第8話 いや、あたしのせいだわ!
「すみませんはっちゃん、僕のせいみたいです」
突然のカミングアウトである。
「えっ、何? 何で!?」
「あの『たいまくん』を見て気付きました。陰陽師として大変不甲斐ないのですが……」
そう言いながら、あたしが手に持っていたパンフレットを指差す。その白く長い指が示しているのは園内地図だ。
「さっき回ったアトラクションですけど、どうやら
「は? ゴボウ? ゴボウが何だって?」
「五芒星です。あの『たいまくん』のお腹のところに描かれている印です」
「えっ、あれって星のマークじゃないの?」
「まぁ、そうなんですけど、五芒星ともいうんですよ。詳しく話すと長くなりますので省きますが、陰陽道において重要な意味を持つ印です」
「そうなんだ。それで? そのゴボウの星――」
「五芒星です、はっちゃん」
「何でも良いのよ。その星がどうしたって?」
「どうやら僕達は、五芒星を逆から辿ってしまったみたいなんです」
「逆から……」
えっ、逆からって何かまずかったの!?
「このパンフレットにある【おすすめルート】から察するに、恐らく、お客さん達に五芒星を辿らせることによって、失恋した人達の怨念などを押さえていたのでしょう。ですがもちろん、皆が皆、その通りに回るとは考えられません。それを無視する方だっているでしょうし、僕達みたいに意図せず逆を辿る方もいるでしょうし」
「そ、そうね」
ごめん慶次郎さん、めっちゃ意図して回ってました!
「ですが、園側が勧めているのであればそのルートで、という方が多かったのではないでしょうか。もちろん、それだけでは不十分なので、それを補っていたのが――」
と、相変わらず気持ち悪い動きをしている『たいまくん』を指差す。
「彼です」
「『たいまくん』?! 言っちゃ悪いけど、あんなふざけたマスコットで?!」
「そう見えるかもしれませんが。けれど、僕達が逆から辿ったことで、それが破られてしまったのです」
「でも、他にも逆から回る人はいるだろうし、あたし達がそうしたからって――」
「はっちゃん」
そう言うと、ずっと『たいまくん』に注がれていた彼の目が、こちらを向く。酷く悲しそうな顔だ。
「僕のせいなんです。僕が陰陽師だから」
「はぁ? 陰陽師だから何よ。陰陽師は遊園地でデートしちゃ駄目だっての?」
「違います、そうじゃなくて。『たいまくん』よりも力のある僕が
ゴボウセイとかいう星のマークにそんな意思があるのかはわからないが、陰陽師が言うのだ。そういうことなんだろう。
ていうか、だとしたらそれ、あたしのせいだわ!
「ですから、責任を取って、彼らを祓わなければなりません」
「えっと、封じるんじゃなくて、祓うの? ていうか、祓えるんなら祓えば良かったのに」
「実は霊というのは、闇雲に祓えば良いというものでもないんです。祓うことでその場所の均衡が崩れ、逆に危険な場合もありますから。まぁ、そういった場所は稀ですし、ここもそういう場所ではなさそうですけど」
「な、成る程。そういうものなのね」
「後はその時の祓う側の能力的な問題ですね。確かにかなり厄介な怨霊です。数も多いですし、時間が経つほどに恨みは増幅しますから。そこへ新たな怨念が積み重なっていって、相当な力を得てしまったようです」
手を交互に重ねながら、慶次郎さんは一生懸命あたしにわかる言葉で説明してくれる。
「というわけで、祓います」
と、簡単に言うけれども。
「あのさ、大丈夫なんだよね? いや、さっきも全然大丈夫だったけど」
「大丈夫です。万が一大丈夫じゃなくても、はっちゃんは絶対に守りますから」
「それは嬉しいんだけど、あたしだけを守ってもね?! 他にもお客さんいるしね?!」
「大丈夫、万が一ですから」
「もぉー絶対そんなのフラグじゃん!」
「フラグ……?」
フラグだよフラグ、何で伝わんねぇんだコンチクショー! きょとんと首傾げてんじゃねぇぞ!
「とりあえず、ここにいては危険です。はっちゃんはどこかに隠れて――」
「嫌だ」
「え」
「いーやーだ」
「はっちゃん、お願いですから」
「慶次郎さん、強いんでしょ? 負けないんでしょ?」
「ま、負けません! 僕は陰陽師です!」
「もうそれ三万回くらい聞いてる気がするけど、今回のは説得力ありそう。信じる」
いつものは説得力ないんですかぁ、とへにゃりと眉を下げる慶次郎さんは、クソダサTシャツも相まって、やっぱりいつもの慶次郎さんだ。だけれども。この人は、ガチの人なのだ。全国に何人もいるであろう『陰陽師』とは全然桁違いの人なのである。
だから、絶対に大丈夫。
「今度こそちゃんと見たい。慶次郎さんが陰陽師として戦ってるところ。良いでしょ」
「良いですけど。あの、はっちゃん、ちゃんとお守り身につけてますか?」
「え? もちろん。――ほら」
首から下げているお守りをするすると服の下から取り出すと、慶次郎さんは小声で「失礼します」と言って、それをぎゅっと握った。
「僕を少し分けておきます。これではっちゃんは何があっても大丈夫ですから」
「え? あ、ありがと」
えーっと、僕を少し分けるって何!?
力、とかじゃないの? 分けられるもんなの、そういうのって!?
そう聞きたかったけど、どうやらあたし達は悠長にしゃべりすぎていたらしい。鈍いとばかり思っていた『たいまくん』は気付けばかなりの近くまで来ていた。
お守りから手を離した慶次郎さんは、あたしのことを柔く抱いて、後頭部を一撫でした。頭ポンポンとか、そういうのが女子にはキュンと来るやつだとか、そんなのはこの人は、絶対に知らない。この、後頭部に回された手が、上にポンと乗ることなんて、ないのだ。
だけど、するり、と落ちて首まで撫でてくれるその手は優しい。後ろに垂らしたポニーテールごと包むようにするその手は、思ったよりも大きい。
今日はただのポニーテールじゃなくて、ちゃんとトップをゆるくほぐしてるし、可愛いシュシュもつけてるんだけど。そのことに一切触れて来ないような人だけど。ま、わかるわけないか。慶次郎さんだもんな。
「これが片付いたら、デートの続きをしても良いですか?」
「え? は、あ、うん。それは、もう」
「良かった。お願いですから、下がっててくださいね。見てても良いですけど」
「わかった」
名残惜しむようにもう一度だけ髪を撫でる。薄紫色のシュシュに指が触れると、彼はやっと気付いたのか「今日のはっちゃんも可愛いですね」と笑った。
そうだ、この人の場合「今日は」じゃないのだ。「今日も」もなんてさらっと言っちゃうのである。たぶん、おめかしとかあんまり意味がないのだろう。それはそれでちょっと寂しいけど。
では、と言って、うごうごと虫みたいな動きをしている『たいまくん』と向かい合う。あたしが何か言う度に、しょん、と丸まってしまう頼りなげな背中は別人のように伸びていて、今日のクソダサTシャツは背面プリントがないため、ものすごく恰好良い。その姿にくらりと眩暈がする。
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