• 現代ファンタジー
  • SF

神之閂 口頭教授.wav


えっほんとに録るの。

いやダメなんだけど。口伝(くでん)の意味ないじゃん。
復習用に……って、ねえ。一期一会って言葉もあるでしょうに。
ていうかね、本当にあなたは真面目だよね。
ここまでウザ……じゃなくてしつこ……じゃなくて、めんど……
うーん、真摯に教えを求めてきたのはあなただけでしたよ。

ええとお、なので、奥義教えま〜す。
録音もいいですよ。もう好きにしなさい。
でもアップロードだけはやめてくださいね。先祖に顔向けできないから。

んー、そうですねえ。
肘打ちやってみてください。そう、肘曲げて、肘の先端で私の掌をパシっと。

はい、ワンツー。

そうです。これが普通の肘打ちですね。頭に入ればカチカクの強攻撃。
それでね、三十拳の奥伝はね、この肘打ちなんですヨ。

まず体験してみた方が早いから、私がやったみたいに手を出してください。
そうですそうです。そんじゃ打ち込みますよ。

はい、ワン。

さて問題です。あなたの肘打ちと私の肘打ち。違いはなんでしょうか。
加速度。ブブー。角度。うん、ブブー。骨密度、ブッブッブー。
足の踏み込み。ブブブー。気合い。そうきたか。ファイナルアンサー。

……残念!気合いじゃない、精神論じゃないんだ!はい残念!

じゃあここでヒントです。
あなたのは、ワンツー。私のは、ワン。
これがヒント。

……はいダスターさん早かった。答えをどうぞ。

スピード。うん、ブッブッブーのブー!
また大きく遠ざかりましたねこのバカちんが!

加速度も角度も足の踏み込みも全部合ってるんですけど
その違いを生み出したのはなんだと思いますか。

ただのコーヒーと、上質を知る人のブレンドとどちらもコーヒーじゃないですか。
その違いはどこにあるかってことなんです。

構え。うん、近づいた。かなり近づいた。
じゃあどう違う。

手首を下に返す。うん、それは序の口。もう一つある。わかるかなあ。わかんねえだろうなあ。

握り。
すごい、よくでましたね。アタリだ。大当たり。
もしこの答えが出なかったらテキトーな嘘技教えるつもりでしたが、まさかまさか。

って冗談ですよ。あんまり睨まないでくださいよ。

この奥義の要諦はね、拳の握りです。全部握らない。
半分だけ握る、カタキツネという握りをします。
昔、キツネの影絵とかやったでしょ。そう。親指と中指薬指をくっつけて
人差し指と小指を伸ばすやつ。このキツネの手遊びみたいな形に似てるからカタキツネ。

カタキツネはね、片耳しかないキツネなんです。
一の指、二の指、三の指までは曲げて、四の指と五の指は伸ばす。

こんな握りで力が入るのかって。入りませんよ。力なんて要りませんもん。
この握りだとね、わずかに間合いが伸びるんです。その距離およそ一、二寸。

何、4〜5センチ伸びたくらいで何が変わると言いたいのですか。
そりゃああなた、勉強不足ですよ。
一撃必殺への最短距離は虚を衝くことです。
真剣勝負で目測を5センチ見誤れば命取りになる。武人ならば絶対に覚えておきなさい。

だからね、あなたの肘打ちはワンツー。私のは、ワン。
ツーに入る前には刺さっている。無防備な、胸のど真ん中にね。

5センチ疾(はや)く、相手の虚をついて、心臓を撃ち抜くんです。

願わくば、この技を使わないで済みますよう。

言い換えればこれは、ほんの5センチばかり死に近づくということですから。

三十拳奥殿神之閂(さんじっけんおくづたえしんのかんぬき)

これをもって口伝(くでん)とします。
お疲れ様でした。

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する