第9話 ここにいたら駄目なやつ
これが、陰陽師の戦いというやつなのか、とあたしは、それをぼぅっと見ていた。
物理的な殴り合いではないんだろうっていうことくらいは予想出来たし、映画でも謎の木刀みたいなやつでちょこっと戦ってはいたけれど、基本はお札をどうこうする感じというか、手から何か出してたっていうか、ビーム? いや、陰陽師はビームじゃないか。映画の演出的にはビームっぽかったけど。だけどまぁ、とにかくそういう感じだったのである。
そして慶次郎さんも、拳で殴りに行く、というのはなかった。
だけど『たいまくん』の方では、そのオブジェってそんなに稼働するやつだったの!? ってこっちがびっくりするくらいの動きで短い腕をぶんぶん振り回したり、長い帽子で頭突きをかまそうとしてくるのである。
それで慶次郎さんはというと、その、『たいまくん』の拳(というか、オブジェの初期状態がグーの形)や、頭にそっと触れているだけ、というか。
って説明するとこれだけではあるんだけど、慶次郎さんを分けてもらったからか、あたしには、それ以外の情報も入ってきている。
二メートルはありそう(もちろん帽子込みで)な『たいまくん』は、何だか真っ黒いもやもやを纏っていて、何かしらの攻撃を繰り出す度に、そのもやを拳やら帽子やらに集めている。たぶんそこが一番怨霊の濃い部分なのだ。そこに慶次郎さんが何やらぶつぶつ唱えて(あたしで言うところの『ホンワカパッパ』である)触れると、しゅわっと溶ける。ドライアイスみたいな白い煙になって、次の瞬間には消えてなくなるのである。
成る程、これが『祓う』ってことなんだろうな、と思うものの――、
「全然終わらないんだけど、どういうこと?」
終わらないのである。
怨霊の方には『疲れる』という概念がないのか、手を変え品を変え、様々な攻撃を繰り出してくる。一体何がどうなっているのか、仁王立ちのままぴょんと跳ね、そのまま両足でキックを放って来た時は思わず「おお!」と声が出たものだ。
けれど、残念なことに、慶次郎さんは人間なのだ。
いくら安倍晴明の再来と謳われるほどの陰陽師様でも、肉体はただの二十三歳の成人男性である。あんまり派手な動きをしていないので、そこまでへとへとではないのだが、それでもかなりしんどそうだ。
良かった、彼が
そんなことを思うものの、とにかく『たいまくん』の黒いもやもやは一向に減る気配はない。かなり祓っているはずなのに。
「きりが、ないですね」
ぽつりと、そんな声が聞こえた。
案の定、息が上がっている。最小限の動きといっても、きっと祓うのにも何かしらは消耗するのだろうし、何よりも、彼はあたしを守るために『自分を分けて』いるのだ。えーと、これ、返した方が良いのかな? でも、はいどうぞ! ってあたしから返せるわけでもないのよね?
どうする、何かあたしに出来ることってあったりする? いや、あるわけないじゃん。だけど、万が一、万が一よ? 慶次郎さんが疲れて倒れたりしたらどうなるわけ? 映画だと、京の都がいかにもって怪しい雲に包まれて、そんで何か悪霊の親玉みたいなやつがその雲の真ん中から出て来て、そこかしこに雷が落ちて火事になって――って、まさかそんなことにならないよね?
映画は映画だし、まさかそんなことが起こるなんて、と笑い飛ばそうとしてみたけど、だけれども、そんな映画みたいなことが実際に起こっているのだ。気付けば、ヒーローショーか何かだと思ったらしいお客さん達が、少しずつ集まってきている。平日で数は少ないといっても、小さい子どもを連れたお母さんには正直曜日なんて関係ない。むしろ、混雑しない平日の方がのびのびと子どもを遊ばせられるのである。ここはそういった小さな子ども達にも楽しめるようなアスレチックもあったりするのだ。
幸いなことに、『たいまくん』のターゲットはいまのところ慶次郎さんのみらしく、お客さんの方には見向きもしない。けれども、それだって時間の問題かもしれないし、もしあれがここで振られた人達の怨霊なのだとしたら、子ども連れのお母さんよりも危険なのは――、
「あっ、見てみて。何かショーやってるよ? 行ってみない?」
「え~? そんなの子ども騙しじゃん? だいたい展開も決まってるんだよなぁ。悪いやつがちびっこを誘拐してさぁ」
「そうそう。私、昔、そのちびっこに選ばれたことあるもん。お父さんがさ、めっちゃ笑ってて助けてくれなくて。いま思えばそれも納得なんだけど、あの時はそれがショックでさぁ」
「ふふ、もしまたユカリがさらわれそうになったら、その時は俺がビシッと助けてやるよ」
「いやーん、も~、あっくんったら~」
カップル!
この場に一番いちゃ駄目だろ!
おい、これ見よがしにイチャついてんじゃねぇぞ!
ヤツに見つかる前にマジでどっか行って!
「……ウゥ……ジュウ……シロォ……」
「何だ?」
しゃべったのである。
それまで一言もしゃべらなかった『たいまくん』がしゃべったのである。
うっすらと笑みを浮かべたまま、ぴたりと閉じられていた唇が、ビキビキと割れ、腹話術の人形みたいに、がぱ、と開く。口の中は真っ黒だ。そこからもやもやがほんの少し飛び出ている。炎のようにゆらゆらと揺れ、けれども、決して吐き出されることもない。ギッチギチに詰まっている、と慶次郎さんは言ったが、見れば、稼働を繰り返していた関節部もまたパキパキとひび割れ、年季の入った塗装が剥がれ落ちていた。
「……ジュウ……ジュウウ……」
何?! じゅうじゅう、って何よ! 焼肉か! 焼いてんのか?! そっか! 霊だから焼いてほしいってこと?! 日本って火葬の文化だしね! ってそんなわけあるかいっ!
「ウガァァァァァァァァァァッ! リアジュウ、バクハツシロォォォォッ!」
「しまった!」
さっきまでのちょっととぼけたマスコット的な動きではなく、宇宙を舞台にしたロボットアニメもかくや、というスピードで、『たいまくん』は飛んで来た。頭が尖っているから、イメージとしてはミサイルに近い。
慶次郎さんの脇をすり抜けて、目指すは恐らく、あのカップルである。さすがに慶次郎さんは間に合わない。あんな物体がこんなスピードでぶつかったら、確実に怪我じゃすまない。
どうする?!
なんて考えるまでもなく、身体が動いた。
慶次郎さんを分けてもらったから、あたしにも多少、そういう力があるんじゃないかとか、確かにさっきまでちょっと考えてはいたのだ。だけれども、かといって、見ず知らずのカップルのために身体が動いてしまうとは自分自身でも驚きである。
「はっちゃん!」
慶次郎さんの声が聞こえる。
飛び出したのは反射的だったが、それ以降は景色が全部スローになっていて、視界の右方向から飛んで来る『たいまくん』は何だかコマ送りみたいだった。
怯えたように顔を引きつらせるカップルに手を伸ばしながら、慶次郎さんのあんなに焦った声を聞いたことがあったかな、なんてやけにのんきなことを考えていたりして。
だけれども、残念なことにこの手はあのカップルに届きそうにない。
理想としては、この勢いでカップルを突き飛ばして、あたし自身もギリギリ回避することだったんだけど、恐らくこの感じだと、あたしもろともぶつかって終わりだ。被害があたしの分増えるだけとも言える。
ああ、駄目だ。
あたしのこれ、意味あったんだろうか。
ごめん、慶次郎さん。せっかく分けてもらったのに、無駄になっちゃった。
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