#21

――改造アンデッドとの戦闘後、英国軍が舞踏会場へとやって来た。


幸いなことに他のアンデッドはもう会場には残っていなかったようで、英国軍は灰と塵に消えた不死者のことを知るために、ジムたちから話を聞くすることに。


英国軍のロンドン支部にて、それぞれ別々の部屋に連れて行かれた取り調べを受けていたジムたちは、彼ら特殊調査隊シャーロックの隊長であるホーリー·ドイルを待っていた。


だが彼女が現れることはなく、未だに解放されずにいる。


治療を受けながらの取り調べはかなり酷だったが、いくら特殊調査隊という立場であっても彼らも英国軍人。


上からの指示に逆らうことなどできず(エドワードだけはジムを病院へ連れて行けと暴れたが)、傷つき疲労した身体のままで、知っていることを話すようと怒鳴られていた。


「ジム·スティーヴンソン……。貴様、隠し事をするつもりかッ!」


医者と機関技師から交互に身体を弄られながら、ジムの目の前で一人の軍人がその唇を尖らせている。


その軍人の名はジャベール·ユゴー。


ジムたちとは違い、正規の英国軍人であり、まだ若いながらも尉官の最上級――大尉の立場をつく男だ。


彼はトレードマークである真っ黒なリボンで留めた長い髪を振り回し、暖簾のれんに腕押しのジムに対して、今にも噛みつかんばかりに詰め寄っている。


もうジムは舞踏会場で何があったかはすべて伝えているのだが、それでもジャベールは、彼がまだ何か隠していると思い込んでいるようだ。


「いいか。自分の立場わきまえろ」


ジャベールはそういうと、医者や機関技師を押しのけてジムの髪の毛を掴んだ。


そして、自分の顔に彼の顔を強引に近づける。


口を開くたびに息がかかる距離で、ジャベールはジムに視線を合わせて睨みつけていた。


「隠し事なんてしてません。あの場で起こったことは、もうすべて伝えました」


「英国軍を舐めるなッ!」


ジャベールは傷だらけのジムのことなどお構いなく、掴んでいた髪を引っ張って机に叩きつけた。


横暴でしかない行為だが、軍内部では当たり前のこと――特にこの苛烈な取り調べはジャベールの代名詞だった。


彼はこのやり方でこれまで多くの事件を解決し、ロンドンの治安を守ってきた。


このところ死体が動く事件が多発しているのもあって、彼なりに自分の仕事を一生懸命やっているのだろう。


ジムはそんなジャベールのことを知っているせいか。


酷い扱いをされてながらも健気だと感じている。


「おい、今笑ったな?」


「え……? いえ、笑ってなんかないです」


「現場はもう調べ尽くしているんだ! お前が何を隠そうが、バレるの時間の問題だぞ!」


「いえ、だから隠し事なんてしてないんですけど」


「嘘をつくなッ! 今日こそは徹底的に――ちッ」


割り込むように取り調べ室のベルが鳴った。


どうやらジムの迎えが来たようだ。


「フン、運の良い奴だ。だがお前の疑いが晴れたわけではないぞ。私はいつでもお前のことを監視している。何かあればすぐに撃ち殺してやるからな」


ジャベールはジムから手を離し、さっさと部屋から出るように言った。


隠し事など一切していないというに、どうして彼がこんな真似をするのか。


毎度のことながら、ジムには未だに彼が何を考えているのかが理解できなかった。


ジムは言われたまま部屋を出て、廊下にいた者へ連れられて英国軍ロンドン支部の建物から出ると、外には彼の上司であるホーリー·ドイルが立っていた。


「相手はジャベールか?」


「はい。いつも通り酷い扱いを受けました」


「相変わらずあいつは貴様にご執心だな」


ホーリーはジムにからかうようにいうと、車が二人の近くまで走ってきて停まった。


運転席には、ホーリーの執事であるヘイミッシュ·ワトスンの姿が見える。


ホーリーはジムに車に乗るように言い、それから英国軍ロンドン支部を後にした。


時間はすでに朝日が昇るくらいの時刻になっていた。


その証拠に、蒸気で埋め尽くされた街に陽が射し始めている。


ジムはホーリーにブルーノたちのことを訊こうと、助手席から振り返ることなく後部座席に座っている彼女に声をかけた。


彼女の話によると、どうやら三人はすでに自宅のアパートへ戻っているようだ。


傷もジムに比べれば大したことないようで、心配する必要はないと言う。


「そんなことよりも、舞踏会場にはお前と同じ奴がいたそうじゃないか」


ホーリーは話題を変えて、舞踏会場に現れたアンデッドの話を始めた。


蒸気機関を体内に入れた不死者。


おそらくはホーリーが集めた技術と同じ改造を施してあるのだろう敵に、彼女はニヤリと笑みを浮かべている。


「情報が漏れたんですかね?」


ジムが何気なく訊ねた。


ホーリーが集めた人体に蒸気機関を組み込む技術は、彼女が囲っている人間しか知らないはずなのだ。


政府も英国軍ですらその技術は知らされておらず、完全に極秘のはず。


ならば内部の人間から漏洩したとしか考えられない。


「いや、それはないな」


だが、ホーリーはジムの考えを否定した。


そして、先ほどから浮かべた笑みのまま、彼女は言葉を続ける。


「敵もまた一筋縄ではいかんということだ。それと、そんなことは貴様が考えるようなことではない。貴様らは私の手足となってアンデッドども駆逐すればよいのだ」


ジムはまだ酒が残っているのかと思い、ホーリーの言葉を聞き流して窓から外を見た。


たしかに、今はそれでいい。


ホーリーの言う通り、何も考えなくていい。


戦い続けていればわかってくるはずだ。


知りたかったことを知り、考えるのはそれからだ。


自分がどこから来てどういう人間なのかを。


ジムはちょうど見えてきたビッグ·ベン――イギリスの首都ロンドンにあるウェストミンスター宮殿に付属する時計台の大時鐘を目をやったが、漂う煙や霧がその姿を隠してしまっていた。


――ロンドンを象徴する時計台。


ある人物がその最上部に街を見下ろしている。


強風に煽られながら煙の向こうに見える朝日に照らされ始めた街。


そんな光景を眺めながら、その人物は近づく足音に振り返る。


「すみません、試作品は回収されてしまいました」


巨体の男が街を見下ろしていた人物に向かって頭を下げた。


「あの少年、ジム·スティーヴンソンといったか」


「はい。ホーリー·ドイル少将の特殊調査隊……シャーロックのメンバーの一人です」


「そうか」


その人物はそう呟くように返事をすると、再び街を見下ろす。


産業革命後――。


世界中が複雑な政治と軍事同盟網を築き上げ、この街のように工場や機械から噴きだす蒸気で埋め尽くされた。


その人物は、現在の世界は何と醜い姿だろうと、悲し気に気持ちを吐露する。


「お前もそう思わないか?」


「はい。何の思想も持たずに、ただ無秩序に生産を拡大しただけの世界です」


産業革命の始まりは資本主義の誕生だ。


自由放任経済を求めた先にあるのは競い合いでしかない。


競争社会の自由は機会の平等からくる自由だ。


この形だと、個々の力の差が極端に表れ、強い人間だけが勝利できる。


それではつまらない。


芸術性に欠ける。


弱肉強食など、人間がまるで獣に戻ったかのように見える。


「そう、始まりはこの国からだった。ならば終わりにするならばここからが運命だと、私は思う」


そう言った主の背中に、巨体の男は再び頭を下げた。


そんな部下の姿を見ることなく、その人物は言葉を続ける。


「そうだよな、ホーリー·ドイル……」



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シャーロック·ミッション~英国街の悪夢 コラム @oto_no_oto

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