届かなかった花束 パート2

 円柱状の光が、トンネルの中に、簡易な机と椅子、それから人間を一人照らし出した。背格好と声から、若い男の人間だと…分かった。机の上には何やら、妙なものが二つ、置かれていた。薄い紙で四角く囲まれたものと、棒状のものがたくさん立てられた筒。


「あぁ、こんばんは。湿っぽい夜だな」


 深呼吸をして、俺は挨拶を返した。声が震えていないかヒヤヒヤしたのを覚えてる。

 それから、妙な四角いものが二、三度点滅して、オレンジに光った。表面に書かれたマークと、男の姿がはっきりと見えた。ファーのついた苔色のコートで、フードをすっぽりかぶっていた。木彫りビーズと兎の脚のペンダントが、胸元で揺れていた。


「驚かせてすいませんな。このランプ旧式のやつで、ちょっと弱いんですよ」

「じゃあその四角いのはランプシェードか。面白い形だな」


 ども、と男が気さくに応えた。両手は傘の下で、ランプをいじくりまわしながらさ。とりあえず向こうに敵意はないようで、安心したよ。こう視界と足元の悪い中で奇襲かけてこようもんなら、俺だって危ないからさ。


「タンジブル社の携帯ランプに、自分でつくった傘をかぶせました。この形が一等畳みやすいんでね」

「なるほど。その傘の変わった模様はきみが描いたのかい」

「はい、占い屋の印です。路上占いをやるとき、僕のいた街では、こういう印をつけてました」


 ランプシェードの表面には、鍵やツタを図案化したような模様が、いくつか並べられていた。俺の故郷の文字にも似ていた。よく見ようと思った矢先――ぱちぱち、と明かりが点滅して、消えちまった。


「あぁ、くそっ……どうも失礼。ぼかぁだましだまし使ってたんですけど、もう十年前の型ですから」

「気にするなよ。タンジブル社のって言ったか? 俺のやつと同じメーカーだな。直すの手伝おうか。代わりにこいつを貸すよ」


 男――占い師が申し訳なさそうにうなずき、俺は自分の懐中電灯を渡した。花束を膝の上に置くと、占い師の隣に腰掛けて、ランプをかちゃかちゃやりはじめた。分かるだろ、路上で稼ぐやつどうし、お互い様ってことさ。


「すいませんな、助かります。明かりまで貸してもらって」

「気にするなよ。飯の種こそ違うが、似たもの同士だぜ……警察には叱られてないのか」

「予約したんすよ。駅前や住宅街での商売は禁止されてますが、こういうどちらからも離れた場所でなら、事前に連絡すればいいことになってるっす」

「なんだ、早く知っておけば俺も怒られずに済んだろうに。しかし、その占いのマーク、いい柄じゃないか。何か意味があるのかい」

「これっすか? 諸説ありますが……」


 占い師は模様の意味をひとつひとつ話してくれた。俺の故郷の言葉と似ていたが、意味するところが微妙に違うみたいでな。偶然みたいなもんを感じたよ。

 話しながらあいつは机に仕事道具を並べていた。休憩から戻ったばかりで、再開店の準備をしたかったんだと。


「そのカード、ランプと似た模様がついてるじゃないか。きみの国の伝統芸かい」

「おぉ、ご明察。正確には昔ながらの手法を、今の時代に合わせてアレンジしたもんですな」

「例えば?」

「あまりにも時代に合わない結果は省いたり変えたりするんすよ。例えば『交通事故』を意味するカードの組み合わせは、元々『水牛の角で突かれる』って意味でした」

「ははははは、水牛か! ってことは、南の暑い国から来たのかい」

「いや、ぼかぁ西の霧深い国の出身っす。水牛も昔はそこにいっぱいいたんすよ。この街も、雰囲気がそこに似てたから気に入りましてね」

「そうかい。俺ぁ水牛も、その兎の脚のペンダントも、南の国で見たことがあってね。兎の前脚には願いを叶える力があるんだろう」

「願いが叶うってのは、猿の手じゃないっすかね。この兎は西国の民間信仰の賜物で、いろいろな使い方があるんです」


 大事な僕の相棒ですよ、と占い師は兎の脚を撫でた。兎はかの国じゃ、この世の全ての苦しみを引き受けるとされたんだってな。それで「救い」や「導き」のメタファーとして、占い師や魔術師、旅人に愛されたんだそうだ。

 他にもどうやって使うのか気になったもんはたくさんあってさ、あれこれ聞いちまったが、占い師は分かりやすく簡単に答えてくれた。占いの本、ピンポン球ほどの水晶玉……なに、さっきの「棒の入った筒」もそうかって? お察しのとおり。棒を手の中で混ぜながら、その数を数えて、将来を占うんだとさ。「まだ勉強中ですがな」って恥ずかしそうに言ってたぜ。


「ずいぶんたくさん覚えてるんだな。水晶玉に、カード占いに……俺が作った歌を覚えるのとは訳が違うぜ」

「はは、どもっす。占いやってると、いろんな悩みを抱えたお客さんが来るんでね。それに合せて占う方法も変えるんですよ」

「まるでカウンセラーだな。いい意味で、占い師には見えないよ、お客さんも話しやすいんじゃないか」

「いや、どもっす。ぼかぁ堂々とした『予言者』然としたやつよりは、悩み相談みたく気軽にやりたくてね」


 実際あいつはカジュアルな男だったよ。目が慣れてくると、コートの中には派手な柄シャツが覗いてるのが分かった。髪は俺よりもややゆるい巻き毛だ。ぱっと見、占いじゃなくてビーズの首飾りやブローチでも売ってそうに見えたね。

 おまけに話したがりなやつだったな。ナリこそ只者じゃないように見えたが、客が来ない隙にとぺらぺらしゃべりかけてきてた……気立てのいい奥さんもいて、ずいぶん仲の良い家庭らしかった。いくら聞いても飽きなくて、俺もつい話したくなっちまったんだ。


「へぇ、普段はきみが料理するが、今日は奥さんがやるってことか」

「あぁそっすね、僕も家出る前に掃除とかいろいろ済ませてきました」

「仲の良い家なんだなぁ。こういう商売をしてると、理解ある奥さんと巡り会うのは難しいっていうぜ」

「ははは、あざっす。今日のシャツもね、奥さんが誕生日にくれたお気に入りで……よし、終わった」


 占い師はかき混ぜていたカードを整え、とんと机の端に置いた。俺もちょうど、ランプがもとのとおりに点くように直すことができたとこだった。「開店」には間に合ったらしく、ありがとうございます、と深々と頭を下げられた。


「てかお兄さん。ぼかずっと聞きてえことがあったんすけど、いいっすかね」


 占い師が長い指先で俺を指した。


「なんでそんなやべえブツ持ってんすか?」


 直したばかりのランプが机の上で、低くうなって、ちか、ちかと瞬いた。


〈つづく〉

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