第1話 戦火は再び灯される
ヒヅチア大陸の遥か北西の地にある国があった。
1563年、ケディル共和国と呼ばれたその国は国内の最早修復不可能な貧困と食糧危機を打破する為に動き出した。
共和国政府が目指したのは国の南西に位置する北トルダー地方と呼ばれる場所。
そこはトルダー公国の領土であり共和国のように人々の交通と生活を蝕む
その北トルダー地方を手に入れるべく、彼らは国際社会を敵に回してまで国の存亡を賭けた戦いを挑んだ。
俗に言う、第一次北トルダー紛争の始まりである。
当時大陸でも有数の軍事大国だった共和国はその有り余った軍事力を以て北トルダーに攻め入った。
数百万を超える歩兵の大群はアルジャ平原を容易く突破し、悍ましい数の戦車とヘリ、大砲がその先の大地を耕した。
道行く先を全て焦土へと変えてゆく共和国軍を食い止めるためにトルダー公国軍は北トルダー南方にあるムソルトア平原に全戦力を集結させた。
何故ならムソルトア平原の背後にはカーラスエイベ軍港という公国でも二番目に大きな港があり、ここを奪われれば公国はペレモ洋に於ける優位性を失ってしまうからだ。
しかも北トルダーに飛行場なんて建てられようものなら公国の領土が空軍の射程範囲内に収まってしまう。
これらの理由の為に両国はこのムソルトア平原で決着を付けざるを得なかった。
結果を簡潔に伝えるとこの戦争に勝者はいなかった。
両国とも国家の存続に支障をきたすギリギリまでの損害を被り、互いにこれ以上の継戦は不可能と判断し休戦協定に合意した。
火は消された。
だが火種が潰える事は無かった。
そして1598年。
燻っていた火種は遂に全てを灰燼に帰す業火へと昇華した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
《1598年 8月2日》
「第3小隊、残弾の返納完了しました!」
「よし、戻れ!」
今日も今日とて何の変わりも無い日常が繰り広げられる。
訓練後の残弾返納の完了報告を終えた彼、永田 司は駆け足で兵舎の方へと戻っていく。
武器科の連中と顔を合わせるのも今日で何回目か、など覚えている筈も無い。
いつも通り訓練を終えて武器科に残弾を返納して兵舎に戻れば既に昼食の時間になっていて食堂前が賑わっていた。
人だかりの中に入ると見慣れた面子を見つけ声を掛ける。
三人は永田の存在に気付くとこちらに顔を向けた。
「おっ、ナガタ片付けご苦労さん!」
お調子者で女遊びが激しい人間種のグレーゲル・ミレッカ。
「いつもありがとうございます……!こういうのは後輩の仕事なのに」
「いやお前もう四十代後半だろ」
やたら後輩面してくる永田より十六歳も年上の単眼族の少女エメリー・オーデッツ。
「すまんないつも。あの頑固な上官さえ許せば全て私がしてやるのだが……」
そして我が第3小隊の小隊長であり永田に対して過保護にも程がある鬼族のヘリヤ・クルゲー。
因みにヘリヤは部隊内でもぶっちぎりの最高齢を誇る231歳の美女である。
噂では帝国時代に近衛騎士団を率いていたとか言われている。
食堂に入った永田達は入り口を通った先に立てかけられている今日の献立表に目を通す。
「今日はミートパスタか、いいね」
「驚いたな、俺はてっきりグレーゲルはジャンクフード以外は食べ物として認めてないのかと」
「うるせえ、俺でもこういうのは食べるんだよ!」
グレーゲルを揶揄いながら食堂の受け取り口で盆に乗せられた昼食を受け取り適当な席に置く。
永田の向かい側にはグレーゲルとエメリーが座り、何故か右隣にはヘリヤが当たり前かのように座っている。
他の小隊の隊員達は今日もか、という表情で永田の隣に座るヘリヤに目をやり直ぐに興味を失う。
こうして始まった昼食は特に何も話す事が無いまま時が進んでいく。
最近になってから訓練内容がいつもより明らかにきつくなっているし演習の回数も増えている。
今の彼らに食事中も楽しく談笑するような余裕はあまり残されていないのだ。
もうすぐ第二次北トルダー紛争が始まるのではないかとも部隊内でも騒がれておりそれにも不安を感じていた。
「ふう……」
本日何度目か分からない溜息を吐きながら最後の一本のペンネをフォークに突き刺し口に運ぶ。
昼食を食べ終わり永田が食器を片付けようとする前にヘリヤが動き出した。
「ムグッ!?」
「ほら、口元が汚れているぞ。そのまま動くなよ」
永田を呼び止めたヘリヤは永田の口元に付着していたソースをティッシュで丁寧に拭き取り始めた。
突然の事に抵抗しようとするが鬼族特有の怪力で頭を押さえられ成すがままに顔を拭われる。
「よし、綺麗になったな」
満足気に微笑みながら顔を見つめてくるヘリヤを永田が顔を赤くしながら睨む。
周りの隊員達はまたかとその状況を笑いながら傍観している。
「曹長…アンタ本当に……!!」
「隊員の世話も小隊長の仕事だ」
「アンタにとっちゃ隊員は俺以外カウントされてないのか…!?これじゃ最早小隊長じゃなくてベビーシッターだクソッ!」
永田の苦言に対して悪びれる様子も見せずに自分のと永田の盆を手に取り返却口へと返しに向かった。
「おーおー、愛されてるねえ。羨ましい限りだな」
「い、いいなあ…………な、何でもないですごめんなさい!!」
ニヤついた表情で見ていたグレーゲルと何故か羨ましそうな目で見ていたエメリーをキッと睨みつけるとそのまま踵を返して食堂から足早に立ち去った。
これが彼らの日常だった。
何の変わり映えも無い、ただ同じような時を過ごすだけの日々。
だが永田にとってはこれが最も尊く、心地よいと感じる物だった。
そしてそれがいつか失われる物だということも覚悟はしていたつもりだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
退屈な日常が終わりを告げたのは同年の8月10日に放送された緊急速報。
第3小隊の隊員達は揃ってテレビに視線が釘付けになっている。
「お、おい…やべえぞこれ」
「遂に始まったか…」
テレビの画面の奥ではニュースキャスターの男が淡々と、しかし緊張に満ちた声色でそれを告げた。
《緊急速報です…緊急速報をお伝えします。本日未明、我が共和国陸軍は北トルダーの停戦ラインを……突破しました》
ニュースキャスターが告げたのは実質的な第二次北トルダー紛争の開戦だった。
内容が内容の為いつもは騒がしい兵舎の中も重苦しい空気が流れ静寂が当たりを支配している。
《皆さん…どうか、落ち着いてお聞き下さい。この二十七年間続いた停戦は遂に破られました…続報にご注意下さい…………神よ……》
そう、遂に始まってしまったのだ。
嘗て互いの国土を焼き尽くした全てを灰燼に帰す戦いが、再び。
永田達が所属するケディル共和国空挺軍第101独立空挺師団隷下第125独立空中襲撃連隊、ニックネーム
空挺兵約五千名が集った場所はペスマリノ飛行場。
共和国が持つ唯一の飛行場である。
しかしソラニ山脈という障害の所為で大規模な飛行場の建設は出来ずここは滑走路の先にもそれなりに高い山が聳え立っている為ヘリコプター以外は離陸距離が短い軽攻撃機程度を飛ばすのが限界である。
集められたのはタイフーン連隊だけでなく第101独立空挺師団隷下の独立空中襲撃連隊三個全てが飛行場にいた。
顔を合わせた事も無い人ばかりだが面を見てかなりの強者という事は分かった。
「すげえ数だなおい…」
ペスマリノ飛行場の滑走路に並べられていたのは目測では数え切れない程の空挺降下の為の輸送ヘリ。
寸胴な機体形状が特徴的な深緑に塗られたその機体の名はMi-8K4。
その可愛らしい機体形状から西側の開拓者達からはヒップなどとあだ名を付けられたソ連の傑作機Mi-8の共和国陸軍仕様だ。
共和国側である程度の改修を施しているとはいえ見た目は殆ど変わってはいない。
更に別の機体も並んでいる。
ヘリボーン作戦には欠かせない火力支援を担う攻撃ヘリ、Mi-24PK2。
これも同じくソ連軍の攻撃ヘリMi-24Pを共和国が独自に改修した物である。
これまでのどの大規模な演習でも見かける事の無い数がそこに並べられていた。
戦争が始まるという事が改めて分かった。
召集の後はそれぞれの部隊で作戦概要の説明があった。
第101独立空挺師団に与えられた任務は現在進行形で侵攻中の友軍地上部隊の支援。
具体的な作戦内容はまず120機のMi-24PK2が離陸しそれに続いて空挺師団を乗せた700機のMi-8K4が離陸。
離陸後はソラニ山脈をそのまま飛び越え、北トルダー地方に侵入。
国境付近のノエルスにて友軍地上部隊の侵攻を阻んでいる公国軍部隊の背後のアルジャ平原に降下、敵軍を挟み撃ちにする。
そして道中敵対空部隊による迎撃が予想されるのでMi-24PK2がその脅威を排除する。
公国空軍の戦闘機が迎撃に来る件に関しては既に国境地帯に展開中だった共和国陸軍の列車砲がムソルトア平原の飛行場を破壊したそうだ。
砲兵隊様様である。
「全員乗り込んだか!忘れ物は無いな!」
永田達第3小隊の内半分の二十五人を乗せたMi-8K4は既にエンジンを始動させメインローターが風切り音を立てながら回転している。
120機のMi-24PK2は離陸を開始し次々とソラニ山脈の方へと飛び立っている。
多数のヘリが一斉に離陸する為凄まじいダウンウォッシュが滑走路を叩いている。
Mi-24PK2の大群が飛び立っていくのを見守ったら次は自分たちの番だ。
パイロットがエンジン出力を上げ、離陸に備える。
先頭のMi-8K4から順番に飛び立っていくのを眺めながら永田はこれからの事に不安を抱いていた。
何しろ人生初の実戦だ。
出来れば経験などしたくなかったが。
前方のMi-8K4の影が消え、遂に自分達の番がやって来る。
ヘリの離陸自体なら訓練や演習で嫌という程したが今回は訓練程気が楽な物ではない。
敵地のど真ん中に降下なんて誰でも怖いに決まっている。
そう思って皆の様子を見るが見た所不安になっているのはのは永田とエメリーだけだった。
亜人兵に関しては寧ろこれから戦場で武勲を立てる事を楽しみにしているようだ。
まあ亜人族は戦闘民族が大多数を占めるというだけあって昔から血気盛んと言われているので理解はできる。
ただ、彼らと同じ人以外の血が流れている永田は疎外感を感じていたのだ。
「おっ、離陸するぞ!」
降着装置に掛けられていた加重が失せ、ゆっくりと浮かび上がる。
徐々に機体は地面から離れてゆき、窓からその様子が見えた。
「はあ……」
本日何度目か分からない溜息を零した永田を乗せたMi-8K4は降着装置を格納するとそのまま数百機の大群の中に混じって上空へと飛び立った。
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