第23話 束の間の逃避行 ( 最終話 )

 言うだけの事は言えたから、私はもうこのステージには何も思い残す事は無い!


 あの日の夢の中で、ステージはサンダーとの幸せな門出のシーンだったけど、相手がサンダー以外の人だったら、そこには何も思い入れなんて無い!


 ましてや、サンダーを陥れる為に、荻川君の片棒を担ぐなんて気持ちなんて、私にはサラサラ無いのだから......


 私が今、関心が有るのは、サンダーだけ!


 もしも、私の気持ちがサンダーに届いてくれたなら、一緒にこの場から逃げて欲しい!

 どうしても、2人で話したいから......


 もうすぐサンダーのいる所に私は辿り着こうとしている。


 そこにいるのは、もう退廃的な表情を浮かべているサンダーでは無くて、驚きながらも少しだけ目元が笑っている様子のサンダーだった。


 こんな目をしたサンダーなら、きっと、私と一緒に逃げ出してくれる!


 そんな予感が、精一杯、今の自分を応援してくれているから、きっと大丈夫!


 そして、その予感は現実となり、真っ赤になって憤慨している本川さんを尻目に、サンダーは私の手を取って、一緒に会場の外へ走ってくれた。


「ハクサイ、どういうつもりなの!待ちなさいよ!」


 背後でヒステリックに叫んでいる本川さんの声が聴こえて来る。

 でも、私も、サンダーも気にして足を緩める事なんてしない。


 私達は、しばらく走って、誰かが追って来てないのを確認して、校庭の垣根の所で足を緩めた。

 随分走ったから、息切れがしている。


 息切れのせいなのか?

 サンダーがすぐ横にいるせいなのか分からないけど、さっきから心臓の鼓動が激し過ぎて、サンダーの耳にも届きそう!


 ドレス姿だったけど、緊張していたのと走ったので疲れて、芝生に2人で腰を下ろした。

 芝生のクッションは心地良いけど、白いドレスが汚れてしまいそう。

 キレイにして返品しなきゃならないから、しっかり洗わないと。

 

 サンダーが横にいる時なのに、私、頭の中が、妙に現実思考してしまっている......


 だって、そうしないと、さっきの自分の言動が、今になって恥ずかしさが込み上げて来て、サンダーの前で私、どうしていいのか収拾つかない。

 

 18年近く生きて来て、私が、自分から告白する日が来るなんて、夢にも思わなかった!

 しかも、あんなに大勢を前にして、注目を余計に浴びるような相手に向かって......


 サンダーは、元々、面倒な事に巻き込まれたくないような雰囲気を漂わせている人なのに......

 こんな言動した私を、きっと呆れているんだよね?


 でも、私の家の契約を守る為に、本川さんと偽装交際までしてくれていたサンダーに対して、私が唯一出来るのは、そこから解放させてあげる事だって思っている。


 もちろん、あわよくば、私が、本川さんと立場を入れ替われたらなんて下心も、全く無いなんて事は無くて......

 

 それは、願わくば、偽装交際なんかじゃなくて、真剣交際であって欲しいと願うなんて、図々し過ぎるかな......?

 

「松沢さんには、驚かされる事の連続だな!」

 

 以前と同じような笑顔のサンダーが、今、私の隣にいる!

 私、ずっと、このサンダーの笑顔を見たかった......


「一緒に走ってくれてありがとう!荻川君から、私はこんなでボッチだから、岩神君に同情されているって言われたけど......今、一緒に走ってくれたのも、もしかして同情なの?」


「確かに、最初は同情だった」


 初めて、サンダーに接近出来た日......割れたメガネのレンズを1人で拾い集めていた時を思い出した。


 あの時から、やっぱり同情されていたんだ、私......


 時恵さんと一緒のランチだって、乗り気じゃなかったって、この前、言われていたから、余計な期待を抱いちゃいけないって、自分に言い聞かせていたのに......


「同情......」


 同情されていただけだったなら、私は本川さんと立場は、あまり変わりないのかも知れない。


 バカみたい......

 いつも、叶わない期待ばかりして......


 勇気ふり絞った後に、こんな答えしか得られなくて、心が折れそうになって立ち上がろうとすると、サンダーに引き留められた。


「待って、まだ話は、終ってない!同情のつもりだったけど、いつの間にか、松沢さんと会っている時だけ、新鮮な気持ちになれて、笑える事が多くて、どうしてかよく分からなかったけど、それが心地良くは感じていた。松沢さんと、会えなくなってからやっと、それが何だったのか、自分の気持ちに気付かされた」


「......同情じゃないの?」

 

 サンダーの顔が近い。

 端正な目鼻立ちと、そよ風でフワリと肩を打つ艶やかな長髪。

 こんなに至近距離でサンダーを見たのは初めて.....

 

 恥ずかしいくらいに、心臓が高鳴りし出している。


「ずっと、俺の前からいなくならないで欲しいんだ、大好きだから」


 これは、あの時の夢の続き......?


 私、今、起きてるの?

 夢見ているの?


 自分で今の状況が分からなくなってきた.....


 そんなポワンと舞い上がりそうな心境にさせられている時、サンダーの唇が優しく私の唇に触れた。


 大好き......って。

 

 信じ難くて、ほっぺつねってみた。

 

「あっ、痛い!夢じゃない......」


 信じられずに戸惑っている私の様子を笑いながら見ている、優しい瞳のサンダー。


「こんなリアルなのが夢だと、俺も困るな」


「目が覚めたら消えてしまうわけでもない......」


 サンダーは、ずっと私の横にいてくれる。

 これからも、ずっと......

 夢の中でも信じられなかったのに、これが現実なんて......


「これからは、日菜って呼んでいい?ちゃん付けがいい?」


「呼び捨てで構わないけど、私もサンダーって呼んでいい?」


 多分、嫌がられそうだって分かっているけど、ダメ元で聞いてみた。


「えっ、それは、ちょっと......」


 サンダーがさすがに苦笑いしている。


「そうだよね......確かに」


 周りに聞かれたら、イヤだし、周りまで便乗してサンダー呼びしてきたら、もっとイヤかも。

 私だけのサンダー呼びが、私だけじゃなくなってしまうのは困るから。


「2人だけの時ならいいよ!」


「嬉しい、サンダー!」


 思わずサンダーに抱き付こうとした時、周りから妙に視線感じて思い止まった。


「サンダーか!」


 いつの間にか、2人の行方が気になって足音を潜めながら、近付いて来た生徒達に囲まれていた。

 サンダー呼びしたのは、荻川君だった。


「フラれた代償は、サンダー呼びで手を打つか!」


 サイコ路線に走りそうだった荻川君の反撃が怖かったけど、そこは、周囲から好印象をキープしたい『ミスター誠楠』の爽やか男子。


「私は、絶対に許さない!ハクサイの家との契約は解除してやるんだから!」


 冷静さを欠いたヒステリックな本川さんは、予想通りのお達し。


「亜由、往生際の悪い事しない!俺達で、また仕切り直しって事で!」


 本川さんをなだめる荻川君と2人揃って退散すると、嵐が過ぎ去った後の私とサンダーを祝福するように、周りの生徒達から一斉に拍手喝采が起きた。

 

 あの夢を見る前は、ううん、見た後だってずっと、私がサンダーとハッピーエンドなんて絶対に有り得ないと思っていた。


 でも、今、私の横にいるのは、紛れも無いサンダー、本人!

 しかも、サンダー呼びまで受け入れられて、これからはもう周りの視線気にする事無く、普通にサンダーと一緒にいられる!


 これって、本当に夢じゃないよね?

 

 この際、もう夢でも構わないからお願い!


 いつの日か2人が添い遂げて、命の灯が私達を分かつその時まで、このまま永遠にこの最高の夢から覚めさせないで欲しい!


 これからは、2人一緒に、同じ夢をずっと見続けていたいから!



      【 完 】

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