勇者達は血と泥に塗れた赤旗を掲げる

COTOKITI

第0話 開拓者達の残滓

ある日。

それは人類二度目のが終わろうとしていた時だっただろうか。


人類は二つ目の世界を観測した。


世界各地に発生した幾つもの異空間発生現象は未だ飽くなき野心を抱いていた国々を新たなるフロンティアへと誘った。


西の人々はそこをと。

東の人々はと呼び踏み入った。


ウトーピヤには地球とは比べ物にならない程の豊かで広大な土地、手つかずの大量の資源がありそれと共に開拓者達はある物も見つけた。


それは文明だ。


広大な土地の面積に比例してそこには地球の総人口を十倍しても尚足りぬ程の人々が中世レベルの文明を築き豊かな暮らしを送っていた。


本格的な開拓が始まったのはそれから何年かした頃。

移住希望者を募って集められた開拓団にウトーピヤでの利益に目を付けた企業。


そして軍隊が数百年先の文明を以てウトーピヤの再構築を始めた。


木や石、土壁で作られた建物は徐々にコンクリート製の箱へと入れ替えられていき馬車が走っていた街道はいつの間にかガソリンエンジンを積んだ自動車が走るアスファルトの道になっていた。


民間企業の開拓事業への参入によりウトーピヤの人々の暮らしはより豊かになり、暮らしのスタイルもかなり開拓者の文明に寄ってきている。


狩りに出たり畑で農作業をすることも無く徒歩十分以下の位置にあるスーパーマーケットで食材を数十ドル、或いは数百ルーブルで購入し、家に帰れば数百ドルで購入した冷蔵庫に保存し、調理する時は竈ではなくガスコンロを使う。


このような生活がここで当たり前になってから長い年月が経った。

今思えばこの時が一番恵まれていた時期だろう。


勿論、全てが完璧だった訳ではない。


二度目の大戦が終わってからも何度か戦争はで起きていたし、それに加えて東西の対立が起きたせいでここにも険悪な空気が漂い、一触即発な状況だった。


だが、それは唐突に終わったのだ。


二つの世界を繋いでいた門の消失と共に。


自分達が開拓者達に依存し過ぎていた事に気付いた頃にはもう何もかもが遅すぎた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇




彼は夢を見ていた。


夢の中で彼は家族と幸せな時間を過ごしている。


愛しい妻と二人の娘とモダニズム建築の高級住宅の中で挨拶を交わし、食卓を囲って皆の大好物である仔牛のシチューを腹一杯食べる。


その後は広大な庭で二人の娘が元気に遊びまわっているのを傍らで妻と一緒に見守って、談笑しながら軽いキスをした。


夢の中の光景全てが眩しく、正に彼の理想と言える生活だった。


しかし、何処からともなく聴こえて来るが夢から彼を醒まさせようと急かす。


――やめろ、それを俺に聞かせるな。


音は次第に大きくなっていき、夢の中の景色が回線の接続不良を起こしたネットの動画の様に停止し大きく歪み始める。


――来るな、来るなッ!!


幸福に満ちたあの光景は完全に消え去り、残されたのは人生で彼が嫌という程聞かされてきた音だけだった。


何年もの間共にしてきた音。

呪縛の様に彼の脳内で反響し続ける。


――どうして。


音は鮮明になり、次第に彼を覚醒へと導く。


――頼む。


――俺を


「走れ!!止まるな!!」


――夢から


「勝利はこの先だ!!!」


――醒まさないでくれ


「共和国万歳!!!」


耳を劈く爆音が彼を遂に目覚めさせた。


泥塗れの体を起こし辺りを見回す。

そこに広がっているのは、絶望的な位に見慣れてしまった光景。


どうしてこんな所に来てしまったのか。

それすらも分からなくなったまま彼はここにいる。


ここは高級住宅の大きな庭ではなく、度重なる砲撃と空爆で荒野と化した平原。

草木一本の生存すら許さぬ砲弾と爆弾の雨で緑は完全に消え去った。


周りには嘗て肩を並べて戦場を共に歩んだ戦友達が冷たくなって横たわっていた。

生きているのか確認しようとし、彼のが無い事に気付きのばした手を引っ込める。


――そうだ、こいつは敵の砲爆撃をモロに喰らって……。


図らずも我が身を庇ってくれた友に短く感謝の言葉を告げながら彼は立ち上がり歩き出す。

どうやら左脚に砲弾の破片が突き刺さって骨が折れたようで走る事が出来ずに片足を引き摺りながら前へと進む。


下士官の号令に合わせてまた更に多くの共和国軍兵士達が前方の敵陣地を目指して突撃していく。

歩兵の雄叫びと戦車のエンジン音が戦場を満たす。


何千、何万もの兵士が戦場を埋め尽くし、MBTと装甲車が先鋒となって突き進む様はまるで肉と鋼鉄で出来た巨大な津波だった。


155mm榴弾が雨の如く降り注ごうとも彼らは決して止まらない。

それほどこの戦いの意味は大きかったのだ。


「共和国の為に!!!」


「皇帝陛下の御為に、突撃せよ!!!」


下士官などの前線指揮官が音頭をとりながら部隊を率いて向かっていく。

敵の砲撃で多くの兵士達が物言わぬ肉塊となって飛び散ったがそれでも尚この津波を止めることは出来ない。


「う、うおおおおおおおおお!!!」


彼も仲間達の続いて突撃を始めた。

フレミムM/36自動小銃を両手に握り締めながら砲煙弾雨の中を果敢に突っ走る。


目の前で、隣で、背後で。

次々と仲間が斃れていく。


榴弾に吹き飛ばされた仲間の肉片が飛散し彼に降りかかる。

顔にへばり付いた肉片を振り払い、辺りを再び見渡した。


最前線は歩兵の死体に加えて撃破されたMBTや装甲車が炎を纏いながら黒焦げの状態で平原の至る所に横たえている。

ハッチから脱出しようとして間に合わずにそのまま焼き殺された戦車兵と共に。


「て、敵機来襲!!!」


「っ!?」


他の兵士がそう叫んだのを聞き逃さなかった彼はすかさず空を見上げる。

空を漂う雲に混じって二つの何かの影がこちらに向かってきていた。


近付いてくるにつれてそれの外見はハッキリとしてきた。

影の正体を知った兵士達は恐怖の表情で蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げていく。


サンダーボルトA-10だ!!逃げろ!!!」


機首の30mmガトリング砲の砲口が向けられている先はどう考えても彼の方だった。

恐慌状態に陥って我先にと逃げ惑う仲間たちを他所に彼は既に逃げられないと悟りその場に立ち尽くす。


その時彼は人生で初めて走馬灯という物を見た。

脳内で思い起こされるのは妻と二人の娘と共に積み上げてきた数え切れない程の思い出の数々。


最初の娘が初めて歩いた日。


二人目の娘の初めての誕生日を祝った日。


家族全員で晴天の天気の中キャンプへ出かけた日。


家に初めて薄型テレビが来た日。


そして徴兵され別れを惜しむ家族と最後の日を過ごした日。


――ああ、このクソッタレな世界は何で……


A-10の機首に搭載されたGAU-8の七本の砲身が回転し、遂に火を噴いた。


――こんなにも醜いのに……


前方の仲間達がけたたましい着弾音の後にバラバラに粉砕され粉塵と共に空中に舞い上がる。

30x173mmの焼夷榴弾はとても人が喰らって生きれる物では無かった。

全ての可能性を打ち消す悪魔の兵器。


それがA-10サンダーボルトだった。


「こんなにも、美しいんだ――」


晴天の空を背景に一筋のサンダーボルトが彼の元に落とされた。


舞い上がる粉塵の中に呑み込まれる。


その粉塵すら戦場の熱気と兵士達の波に搔き消され、彼は姿を消した。

戦場からも、この世界からも。







ケール・ショイラー

1530~1568


年齢:38歳

最終階級:曹長

――ムソルトア平原の戦いに於いて果敢にも突撃し、最期は攻撃機A-10サンダーボルトの機銃掃射によって戦死。









1512年―トルダー公国が調査に来たアメリカ軍とのファーストコンタクトを果たす


1514年―アメリカでエデンの開拓に関する新法案が可決される


1515年―ソ連軍がケディル帝国を侵攻、占領する


1516年―ケディル共和国の誕生


1519年―アメリカ政府とトルダー公国が共同で国内の開拓計画を始動


1530年―ケディル共和国が北トルダー地方の領有権を主張


1540年―ケディル共和国がソ連の支援の下行われる軍備拡張計画を発表


1541年―トルダー公国と米国政府もそれに続き軍備拡張競争が起こる


1550年―北ペレモ洋にてソ連海軍の艦隊が牽制目的の大規模演習を行う


1555年―米国大統領が声明発表「共産主義者を殲滅する準備は出来ている」


1559年―突如門が現地の米軍やソ連軍を残したまま原因不明の消失


1560年―ケディル共和国は人口爆発とそれに伴う国内の治安の悪化や食糧危機、経済不況に陥る


1563年―ケディル共和国がトルダー公国に宣戦布告、陸軍が北トルダー地方への侵攻開始


1571年―が停戦という結果に終わる


1580年―ケディル共和国のGDPが前年度を大きく下回る


1589年―経済不況の回復の見込みは無く、首都のシイラクスで暴動発生


1595年―亜人人権団体の活動が激化し、急遽共和国政府は亜人人権保護法を制定


1596年―国内の自殺者、餓死者などが急激に増加し政府は国家緊急事態宣言を発令











1598年―消えた戦火は再び灯される



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