッこんでろ!」と相手が中学生と知るやいなやおちょけてみせた後、緩急をつけて怒鳴りながら脅し文句を言い放った。


しかし、ひるんでいる素振そぶりは、無い。むしろ、呆れている様子だった。思っていた反応と違ったため、一瞬戸惑ってしまったが、メンツを気にしてか喧嘩腰を保ったまま、生方を睨みつける。


不良高校生Aは、自制が効かない短気、3人の中で喧嘩が強いから先人切って出るリーダー格のようだ。



甲斐「生方君、どうして?」学内で暴君と噂され、自身を含めた生徒が怖いイメージを抱いていた。そんな彼が面識のない自分を助けてくれている事に驚きを隠せない。


今まで見て見ぬ振りして素通りしていく人達ばかりだったから助けなんて期待してもしょうがないと思っていた。だからこそ、君がどうして助けてくれたのか知りたかった。



生方「理由なんて聞くなよ。俺が一番知りたいくらいなんだから。そうだな・・・今日の夜、。これで良いか?」おせっかいな行動だと自覚している。


素直にお金を渡せばひどい事には、ならないかもしれない。だけど、あいつが助けを求めるような顔をしていたから。相手が気を使わないよう、生方なりに絞り出した最大限のユーモアで問いを返した。



不良高校生B「生方?おい待て!コイツ、孤強こきょうの生方だ。10人相手に1人で喧嘩して勝ったって言う、あの孤強の生方だ!」甲斐が生方の名前を口に出した瞬間、相手の1人が生方に気づき、仲間に伝える。


[孤強]という勝手に付けられた二つ名で呼ばれ、生方は、心底呆れていた。二つ名を付けるなんて思春期真っ只中まっただなか厨二病ちゅうにびょうか格好つけたがりの不良くらいでは、ないだろうか。


[無敵]とか[無双]みたいな言葉が好きな連中だから。ちなみに[孤強]の由来は、誰ともつるまない事から名付けられた。


まるで友達が1人もいないみたいな捉え方に聞こえて腹が立つ。どうやら不良高校生Bは、噂に敏感な情報通、勝てない相手とはケンカしないタイプのようだ。



不良高校生C「相手が生方じゃあ、俺たちに分が悪い。ここは、引こう。。やるなら今じゃない」と生方に聞こえない声量で喧嘩腰の仲間の耳元にささやく。


さっきまで興奮していた様子だったが、制止されてた事で冷静さを取り戻した。


不良高校生Cは、冷静沈着な頭脳派のようで、番犬の扱いが得意そう。



不良高校生A「くっそ!覚えてやがれ。次会った時、ぶっ潰してやるからな」不満を抱えながら舌打ちをした。そして生方を再び睨みつけながら意味深長な発言を残し、不良達はその場から去っていた。



何事もなく無事に解決できた事に生方は、ホッと安心した。『いつもこのぐらい丸く収まれば良いのに』とつくづく思う。


恥ずかしがっていた二つ名だか、牽制けんせいになるなら呼ばれても良いかとこの時思った。


せっかく楽しんでいたのに、不良のいざこざに水を差され、興醒きょうざめした。もう帰ろうと思い、さっきまで座っていた椅子の足元に置いたカバンを拾って、店の出入口に向かう。


自動ドアが開いて出ようとした時、後ろから「生方君!」と呼ぶ声が聞こえた。息を荒くして駆け寄ってきたのは、不良に絡まれていた甲斐だった。肩で呼吸するように呼吸する。そして息が落ち着いてから甲斐は、生方に感謝の言葉をかける。



以降、学校で顔を合わせると挨拶し合うようになり、会話を重ねていった。甲斐もゲームが好きみたいで、休み時間にどんなゲームが好きかで盛り上がった。


他にも色々と話をした。あのゲームセンターで前にカツアゲをされてから何度も呼び出されてお金を渡していたらしい。足りなくなったら親の財布から盗み取っていたが、バレそうになって、もう渡せない事を伝えた。




それがあの日、自分が助けるまでの経緯でだった。


そして今、甲斐から遊びに誘われているところに話を戻す。生方のリアクションを嫌がっていると受け取った甲斐は、落ち込んでいるように見えた。


すると生方は、すぐさま自身の心意を正直に述べた。ただ驚いた事、嫌じゃない事を伝えて、遊びの誘いを快諾かいだくした。妹のご機嫌取りは、また別の機会にして、目の前のクラスメイトと親睦を深める事にした。



甲斐「断られたらどうしようって思ってたんだよ。せっかくスト2を置いているところを見つけたから、どうしても生方くんに教えたくて」2人は、見つけてきた穴場のゲームセンターに向かう最中だった。


結構苦労して見つけたようで、生方に捜索の経緯を話していた。



生方「えっ!マジで?よく見つけたな甲斐」と興奮気味に甲斐へ称賛の言葉をかける。甲斐は、その言葉に嬉しくなり、右手で頭をきながら照れていた。生方が格闘ゲームが好きである事を頭の片隅に置き、学校終わりに小規模の店舗を重点に探し回っていた。



格闘ゲーム【ストリートバトラー2】は、通称スト2と呼ばれ、8人のバトルキャラクターから1人を選択して戦うオーソドックスな対戦格闘ゲームである。


世界統一武道会で優勝を目指す格闘家をコンセプトの人気ゲーム。初期は、グラフィックの悪さと技の難易度が高すぎてプレイする人口が少なかった。


しかし、スト2からこれらを改善させた事で人気を獲得することが出来た。シリーズ化が進み、【ストリートバトラー10】にまでなっている。



格闘ゲーム好きな生方としては、やってみたいと甲斐に話をしていた。旧式の機種の為、扱っているお店が少なくて、まだ叶っていない。


それを甲斐が覚えてくれていて、探し回ってくれた。なんて良い奴なんだと心底、感謝している。



甲斐「喜んでくれて良かった・・・本当に」と言う甲斐からは、安堵あんどのような感情と何故かうれいを帯びていた。生方は、まだその事に気づいていない。



生方「それにしても、こんな風に遊ぶ事になるなんて、前だったら考えもしなかったな」2人のキャラクターが正反対なので、はたから見て[不良に連れ回されているいじめられっ子]みたいな相関図が思い浮かんでしまっているだろう。



甲斐「それを一番思っているのは、僕の方だよ。ゲームセンターの一件で生方君とこうして一緒にいるなんて想像もしていなかった」とテンションを2つぐらい上げて、自身の感謝と喜びが混じった感情を伝える。


両手に力がグッと入って、いつになく高揚していた。助けてもらった後になってわかった事があった。それは、今まで彼を見ていた目線が主観的なものだったという事である。



甲斐は、生方を暴力的な不良という捉え方でしか見ることが出来なかった。周りも同じように彼を避けて、関わりを持ちたくないとそう思っていた。しかしそれが、かたよった考えだった事に気付かされる。


助けられた翌日の教室で甲斐が見たのは、彼を取り巻くクラスメイト達が恐れるどころか積極的に話しかけている光景だった。


後から知った事だが、暴力で幅を利かせていた先輩の代を彼が喧嘩でかした事でいくつかの不良派閥が衰退していった。


生方宗継という抑止力が不良に恐怖していた生徒達を救っていた。三年の秋に転校して来た甲斐は、そのことを知らないまま、一部分の噂を真に受けていたからそう映ってしまった。


本人は、意図して行なった訳でないが、結果的にみんなからしたわれるようなった。女子の何人かは、好意を寄せている人もいるくらい好感度が高いし、面倒見も良いから後輩から尊敬されている。


甲斐は、生方を知っていくうちに仲良くなりたいと思うようになった。だから今回の場をもうけようと何日もかけて探して来たのだ。



甲斐「ところでさ、生方君って彼女とかいるの?」と生方の恋愛事情が気になって聞いてみる。不良で怖いイメージだけど、校内や他校からの女子人気は、高い。


目鼻立ちが良く、高身長な細身体型で筋肉質、実際に接すると優しいというギャップに女子達のウケがいい。


奥手な草食男子の甲斐にとって何一つない要素を兼ね備えた生方に憧れを抱いている。思春期特有のモテを意識し出し始めている甲斐であった。



生方「えっ!いきなりなんだよ。いねえよ、好きな人とか考えたことねえなあ。」と甲斐から恋愛事情を聞いてこられると思わず、不意をつかれた気分になった。小っ恥ずかしく彼女の有無を答える。


これまで何度か告白を受けたが、好きでもない相手の告白を軽く受けるのは、失礼だと思って断ってきた。まだ恋愛したいと思える相手と出会えていない。



甲斐「そうなんだ(笑)...じゃあどんな子がタイプ?」



生方「そうだな...自分よりも芯がしっかりした強い人かな(笑)」



2人は、他愛たわいもない話をしながら目的地に向かう。横浜の南区にある中学校から中区の中華街まで歩いた。多くの店がひしめく中心からはずれた道を通って行くと目的地の個人経営のゲームセンターに到着した。


辺りを見渡すと自分達以外の客は、2人ぐらい。扱っているゲームは、どれも年代がだいぶ前のレトロな物ばかり揃えている。その中を探すとお目当ての【ストリートバトラー2】を発見した。



生方「うおー!あった。甲斐、早速やろうぜ」念願のゲームを前にテンションが上がっている。向かい合った2台のゲーム機は、同時にお金を入れるとプレイヤー同士が対戦することができる。


一緒にやりたくてワクワクしながら駆け寄って椅子に座り、後から歩く甲斐の着座を待った。


甲斐も向かい側の椅子に座り、手持ちの100円玉を1枚、互いに硬貨をゲーム機に入れる。セレクト画面に移り、8人のキャラクターから1人を選ぶ。


生方は、ジェット【軍隊式格闘に特化した金髪ムキムキ外国人】、甲斐は、ファオ老師【少林寺拳法に特化した白髪ジジイ】を選んで対戦を開始する。



20分間、7戦して生方の7敗という結果。生方もまま強いが、甲斐のゲーム技術が上手すぎる。大技を当てようとする生方に対して、回避から小技で体力を削るヒットアンドアウェイ戦法を繰り出す甲斐に何度も負けてしまう。鬱憤うっぷんがたまっていき、そして次で8戦目の戦いが始まる。



生方「うあー、また負けた。くそ!もう一回」これで8戦8敗となった生方は、性懲しょうこりも無くもう一戦を要求する。喧嘩負けなしの生方であるが、甲斐相手だと格闘ゲームで惨敗を記している。


そんな生方の無邪気さに甲斐は、クスッと笑った。顔色を伺って人付き合いしてきた甲斐にとって生方は、初めての友達と呼べるような存在になっていた。



甲斐「ちょっと待って下さい、電話が鳴ったので出てきます。もしもし・・・はい、分かりました」9戦目を開始する前、甲斐の携帯から着信が鳴る。着信相手を見て、顔が険しくなった。


その後、微笑ほほえんで電話に出ると一言伝えて、物音のしない外へ出ていた。


通話に出ると言ってから30分が経過した。甲斐を待っている間、スト2の対CPU戦で時間を潰していた。甲斐相手に白星を挙げられなかったが、コンピューター相手だと、面白いように白星を挙げていく。甲斐が強過ぎるのだと愚痴を言いながら、気分良く勝ち進んでいく。


そしていよいよ、ストーリーのラスボスとの対戦に挑む直前に後ろから声をかけられる。背後を振り向くと見かけたことのある高校の制服を着た生徒が3人立っていた。



不良高校生A「久しぶりだな生方、ちょっとツラ貸せよ」そこにいたのは、甲斐の一件で絡んできた不良学生達だった。再会を喜ぶように挨拶して来た後、生方を別の場所に呼び出そうとする。



生方「う~ん?あの・・・あんた達どっかで会いました?俺、人の顔を覚えられなくて。すんません(笑)」興味のない事に記憶力を働かせない生方は、目を凝らしてよく見るも、目の前の不良達が誰だか分からない。


皮肉を交えて親しげに挨拶を交わすも、覚えられていない不良達の表情が歪んだ。



不良高校生B「この前、ゲーセンでお前の方から喧嘩をふっかけてきておいて忘れるな!」



生方「いやいや、言いがかりっすよ。俺から喧嘩をふっかけた事、人生で一回も無いっすから。」



不良高校生B「そんなわけがあるか!あれは、確かにお前が・・・」



不良高校生C「おい、黙ってろ!お前が俺たちを覚えているか、いないかは、どうだっていい。とにかくついて来い。」れた会話の流れを強引に止め、本題に戻す。生方に再度、この場から移動するように話を持ちかける。



生方「いや~申し訳ない、先客がいるんで、ここ離れられないんすよ。また今度誘ってください。」としらじらしく笑顔で相手をあしらい、ゲーム画面に方向を変えて続行しようとした。


その返答に対して、怒りを爆発されると思いきや、なぜか笑みを浮かべている3人。



不良高校生C「先客っていうのは、こいつのことか?」と右ポケットからスマホを取り出し、フォルダーから一枚の写真を生方に見せる。そこに写っていたのは、とらわれている甲斐の姿だった。生方は、その写真を見て状況を察した。


さっきの電話は、不良高校生たちからのもので、呼び出しに応じた甲斐は、3人につかまっていた。生方は、甲斐を解放してもらう事を条件に、3人の後をついて行くことを応じた。




彼らに連れてこられたのは、港近くの廃棄工場だった。会社が破産してしまい、取り壊しの資金を出さないまま逃避した為、市でも対処できず、何年も放ったらかしのままだった。


建物の塗装はひどく剥がれ、コンクリート壁から鉄筋が剥き出しになって錆び付いている。こういう無法地帯に不良達がまり場として頻繁に使っている。これは、あからさまに罠へ誘われていると感じ、生方の足取りは、出入り口の付近で立ち止まる。



不良高校生A「おいどうした?立ち止まって、早く入れ。お友達を無事に返して欲しかったらな!」と建物を前で怪しむ生方を尻目に人質を盾に入場を促す。生方は、逆らう事なく相手の指示に従って、止めていた足を動かした。


建物は、3階構造になっていて、中に入ると2階が吹き抜けになっており、1階を見下ろせる様になっている。


建物に入った生方が始めに目をとめたのは、目視できるだけで10人、その後ろにもいるので10人以上は、待ち構えている不良集団だった。


生方の喧嘩経験でこれほどの大掛かりな呼び出しは、初めてだった。街中や公園に呼ばれて、多くても10人を相手にしたぐらい。どうやらくわだてた相手は、多人数を集められるだけの顔の広い不良のようだ。



??「よく来てくれた。この日を俺は、どれだけ待ち望んでいたか。嬉しいよ生方。」と群衆をかき分け、中から1人、生方に向かって再会の喜びを伝える。


自身のカリスマ性に酔いしれ、両手を広げて後ろの集団を集めたのは、自分であるとアピールするかのように。『カッコよく言えた』『どうだ凄いだろ』など思い描いた演出に自画自賛している。


どうやらこの偉そうな口調で意味深な事を語っているのが首謀者らしい。だが馴れ馴れしく話しかけてくるも相手の顔を見ても心当たりがない生方。いちいち喧嘩した相手の顔など覚えていない。



生方「あの・・・どなたか知りませんが、約束は、守ったんで甲斐を返してくれないっすか?」と相手が渾身の登場をするも、生方はいつものように相手の売り言葉を買わず、ただ甲斐を連れ戻すという当初の目的を完遂かんすいしようとした。辺りを見渡しても甲斐の姿が見えない。


生方の無礼な態度に取り巻き達がざわつく。カッコつけた挙句、相手にされてなかったリーダー格の男は、ゆがんだ顔で微笑えんで見せた。


ここで怒り出すようなことがあれば、せっかく付けた演出が崩れてダサくなってしまう恐れがあったため、沸き起こった感情を抑えた。込み上がった怒りをしばらくして収め、再び話し始める。



??「まあ無理もない、お前にとって俺なんか、そこいらの有象無象うぞうむぞうの一人にすぎないだろうからな。ほんと清々しい性格してるよ、お前は」と自分に言い聞かせるように理由を取り繕い、改めて生方の事が心底気に食わないと静かな怒りを抱く。取り巻き達も気を取り直したリーダーを見て、落ち着きを取り戻す。


後ろの群衆の中から甲斐が姿を現した。どうやら無事でいるようだ。だがなぜか、甲斐の表情に罪悪感のようなものなものが出ている。不良に囲まれている状況のはずなのに、不安や恐怖のようなものがあまり感じない。



??「あー、もう用済みだからな。、甲斐くん。帰っていいよ」とわざとらしく甲斐の肩を軽く叩きながら、生方に目線を向けて言った。



生方「えっ!どういう事だ」発言の意図を問う生方だが、考えは冷静だった。大体の予想は、ついているのに、そうであって欲しくない気持ちで相手に聞く。


甲斐は、不良達の手助けをしていた。ゲームセンターに行く事も、途中で抜けて連れ去られる事も全て計画的に行なっていた。今後、いじめをしない事を条件に生方を誘い出す役目を与えられた。全ての経緯を相手は、語りだした。



甲斐「ま、待ってください。その事は、内緒にしてくれるはずじゃなかったんですか?!」自身が計画に加担した事を伏せて、この場からのがれる算段という話だったので、イレギュラーな展開に動揺が隠せない甲斐。生方に裏切りを知られるのが恐ろしかったからであろう。



??「そんな約束したかな?ごめん、忘れてたわ。ついでに、無事に帰す約束も忘れちゃった。」甲斐の慌てふためく姿を見て楽しむことを狙っていたみたいに白々しく口約束を破る。そして、身の安全を保証する約束すらも破り、甲斐を生方のいる方に突き飛ばした。


突き飛ばされた甲斐は、床に倒れ込んだ。生方は、倒れた甲斐に近寄り、無事を確認しながら上半身を起こす。ちらと甲斐の顔を見ると、絶望や恐怖が混じったみたいな表情を浮かばせる。



甲斐「ごめんなさい、生方君。ぼ・・・僕、君を騙してた」甲斐は、自分の弱さで友達を裏切った事に罪悪感と無力さにさいなまれ、下げた顔を上げれずにいた。りきんだ目は、キュッと閉じ、目元が熱くなって、スッと涙を流した。


生方「甲斐、お前・・・」その涙を見た生方は、甲斐のかかえる苦しみを感じ取っていた。一体何人に言い寄られ、脅されて、怖い思いをしたのか、自分にバレた後の事など、色んな思いが涙となって流れた。


??「おいおいおい、見ろよコイツ泣いてるぞ。格好ワル~」と甲斐の思いを踏みにじるように笑いながら言い放った。


それにつられて他の奴らも続けてさげすむように笑った。生方は、顔を下げて沈黙し、肩を震わせグッと怒りをいだく。少し沈黙が続いた、次の瞬間。


生方「ふっ、あはっはっはっ、良かったー!」と笑い出し、甲斐を含む周りの人間がハッと驚く。怒られるのを覚悟していた甲斐は、生方の思わぬ反応に戸惑った。


笑った後、安堵している生方に甲斐は、理由を尋ねた。


甲斐「う、生方君・・・どうして?」甲斐は、ゲームセンターで助けてくれた時の事を思い返す。生方に助けた理由を問いただしたあの時の同じ文言を口にしていたから。


『僕は、知っているんだ。君が助けに来てくれるって。だって君は、見て見ぬ振りして行く人達と違ったから。自分が唯一、期待していい人だったから。こんなズルい考えをする僕にだって・・・』と承知の上で生方に投げた。



生方「だってさ、俺なんかかばって、アイツらに逆らってみろよ、」と裏切られたショックを受けながらも、モヤモヤした感情を押し殺し、ユーモアに明るく振る舞った。だけど、口にした事に嘘偽りは、なく心からそう思った。本当に甲斐が無事で良かったと。



甲斐「こんな僕なんかの為に・・・」生方の引き#攣__つ__#った笑顔を見て、この笑顔は、自分への気づかいなんだと悟った。自分の犯した行動に、より罪悪感を増した。止められないくらい涙が出続ける。



生方「それに、もし甲斐があいつらに逆らって傷つくようなことがあったら、たぶん俺、キレてアイツらんとこ殴り込んで半殺しにしてた。どっちを選択したってアイツらとやり合うんだから甲斐が無事でいる方がいいだろう」



甲斐「ごめんよ、生方君!僕のせいで」と彼の優しさに、さっきまでとは別の涙が溢れ出た甲斐。それは、。生方を知るまでは、腕っ節の強さに恐怖し、近寄らないように接してきた。


それが勘違いだった事に気付いたのに目先の狂気に屈してその事に目をつむった。生方の本当に凄いのは、心の優しいだった。僕は、なぜその事に気づかなかったんだろう。今更だけど本当にごめんなさい。



生方「もう謝るなよ。あの時、俺が出しゃばるようなことしなければ、お前を巻き込まれずに済んだのかもしれなかった。俺の方こそ、悪かった」と甲斐の謝罪をさえぎり、自分の思いを誤魔化すように言った。


出会わなかった頃に戻りたい。。そうすれば、自分や甲斐がこんな思いを抱かずに済んだのかもしれない。



甲斐「違うよ!嬉しかったんだあの時、君が助けに来てくれて。こんな搾取される人生がいつまで続くのかって嫌になってたんだ。だから・・・だから生方君が謝まらないで!」今までこんな強い口調で相手に自分の本音を言ったのは初めてだった。


自分が嫌いだ!いざという時に友達を守ってあげられない自分の弱さが大っ嫌いだ!



生方「そうか、じゃあ良かった。甲斐、ここは俺に任せて、逃げろ!」甲斐の言葉にさっきまであった曇った気持ちが一気に晴れた。自分は、間違ってなかった。


そして瞬時に目つきが変わった。穏やかな普段の雰囲気から相手を萎縮させる戦闘モードに気持ちを切り替える。もうこれ以上甲斐を巻き込みたくない。



??「おい生方、いつから正義の味方になったんだ。中坊が年上に敵うと思ってんのか!」と不良高校生30人のリーダーは、人数の優位を笠に着て、中学生相手に大人気なく挑発する。



生方「恥ずかしくないんですか?中学生相手に集団でケンカなんて。高校生になっても群れないと何もできないのは、変わらないんですね、」とさっきまで忘れていた相手が何者か思い出した生方は、甲斐が逃げる隙を作る為、気をらそうと安い挑発を相手に放った。



田中「うるせぇー!お前のそういう態度が昔から気にいらねぇんだよ」田中の挑発が不発に終わり、生方の挑発が見事に的中した。


さっきまでインテリ不良を装っていた田中だったがキャラクターを忘れて怒りをあらわにした。気をたかぶらせながら生方に意識を集中する。



田中は、生方の2コ上の同じ中学の卒業生だった。生方との因縁は、2年前にさかのぼる。


生方の強さは、不良学生の界隈かいわいで噂になっていた。そんな生方が小学校を卒業して地元の中学に進学すると、上級生たちの間で、誰が先に喧嘩を仕掛けるか、タイミングを伺っていた。挑んで負けでもしたら、弱っているところを他の派閥が潰しにかかって来る。


三竦さんすくみ状態で睨み合いの中、先陣を切ったのは、校内の不良派閥トップの田中だった。空手をかじっていたので、特に策を練らず、腕っ節で生方をねじ伏せる自信があった。


生方がいきがらないように入学式当日、ヤンキー漫画の王道中の王道、体育館裏に呼び出す。出るくいは、打っておこうと田中を含めて8人が待ち構えていた。


自らを"田中軍団"と名付け、校内で幅を利かせていた田中は、あわよくば生方を舎弟に加えて勢力を広げる算段であった。


しかし、結果は全員が生方に返り討ちを受けて惨敗する。不良ヒエラルキー上位だった田中が1年生に負けたと知れ渡り、ピラミッドの頂点がら底辺へと落ちていく。


負けの代償が田中に与える苦渋は、大きかった。田中軍団の権威が失ったことで校内で幅を利かせなくなり、別派閥に吸収され、その先でパシリに使われたり、機嫌直しのサンドバッグにされたりと散々な扱いをされた。


プライドの高い田中にとって、下っ端扱いという屈辱を味わう日々は、耐えがたいものだった。この2年間、生方に一泡吹かせる為、高校で新たに派閥を作り直し、再帰を果たす。


そして、あの時のような無策なまま、生方に喧嘩を挑む事はせず、策を練って挑んだ。逃げられないように人質をたて、場所や人員を準備して取り囲み、人海戦術で弱らせて生方を負かす。


予想外だったのは、パシリの甲斐が生方と親密な関係になった事だったが、最後のピースである人質を甲斐に仕立てる事で計画実行を可能にした。


そんな思いで今、田中は、この場にいる。自ら素性を明かさず、生方自身に誰なのか思い出させ、一度破った相手が目の前にいて、敗北の二文字を食らわす事が田中にとっての復讐だった。


思い出さなくても、そのままぶっ倒して恨みを晴らすつもりだった。けれど、危機的状況でも余裕そうにしている生方に対して何だか苛立ちが込み上がって、これまで抱いた嫌悪が口から漏れて出た。



生方「今だ!田中がこっちに気を逸らしている内に逃げろ」と小声で甲斐に逃亡を#うながした。それを聞いて甲斐は、生方を置いて逃げたくなかったが、自分が居ても足を引っ張ると思い、工場の出入り口に向かって走った。


田中「おいコラァ!逃すな。捕まえろ」仲間に甲斐を追うように指示し、3人が確保に動いた。甲斐の逃亡を妨げる3人を生方は、まず横から先頭のを喰らわし、続けて2人目のを決める。


うずくまった2人目の、3人目に。一連の動作が一瞬に感じるくらい、軽快に相手3人を倒す。相手は、項垂うなだれらながら地べたにつく。それを見た相手全てがハッとなる。


兵力が圧倒的に有利なはずなのに、わずか10秒で3人を倒す生方の強さを目の当たりにする。さっきまでの笑い声が静まった。



生方「30人?少ないっすね!俺がいる以上、こっから先は、誰一人通さないんで!」先制攻撃が牽制になり、相手の動きを止めた。あおり言葉がより一層、注意を生方に向けられる。


いくら喧嘩が強い生方でも30人を相手にすれば無事では済まない。甲斐が逃げる時間を稼ぐ為に虚勢をはったのだった。



田中「くっそ~!お前ら、アイツを取り囲め。リンチしてぶっ殺してやるよ」とすかしている生方の発言に対して田中の怒りが露わになった。ひるんでいる仲間に声を荒げる事で気を引き締め直す。


田中のそばにいた仲間10人が指示に従い、移動して出入り口を塞いだ。倒れていた3人も立ち上がり、その輪に加わる。



生方『あーあ、どうしてこうなったんだろう。まあ考えてもしょうがないか!』生方 宗継、中学三年生は、柄にもないことをしたと心の中で後悔していた。


・・・普段の自分なら。そして覚悟を決め、戦闘態勢に入る。



相手は、30人。各々が武器を持って生方に挑もうとしている。金属バットや工場の鉄パイプなど正々堂々とは、似つかわしくない鈍器を備える。田中も金属バットを手に取る。バットをてのひらに軽く叩きながら余裕の笑みを浮かべる。


中学時代、強さで築き上げた地位を底に突き落とした元凶を目の前にして、これまで燃やしてきた復讐心をよくやく報われる事に笑いが抑えられない。



30人を相手にどう倒そうかと生方は、思考を巡らせていた時だった。田中の背後の奥から何か身の毛もよだつ不気味な何かを感じた。


それは、田中でも30人に対する畏怖などでも無い。その向こうにいる目に見えない恐ろしい何かだった。


肌で感じた畏怖が突如、姿を現した。蜥蜴トカゲのような姿、紫色の表皮、約4mもある体を4脚で支え、異様な雰囲気を体にまとわりつかせている。それは、得体の知れない化け物だった。


生方の本能がそれを危険なものだと訴えているが、思うように体が動かない。しかし、生方が一番驚いたのは、異様な化け物がいるのにも関わらず、周りの反応がないという点である。全員の意識が生方に向けていたまま、背後にいる化け物に気づいていない。つまり、生方だけが化け物を捉えているということになる。


そんな中、不良集団にも、認識していないが肌感覚で嫌な寒気を感じる者が何人かいた。その内の1人が田中にこの場から離れるよう打診する。すると田中の目がそいつを睨みつけて言った。



田中「ふざけるな!今さら弱気になりやがって。気合が足りないんじゃねえか?!はあっ!」と胸ぐらを両手で掴んで怒りを吐露する。


生方を打ち倒すために設計した数的優位な状況を捨てる事は、田中にとって侮辱に等しい事だった。そして掴んでいた右手を離し、気合注入と称して左の頬に向けて右拳で殴った。


くらって倒れた後、分からない違和感よりも目の前の暴力に恐れて、仲間は考えを改めた。膝に手をかけて立ち上がり、生方の方に意識を向ける。


相手がいざこざを始め、もたついている間、化け物がこちらに向かっている。大きな巨体である為、歩みが遅い。


少し時間が経つにつれて、相手の何人かが立ちくらみを引き起こしていた。まるで熱中症みたいに頭がボーッとなり、視界がかすんでくる。その後、2人・・・5人・・・6人と立て続けに意識を失い、倒れていく。


田中は、仲間が次々と倒れている状況に戸惑いを隠し切れず、左右に目線を何度も巡らせる。



田中「おっおいお前ら!一体どうなっ、てんだ、よこれ、、、は・・・」と現状の把握が出来ず、身にふりかかった脅威を振り払おうと大声を張り上げて強がる田中だったが、意識を失って倒れた。


そしてその場の全員が化け物のまとったプレッシャーに耐えきれず倒れた・・・生方一人を除いて。だかそれもギリギリの所で踏みとどまっている程度に過ぎなかった。



生方『俺、このまま死ぬのかな・・・』朦朧もうろうする最中さなか、心の中で死を意識し始める。今にも倒れてしまいそうな状態であるはずなのに、踏ん張って意識を保った。


彼をそうさせたのは、妹の存在があったからだ。『妹を一人残してあの世に行けない』という使命感がほつれそうになる糸を繋ぎ止めてくれた。


だが、無情にも化け物は、生方に向かってくる。床に転がっている人間たちと違う何かを感じたのだろうか、標的を生方に定める。このまま何もしないで襲われるくらいなら例えかなわなくともあらがう意思だけは、忘れまいとファイティングポーズをとった。



生方との間、20mの距離まで歩むとなぜか足を止めた。化け物は、口を大きく開けると太く長い舌を露わにする。


舌による攻撃が得意な様で仕留しとめる際は、舌の長さ分(20m)の間合いを取るようだ。縮めた舌を最大まで伸ばした勢いは、大型トラックの衝突に相当する。そんな攻撃を普通の人間がまともに受けてしまえば命はない。生方にその攻撃を回避するすべも対応する体力も残っていない。


そして化け物は、体を支える4足を地にしっかりと踏み込み、バネのように舌を一度引き縮むことで押し出す力を上げている。


引き縮めた舌を解き放ち、生方に目がけて勢いよく迫りくる。刹那せつなの中で何故か視界がゆっくりと過ぎているように感じた。これが世に言う走馬灯というものなのかと信じ難い体験をしていた。



生方『父さん、母さん、今からそっちに行くからな。ごめん、美波・・・』死を覚悟し、妹との約束を守れなかった事に対して届かぬ謝罪を心の中で唱えた。


攻撃が生方に迫ろうとしている最中、鉄板の上を駆け抜ける足音が響きわたる。工場の2階吹き抜けから、カン、カン、カンっと速いリズムで物音が鳴り響く。


攻撃が生方に届く10mまで差しかかったその時、、物音が止んだ。次の瞬間、両者の間を割って入る人影が化け物の舌、側部に。持っている刀をさやから抜き、両手で天高く構える。



??『飛燕流・滝落とし』2階の高さから飛んだ勢いそのまま、化け物の舌を側面から垂直に刀を振り落として真っ二つに斬り裂いた。大木のような化け物の舌を切断した。


それにより、舌の軌道が逸れ、切り離された先端が生方の横を紙一重で通過する。切断部分が工場の壁を貫通し、大きく穴を開ける。生方は、運良く直撃という最悪な状況を回避する事が出来た。


化け物は、舌を切断されたダメージで身悶みもだえながら叫び狂った。どうやら痛みは、あるみたいだ。


痛みが落ち着いた後、邪魔をされてご立腹な様子で、地団駄じだんだを踏み始めた。何年も清掃されていなかった床は、衝撃によって土埃つちぼこりが宙を舞い、生方の視界を遮る。



生方「一体何が?あんた・・・誰だ?」現実離れしたことが立て続けに起き、事態を把握しきれなかった。得体の知れない化け物は何なのか?なぜ襲ってきたのか?なぜ助かったのか?じゃあ誰が助けたのか?山のようにある疑問を全てを一掃して、今は目の前にあるものだけを見ようと決めた。


土埃が舞う中、微かに人影が見える。この人が自分を助けてくれた事は確かだ。


土埃が徐々におさまり、さっきまで見る事が出来なかった人影の後ろ姿が少しずつ露わになっていく。


身長170cmの痩せ型、黒地に銀の装飾をあしらった学ランを着用、長髪の黒髪を水色のリボンでポニーテールに束ねて、ひらりとスカートをなびかせ、左の腰に鞘を備えて右手に刀を持って立ち塞がる。



謎の少女「通りすがりの"陰陽術師"です」土埃が収まり、姿をあらわにした彼女はこちらを振り向き、投げた問いを返した。優しい声色、白く澄んだ美しい笑顔が垣間かいま見えた。


その瞬間、生方は、今までにない衝撃を受けた。それは、身体的なものでは無く、気持ちに突き刺さるようなものだった。



生方宗継は、今この時、人生を大きく変える出会いをした。どうすることもできない出来事と向き合って、死を間近にした。どん底の暗闇に一筋の光がさされる。通りすがりの"陰陽術師"によって・・・


次回に続く→

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魍魎戦記【もうりょうせんき】 星海 焜炉 @yuu0430

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