ヘタレ陰陽師、合流する!

第10話 一匹現れたら残りの二匹もいると思え

 ぶつかる!


 と思って目をぎゅっと瞑った。

 その瞬間、確かにあたしは、にぶつかった。


 が、確実に『たいまくん』ではない。

 もし彼が意外とウレタン製だったとしても、こんなにふわふわで柔らかいはずはないのである。羽毛布団とか、そういうのに近い。しかもあれね、羽が剥き出しのタイプっていうか。いや、羽が剥き出しの羽毛布団ってなんだよ。そんなものあるかい。


 この感触はもしや――、


焦げ茶色毛玉純コさん……? いや、でっか!」


 もっふもふの毛玉である。いや、玉も玉、運動会の大玉転がしのやつよりもさらにもう一回りは大きい巨大毛玉である。こんな都合よく現れる巨大毛玉(しかも焦げ茶色)なんて、慶次郎さんの式神(しかももふもふver)しかいない。


「はーっはっはっは。ナイスキャッチだっただろ?」

「だ……ったけど! ていうか、何!? 何でここにいんの?! やっぱり尾行してたんでしょ!」

「まぁまぁ、そういうのは後々。おーい、葉月は無事だぞ。そっちは大丈夫か?」


 このもふもふの式神は、『一匹現れたら残りの二匹もいると思え』なのである。絶対にもう二匹いるのだ。いまの純コさんの台詞で確信持ったわ。まぁ、助かったけどさ。


「大丈夫に決まってんじゃーん。だってぼく一番お兄ちゃんだし~」


 と、どうやら一番お兄ちゃん=一番強いみたいなのがあるらしく(知らんけど)、これまたさらに巨大な金色毛玉おパさんが、『たいまくん』をまるで抱き枕のように抱えてころころと転がり、


「こちらの二人も大丈夫ですよ」


 純コさんと同サイズの白色毛玉麦さんもまた、例のカップルを抱きかかえてぽふぽふと軽く跳ねるようにしてこちらへやって来た。「え、ちょ、マジで何……?」と二人は事態を飲み込めていないらしく(そりゃそうだわ)、目を丸くしている。


 と。


「はっちゃん!」

「うわぁ!」

 

 今度は慶次郎さんが弾丸のように飛んで来た。それも一応純コさんが受け止めてくれたけれども、衝撃は来る。さらに彼は純コさんからあたしの身体を引き剥がすと、さっきとは比べ物にならないほどに強く抱き締めて来た。ちょっと思った以上に力あるんだけど、この人。


「はっちゃん、どうして無茶なことしたんですか!」

「いや、どうして、って言われても。身体が勝手に、っていうか。それにほら、慶次郎さんがあたしは大丈夫だって言ってたし? みたいな?」

「それは悪霊に対しての耐性であって、物理的な衝撃に対しても有効というわけではありませんよ!」

「ぐ、ぐえええ、ちょ、苦しい……」

「おーい、慶次郎。葉月が窒息するぞ?」

「――はっ、僕としたことが。すみません、はっちゃん。大丈夫ですか?」

「むしろこれで死ぬかと思ったわ、マジで」

「も、申し訳ありません!」


 慶次郎さんの全力謝罪中、ついつい、とシャツの裾を引かれた。何だ? と視線を向けてみれば、ベビーカーに乗ったよちよちの赤ちゃんが、あたしのシャツを引きつつ、純コさんに手を伸ばしている。


「お? おお?」

「すみません、えっと、これ、ここのマスコットです、よね? あの、写真撮りたいんですけど、代わってもらっても良いですか?」

「ほえ?」


 まばらにいたお客さん達は、いまので完全に着ぐるみマスコットのショーだと思ったらしく、例のカップルも含めて、あちこちで写真撮影会が始まっている。おパさんなんて、まだ『たいまくん』を押さえているというのに。何かもう、これはこれで可愛い。


「ねー、慶次郎~。ぼくいつまでこうしてたら良いの? ていうかさぁ、ピンチの時はちゃんと呼んでよね」

「そうですよ、水臭い」


 視線こっちにお願いします、というお客さん達のリクエストに答えつつ、ねちねちと責めて来る式神おパさんと麦さんに、主であるはずの慶次郎さんは「ごめん」と肩を落としている。みかどで臨時君達に主主と持ち上げられていた人と同一人物とは思えない扱いなのだが、こっちの方が断然彼らしい。


「いやー、それにしても、歓太郎がもふもふになっとけって言ったの、こういうことだったんだなぁ」


 ははは、と笑いながら純コさんは赤ちゃんを抱っこして写真におさまっている。それに「おほほほほ、さすがは歓太郎さんねぇ。確かにイケメンの姿だとこんな和やかな感じにはならなかったかもだしねぇ」と軽く笑ってから――、


「おい、その首謀者はどこにいんだ。赤ちゃん下ろしたら連れて来な」


 とにっこり笑顔のまま低い声で言うと、幾分かサイズの小さくなった純コさんはヒエッと震え、「あ、あの、あっちのベンチに……」ともふもふの手で示した。そちらに視線を向ければ、やくざの姐さんみたいな、凄味のある和服美人が、こっちに向かってにこやかに手を振っていた。


 い ま す ぐ こ っ ち 来 い や 


 口の動きだけでそう言うと、彼は、名前を呼ばれた飼い犬のように、ぴょんと嬉しそうに跳ね、両手を広げて「はっちゃぁぁぁん!」と駆け寄ってきた。それをサッとかわして、横っ腹に拳を一発。本当は真正面からビンタしてやりたかったが、人の目があるので、多少目立たない(とあたしは思う)ところに変更した次第である。


「ごっふ! はっちゃんの愛の拳、ごちそうさまです!」

「うるせぇ、このサボり神主! いつからつけてきやがったぁ!」

「え〜? そんなの最初っからに決まってんじゃん?」


 だって可愛い可愛い弟がさ? 遊園地でデートなんてさ? お兄ちゃん心配でさ?


 などと、明らかにカタギの人には見えない姐さんが、うるうると瞳を潤ませてあたしを見つめる。うんと腰を落として目の高さを同じにしているけど、こいつ、中身はバリバリの男だからね。


「それにさ、ほら、実際助かったでしょ?」

「それはそうだけど」

「んもぅはっちゃんったらさぁ、せぇーっかく俺が作った地図無視して回るんだもん。ヒヤヒヤしたよぉ」

「ぐっ……」


 そこを突かれると弱い。

 何せ、あの歓太郎さんプロデュースのルート(それが公式でもあったわけだけど)をきっちり逆に回ったせいでこんなことになったわけだから。


「それにね? 陰陽師様のフォローに来てやったんだから、感謝してほしいなぁ」


 それに、イイモノも持って来たし! とこれまたムカつく全力の笑顔である。その横っ面をひっぱたいてやりたい。


「イイモノって何。あと、ちょっといま気になるワードが聞こえたんだけど。慶次郎さん、生霊苦手なの? ていうか苦手とかあるの!? おい、安倍晴明の再来さんよぉ!」


 くわっ、と勢いよく慶次郎さんを見ると、彼は「ひぃ!」と身体を震わせた。


「べ、別に苦手ではないです。ちゃんとに戻せますし、はい」

「ああ、なーる……」


 わかった。いまのでわかった。


「生霊が苦手なんじゃなくて、戻すのが苦手なのね? そういうことね?」

「――うぐっ、いえ、あの、その……」

「返せるのは返せるんだけどな? 何せほら、死んでるヤツと違ってちょっと扱いがデリケートなわけよ」

「ちょ、ちょっと歓太郎!? すみません、はっちゃん。あの、本当に苦手ってわけではないんですけど、ただちょっと時間がかかるというか」

「前にも言ってたもんねぇ、生霊は悪い気をきれいに祓ってから戻さないといけないって」

「そうなんです。かなり長いこと憎悪を膨らませているようで、どうしても……」


 あちこちでスマホやらデジカメやらのシャッター音が飛び交う中、あたしとクソダサTのイケメン、そして和服姿の美女(中身は男)は、車座になって顔を突き合わせている。と、そこへ、『たいまくん』をホールド中のおパさんから、


「ちょっと疲れて来たんだけど~」


 という少々気の抜けたSOSが聞こえて来た。


「というわけで、だ。慶次郎、ちゃっちゃと終わらすぞ」

「僕だってちゃっちゃと終わらせたいけどさぁ」


 やっぱりどうにもこれだと、とTシャツの裾をちょんとつまんで不服そうに口を尖らせている。何。やっぱり形って大事なの?


「だろうと思って、ちゃんと持ってこさせたっつーの。おい、麦!」

 

 と歓太郎さんがその名を呼ぶと、白色毛玉の麦さんが、「はいはい、ここに」と一体どのようにして収納していたのか、きれいに畳まれた狩衣かりぎぬと袴、そして、長い帽子に木靴、さらにはバサバサ――じゃなくて何だっけ。早くも忘れたけど、とにかくそう、棒の先にバサバサした紙の束がついたやつを取り出した。


「ありがとう麦! 持って来てくれたんだ!」

「何せ『友』の兄のお願いですからね」


 という言葉を強調すると、慶次郎さんはちょっと恥ずかしいのか、俯き加減で再度「ありがとう」と言ってから、「じゃあ早速!」とシャツの裾に手をかけた。


「待て待て待て待て待て! 慶次郎、さすがにちょっと待てって」

「え? 何? 僕急いでるんだけど」

「急いでるのはわかったけどな? レディの前だからな? おおい、純コ、ちょっとどうにかして」

「おう任せろ」


 というわけで、これまた何がどうなっているのかはさっぱり不明だが、さらに大きくなった純コさんの毛の中に、慶次郎さんは、もふ、と入っていった。どうやら中で着替えるらしい。


 いや、こういう時こそ、何か姿を見えなくしてどうこうじゃねぇのかよ!

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