第5話 すこぶる相性が悪い

 というわけで始まりました、イケメン陰陽師(ただしヘタレ)と回る遊園地である。


 まずそもそもね、観覧車から最初に回らせるのがおかしいのよ、と思いながら、目指すのはお化け屋敷だ。あの後入手した園内地図パンフレットを片手に、園内を歩く。驚いたのは、さっきの歓太郎さんプロデュースの回り方が、実は公式も勧めるやつだったということである。だけれども、あの地図を慶次郎さんに渡したが最後、確実に彼はその通りに進めるだろう。


 そりゃあね? 手を繋ぐとか、その先のキスとかね? したくないわけじゃないのよ。告白もされてないのに、とは思うけど、案外そういうのを先にしてしまった方が勢いづくかもしれないしね? いやでも先に告白されたいかな。


 だけど、それはちゃんと慶次郎さん自身に考えてほしいっていうか。あの兄貴の手のひらの上で転がされるとかマジであり得んから!


「お、おぉ……」

「何か……本格的ですね」


 さっきも言ったが、この遊園地のコンセプトは妖怪やらあやかしなのである。ということは、だ。そりゃあお化け屋敷が一番気合が入ってるだろう。と思う。


 成る程、だからお化け屋敷を最後に回るようなコースになってたのね。と、一応は納得してみるけれど、いいや、やっぱり観覧車は最後でしょ! そりゃあここの観覧車、『輪入道』って名前で、変なおっさんの巨大パネルを取り囲むようにして火の玉を模したゴンドラがぐるぐる回る、っていうやつだけど。ムードもへったくれもないけどさ!

 だけどさ、遊園地デートの締めは二人で観覧車に乗って、そんで手なんか握っちゃったりして、そんでキスするもんでしょ! そうなればきっとこの慶次郎さんだってムードに背中を押されてあたしに告白して来るでしょうよ!


 そんな邪なことを考えて、いざ、お化け屋敷なのである。やはりここは定番の「キャー怖ーい」からのギュッ、てやつだろうか。


 と思ってたんだけど――、


「わぁぁぁぁ!」


「は、はっちゃぁん!」


「ひぇぇ、また出て来たぁ!」


 何かもう、ちょっとそんな気はしてたのよ。慶次郎さんならありえるよな、って。だけど。だけどさ? そりゃかなりリアルに――って本物が本当にこんな感じなのかはわからないけど――作られてるし、あたしも怖いのよ? 急に飛び出してきたらびっくりもするしね? だけどさ?


 アンタ陰陽師やろがい!

 アンタの尊敬する安倍晴明殿の時代にはごろごろいたんでしょうよ、こんなのが!

 そんでもし、現代にもこの手のやつがいるとしたら、戦うのはアンタでしょうよ!


 あたしの腕にぎゅっとしがみついて震えているクソダサTイケメンをずるずると引きずりながらそう言うと、彼はしょぼんと眉を下げて「それはそうなんですけど」と唇を尖らせた。


「僕だって、これが本物なら怖くないですよ」

「えぇ? 普通逆でしょ? 作り物なんて怖くないでしょうが」

「それは違いますよ、はっちゃん」


 今日イチの良い声で、彼はきっぱりと言った。


「だってこれは、現代に生きる人間が、現代に生きる人間を怖がらせるために作られたものなんですよ? そう考えたらあやかしの方が怖くありませんよ!」

「ええ――……そういうもん……?」


 そういうものです! ときっぱり言い放ち、曲がり角から飛び出してきたやけにぬめっとしたのっぺらぼうに、彼はやはり可愛らしい悲鳴を上げてあたしの肩に顔を埋めた。


 

 それで、である。


 もうここまで来るとその後の展開も容易に予想出来たのだが――、


 わかった。

 もうわかった。

 慶次郎さんと遊園地って、すこぶる相性が悪いんだわ。


 回転井戸というアトラクション(普通の遊園地でいうところのコーヒーカップ)では、その回転に酔い(これはちょっとあたしも張り切って回し過ぎたと反省したけど)、


 百鬼夜行コースターでは、もう悲鳴を上げることすらなく、


 やっとどろろんゴーランド(メリーゴーランド)の牛鬼に跨って、「これが一番落ち着きます」とぐったり項垂れる始末。ちなみにあたしが乗ったのは猫又だ。他にも尻尾がやたらと多い狐(九尾の狐というらしい)とかもいる。


 いや、この人、何で遊園地に誘ったの?!

 あっ、あいつか。歓太郎さんか。あいつだったな、ちくしょう。あの馬鹿兄貴、自分の弟がこんな風になるの絶対わかっててチケット渡したでしょ!


「慶次郎さん、これ降りたらさ、休憩しよっか。あたしソフトクリーム食べたい」


 牛鬼の首辺りにぶっ刺さっているポールに凭れている慶次郎さんにそう言うと、彼は「あぁー、良いですねぇ」と縁側でお茶を啜っているおじいちゃんみたいなテンションで賛同した。


 ここのソフトクリームはバニラとチョコとそのミックスの三種類。あたしはミックスを、慶次郎さんはバニラを選び、近くのベンチに腰掛けた。


「慶次郎さん、あんまり遊園地得意じゃないでしょ」


 意を決してそう尋ねる。すると、彼はぎくりと身体を強張らせ、「そんなことは……」と言ったが、ふるふる、と首を振って「まぁ、実は」と肩を落とした。


「だけど、行ってみたかったんです、はっちゃんと」

「本当? 歓太郎さんからチケット貰ったから、じゃなくて?」

「それはそうなんですが、そもそも、行ってみたいと口にしたのは僕なんです。歓太郎はギリギリまで『やっぱり無理じゃないか? やめた方が良いんじゃないか?』って心配してくれて。それで、地図まで作って応援してくれたんですよ」


 まさかこの地図にそんなエール的要素があったなんて……。いいや騙されないぞ。確かにそういう側面もありそうではあるけど、だったらキスの予定とかは絶対に余計だしね?


「だけど、はっちゃんに気を遣わせてしまいましたね。すみません」

「いや、謝んなくて良いよ。あたしは楽しかったし。ていうか、先に相談してくれたらさぁ、もうちょっと回る順番とか考えたっていうか――」


 まぁ、だからと言ってあの歓太郎さんのお勧めコースを丸々採用したくはないけど。


「はっちゃん、楽しかったですか?」


 せめてお化け屋敷は最後にとっとくとかさぁ――、とパンフレットを見ながら呟いていると、隣から、ちょっと弾んだような声が聞こえて来た。さっきまで心なしか青い顔をしていた慶次郎さんが、ほんの少し頬を赤くしている。


「た、楽しかった、よ?」

「僕、情けないところばかりお見せしてしまいましたけど」

「それは、まぁ、うん。でも楽しかったよ。なかなか遊園地なんて来られないしさ。慶次郎さんはそれどころじゃなかったみたいだけど、あたし、絶叫系とか大好きなんだよねぇ」


 照れたようにはにかんでいる慶次郎さんの顔がかなり心臓に悪くて、ついつい意地悪く言ってみるも、おかしなところがタフに出来ている陰陽師殿は、あたしの「楽しかったよ」の部分だけでかなり満足のようで、「はっちゃんが楽しいなら良かったです」と嬉しそうにソフトクリームのコーンを齧った。ああもう、何でこんなにこの人あたしなんかを好きなんだろう。もう逆に不憫になってくる。いや、あたしも好きなんだけどさ。


「で、でも、慶次郎さんはあんまり楽しくないんじゃないの?」

「僕ですか?」

「あたしばっかり楽しくてもさ。その、デート、なわけだし?」


 デート、の言葉に、慶次郎さんは飛び上がった。で、デートってそんな……と恐縮しているけど、お前自分でデートのお誘いって言ってただろ。


「その、ちょっとびっくりしましたけど、でも、新しい世界を体験出来て、楽しいです。いままでこういうこと、僕は本当にしてこなかったので。それで、その隣にいるのがはっちゃんで、僕は嬉しいんですよ」


 ってね!

 そういうことをね、こいつは言うんですよ!

 そういうことは言えるくせにね! あたしに「好き」って言えないんですよ! このヘタレ野郎は!

 もうこれあれでしょ?! 脳内で都合よくいまの台詞を「はっちゃん好きです」に変換しちゃって良いんじゃないかな?!

 

 心拍数が爆上がりし、全身の血液が一気に顔に集まるような感覚を覚え、あたしは立ち上がった。ソフトクリームは既に食べ終えている。慶次郎さんもあともう二口ってところだろう。


「よ、よし! 観覧車! 観覧車行こうか!」


 ずびし、と『輪入道』という観覧車を指差すと、慶次郎さんは、「わかりました」と腰を浮かせ、ふと気付いたように空を見上げた。そしてぽつりと言うのだ。


「何か、変な天気ですね」と。

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