#19
――ブルーノとオウガイが改造アンデッドを押さえている間。
エドワードは、ジムの体内にある蒸気機関の出力を上げるために奮闘していた。
彼が携帯していた工具は、元々メンテナンス作業に使用するようなものだ。
本格的な作業は、やはりしっかりとした設備がないと難しいと思われたが――。
「かなり痛いぞ! それでも文句いうなよ!」
それでもエドワードはやってのけると態度で示す。
凄まじい痛みがジムを襲うと忠告し、工具で彼の皮膚を引き剥がし、中にある歯車や小型ボンベを動かす。
あまりの痛みに口から声が漏れるが、ジムはけして暴れたりはしなかった。
人体に組み込んだ蒸気機関を弄るのは医療手術に近い。
それを麻酔なしでやるのだ。
当然ジムの身体に工具が差し込まれていくたびに、彼の身体は血塗れになっていた。
普段の無表情が崩れ、痛みで声が漏れる。
だが、それでもジムは耐える。
ブルーノとオウガイが死に物狂いで時間を稼ぎ、全員で撤退するべきだといったエドワードは最悪の作業環境の中でもなんとか仕事をこなしてくれているのだ。
言い出した自分が弱音を吐けない。
「よし! これで出力は上がったぞ!」
そう叫んだエドワードは、ジムの身体に消毒液をぶっかけた。
最低限の処置ではあるが、しないよりはいい。
蒸気機関の仕組みは、ボイラーの水を吸収して熱られた水蒸気を噴出し、吸収と噴出を繰り返すことで推進力が生まれるというものだ。
ジムの身体に小型のボイラーがあり、それを熱して吹き出すことで身体能力を上げている。
ただでさえ身体への負担が大きいので、出力を上げればそのぶん苦痛も増す。
「ありがとう、エド。これであいつをッ!」
ジムが声を張り上げると、彼の身体から蒸気が噴き出した。
身体が全体的に膨らんでは元に戻り、いつもよりも噴出する水蒸気の量も多い。
出力を上げることには成功したのだが、ここで異常事態が発生する。
「なんだよこれ……? 蒸気がッ!?」
エドワードが声を張り上げたのは、ジムの身体から噴き出した蒸気の色が赤くなっていったからだった。
おそらくはジムの体内にある蒸気機関が血管に繋がっているため、それを熱してて噴き出しているのだろう。
このまま続ければ、ジムは出血多量で死に至ることは明白だった。
「くッ!? やっぱ無茶だったか!」
顔を歪めるエドワードに、ジムは身を震わせながら口を開く。
「いけます……大丈夫です、エド」
「わかってんのかジム!? 今のお前は血を噴き出しているようなもんなんだぞ! それで動けても、数分も持たずに死んじまう!」
「時間はかけません。僕だって、まだ死にたくありませんから」
ジムは全身から赤い蒸気を噴き出しながら言葉を続ける。
「それに……僕にはまだ知りたいことがあるんです。それに、エドもいってくれたでしょう。最後まで付き合ってやるって」
真っ直ぐな眼差しでエドワードを見つめるジム。
その一片の迷いもないのない瞳を見たエドワードは、もう彼を止めようとは思えなくなった。
そんな彼の姿を見たジムは、全身から赤い蒸気を吹き出しながら踏み出す。
「わかった! わかったよ馬鹿野郎が! 役に立てねぇだろうが俺も援護してやる!」
ぐっと拳を握り込み、改造アンデッドのもとへ歩いて行くジムの背中に、エドワードは声を張り上げた。
乱暴に工具をしまってスチームガンを拾い、激しく表情を歪めてジムの後を追う。
二人の目の前では、ブルーノとオウガイが改造アンデッドと戦っていた。
すでに限界が来ていそうだった二人は、それぞれ破損した武器で応戦してはいるが、今にもやられそうだ。
「ブルーノ! オウガイ! ありがとうございましたッ!」
ジムは二人の名を叫びながら続けて礼を言い、改造アンデッドへと突っ込む。
敵の実力を知ったブルーノとオウガイからすれば、ジムのしたことは自殺行為だと思われた。
だが、次に二人の目に入ったのは、ジムの拳が改造アンデッドの顔面に突き刺さった光景だった。
その衝撃で吹き飛び、ダンスホールの壁に叩きつけられた改造アンデッドは、先ほどのジムたちがやられたように壁を粉々して瓦礫に埋もれる。
「す、すごいけど……大丈夫なのかジム!?」
「お主、その身体ッ!?」
改造アンデッドを圧倒して見せたジムに驚いたブルーノとオウガイだったが。
彼の身体から噴き出す異常な量の蒸気とその赤い色を見て、それ以上に驚愕していた。
赤い蒸気を身体から噴き出すなど、人体蒸気機関の知識などなくても危険であると、誰でも理解できる。
だが、ジムは駆け寄ってこようとする彼らを手で制し、エドワードに二人の応急手当を頼んだ。
ジムの後ろからついてきていたエドワードは、慌てて治療キットを出し、彼の頼みに応える。
そしてジムはエドワードに二人を任すと、瓦礫に埋もれた不死者を見据え、静かに声を出した。
「あとは僕がやります。今の僕なら……確実に“あれ”を倒せますから」
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