フラクタルの翡翠

AVID4DIVA

フラクタルの翡翠


所要時間25分程度

男性3人を含む4人(兼役の場合男性2人)


ヴィクトル・メサ:男性 スターストレングス社CEO

ジェイド・ヤング:性別不問 スターストレングス社研究員

ビリー・マクイーン:男性 米国陸軍軍曹。第四機動陸戦隊所属。

メズドラム・イルムドール:男性 米国陸軍大尉。機動陸戦隊隊長。


……

ヴィクトル・メサ

「君、遅かったじゃないか。待ちくたびれてもう三杯も空けてしまったよ」


ジェイド・ヤング

「実験が終わらないもので」


ヴィクトル・メサ

「そうかい。研究熱心なことはいいことだが、一息ついたらどうだ」


ジェイド・ヤング

「結構です」


ヴィクトル・メサ

「コニャックは好かんかね。ワインはどうだ」


ジェイド・ヤング

「ご用件を」


ヴィクトル・メサ

「アレだよ、子供だ」


ジェイド・ヤング

「子供」


ヴィクトル・メサ

「そう。名前は……なんだっけな」


ジェイド・ヤング

「イリーナ」


ヴィクトル・メサ

「そう、イリーナ。イリーナの件だ」


ジェイド・ヤング

「検査結果は極めて優秀です。知能指数も抜群に高い」


ヴィクトル・メサ

「本当か。ジーナの知能を継いでくれたか。願わくば彼女の美貌も受け継いでくれればな。あの稲穂を思わせる金髪に、雪原のような白い肌。最高の作品になる」


ジェイド・ヤング

「では、私はこれで」


ヴィクトル・メサ

「そう急ぐな。ところで彼女はどうしてるんだ。最近見ないが」


ジェイド・ヤング

「ジーナ・ゴルベフは亡くなりました」


ヴィクトル・メサ

「死んだのか」


ジェイド・ヤング

「数日前に」


ヴィクトル・メサ

「なんで死んだんだ」


ジェイド・ヤング

「自宅のマンションから飛び降りたと」


ヴィクトル・メサ

「そうか。残念だったな」


ジェイド・ヤング

「今度こそ失礼します」


ヴィクトル・メサ

「君、彼女はなぜ死を選んだと思う」


ジェイド・ヤング

「さあ」


ヴィクトル・メサ

「思うに、彼女はイリーナを生み育て、その魂の役目を遂げたからではないか」


ジェイド・ヤング

「信仰を語りたいなら教会へどうぞ」


ヴィクトル・メサ

「早合点するなよ。これは生物学の話だ」


ジェイド・ヤング

「話し相手が欲しいなら酒場へ」


ヴィクトル・メサ

「話し相手は誰でもいいわけじゃない。例えば、役員たちの満場一致の大反対に遭っても、二足歩行の人型兵器に心を縛りつけられているようなロマンチストの科学者あたりが最適だ」


ジェイド・ヤング

「何が言いたいのです」


ヴィクトル・メサ

「やっと目を合わせてくれたね、ヤン・ジェトン」


ジェイド・ヤング

「……何を言いたいのです」


ヴィクトル・メサ

「君が偽るのも無理もないことだ。我が社ではアジア人は上に行けないからね。名前も、出自も、その髪も目も肌も全てフェイクだろう……おっと、また早合点をするなよ。君を弾劾するつもりはない」


ジェイド・ヤング

「いい加減、ご用件を」


ヴィクトル・メサ

「うん。君、これが何かわかるか」


ジェイド・ヤング

「ドローン」


ヴィクトル・メサ

「じゃあこれは」


ジェイド・ヤング

「コントローラー。それも随分とアナログな」


ヴィクトル・メサ

「そうだ。このオモチャはアップルマートで30ドルで売ってる。コイツに爆弾でも毒ガスでも括り付けて、君の頭の上に落とせば立派な兵器になる」


ジェイド・ヤング

「無人航空機は戦場の主流となった今、プレイヤーたちは安全なコントロールルームから人を殺す」


ヴィクトル・メサ

「君のいう通り彼らはプレイヤーだ。ソルジャーではない。そしてこれから先も無人航空機が戦場から退くことはないだろう。もはや兵士に脚は要らぬ。そんな時流の中での、まさかの二足歩行の人型兵器」


ジェイド・ヤング

「操作に神経系を介するならば構造は近しい方が良い。鳥よりも猿の方が人に近いというだけです」


ヴィクトル・メサ

「神経系で操作できる二足歩行の兵器だろうと無人航空機の戦略的優位を覆すには至らない。それは誰よりも君が理解しているだろう」


ジェイド・ヤング

「ばかげている、おろかもの、アニメの見過ぎ、興味本位、私権乱用、机上の空論、サイエンスフィクション、金の無駄、時間の無駄、資源の無駄、人材の無駄、環境の無駄、無駄、無駄、無駄、無駄」


ヴィクトル・メサ

「うちの役員から貰ったラブコールのコレクションかい」


ジェイド・ヤング

「そのほんの一部です。それで、あなたは何を下さるのですか」


ヴィクトル・メサ

「資源と時間を自由に使えるポスト」


ジェイド・ヤング

「ご冗談を」


ヴィクトル・メサ

「なんと今なら頭の固い役員たちの首もついてくる」


ジェイド・ヤング

「……一杯頂けますか」


ヴィクトル・メサ

「話を聞いてくれる気になったかな。コニャックでいいかい」


ジェイド・ヤング

「ご指摘の通り、二足歩行の人型兵器は無人航空機の戦略的優位を覆すには値しない。人は空を飛ぶことは出来ない」


ヴィクトル・メサ

「そうだ。人は空を飛ぶことは出来ない。出来るのは、その足で立ち、歩むことだけだ。君ほどの天才がこれほどまでにありきたりな事実に心惹きつけられる。何故だ」


ジェイド・ヤング

「二足歩行の人型兵器は踏み台でしかない」


ヴィクトル・メサ

「何のための踏み台だ」


ジェイド・ヤング

「人類の未来」


ヴィクトル・メサ

「君は人を神か何かに進化させるつもりか」


ジェイド・ヤング

「逆です。人を、地に墜とす」


ヴィクトル・メサ

「この世界は既に決定されてしまった。後は、残された僅かな可処分所得を渋々分け合うしかない。この先、人は空へと逃げ出す他ないだろう」


ジェイド・ヤング

「だが人は飛ぶことは出来ない。地に墜ちてなお膝を曲げ、跳び上がろうとするしかない」


ヴィクトル・メサ

「大局を動かす余力も、その可能性さえも残されていないこの現在いまに、敢えて君は人に決断を迫るというのかね」


ジェイド・ヤング

「感傷ぶった言葉遊びはもう止いでしょう。あなたは私の企図を理解しているはずだ」


ヴィクトル・メサ

「科学は人類を進歩をさせると思うか」


ジェイド・ヤング

「ここでの進歩の定義とは」


ヴィクトル・メサ

「前を向いて歩みを止めないことだ」


ジェイド・ヤング

「だとしたら、いな


ヴィクトル・メサ

「この30ドルのオモチャのドローンに爆薬を積む。左手の親指で高度を上げて、右手の親指を横に弾いて……よし。ここでアームを離せば、君の頭は薔薇が咲いたようになる」


ジェイド・ヤング

「300ドル出せば、もっと遠くから殺せる。3000ドル出せば、もっと一度に沢山殺せる。30000ドル出せば、コントローラーなしで殺せる」


ヴィクトル・メサ

「おい、何も叩き落とすことはないだろう。買ったばかりなのに」


ジェイド・ヤング

「バットで頭をカチ割るのは胸が痛む。ピストルで心臓を撃ち抜くのは忍びない。ダイナマイトで蜂の巣にするのは気が引ける。それに比べて、このオモチャは実に気軽だ」


ヴィクトル・メサ

「ふむ。随分とそいつが気に入らないようだね」


ジェイド・ヤング

「人殺しの道具ならそれらしいをしていて欲しいと思いましてね」


ヴィクトル・メサ

「なるほど。君の言う二足歩行の人型兵器はそのアンチテーゼというわけか」


ジェイド・ヤング

「バットで殴り殺そうが、頭の上から爆弾を落とそうがそれは別に構わない。殺す者を殺される者の前に引き摺り出せればそれでよい」


ヴィクトル・メサ

「引き摺り出してどうする。返り血を浴びさせて悔い改めさせるか」


ジェイド・ヤング

「この世界は既に決定されてしまった。そう言いましたね」


ヴィクトル・メサ

「言った。大局を動かす力も、その可能性さえ持てないことも」


ジェイド・ヤング

「生殺しのネズミは猫のはらわたを食い破ろうとしない」


ヴィクトル・メサ

「ほう。では君のアンチテーゼは反逆の狼煙のろしたり得るのかね」


ジェイド・ヤング

「まさか。二足歩行の人型兵器に無人航空機の戦略的優位を覆すことはできない。ただの、悪足掻きです」


ヴィクトル・メサ

「聞き分けの悪い子供に与えるつまらない玩具のために君はキャリアを棄てるのかい」


ジェイド・ヤング

「その聞き分けの悪い子供が、塞がれた空をこじ開ける」


ヴィクトル・メサ

「君を呼んで良かった。思った通りなかなかのロマンチストだ。作ってみたまえよ、聞き分けの悪い子供のための玩具を」


ジェイド・ヤング

「私の悪足掻きを後押ししてあなたに何の利得が」


ヴィクトル・メサ

「そりゃあ君、ロマンだよ。生きるか死ぬかに関わる事象っていうのは、突き詰めていけば最後はロマンなんだ。美学でもいいかな。だから、作ってみたまえ。不細工なラジコンたちを叩き落とす二足歩行の人型兵器を。この世界は既に決定されてしまった。こっちとあっちで全部織り込み済みだ。もう覆ることはない。出来るのはせいぜい悪足掻きだけ。頭から尾まで同意する。ならば、ネズミが肥大した猫のはらわたを食い破れるか、やってみたらいい」


ジェイド・ヤング

「悪足掻きの先に何があるか、わかりますか」


ヴィクトル・メサ

「さあ。確かなことは、それを見届けられるときまで、生きてはいないだろう。こう見えて結構な病人でね、最先端医療のお墨付きを頂いている。だからこそ、君のロマンチズムに心動かされるのかもしれない。席は用意しよう。他に何が入り用かね」


ジェイド・ヤング

「ネズミを追い込むための餌がいる。あらゆる資源を湯水の如く使い、多方面に犠牲を強いる闘争という餌が」


ヴィクトル・メサ

「ではその火種も蒔いておこう。何も覆せない、何も変えられない悪足掻きを思う存分にやりたまえ」


ジェイド・ヤング

「物好きな人だ」


ヴィクトル・メサ

「ジーナはなぜ死んだと思う」


ジェイド・ヤング

「分かりません」


ヴィクトル・メサ

「考えてみてくれ」


ジェイド・ヤング

「あなたに捨てられたからでは」


ヴィクトル・メサ

「だとしたら五年前に死んでいる」


ジェイド・ヤング

「衝動的に」


ヴィクトル・メサ

「彼女に於いては考えづらい」


ジェイド・ヤング

「では、あなたの言う、魂の役目とやらを遂げたからですか」


ヴィクトル・メサ

「それは分からない。彼女の死は決定されてしまった。覆ることはない。それでも残された者は、彼女の死に意味を求めるという悪足掻きをする」


ジェイド・ヤング

「彼女の死を通して或る者は己を省み、或る者は人生というものを見つめ直す。或る者は何かを信じようとし、また或る者は何かを諦めようとする」


ヴィクトル・メサ

「うん。畢竟ひっきょう、君のさんとすることはそれだろう」


ジェイド・ヤング

「ーーーいいコニャックだった。ご馳走様」


ヴィクトル・メサ

「数日内に役員たちを一斉更迭する。その混乱に乗じて君には当社から消えてもらう」


ジェイド・ヤング

「良いのですか」


ヴィクトル・メサ

「いいとも。もとよりいつ首がすげかわっても何ら問題のない連中だ。最後くらい役に立って貰わなくてはね。それから、これも」


ジェイド・ヤング

「赤ワインはりません」


ヴィクトル・メサ

「そう言わず餞別に受け取りたまえ。為すべきことを為した夜に栓を抜くといい。極上のシラーだ。きっと血のような味がする」


ジェイド・ヤング

「……それでは」


ヴィクトル・メサ

「さようならジェイド・ヤング。ヤン・ジェトンに宜しく」



・・・


メズドラム・イルムドール

「マスター、このボトル貰うぞ」


ビリー・マクイーン

「……痛えじゃねえか、誰だ」


メズドラム・イルムドール

「ほう。酒瓶で頭を叩かれて動じないのは大したものだ。それとも、痛みもわからんくらい酔ってるか」


ビリー・マクイーン

「誰だよテメェは」


メズドラム・イルムドール

「お前の上官の上官だよ、マクイーン軍曹」


ビリー・マクイーン

「上官の上官……ああ、そうかアンタ軍人かよ。で、上官の上官殿がこんな木端こっぱ軍人に何の御用で」


メズドラム・イルムドール

「マクイーン軍曹、お前のことはよく知っている。第四機動陸戦隊所属の、素行以外は極めて優秀な兵士だ。ここで酒を浴びてクダを巻いている理由を聞かせてくれ」


ビリー・マクイーン

「場末の飲み屋で仕事の不満を撒き散らすなんて、汚れ仕事のクソ兵隊にゃお似合いだろ」


メズドラム・イルムドール

「陸軍はタフな仕事だ。ときに慰めの痛飲も結構。だが兵士たちを蔑み侮辱することは許さん」


ビリー・マクイーン

「……だから痛えって言ってんだろうが!」


メズドラム・イルムドール

「避けようとすれば避けれたろう。三文芝居はもういい。そんな顔色の悪いの酔っ払いはいない」


ビリー・マクイーン

「飲んでも飲んでも気が晴れねえ。頭の中だけがどんどん冴えてくる。しまいにゃクソ兵隊の親分がありがてえ説教垂れに来やがった。あぁ、最高にファックだよ」


メズドラム・イルムドール

「何があった」


ビリー・マクイーン

「犬の糞踏んづけた」


メズドラム・イルムドール

「コステリで何があったかと聞いている」


ビリー・マクイーン

「なんだよ、アンタが一番良く知ってんじゃねえか」


メズドラム・イルムドール

「第四機動陸戦隊は反政府勢力の残党掃討作戦に従事していた。お前は初めての戦場で恐慌するような新兵ではないはずだ。あそこで何があったかと聞いている。」


ビリー・マクイーン

「虐殺」


メズドラム・イルムドール

「お前の生まれ故郷では武装した敵勢力と交戦することを虐殺と言うのか」


ビリー・マクイーン

「武装だと。あれはお仕着せだ。銃の使い方もろくに知らない、まともな訓練もされてない、棒立ちのズブの素人だった」


メズドラム・イルムドール

「たとえ素人であっても反撃されるおそれがある」


ビリー・マクイーン

「だが皆殺しにする必要はなかった」


メズドラム・イルムドール

「お前は指揮官か何かか、マクイーン軍曹」


ビリー・マクイーン

「蜂の巣をつつかせるような真似をして、いたずらに被害を拡大させた」


メズドラム・イルムドール

「投降する機会は与えたはずだ」


ビリー・マクイーン

「投降を仄めかし巣穴から出てきたところを撃った。だから奴らは出鱈目に撃ち返した。俺たちはさらにさらに撃ち返した」


メズドラム・イルムドール

「仕方のないことだ。つい先日も、民間人に偽装した自爆テロで甚大な被害を被っている。皆、神経質になっているんだ」


ビリー・マクイーン

「アンタの言い分は正しいんだろう。そっちの言い分としては。だが、俺たちがしたことは憎悪の種を蒔いただけだ。資源欲しさに他人様ひとさまの国に顔突っ込んでかき回しただけだ。少なくとも、俺はそう思う」


メズドラム・イルムドール

「軍人は命令に従うものだ」


ビリー・マクイーン

「そうだな。だから俺はもう辞めるんだよ」


メズドラム・イルムドール

「マクイーン軍曹、除隊願いはまだ受理されていない。そして、昇進が決まっている」


ビリー・マクイーン

「汚れ仕事を請け負った見返りにか」


メズドラム・イルムドール

「腐るな。命令に納得できないなら、昇進し命令を下す側に回れ」


ビリー・マクイーン

「俺の代わりに別の誰かが手を汚すだけだ」


メズドラム・イルムドール

「ならその汚れ仕事を無くすようにすればいい」


ビリー・マクイーン

「アメリカン・ドリームの見過ぎだ。そうなるまでにあとどれくらい俺に犬の糞を踏ませる気だ」


メズドラム・イルムドール

「平行線だな。押し問答はもういい。マスター、バドワイザーのボトルをふたつくれ」


ビリー・マクイーン

「説教が終わったなら俺は帰るぜ」


メズドラム・イルムドール

「一杯ぐらい付き合ったらどうだ」


ビリー・マクイーン

「もう俺は軍人じゃない。アンタの部下の部下でもない」


メズドラム・イルムドール

「俺ももうじき軍人じゃなくなる」


ビリー・マクイーン

「奇遇だな。政治家にでもなんのか」


メズドラム・イルムドール

「ロビー活動に精を出して、若い兵士が犬の糞を踏まないで済む平和な世界を目指すのも悪くない」


ビリー・マクイーン

「その一本だけ付き合ってやるよ。ほらさっさと寄越せ」


メズドラム・イルムドール

「スターストレングス社に軍事顧問の席を用意された」


ビリー・マクイーン

「天下りじゃねえかよ」


メズドラム・イルムドール

「何とでも言ってくれ。司令室の椅子はどうも腰に合わん」


ビリー・マクイーン

「アンタは軍人になってどうしたかった。上まで登って何を見たかった」


メズドラム・イルムドール

「人間、外の景色を見たい奴ばかりとは限らない」


ビリー・マクイーン

「どういうことだ」


メズドラム・イルムドール

「敬愛する上官が居て、気の置けない同僚が居て、飲みに連れ回したくなる部下が居る。共に戦う仲間が俺の財産であり、軍人の誇りだった」


ビリー・マクイーン

「なるほど。そりゃ司令室の椅子は腰に合わなかろうな」


メズドラム・イルムドール

「軍を去るのは後ろ髪を引かれる思いだ。だが同時に、次の時代の最前線に身を置き、この全身全霊を尽くしたいという願いが勝った。少なかれ、皮張りの椅子に反り返って、顔も知らない誰かに指示を出しているよりは」


ビリー・マクイーン

では何を」


メズドラム・イルムドール

「未来の正義のヒーローを教導する」


ビリー・マクイーン

「はは、いいね。俺はずっとそのヒーローって奴になりたかったよ。ガンマンとカウボーイの求人はなかったから、軍隊に入っちまったけどな」


メズドラム・イルムドール

「もう間も無く時代は変わる。それも、瞬く間にだ」


ビリー・マクイーン

「何だ藪から棒に。ノストラダムスが遅れて来るのか」


メズドラム・イルムドール

「恐怖の大王は降りてこない。軍事産業の最後の大花火が上がる」


ビリー・マクイーン

「新しい兵器の台頭」


メズドラム・イルムドール

「そうだ。高度に進化した技術は矛盾と非合理を蹴り飛ばし闘争の原点へと人を回帰させる。そのとき、戦争はきらめきと魔術的な美を奪い返すだろう」


ビリー・マクイーン

「戦争が様変わりするとでも」


メズドラム・イルムドール

「戻るのだ。かつてのように。その極点きょくてんに俺は居たい」


ビリー・マクイーン

「新しい兵器か。核を超えるような武力で一面焼け野原。もう何も残らねえな」


メズドラム・イルムドール

「誤解だ。むしろ局地的な被害は小さくなる。外交手段としての大量破壊に耐えうるような余裕はもう世界中のどこにもない」


ビリー・マクイーン

「そろそろバドワイザーがなくなる。まどろっこしいのはやめて結論を頼む。新兵器ってのは、どんなだ」


メズドラム・イルムドール

「二足歩行のロボット」


ビリー・マクイーン

「なるほど、いい冗談だ。オチがついたところで俺は帰るぜ」


メズドラム・イルムドール

「事実だ」


ビリー・マクイーン

「いつから俺を揶揄からかってたんだ。別に怒りゃしないが、アンタも人が悪いね」


メズドラム・イルムドール

「俺は本気だ」


ビリー・マクイーン

「戦いに疲弊した兵士たちはサイエンスフィクションを求めてるってか」


メズドラム・イルムドール

「正確には、兵士たちではなく民衆だ」


ビリー・マクイーン

「疲弊してんのはアンタじゃないか」


メズドラム・イルムドール

「かもしれん。引き金を絞る覚悟は出来ているのに、戦いがこの手を離れてから久しい」


ビリー・マクイーン

「転職前に長期休暇を取ったらどうだ。最後に教えてくれよ。あんた何故ここに来た」


メズドラム・イルムドール

「マクイーン軍曹は大切な部下だからだ」


ビリー・マクイーン

「野暮ったい説教にビールまで付き合ったんだ、言えよ」


メズドラム・イルムドール

「お前は俺に似ているところがある。一緒に来ないか」


ビリー・マクイーン

「似ているだと。俺と、アンタが。今日一番笑えない冗談だ」


メズドラム・イルムドール

「お前が心底嫌悪した犬の糞を蹴り飛ばしたければ俺と一緒に来い」


ビリー・マクイーン

「俺は戦争のいぬじゃねえよ。アンタとは違う。アンタ、新兵器の話をしていたときだけ目が笑っていた。仲間が財産だの誇りだの言ってたが、結局ほっぽって戦争したくてたまらねーんじゃねえか」


メズドラム・イルムドール

「大義名分のもとに人を殺すことと汚れ仕事で人を殺すことの間に本質的な違いはあると思うか」


ビリー・マクイーン

「あると思いたいね」


メズドラム・イルムドール

「ない、と俺は思う。もし差があるとすれば、それは自分の存在意義へ及ぼす影響だ」


ビリー・マクイーン

「笑えない冗談が終わったと思ったらまた説教か」


メズドラム・イルムドール

「悪党を殺せばヒーロー、通りすがりの誰かを殺せば人殺し。後に横たわるのはどちらも死体一つだ。そして、お前は人を殺してもヒーローになれないから軍を辞める」


ビリー・マクイーン

「マスター、勘定置いとくぜ。釣りはいらねえ。迷惑料だ」


メズドラム・イルムドール

「もしお前がその…ッ!」


ビリー・マクイーン

「……どうして避けなかった。意趣返しのつもりかよ」


メズドラム・イルムドール

「お前の気も考えず言いたいことを言った。顔の一つくらい殴られても仕方なかろう」


ビリー・マクイーン

「ああそうかい」


メズドラム・イルムドール

「済まなかった。だがコステリの火種は消えることはない。汚れた俺とお前の手もきよめられることはない」


ビリー・マクイーン

「そんなら天下り先で慈善活動でもやっとけ。あばよ、クソッタレ」


メズドラム・イルムドール

「……現場を離れ銃を手放しても、自分の影からは逃れられない。安らかな光を求めようとすればするほど、影は濃くなりお前を突き動かす」



……


ジェイド・ヤング

「はい」


ヴィクトル・メサ

「やあ。久しぶりの故郷こきょうはどうだい」


ジェイド・ヤング

「私に故郷くにはありません。世間話をしたいだけなら切ります」


ヴィクトル・メサ

「相変わらずだね!君がヤン・ジェトンだった頃も、こんな感じの悪い奴だったのかな」


ジェイド・ヤング

「ご用件は」


ヴィクトル・メサ

「この前の話の続きだよ。役員たちの始末が済み、君の席の用意が出来た」


ジェイド・ヤング

「承知しました。では」


ヴィクトル・メサ

「おいおい連れないな、あと数分だけ付き合ってくれよ」


ジェイド・ヤング

「そのまま高みの見物を決め込めばいいでしょう」


ヴィクトル・メサ

「君のいる部屋のカーテンを開けてくれ。大丈夫、窓を開けた瞬間に狙撃されたりしないから。ほら、早く」


ジェイド・ヤング

「断る」


ヴィクトル・メサ

東莞ドンガンの工業地帯が見えるはずだ。君の生まれた街も、その中にあるね」


ジェイド・ヤング

「私に故郷くにはない」


ヴィクトル・メサ

「あそこには我が社が誇る大型兵器工場がある。あのうらぶれた街にそれは大きな雇用を生み出したんだよ。知っていたかい」


ジェイド・ヤング

辣腕らつわんで鳴らしたヴィクトル・メサも耄碌もうろくしたようだ」


ヴィクトル・メサ

「ほら、早く!カーテンを開けないと!あーあダメだ、間に合わない!」


ジェイド・ヤング

「なんの茶番だ」


ヴィクトル・メサ

「……この爆音でも、君はカーテンを開けないのだね」


ジェイド・ヤング

「工場を爆破したか」


ヴィクトル・メサ

「まさか。そんなひどいことをするわけないだろう。悲しい事故が起きたのだよ。それも君の生まれた故郷ふるさとで」


ジェイド・ヤング

「私に故郷くにはないと言っている」


ヴィクトル・メサ

「そう。たった今、無くなった」


ジェイド・ヤング

「それがどうした」


ヴィクトル・メサ

「おめでとうヤン、君の新たな門出に心からの祝福を」


ジェイド・ヤング

「役員陣を更迭する理由が必要なだけだろう」


ヴィクトル・メサ

「御明察。社命を懸けて行う新陳代謝だ。歴史に残るレベルの理由がなければ筋が通るまい」


ジェイド・ヤング

「これほど粗雑な舵を切ってまで、あなたは何を為したい」


ヴィクトル・メサ

「言ったろう。君のう悪足掻きを見てみたいんだよ」


ジェイド・ヤング

「今のあなたこそが取るに足らない悪足掻きだ」


ヴィクトル・メサ

「今の君にはそう見えるのかい。ならば君の目指す悪足掻きの成就じょうじゅにはもう少し時間がかかるかもしれん」


ジェイド・ヤング

「棺桶に腰まで入った病人は先の心配をする必要はない」


ヴィクトル・メサ

「そう言わず最後に聞いてくれ。我が社は肥大しすぎた。じきに自重に堪えかねておのが手足を喰う羽目になる。君の目指す悪足掻きがパラダイム・シフトを引き起こさぬ限りは、ただ坐して朽ちるのを待つのみだ。今夜の事故をきっかけに世論せろんに傾きが生まれるだろう。この潮目を、逃してはならない」


ジェイド・ヤング

「遺言は以上ですか」


ヴィクトル・メサ

「……やはり気付いていたのかね」


ジェイド・ヤング

「尋常じゃない風切り音だ。落ちればひとたまりもない高さでしょう。時差を考慮しても、とても風に当たりに行くような時間ではない」


ヴィクトル・メサ

「見事だ。君の推測通り我が社が誇る摩天楼の屋上にいるよ」


ジェイド・ヤング

「ゴルベフの後を追うつもりか」


ヴィクトル・メサ

「うん、やっぱり君はロマンチストだね。だがそんな素敵な理由じゃない。世間の目を集めるのに役員陣あいつらだけでは役者不足なだけさ」


ジェイド・ヤング

「なるほど。実にヴィクトル・メサらしいやり方だ」


ヴィクトル・メサ

「ジーナは素晴らしい女性だった。美貌も、叡智も、愛嬌も、全てを兼ね備えていた。女神の条件を全て揃えていたのに、どこか陰があった……」


ジェイド・ヤング

「……聞いている」


ヴィクトル・メサ

「彼女がなぜ死を選んだか。彼女の死を知ってから今日までずっと考えてみたがついにわからなかった。しかし、彼女の死は今夜この場所にこの脚を運ばせる一助になった。そして、この選択は正しいと信じている。また冗長になった、悪い癖だね……では、始めよう」


ジェイド・ヤング

「お別れだ、ヴィクトル」


ヴィクトル・メサ

「あの娘を頼む」


ジェイド・ヤング

「さようなら、ヴィクトル・メサ」


………


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