第2話 これぞ主従関係!?
「
「主ぃ、コーヒーお持ちしましたぁ」
「主、肩でもお揉みしましょうか!」
と、彼らの正体がわかったところで、わらわらとその三名が『主』である慶次郎さんに群がっていく。おお、主って呼ばれるとすごい主従関係があるっぽいじゃん。成る程、本来陰陽師と式神の関係ってこういうものなんだ。ということは彼の方でもさぞかしそれらしく振舞るんだろう。はっはっは、御苦労、なんつってさ。
と、思ったのだが――、
「ちょ、ちょっと。『主』はやめてよ。ちゃんと店長って呼んでってば」
何か違う。
全然主感がないんですけど。
そしてこのイケメンがイケメンに囲まれているのを、お客さん達がこっそりとカメラにおさめている。アプリの設定で音を消しているけど、スマホの角度とそのギラついた目でバレバレだ。
だけれども、ご安心なされ。
そこは対処済みである。
何せここは由緒だけはある(らしい)
で。
「紹介がまだでしたね」
本日オフの慶次郎さんは、あたしの隣に座り、湯呑に入ったコーヒーを一口飲んでから言った。
「この髪が白いのが『雪』、桃色が『桃』、黒っぽいのが『栗』です」
「いや最後! 白いのが『雪』で桃色が『桃』なんだったら、黒いのも何か黒い名前にしてやれよ!」
「えぇっ?! そんなことを言われてましても」
「お客様! 主をいじめないでください!」
「お客様ぁ、主にはもっと優しい言葉でお願いしますぅ」
「お客様! おれの名前はお気になさらず!」
「うわぁ、ちょ、何何?!」
主の方に突っ込んだら、三倍になって返って来たんだが!?
「えー、ちょっともーやりづらいわぁ。あの三人の方がマシだぁ」
あの三人、というのはもちろん、ここの常勤ともいうべき、ケモ耳のあるイケメンズ、通称ケモ耳ーズである。そう呼んでいるのはあたしだけだ。
「……はっちゃんもそう思います?」
「はぁ? 慶次郎さんもそう思ってんの? ていうかさ、本当はこれが正しい姿ってやつなんでしょ? 陰陽師と式神のさ」
「そうなんですけどぉ。でも、実際に作ってみてわかったんです。僕は、あんまり主主って持ち上げられるの、得意じゃないみたいで」
「おうおう、それがわかってようござんしたな。それで? あの三人は何でいないの? この臨時君達はいつまでいるの?」
「あの三人は、今日ちょっと用事があるそうで。それで、一日だけお休みを、と。僕も出掛けますし、一日くらい閉めても、と思ったんですが――」
と、そこで彼はちらりと勝手口の方を見た。あの扉の向こうには、神社へと続く長い長い石段がある。そこにいる彼のことを思い浮かべているのだろう。
「歓太郎が、店は毎日開けろ、って。飲食店がこっちの都合でちょいちょい店を閉めるな、と」
「うん、正論」
先ほどからちょいちょい名前が出て来る『歓太郎さん』というのは、この慶次郎さんの一つ上の兄で、神主である。つまり、ここのオーナーだ。
艶やかな長い黒髪に、一見女性のようにも見える中性的な顔つきとすらりとした体躯。そして、常にふざけた女児向けのピンを着けている、存外低めの声をした二十四歳。黙っていればクールビューティー系の中性イケメンなんだけど、口を開けばセクハラ発言しか飛び出さないというわいせつ野郎でもある。けれども、コミュ力は馬鹿みたいにあるし、意外と常識人だったりするし、何でもそつなくこなす(慶次郎さんにとっては)頼りがいのあるスーパーお兄ちゃんである。
確かにここは飲食店なのである。何せ珈琲処だ。例え利益なんてものはほぼほぼ無視した経営方針であっても、である。飲食店なのに利益を無視とかどういうこと?! って思われたかもしれないが、実はこの店、イケメンパラダイスな和カフェとは仮の姿、しかしてその実態は――、この拗らせ過ぎたコミュ障陰陽師の対人折衝力リハビリ施設なのである!
とはいえ、開けさえすればありがたいことにお客さんは入るもので(確実にイケメン目当て)、ちゃんと利益は出てるっぽいけど。
「これまでも、稀に彼らを呼んだりはしていたんですが、基本的には
「成る程、歓太郎さんに任せたらこう仕上がるのね。ていうか、店長なんだから、その辺も慶次郎さんがやらないとでしょ」
「そうなんですけどぉ……」
「てめぇで出した式神になーにビビってんだ! しゃっきりしろぉ!」
べ、別にビビっているわけでは、と慶次郎さんが震え上がると、臨時君達が彼を庇うように取り囲む。
「お客様! 主をいじめないでください!」
「このお客様怖いですぅ、主ぃ~」
「主! こちらのお客様出禁でよろしいでしょうか!」
「わ、わわわ。ちょ、ちょっとやめて。抱きつかないで! はっちゃんはいじめてなんかないよ! 全然怖くないし、可愛いでしょ! 出禁になんてしないから!」
「お、おおぉ……。ちょっとこれ大丈夫なんか……。慶次郎さん、呼吸大丈夫? 息出来てる?」
よほど主を大切に思っているのだろう、それ自体は大変微笑ましいんだけど、慶次郎さんは椅子に座っているわけで、それを立った人間(桃君は小さめだけど雪さんと栗さんはどう見ても百八十くらいある)がぎゅっとするとなると、どうしても顔に覆いかぶさる恰好になる。実際、慶次郎さんの声はごもごもと籠っていて、何やら助けを求めるように手足もばたつかせているところを見ると、もしかしたらそこそこのピンチなのかもしれない。
そんで
「だ、大丈夫です。僕は陰陽師ですよ」
「うん、それ二万回くらい聞いてる気がする。だけど陰陽師=大丈夫の図式があたしの中で一向に成り立たつ気配がないのよ。あのね、ここから見てる感じだと、全然大丈夫じゃないからね?」
「大丈夫です、本当に。あの、ちゃんと息は出来てますから。それに、その気になれば彼らくらいは簡単に消せ――」
「消すな! お客さんがパニックになるっての!」
もちろんこのやりとりはうんと声を潜めて、である。簡単に消せるとか、物騒すぎる。だけれども、さすがは製造者、大人しくさせる方法はあるらしい。ぎゃあぎゃあと騒いでいた臨時君達の勢いが、すとんと落ちた。
「はい、というわけで、君達離れて。僕は今日お休みだからお店は任せたよ」
ぽんぽん、と彼らの背中を叩くと、ゆっくりと慶次郎さんから離れ、「かしこまりました」だの「頑張りまぁす」だの「お任せください!」だのと直立不動の姿勢で返している。おお、ちょっと主っぽいじゃん。
「では、参りましょうか、はっちゃん」
その言葉であたし達が立ち上がると、三人は慌てて入口ドアへと走り出した。そして、雪さんが「行ってらっしゃいませ」とドアを開け、桃君が「どうぞぉ」と表に手を向け、最後に栗さんが、びしっと敬礼をし、「ご武運を!」と送り出す。
いや、「ご武運を」はおかしいでしょうよ。
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