第16話 悪霊、退散
「おのれ……易々と封じられてなるものか」
最後の悪あがきというやつなのだろう、慶次郎さんに見下ろされた恰好になっている『
「封じない。お前はこの場で祓わせてもらう」
「抜かせ、小物が。あの晴明ですら、儂を祓うことが出来なかったのだ。お前程度に何が出来る」
ひゅうひゅうと乾いた息の混じるその声に答えず、ただ彼は、ばさり、ばさり、と棒を振る。
「いますぐ貴様のその喉笛に食らいつくことも出来るのだぞ」
「出来るものなら、やってみろ」
あああもう、慶次郎さん、何でそんなに煽るのよ。あなたそんなタイプじゃないでしょうに。
「……言ったな、若造が。……やるぞ、本当にやるぞ」
ひゅうひゅうと苦しそうに呻きながら、首を持ち上げようとするが、どうやらそれは叶わないらしい。なぜだ、どうしてだ、と目を真っ赤にしている。
「お前は既に僕の陣の中にいる。僕が闇雲に逃げているだけだとでも思ったか」
「何だと」
「
「おのれ、陰陽師! 末代まで祟ってくれる! 名を名乗れ!」
「お前のような下級の霊に末代まで祟る力はない。ただ、一人で堕ちるのは寂しいだろう。僕の名前は、『
えっ、そうなの?!
やっぱり慶次郎さんって『安倍』の何たらって名前だったの? それじゃ慶次郎って偽名だったんだ!
そうかそうか、そうだよね。
あの神社、もうマジで寂れて寂れてどうしようもないと常々思ってはいたけど、由緒だけはあるんです、っていっつも強調するもんね。やっぱり晴明殿の直系の何かなのね。成る程成る程。にしても、『八ツ橋』かぁ。八ツ橋ってあれでしょ、京都の有名なお菓子。
甘い、お菓子。
お菓子……。
いや、絶対こっちが偽名だな!
慶次郎さんすーぐお菓子とか甘いものの名前つけるもんな?!
そう突っ込みたいけどいまは我慢だ。
きっとこれも何かの作戦なのだ。
その証拠に――、
「ははは、ははは。覚えた、覚えたぞ。安倍八ツ橋よ。人の生など瞬きのようなものよ。地獄で待っておるわ。くはは、ははは」
彼は何とも晴れやかに笑っているのである。たぶん、恐らくだけど、彼の頭の中にはいま、『安倍八ツ橋』という憎い陰陽師のことしかないのだ。『凋子さん』への思いであるとか、もしかしたら、その存在そのものもいまは忘れているかもしれない。
ははは、ははは、と尚も高らかに笑い、何度も『安倍八ツ橋』と繰り返している彼の額に。
いまだ御神木の刺さっているその額に。
ひた、と御札が貼られたかと思うと、
「悪霊、退散」
ただそれだけを静かに言った。
無駄なアクションがあるわけでもなかった。
派手な演出があるわけでもなかった。
ただ、御札を貼って、そう言っただけだった。
けれど、そこに至るまでに彼は、結界を張り、御札を用意し、(結界との違いがわからないけど)陣というものを敷いたのだ。もちろんそこに、彼の兄である歓太郎さんの活躍も多分にあったわけだけど。
気付けば、そこには御札だけが残っていて、あの、人の顔をした龍はいなくなっていた。
「はっちゃん、もう大丈夫です。しゃべっても良いですよ」
こちらを向いて、にこりと笑う慶次郎さんは、やっぱりいつもの慶次郎さんだ。真っ白かった狩衣はかなり汚れていて、長帽子も何だかところどころべこべこに凹んでいるけど。
「怖い思いをさせてしまいましたね。申し訳ありませんでした」
ぺこり、と頭を下げると、そのべこべこの長い帽子がチョップのように振り落とされてきて、大変危ない。
「良いって。ちょっとマジで頭下げないで。その帽子、マジで危ないから」
「す、すみません!」
慌てて帽子を脱ぎ、すっかりぺったんこになった髪をわしゃわしゃとかく。さっきまでの恰好良い陰陽師様はどこに行ってしまったんだろう。
「歓太郎もありがとう。君がいなかったら危なかった」
その場にぺたんと座り込んで、おパさんのふかふかベッドで横になっている歓太郎さんにも丁寧に頭を下げる。
「はっはっは。そうだろうそうだろう。やっぱりお兄ちゃんは頼りになるだろう? どうよ、はっちゃん。今日の俺、恰好良かったでしょ?」
「……うっ。ううん、まぁ、いつもよりは? まぁ、恰好良かった、かな?」
「でぇっしょー! だーから、デートしよ、って言ったわけよ? ね? したくなったでしょ? ねぇねぇねぇ!」
「するかぁっ!」
「うそぉ~」
「待ってよ歓太郎! はっちゃんは今日僕とデートしてるんだから、駄目だよ!」
「だってはっちゃん俺のこと恰好良いって言ったし。ヘタレより俺の方が良くない?」
「そんな! はっちゃん、僕は!? 僕はいかがでしたか? ちゃんと悪霊退散、ってしましたよ!? ヘタレてなかったですよね?」
ちょっと待って。
この兄弟、お祓いは恰好良さを測るためのイベントじゃないからね?
いや、恰好良かったけどね?
ぶっちゃけめっちゃ恰好良かったけども!
その分、いまのコレが全然恰好良くないのよ!
ギャップ! 負のギャップが凄まじいのよ、アンタ達!
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