第8話

 柔道という日本武道をご存知だろうか。


 オリンピックの競技にもなっている世界的にも人気な武術である。


 では、柔道とはどの様な武術だろうか。


 柔道着を着て相手と組み合い、押したり引いたりしながらちからの駆け引きをし、ここぞというタイミングで相手を投げるという、非常に高い技術が求められる武術である。また、投げ技だけではなく相手の首を絞めたり、腕を折ったり、相手を仰向けの状態にして動きを封じたりといった寝技も存在する。


 柔道の選手がプロ格闘家に転向する事例は多々あるが、良い結果を残している選手は少ない。大きな理由としては、打撃に慣れていないからだ。


 確かに、柔道家は打たれ強い。日々たたみに叩きつけられているのだから当然だ。

 しかし、あくまで打撃系の格闘家と比べてだが、体の背面側は打たれ強くても正面側はそれほど打たれ強くはない。柔道だけを学んでいれば、顔や腹や胸、腕や足を殴られたり蹴られたりはしない。足払いという技はあるが、打撃系格闘技のローキックに比べれば足へのダメージは遥かに少ない。


 じゃあ柔道は実戦、いわゆる喧嘩けんかに使えないのだろうか。柔道家が喧嘩をしても強くないのだろうか。


 そんな事はない。大多数の柔道家は喧嘩に『使えない』のではなく、『使わない』だけだ。もし本気で彼らが柔道を喧嘩に使ったなら、間違いなく強いだろう。何故なら、普段のルールから解放されるからだ。

 まず脚に対する間接技が柔道では反則だが、喧嘩なら反則じゃない。これだけでも技のレパートリーが広がる。

 柔道に脚に対する間接技は無いが、彼らならやろうと思えば出来る。そして喧嘩となれば地面はアスファルトやコンクリート。プロ格闘技のリングや畳よりも遥かに硬く、投げられた相手にとっては一度投げられただけで致命傷になりかねない。


 顔や腹などは打たれ弱いかも知れないが、そんなものは場数を踏めばでどうにでもなる。


 逆に、喧嘩ばかりしている人間が柔道家になったら?


 恐らく、目立った弱点が無くなるはずだ。



 ここに、片山かたやま敏幸としゆきという男が居る。身長一七六センチ、体重六五キロ。スキンヘッドで前頭部には横書きで『ロン毛』と書いてあると思ったら刺青だ。両手足は傷だらけ。恐らく服の中も身体中からだじゅう傷だらけなのだろう。右目が無く、眼帯もしていない。左頬ひだりほおには上部から下部に向かって大きな切り傷がある。


 この男が今、四人のヤクザと対峙たいじしていた。四人の内一人は首を捻ってたった今絶命させたばかりだ。


 ヤクザではないこの片山かたやま敏幸としゆきという一般人が簡単にヤクザを殺してしまったため、残り三人のヤクザは気持ちの整理がつかない。


 しかし、だんだんと沸き上がる怒りが彼ら三人を鼓舞こぶした。


 「テメェ、死んだぜ。」

 角刈り頭のヤクザが敏幸としゆきに向かって言った。

 「言葉はいいからさっさとかかって来いよ。」

 敏幸としゆきが退屈そうに言った。

 「ナメんなコラァ!!」

 パンチパーマのヤクザが短刀を持って敏幸としゆきに襲いかかった。


 ヤクザは敏幸としゆきの心臓を刺す様に短刀を伸ばした。が、敏幸としゆきが突然体勢を低くしてこれをかわす。いや、かわすだけではなく短刀を持っていた右手の手首を左手で掴んだ。そして掴みながらヤクザに背を向けて右肘の内側でヤクザの右腕を挟む様に掴んだ。このとき膝を曲げており、体勢は低いままだ。

 そしてヤクザの身体からだを引き込み、膝を伸ばして一気に地面に投げつけた。

 柔道の一本背負いっぽんぜおいである。


 この片山かたやま敏幸としゆきという男、まさに喧嘩屋で柔道家である。

 投げられたパンチパーマの男は背中をアスファルトに叩きつけられた。

 「かっ.........!」

 当然パンチパーマの男は息が出来ない。

 畳に叩きつけられるだけでも苦しくなる。硬いアスファルトなら尚更だ。体も動かないだろう。

 パンチパーマの男は持っていた短刀を落としてしまった。それを敏幸としゆきが拾った。

 「テメェ、死んだぜ。」

 先程角刈りの男から言われた言葉をそっくりそのままパンチパーマの男を見下しながら言った。そして.........

 スパッ!

 プシュッ!!

 パンチパーマの男の喉をき切った。喉からは激しく出血している。パンチパーマの男もこと切れた様だ。


 「残りは二人だな。どうやら銃は持ってねー様だな。どうする?選ばせてやるよ。まだ俺と闘って殺されるか、それともおとなしく今すぐ殺されるか。」

 短時間で人間二人を殺し、なんとも思っていないこの男、タチが悪い。

 躊躇ためらい無く人を殺せる喧嘩屋である。


 「今度はヤクザ相手に『辻斬り』か?りねー奴だなお前は。左目もブッ潰しといた方が良かったかな?」

 ヤクザに対して得意げに圧力をかける敏幸としゆきの背後から声がした。その声にビビりながら振り向く敏幸としゆき


 「み、宮下さん!ち、違うんすよ!これは、俺が仕掛けたんじゃなくてですねー.........。」

 敏幸としゆきがビビりまくっている相手とは、決して強そうには見えない男であった。しかし、実際は空手の世界チャンピオンに輝いた男。


 「分かってるさ、からかっただけだ。お前は間違いなく改心している。」

 宮下みやした豪輝ごうき。二年前、片山かたやま敏幸としゆきの右目を潰した男である。

 「宮下さん、こいつら酷いんすよ!俺はただ、美味しい料理を出してくれる飲み屋に行きたかっただけなのに、いきなり喧嘩売って来やがって.........。」

 敏幸としゆきが必死に説明した。

 「それで二人も殺しちゃぁ、どっちが悪い奴か分からねーだろ。その死体を運ぶ手が必要だ。残りの二人は生かしといてやれ。」

 豪輝ごうきが言った。まるで残り二人のヤクザも敏幸としゆきが当然の様に殺してしまえるかの様な口調だ。

 「とにかく、人が来る前に終わらせよう。死体を見たらさすがに通報される。」

 豪輝が言った。

 「その心配はあらへんでー。」

 豪輝ごうき達から見て右側の路地から身長の高い男が出てきた。


 「あららー、見事にられとるやないかぁ。っつうかお前ら堅気かたぎはん相手に何しとん?」

 でかい。身長は二メートル、体重は八五キロ。髪型はオールバックで後ろ髪は首筋までの長さがある。赤茶色のスーツに赤茶色のネクタイ、黒のスラックスを穿いている。顎髭あごひげを生やしている。年齢は三十代半ばぐらいだろうか。


 「うちは『藤田組ふじたぐみ』って言いましてな、こいつらもうちのもんなんですが、敵方から入ったばっかの新人でしてな。うちがこの辺仕切っとるさかい、最近調子こいて好き勝手やっとたんは.........」


 突然、話していた大男が角刈りのヤクザの左横の位置から左の回し蹴りで角刈りのヤクザの顔面を蹴っ飛ばした。そして蹴っ飛ばしながら言う。

 「お前らやったんかあああああ!!!」

 あまりに美しい、お手本の様な回し蹴りに豪輝ごうき驚愕きょうがくしていた。

 「(速い!!この巨体でこのスピードか!)」

 「お前ら最近、ご近所からクレーム来とんのや!!組の名前使つこうて飲み屋に来た堅気はん脅しとるらしいやないかぁ。」

 「す、すんません!本当に、すんません!」

 生きている二人のヤクザが大男に土下座した。

 「謝って済むもんちゃうでー。地域との良好な関係が壊れちまったら、楽しく飲み歩けんやないかい!」

 そういいながら、土下座している二人のうち、金髪のヤクザの頭を左横から蹴っ飛ばした。

 「ええかぁ?俺らは確かに『松川まつかわ』の連中からここらを守っとるけどなぁ、ここらの方々も俺らを守ってくれとんのや!!持ちつ持たれつの関係や。どっちかっちゅうと、俺らの方が立場は弱いねんけどなぁ。ここ十年その関係を守ってきとんのに、信用ぶち壊す真似しおって.........。覚悟ぉ、出来とるんやろなぁ?」

 「すんません!!何でも言うこと聞きますんで!」

 「よぉし、よぉ言うた。せやったらお前、この金髪殺して務めてきぃや。そこで死んどる二人もお前がったことにせえよ!」

 大男が角刈りのヤクザに命令した。

 「待って下さい。こいつは俺の舎弟です!命は助けて貰えませんでしょうか!?」

 角刈りのヤクザが大男に土下座しながら言った。

 「わかったわかった!命は助けたる!ええから立てや。」

 角刈りのヤクザが立ち上がって礼を言う。

 「あ、ありがとうござ.........

 グサッ

 「ならお前が死ねや。」

 大男が角刈りのヤクザを刺した。

 豪輝ごうき敏幸としゆきはまた驚愕きょうがくした。

 大男はいつの間にか右の靴を脱いでおり、右足爪先つまさきで角刈りのヤクザの体を貫いたのだ。

 見事に足が角刈りのヤクザの腹から背まで貫通している。

 「(あれは.........足先そくせん!?)」

 豪輝ごうきは思った。

 大男の右の爪先が拳の様に丸まっていた。

 大男が無理やり脚を抜くと、角刈りのヤクザの腹から大量に血が流れた。そして角刈りのヤクザは顔面から地面にぶっ倒れて絶命した。


 「あーあ、靴下もズボンも汚れてもうたわ。また新しいの買わんと。」

 大男が言った。

 「アニキいいいいいいいいいい!!!」

 金髪のヤクザは角刈りのヤクザの死体の前に膝をついて泣き叫んだ。

 「おい金髪、うるさいわお前。お前がアニキの代わりに務めてきいや。もちろん、お前が三人を殺したんやぞ?」

 大男が金髪のヤクザに言った。

 「は.........はい.........。」

 金髪のヤクザは恐怖のあまり逆らえず、そのまま凶器となった事にした短刀を持って警察署へと向かった。


 「それにしても、えげつないのお、アンちゃん。」

 大男が敏幸としゆきに向かって言った。

 「あんたの部下のしつけが成ってねーからだろーが。」

 敏幸としゆきが言った。すると、大男がいきなり敏幸としゆき豪輝ごうきに向かって土下座した。

 「えらいすんませんでしたあ!!その通りです!組がでかくなればなる程、末端まで目が行き届かなくなってもうて、ほんまに俺のせいや!!」

 大男が謝罪した。この大男、本気で自分達が悪いと思っているのだ。

 「ど、土下座しなくてもいいじゃないっすか!」

 敏幸としゆきが慌てて言った。突然土下座されたので敬語になってしまった。

 「ほんまに、なんと謝ったらええか.......。」

 「もういいですって。そんじゃ、俺は料理が美味しい飲み屋に行くんで、これで失敬しっけいしますよ。」

 「待って下さい!せめて、ここは俺におごらせて下さい!料理が美味しい店、紹介しますさかい!」

 「ま、マジすか?」

 こうして豪輝ごうき敏幸としゆきは『藤田組』の組長である大男の藤田ふじた丞助じょうすけと共に食事をすることになった。


 「(な、何で僕まで?)」

 豪輝ごうきが思った。戦闘の気配が無くなった今、豪輝ごうきは他人と話すのが苦手になる。

 「(どど、どうしよう......。ぼ、僕はこれから二人の殺人鬼と食事するのかぁ.........。)」


 そりゃ確かにビビるわな。

 

『金子屋』。三人が入った居酒屋である。居酒屋ではあるのだが、料理が本格的であり、和食と洋食を中心に豊富なメニューがある。


 「そぉですかぁ、お二人は知り合いやったんっすねー.........。」

 ホッケの塩焼きを食べながら、藤田ふじた丞助じょうすけが言った。明らかに彼の方が年上なのだが、口調は敬語だ。堅気かたぎには誰に対しても敬語の様だ。


 「知り合いって言うか、俺が宮下みやしたさんに喧嘩けんか売ったら半殺しにされちゃいまして.........。」

 「そ、そんな事も、あ、あったね。」

 豪輝ごうきが言った。

 「なんや、友人やなくて、腐れ縁っちゅう奴ですなぁ。」

 丞助じょうすけが言った。

 「ま、まあ、そんなとこです。」

 豪輝ごうき丞助じょうすけに言った。

 「しっかし人は見掛けによらんもんやなぁ。宮下はんはおとなしそうに見えんのに、こんなヤバそうな片山かたやまはんより強いなんて。」

 丞助じょうすけは椅子の背もたれにもたれて腕を組み、敏幸としゆきに言った。

 「ええ!?俺ってそんなにヤバそうな奴に見えますか?」

 敏幸としゆきが言った。

 「見えますわ。極道よりヤバそうですわ。ただ直感で堅気かたぎや思ぉたんで、さっきは止めに入りやした。」

 「良かったー、もしも俺がヤクザだと思われてたら、藤田さんに殺されてたかもしれませんね。」

 「いや、逆やろうな。」

 「逆?.........と言いますと?」

 「俺が殺されとったいう事です。片山かたやまはん、ガチもんやってすぐ分かりましたわ。」

 「げげ、そんなヤバい奴に見えるんですね?」

 「まあ、見てくれやなくて、雰囲気がヤバそうに見えるんは、宮下みやしたはんの方でしたけどなあ。」

 「!!」

 豪輝ごうき丞助じょうすけに言われてビクッとしてしまった。

 「宮下みやしたはんは人ブッ殺して食うとるような雰囲気してますわ。」

 丞助じょうすけが言った。

 「で、でも僕も正直さっきはビビりました。ふ、藤田ふじたさんが、そ、足先そくせんを使ったんで.........。」

 「ああ、あの技ご存知かでしたか。.........?もしかして、宮下みやしたはんって...........あの世界チャンピオンの宮下みやした豪気ごうきはんですかぁ?」

 「そ、そうです。」

 「こらたまげましたわぁ!俺はあの世界大会をテレビで観てました!いや、素晴らしい闘いぶりでしたわ。」

 「あ、ありがとうございます!」

 豪輝ごうきは頭を下げながら言った。

 「いや今日はほんまに良い出会いがありましたわ!ささ、お二人とも好きなだけ食って飲んで下さいな!」

 上機嫌じょうきげんになった丞助じょうすけは更に美味うまそうな料理を頼んでいった。


 「それにしても、お二人はどんな出会い方をされたんですか?」

 丞助じょうすけ豪輝ごうき敏幸としゆきに尋ねた。

 敏幸としゆきが答える。


 「それはあれです!藤田ふじたさんが見てた空手の世界大会の直後なんですよ。」

 敏幸としゆきは過去について語り出した。



 






 


 


 


 

 


 

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戦闘サークルうんぽこ 大盛りごはん @1919yajuu

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