第7話 たいまくん

 てくてくと――もう本当に『てくてく』としか形容出来ないようなてくてくぶりで、慶次郎さんは輪入道のパネル裏へと消えた。さすがにこれ以上はあたしもゴンドラから首を出さないと見えないのである。だけれども、いや、さすがにその勇気はないというかね。


 この下ではいま慶次郎さんが戦っているのだ。その勇姿を見られないのが残念だけど、きっと映画で見たような、何かすごいバトルが展開されているんだろう。

 だってこないだ見た陰陽師モノの映画なんてすごかったからね? あれは舞台が平安だったから鬼とかあやかしとかバリバリ出るやつだったけど、何か御札を手裏剣みたいに投げてたし、謎の木刀みたいなので戦ってたし、もうとにかく恰好良かったんだから。思わず「晴明様!」って叫んだもんよ。


 あーもーほんとに見たかったなぁ。陰陽師っぽいことしてる慶次郎さん。めちゃくちゃ恰好良いんだろうなぁ。


 そんなことを思いながら、窓の外を見つめていると――、にょ、とその彼の顔が現れた。


「うわぁ!」


 ぺたん、と尻餅を着いたタイミングでゴンドラが動き出し、ドアが開いて、何事もなかったかのように彼が入ってくる。


「終わりましたよ」

「え、もう?」

「はい」

「え、いや、あたし的に体感時間五分もかかってないんだけど?」

「そうですね、たぶんそれくらい……ではないかと」

「え? いや、そんなもんなの? 何かこう、どかーんとか、悪霊たいさぁーん! みたいなさ」

「悪霊退散しましたよ?」

「そうじゃなくてさ! なんかほらぁ、空が真っ暗になったりとかさぁ、雷がゴロゴロぴしゃーん! みたいなやつとかさぁ」

「そんなこと言われましても、僕の力では天候まではどうにも……」

「え、何? 実はそうでもないやつだったの? 観覧車を止めるっていうから、てっきりもうとんでもなくすごいやつかと思ってたんだけど?」

「いや、すごいやつだったと思います、一応」

「だけど五分なんでしょ!? 何してきたの!?」

「何って……祓ってきた、としか……」

「それはわかる! わかったのよ! そうじゃなくて、具体的に何してきたの、って」

「具体的に言っても良いですけど、たぶんはっちゃんには難しいと――あぁ、はっちゃん風に言うなら、手をこう、シュッシュッてやって、ホンワカパッパしてきた感じです」

「うんまぁ伝わるけど! 伝わったけどね!」


 えー、何よ。

 たぶんこれ実際に見てたとしてもあんまり迫力ない感じのやつじゃん? 何なのこの人、チートすぎてバトルに向かないタイプ?


 何だかもう手を繋ぐだのキスだのという雰囲気ではない。まぁ、ちょっとぎゅっとはしたけどさ。したけど。


 ほどなくして、ゴンドラは下に着き、係員さんからの「機械トラブルがあったようで、本当に申し訳ありませんでした」というお詫びの声を聞いて、あたし達は『輪入道』から降りた。


 まぁ確かに時間にして十分かそこらなのだ、ゴンドラが停止していたのは。単なる機械トラブルと思って係員さんも動いたのだろう。だけど、慶次郎さんが宙を歩いたり、輪入道のパネルの裏でホンワカパッパしていたのに一切突っ込まれないのはどういうことだろう。


 そう思って、隣を歩く彼を見ると――、


 しぃ、と人差し指を口元に当て、にこりと微笑む。


「あの時の僕の姿ははっちゃんにしか見えてませんから、大丈夫ですよ」


 その表情がまた反則級にイケメンだ。ちくしょう。



 さてこの後はどうしようか、なんて話をしながら歩いていると、「はっちゃん、ご存知でしたら、で良いんですけど――」と慶次郎さんがあたしを横目で見た。「何?」と答えると、今度は歩みをぴたりと止め、あたしにもそうするよう、遮断器のように手を伸ばす。危ない。あと一歩であたしのこの自慢の胸にお触りするところだからねアンタ、とツッコミを入れそうになったのを、ぐ、と堪える。


 目の前に、一目で『ヤバいやつ』と判断出来るものがいたからだ。


 『たいまくん』である。ここのマスコットの平安貴族っぽい男の子だ。お腹に星のマークが描かれた真っ白な狩衣かりぎぬに、やたら長い帽子を被っている。それが、広場の真ん中にいる。


 きぐるみでしょ、って思ったかもしれないが、違う。確かにここにはチケット売り場や売店の看板とか、トイレの案内表示なんかに『たいまくん』はたくさん描かれている。グッズなんかもあったりするし、入り口にはオブジェもある。


 だけど、きぐるみはいない。


 仮に入り口のオブジェを移動させたとしても、である。さっきまではなかった。何せ客の少ない平日の広間の真ん中だ、あれば絶対に目に入る。さっきはいなかった。間違いない。それにこんな広場のど真ん中にオブジェを移動させる意味もわかんないし。それに――、


「あれ、動いてる、よね?」

「はい。それではっちゃんにお聞きしたいことなんですけど」


 と、彼は奇妙にうねうねと動いている『たいまくん』から目を離さずに言った。


「この遊園地で別れたカップルとかいたりしますかね」

「具体的な数とかはわかんないけど、いっぱいいるんじゃない? 基本的にこういうところって『ここでデートしたカップルは別れる』ってジンクスがあったりするもんだし」

「えぇっ!? そ、そうなんですか!?」

「まぁ、なんていうかさ、カップルって、いつかは別れるっていうか……別れないとしたら結婚じゃん? まぁ結婚しないでずっと恋人同士のパターンもあるんだろうけど。だから、結婚でもしない限り、カップルっていうのはいずれ別れるってだけの話だよ」


 と言うと、あたしにしてはかなりしっかり説明したはずなのに、たぶん途中から聞いてなかったのだろう、慶次郎さんは泣きそうな顔をして「そんなぁ」と震えている。


「いや、慶次郎さん話聞いてた? 大丈夫だって、別に絶対別れなくちゃいけないってものでもないしね? それにほら、あたし達はまだ付き合って、ない、し?」


 その辺は適用されないんじゃない? などと言ってみる。


 まぁ、ぶっちゃけ、『ここで告白すると振られる』なんていうジンクスもあるんだけど、結局は同じことだ。告白したらイエスかノーのほぼ二択なんだし、イエスだとしたらその瞬間にカップルになるわけで、いずれ『ここでデートしたカップルは別れる』に繋がるのである。そうなると、いざ別れた時に「やっぱりあそこで告白したからだ」ってなる、っていう。

 こんなのは正直この遊園地に限った話ではない。どこにでもある。


 だから、気にしなさんな、って意味も込めてそう言ってみたんだけど――、


「そ、そう、ですよね。僕達、お付き合いしているわけではない、ですもん、ねぇ……」


 だーから!

 そんなに凹むくらいならとっとと告ってこいや! もう全然オーケーしてやるっつーの!


 ていうか!


「いや、慶次郎さんね、そのショック受けてるところ悪いんだけど、それをあたしに聞いてどうしたの? あそこでなんかうねうね動いてる『たいまくん』と何か関係ある?」


 心なしかじりじりと近付いているように見える『たいまくん』をこっそり指差しながらそう言うと、彼は「そうでした」と背筋を伸ばした。


「中に、入ってるんですよ」

「入ってる? 何が?」

「かなりの量の怨霊が」

「はぁ?」

「ギッチギチに詰まってますね。それで動いているみたいで」

「怨霊がギッチギチ……」


 いーや、怖っ!

 何? ギッチギチに詰まってんの!?

 怖いよ!


「でも、はっちゃんの話だとそう珍しいことでもなさそうですし、ここが特別多いというわけでもなさそうなんですが。それにしても何でまた――……あ」

「あ? あ? 何? 次は何!?」


 次は何よ!?

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