#20
瓦礫に埋もれていたアンデッドは、ジムの言葉が耳に入ったのか、叫びながら立ち上がった。
先ほどのジムの一撃によって割れた仮面の下には、アンデッドの怒りを表す凄まじい形相がかすかに見える。
口はまるで左右が裂けているかのように広がり、アンデッドの証ともいえる赤い瞳が、眼球の白目の部分――
さらにジムに負けじと、全身からさらに蒸気を噴き出し、一度屈んでためを作ってからジム目がけて飛びかかった。
その動きは、すでにブルーノ、オウガイ、エドワード三人の知っているアンデッドのものではなかった。
いや、先ほど時間稼ぎ――ブルーノとオウガイが戦っていたときよりもさらに素早く激しく、もはや目で追えないくらいの速度でジムに向って手足を振ふるっている。
これまで彼ら――特殊調査隊シャーロックが戦ってきたアンデッドの中には理性を持つ者もいたが、多くはただ人の血を求めてその体に噛みつき、目的もなく
それらと比べて、今目の前にいる蒸気機関改造を施されたアンデッドはどこか機械的だった。
一見して感情的になっているように見えるのだが。
血を求めているようにも、怒りに任せて暴れているようには見えない動きをしている。
アンデッドが放つ一発一発の攻撃にはリズムがある。
まるで巧みな人形技師が組み上げた
目が慣れてきたブルーノたち三人には、怒りに我を忘れているように見えるアンデッドの姿がそう映っていた。
そして、彼らは思う。
自分たちがアンデッドの動きを目で追えるようになってきたということは、ジムも同じはずだと。
三人が口にはせずに同じことを考えていると、攻撃を避け続けていたジムが動いた。
アンデッドとジムの拳が互いの顔面や腹部、胸部をすり抜けて交差する。
そのたびに白と赤の蒸気が舞い上がる。
さらにはダンスホールは二人の戦いのせいか、汗ばむほど室温が上昇していた。
体内に入れている蒸気機関がオーバーヒート――悲鳴をあげている証拠だ。
「やべぇ、やべぇぞ……。このままじゃジムの身体がもたねぇ……」
次第に動きが鈍るジムを見て、エドワードが弱々しい声を出した。
いくら疲労困憊だったとはいえ、ブルーノとオウガイ二人がかりでも倒せなかった相手に、互角以上に戦えていたジムだったが。
すでに彼の身体は限界が近づいているようだった。
しなやかな動きで躱し、一定の距離を保ちながら回り込むように放っていた手数が減っている。
蒸気機関を人体に埋め込んだ者同士の間合いは超接近戦。
ブルーノやオウガイのようなフットワークを駆使して、接近して打ってすぐ離れる――ヒットアンドアウェイとは違い、腕や足が伸ばすことができるギリギリと距離で殴り合う戦いだ。
当然動きが鈍くなった瞬間に、その隙を突かれる。
「くぅッ!?」
右フックを放ったジム。
その拳を避けて、右肩でのショルダータックルを返してきた改造アンデッド。
ジムはその反撃によって後方に下がらされてしまう。
改造アンデッドは後退したジムに追撃。
ミドルレンジから放たれるフックとアッパーの中間のようなパンチを身体をしならせながら放つ。
地面すれすれから大きく身体を振り上げて放たれたその拳はジムの顎を捉えたかと思われたが、突然鳴り響いた銃声と共に改造アンデッドの重心がぶれる。
ジムは、そのおかげで何とか攻撃を躱せた。
「決めろジム! お前の距離だ!」
エドワードの叫び声が聞こえる。
彼はスチームガンで改造アンデッドの足を撃ち、敵の攻撃をそらさせたのだ。
「うおぉぉぉッ!」
ジムは咆哮しながらショートフックを心臓に打ち込む。
改造アンデッドの体内にある蒸気機関が揺れて棒立ちなった。
それでも手を上げようとする敵に、ジムの猛攻が始まった。
左手で相手の防御を崩し、右から左と拳を叩きつける。
さらに下半身への蹴りも加えていく。
これはジムがオウガイに教えてもらった体術の型――相手を押しているときほど攻撃は上下に散らすというやり方だ。
そして、サンドバックのようになった不死者に、ジムは思いっきり仰け反って右ストレートをその顔面に放った。
ドリルで穴を開けるように――えぐるように放たれたジムの拳は、改造アンデッドの眉間をぶち抜いて辺りに鮮血を撒き散らした。
付けていた仮面が完全に割れ、その顔面は半壊。
改造アンデッドの体内にある蒸気機関もこれまでの攻撃で破損。
その動きを止め、敵はジムの目の前でバタンと倒れる。
「や、やった……。倒せました……」
体内にある蒸気機関の起動を止め、ジムは普段の無表情ままでそう呟いた。
敵を仕留めることに成功した彼もまた正面から床に倒れそうになったが、寸前のところでブルーノのが彼を支える。
「ジム、お前無茶しすぎだから」
「それは……ブルーノたちも同じです」
ブルーノは、ジムの今にも消え去りそうな声を聞きながら周囲を見回した。
そこには満身創痍のオウガイと、床に腰をつけてグッタリとしているエドワードの姿があった。
舞踏会場だったダンスホールは見る影もなく、まるで小規模な戦争でもあったかのように崩壊している。
「たしかに、言えてるかもね~」
ブルーノがジムにそう返事をしたが、彼はブルーノに支えられたまま、すやすやと寝息を返した。
呆れながらも、余程疲れたのだろうと思ったブルーノは、そんなジムの寝顔を見て微笑むのだった。
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