第3話 目覚め

 俺はドアをノックされる音で目を覚ました。

「入ってもいいかしら」

 希美さんの声がする。

 俺はスマートフォンで時計を確認する。時刻は八時少し過ぎだった。お、少し寝すぎたな。

「ちょっとだけ待ってもらえますか」

 俺はそう言うとベッドから起き上がり髪を整えた。部屋の角にクローゼットがあり、その中にパジャマがあったので昨晩はお借りした。

 パジャマ姿で出るのもどうかと思ったが、あまり希美さんを待たせるのも悪いかと思い、俺は扉を開けた。

「あら、まだ寝てたの?」

 希美さんは俺の姿を見て言った。

「すみません、昨日は疲れていたようで。もう起きるので大丈夫ですよ」

 と俺が言うと希美さんはそう、と一言言うと「入ってもいい?」と聞いた。

 俺はもちろんどうぞ、と部屋に入るように促した。

 希美さんは昨日までと打って変わって魔法使いのローブ姿だった。

「希美さん、本当に魔女なんですね」

 俺は呟いた。

「あら、疑ってたの? 本当よ」

 希美さんは昨日と同じように机に向いている椅子を魔法で引き寄せながら言った。

 俺に座るように希美さんは促す。希美さんはと言うと俺のベッドに腰掛けた。腰掛けられるならもう少しきれいにベッドメイキングしておいたのに……。

「ああ、私あまり気にしないから大丈夫よ」

 と希美さんは俺の顔から思考を読み取ったように言った。

「そうですか」

 俺はそう答えるしかなかった。

「それよりもこれまで秘密にしていてごめんなさい。あなたのご両親から黙っているようにきつく言われていたの」

 希美さんは今しがた座ったベッドから立ち上がると改めて俺に頭を下げた。

「いえいえ。希美さんのせいではないと思います」

 と俺は言った。

 ありがとう、と希美さんは言うとまた俺のベッドに腰掛けた。

「それで改めて昨日のことを説明するわね」

 と希美さんはタブレット端末を取り出しながら言った。

「昨日あなたを、私たちを襲ったのは二階堂正平。あなたの叔父よ」

 希美さんはタブレットに映しだされた男の画像を指さし言った。俺はタブレットを覗き込むと確かに昨日の謎の男が映し出されていた。

「この人がなぜ俺を襲うんですか?」

 俺は聞いた。

「それはあなたの存在が二階堂正平にとってとんでもなく目障りだからよ」

 この希美さんの答えに俺はちょっと悩んだ。あまり俺が聞きたい答えではなかったからだ。

「ああ、もう少し詳しく説明してほしい、って顔してるわね」

 希美さんにはなんでも筒抜けのようだ。

「二階堂正平は今の魔法界では忌み嫌われる存在よ。そんな二階堂正平と対立しているのがあなたのお父さんとお母さんたちっていうこと。もちろん、ほかにもいろいろな人がいて物事は単純ではないんだけどね」

 希美さんはそう言った。

「忌み嫌われるってどういう意味ですか?」

「そうねー。言葉を選ばずに言うと世界征服を企む悪人ってところかしら」

 なんだ、ずいぶん中二病全開なおじさんなのか。

「世界征服を企むって言っても彼の力だと本当にできてしまうのよ。それだけ魔法に長け、人をまとめ上げる素質が彼にはある」

 希美さんはちょっと怖い顔をしていった。

「魔法界について説明しないとあまりピンと来ないかもしれないわね」

 と希美さんは付け加えるように言った。

「あ、その前に一つ質問してもいいですか」

 俺は右手を小さく上げた。

「どうしたの?」

「希美さんって昨日から口調変わりましたよね? どうしてですか。あ、いや今の口調がいやってわけじゃないんですけど」

「ああ、そんなこと。私はあなたのご両親からあなたを守るように言われていた。可能であれば魔法界とは関わらずに生活できるようにサポートしてほしいと言われていたわ。ただ、魔法界にかかわりを持ってしまった以上、あなたを優秀な魔法使いに育て上げるサポートをするのが私の仕事。もう私が魔女だってこともバレたし、これからはフランクに仲良くさせてもらおうと思ってね」

 と希美さんは少しハニカミ笑顔で言った。

「嫌だった?」

「いえ、大丈夫です。わかりました」

 と俺は答えた。

「じゃあ話を続けるわね。魔法界っていうのは順平くんがこれまで生活してきた世界の中に存在するの。別に異世界ってわけじゃないわ」

 なるほど。俺は昨日の街並みもちょっと普段見ない光景だったからてっきり異世界なのかと思っていた。ファンタジーものの見過ぎか。

「正確に言うと、魔法使いではない人間たちが生活しないエリアに拠点をもつのが私たち魔法族、魔法界と言えるわね」

「魔法使いでない人間が生活するエリア?」

 と俺は質問した。

「そう。私たち魔法使いは魔法族と言うのだけど、私たちのための場所っていうのは実はとても狭いのよ」

「ちょっと待ってください。魔法族っていうことは魔法使いは変わらず人間っていうことですか?」

「もちろんよ。人間じゃなかったらなんだっていうのよ」

 と希美さんに苦笑いされてしまった。

「それで、あなたのご両親が札幌に引っ越してきたのは札幌が魔法界では指折りの都市圏だからよ。非魔法族の都市としても発展しているし、その割には空いた土地が多くある珍しい都市よ。だからあなたのご両親は札幌に引っ越す選択をしたの。万が一、順平君を魔法使いとして育てることになっても大丈夫なようにね」

 と希美さんは言った。

「空いている土地って言うのは?」

「そのままの意味よ。札幌市内それから近郊にはあまり宅地開発が進んでいない場所があるでしょ。そこを私たち魔法族が使わせてもらっているの。通常は非魔法族には見えないように結界を張っているから、ぱっと見はただの空き地にしか見えないけどね」

「じゃあ逆に東京は魔法使いでない人がたくさん住んでいるっていうことですか?」

「んー、そうとも言えないわね。東京は非魔法族と魔法族が共生しているわ。非魔法族に気づかれない形でね。あれだけの都会、魔法族も放っておくわけないでしょう」

 と希美さんは言った。

「話を戻すと二階堂正平は魔法族の住む世界と非魔法族が住む世界の両方を手中に入れようとしている危険人物よ。尤も、歴史上、二階堂正平のような人物は過去に何人か現れているわ。魔法族による非魔法族への迫害とかいろいろと根深い歴史があるの」

「でも、二階堂正平っていう人がいくらすごい魔法使いだとしても魔法使いですよね?」

 と俺は質問風なよくわからないことを言った。希美さんもクエスチョンマークな顔をしていた。

「あの、つまり、銃で撃ち殺したりできるんじゃないかなって」

 俺は言葉を選びつつ話す。

「あー、そういうことね。それは無理よ」

 希美さんは答えた。

「これから話すところだったんだけど、魔法界にも銃や戦車とか兵器はあるわ。昨日、あなたの家には魔法特殊部隊が二階堂正平と戦闘していたわ」

 あー、言われてみれば昨日父さんの部屋からマシンガンみたいな音がしていたか。

「非魔法族の武器を研究する人たちがいてね。魔法具として魔力を使った武器にして実用化しているわ。って話をするとわかると思うだろうけど、魔法使いの世界にも戦争はあるわ。残念ながらね」

 と希美さんは悲しげに言った。

「ちなみに魔法界での最後の戦争は約250年前のことだから基本的にはないと思ってもらって大丈夫よ」

 と希美さんは付け加えた。

「それに魔法族と非魔法族は極力交わらないように生活をしているわ。これは無用なトラブルを避けるためなんだけどね。たまに聞くでしょ、神隠し伝説とか、地方の怪しい民話とか。あの類が魔法族と非魔法族が接してしまい事故になってしまった」

 なるほど。確かに神隠し伝説とかは俺も聞いたことがあるけど魔法族が関わっていたのか。

「まあ、そんなわけでね。二階堂正平は魔法族の世界だけではなく、非魔法族の世界にも影響力を与えようとしていた。それを防ぐべく、あなたのご両親たちが戦っていたの。――と言うか順平君、ご両親のこと気にならないの?」

 と希美さんに言われ、ハッと気が付いた。確かにあの二階堂正平と戦うという両親は大丈夫なのだろうか。

「そうでした、両親は大丈夫ですか?」

「大丈夫、と言いたいところなんだけどね。実は一週間ほど前から連絡が取れないの」

 と希美さんは顔を暗くして言った。

「連絡が取れないっていうのは?」

「普段はこの魔道具で一日に二回、朝と夜に連絡があるの」

 と希美さんは一枚の紙を取り出した。俺は、これが魔道具? と戸惑った。

「ああ、これは見た目はただの紙だけど、対になる紙があってね。片方の紙で書いた言葉がもう片方の紙に転写される仕組みなの」

 なるほどなー、メールみたいなものか。と俺は思った。

「昨日からそれを使っても連絡が取れないんですか?」

 と俺は希美さんに質問した。

「そうなのよ。一応今も情報収集をしてるわ」

 希美さんはタブレットを操作しながら言った。

「それでね、順平君」

 と希美さんは改まった口調で言った。

「これから魔法の訓練を行います。そして来年の四月には北海道魔法魔術学校に入学してもらいます」

 突然のことに俺は驚いた。なんだなんだ、どっかのファンタジー小説か?

「驚いた顔をしているわね。まあ、無理もないわね。でも安心してあなたは”あの”二階堂家の血を引く人間。魔法なんてあっという間に使いこなしてしまうと思うわ」

 希美さんは少し誇らしげに言った。

「昨日も言ったけど、あなたはこれまで”あえて”魔法界から隔絶されて生きてきた。魔法界で生きていくには魔法が使えないといけないわ」

 と希美さんは杖をくるんと回しLEDのような光を放つ小さなハートマークを作りながら言った。

「それも魔法ですか?」

 と俺はたずねた。

「そうよ」

 希美さんが杖を降ろすとハートマークがゆっくりと消えていった。

「まずは着替えないとね!」

 と希美さんは俺の服を指さして言った。


 俺は昨日まで着ていた普段着に着替えていた。その間希美さんには廊下に出てもらっていた。

「希美さん、着替え終わりましたよ」

 と俺は扉を開けて希美さんに声をかける。

 希美さんはどこかへ電話をしていたようだった。親指でグッとこちらにジェスチャーすると少しして電話を切った。

「ごめんねー、話の長い人でさ」

 と希美さんは言った。

「じゃあ、杖を買いに行きましょうか」

 希美さんはそう言うと階段を降り始めた。俺は希美さんに続いて降りていく。

「あ、そうだ。外を歩くときはこれを被ってね」

 と希美さんは俺に帽子を渡した。野球キャップのようだった。

「これは?」

「それを被るとあなたの姿が同い年の全く別の人の姿になる魔道具よ。あなたのお父さん謹製のものよ。ちなみに被るたびに変わる姿は異なるわ」

 へー、これを父さんが。俺は帽子をかぶってみる。が、被った感触は特に変わらない。

「離れると私もあなたがどこにいるかわからないから手を離さないでね」

 と希美さんは念を押した。


 滞在している喫茶店を出ると街の通りに出た。

 希美さんは人の波をかき分けつつ前に進む。俺も手が離れないように一生懸命ついていく。なんとなく恥ずかしかった。俺、もう六年生だよ。と、そんな思いも関係なく希美さんは前に進む。

 だが、すぐに希美さんは立ち止まった。

「ここよ」

 と古い書店風のお店の前に止まった。よく見ると【魔法の杖 札幌店】と看板に書かれていた。

 希美さんは一瞬お店の中を窺ったが、よし大丈夫ね。と言い俺を店の中に入るように促した。

 店の中はほんのりと古民家の香りがした。店主がいらっしゃい、と明るい声で言う。

 店の中は俺たち以外誰も客はいないようだ。

「初心者向けの杖かい?」

 と店主は希美さんに声をかける。

「そうですね。ただ、ちょっとこの子は魔力が強いようなので、もう少し大人向けの杖でもいいかもしれません」

「なるほど。坊や、ちょっとこっちにおいで」

 と店主は俺を手招きする。俺はそれに従って進む。

「ちょっと手を出してもらおうか」

 店主は俺の右手を取るとカウンターに載っているよくわからない機械に俺の手を入れた。語彙力がないが、最新型の掃除機に手を入れるような形状だった。

 手を入れた瞬間、昨日と同じように俺の右手に身体中から何かが集まっているのを感じた。それはこれまでの人生で感じたことのない感覚だった。だが、不思議と嫌な感覚ではない。

「なるほど」

 店主が言った。俺の右手は謎の装置から抜き出された。まだちょっと右手に変な感覚が残る。

「確かに魔力が強いようですな」と店主は言うと少し考え込む仕草を見せた。

「”名匠 東野五郎”の上級者向けの杖などいかがでしょうか」

 と言いながら店主が手をクイッと曲げると俺の目の前に小さな箱が現れた。

 希美さんはそれを覗き込んでいた。早く箱を開けてみて、と小さな声で急かした。

 俺は箱を開ける。箱の中には頑丈な枝のような杖が格納されていた。

「試し振りはこちらで」

 と店主は店の奥を指さした。そこにはカウンターを隔てて十メートルほど先に案山子が設置されていた。なるほど、射撃訓練場ならぬ呪術訓練場と言うべきところか。

「さあ、振ってみて」

 と希美さんは言う。

 俺は昨日と同じ要領で杖を軽く振り上げた。が、振り上げ始めると同時に昨日とは全く桁違いの力が杖に吸い寄せられる感触に戸惑った。振り上げ終わると同時に杖から強烈な衝撃波が放たれ案山子が吹き飛んだ。

 俺はあまりの威力に驚いた。あれー! 俺ちょっと杖振っただけだよ!?

「これはたまげた」

 と店主がポツリと呟く。

「身体は大丈夫?」

 と聞いたのは希美さんだ。

「だ、大丈夫です」

 俺はそう答えた。なぜ聞かれたのかよくわからなかった。ただ、威力のすごさに我ながらちょっと引いていた。

「そう、なら問題ないわね! この杖をいただくわ」

 と希美さんは店主に言った。

 そのあとは普通のショッピングだった。通貨も日本円でやり取りしている。

 意外に魔法界と仰々しく言っているが普通の生活が送れるのかもしれない、なんて俺は思った。

「それにしてもすごいな君は。もしかしたらもっと強力な杖でもいいかもしれないですな。君は名前はなんていうんだい」

 と店主が俺に言った。

「あ、羽村順平です。そう言っていただけると鼻が高いです」

 と希美さんが俺に代わって答えると店を出るように促した。

 俺は促されるままに店を出る。

 そして来た道を希美さんは戻り始めた。


 俺が滞在する喫茶店の名前は【喫茶 真実の目】というらしい。

 店の中に入ると昨日と同じ要領で希美さんはカウンターの中に入り奥のスペースに進んだ。

「ああ、息苦しい」

 とカウンター裏のスペースに入ってから希美さんは息を吐きだすように言った。

「大事なことを言うのを忘れていたのだけど、今は二階堂順平という名前をあまり周りに言わないほうがいいわ」

 希美さんは俺に向き直って言った。

「どうしてですか?」

「それは誰が見方で、誰が敵かがまだはっきりしないからよ」

 と希美さんは階段を上がりながら言った。俺は帽子を外し、希美さんへ返した。

「午後から魔法の練習をしましょう」

 希美さんは腕時計を見ながら言う。二階に上がると昨日とは違う部屋の扉を開けた。中は少し広いリビングのようになっていた。ダイニングテーブルと部屋の壁には配膳用のくぼみのようなものがあった。

「その前にご飯を食べましょう。私ったら、自分が朝ごはん食べない派だからって順平君にも強制しちゃった。ごめんね」

 と希美さんは言った。言われて気が付いたが、確かに朝ごはんを食べていない。人間不思議なもので気が付くと空腹感に襲われるものだ。

「しばらくはここがあなたの家になるわ。基本的に私が一緒にいるから安心してね。――メニューはここにあるわよ」

 と希美さんはテーブルの上においてあるメニューを手に取った。

「それは?」

「このお店で出しているメニューをそこの配膳口を通して二階に転送してもらえるのよ」

 と希美さんは言った。

 俺は希美さんからメニューを見せてもらった。が、俺は特に食にうるさくはない。というか無関心だ。

「オレンジジュースとホットケーキでお願いします」

 と俺は言った。すると希美さんが、配膳口の横を指さした。

「あそこのホワイトボードに書いたら下に転写されるから、注文は自分でしてね」

 希美さんはそう言い、メニューに目を戻す。

 俺はなるほど、と思い、配膳口の横のホワイトボードに自分の注文メニューを書いた。するとすぐに『承知しました』という文字が現れ、文字が消えた。

 俺が注文したものは十五分ほどで配膳口に出現した。これもなんらかの魔法が使われているようだ。

 希美さんの注文料理は俺より少し遅れて”配膳”された。


 食事を終えた。希美さんはスマートフォンを操作している。

「食べ終わったね」

「はい」

 俺は食べ終わった食器を希美さんに言われるがまま、配膳口に戻した。配膳はこちら、使用済み食器はこちら、という形式ではないようだ。

「そしたら隣の部屋に行こうか」

 希美さんは杖を片手に歩き始めた。俺は希美さんに言われるがままについて歩く。

 廊下に出て、すぐ隣の部屋に入る。

 そこは先ほどの杖屋で見た呪術訓練場のような部屋だった。

「ここは特殊な結界が張ってあるからね。多少無茶な魔法を打っても大丈夫だよ」

 希美さんはそう言いながら杖を今までになく鋭く振ると、杖先から炎が噴き出し部屋の端にある案山子を燃や上げた。

「しかもこの案山子は自動で治癒されて復元するからね。無理な魔法を使っても大丈夫」

 と希美さんは続ける。案山子は確かに十秒ほどをかけて元の姿に戻った。

 俺はその様子を黙って見つめていた。額には案山子を燃やした魔法による熱で汗を少しかいていた。

「そしたらここで魔法の訓練をしようか」

 希美さんは俺にそういった。

「訓練と言われても、俺は魔法についてまだ全然わかっていません」

 俺は答える。

「魔法っていうのはね、想像力が大切なの。よく非魔法族の小説とかで呪文を唱える魔法使いが出てくるでしょう? 実際には魔法を使うのに詠唱はいらないの。ただ、呪文を唱えることで意識を集中させ、難しい魔法を使いやすくするというメリットはあるわ。要は魔法は想像力が大切ってことよ」

 何やら情報量が多すぎるが、想像力が大切らしい。俺は先ほど買ったばかりの杖を右手に持ちながら言った。

「例えば今、私が案山子を燃やしたよね? それは私が、私の杖先から炎が出て案山子を燃やす様子をイメージした。そして杖を振ったからそれが実際に現れたってこと」

 ふむ。イメージか。

「ちょっと順平君も同じようにイメージして振ってみて」

 と希美さんは俺の両肩に手を置きながら言った。

 俺はうまくいくかあまり自信はなかったが目を瞑り、俺の杖先から炎が噴き出し、案山子を燃やすイメージをして先ほど買ったばかりの杖を振り下ろした。

 すると、杖先に身体中から何かが吸い寄せられる感触とともに杖が振動し、熱を帯びていた。

 俺が目を開けると俺握る杖先からは炎が噴き上がり、案山子をごうごうと燃やしていた。希美さんの炎よりもずっと大きな炎だった。その間も俺は杖に何かが吸い寄せられる感覚があった。案山子はとっくに燃え落ちていた。

「順平君、それ止められる?」

 と希美さんが言った。

 俺は炎が止まる様子をイメージした。すると杖の振動が徐々に弱くなり、杖から熱が伝わらなくなった。

「すごいわね」

 希美さんはポツリと言った。

 部屋の中の温度が一気に上がっていた。


「君に教えることはほんとんどないわね」

 と少ししてから希美さんは言った。

「いやいや、俺、まだ全然よくわかってないですよ」

 俺は本当によくわかっていない。

「あとは学校で勉強しなさい。私が変に口出ししないほうがいい魔法使いになれそうだわ」

 ちょっと希美さんは寂しそうな顔をした。

 すると部屋の扉をノックする音がした。ノックの音に希美さんが呼応する。

「羽村さん、沢村です」

 扉の外の男が言った。希美さんはその言葉を聞くと扉を開けに向かった。

 部屋の入り口に四十歳くらいの男性が立っていた。

「いやはやすごい魔力ですな」

 沢村と名乗った男は希美さんに紙を手渡しながら言った。

「でしょう?」

 と希美さんはちょっと得意げに言った。

「ちょっと今、お話できますか? 順平様もご一緒に」

 沢村と名乗る男は俺を交えて話をしたいと申し出た。

「わかりました。順平君、紹介します。こちらは北海道魔法魔術学校で事務員をしている沢村悠人(はると)さんです」

 希美さんは沢村さんの横に立ち俺に紹介する。

「は、初めまして。――羽村順平です」

 俺は先ほど言われたことを守って偽名で名乗った。

「ああ、大丈夫よ。沢村さんは私たちにずっと協力をしてくれている人だから」

 希美さんは言う。そういうことならそう言ってくれよ、と思った。

 沢村さんはにこやかに笑うと「よろしくお願いします」と言った。

「場所を変えますか?」

 希美さんは沢村さんにたずねた。沢村さんは黙って頷いた。

「順平君、そしたらさっきのリビングに戻りましょうか」

 と俺たち一行はリビングルームへと移動した。

 ダイニングテーブルの奥に俺と希美さんが座り、手前側に沢村さんが座った。

「何からお話すればいいことやら」

 沢村さんは座るなりそう言った。

「幸平さんと瑞希は? 無事ですか」

 希美さんは真っ先に聞いた。が、沢村さんは首を振った。

「残念ながら、今お二人がどこで、何をなさっているのかはわかりません。最後に連絡が取れたのが1週間前ほど前のことです」

「私と連絡が取れなくなったのとほぼ同じ時期ね」

 希美さんはうなだれながら言った。もしかしたら自分の知らない情報があるかもしれない。もしかしたら幸平と瑞希は元気に過ごしているのかもしれない、そんな淡い期待を打ち砕かれた様子だった。

「あの、父さんと母さんは何をしているんですか?」

 俺は今まで疑問に思っていたことを質問した。

 希美さんと沢村さんが顔を合わせる。そして少しの間を置いて沢村さんが口を開く。

「二階堂様のご両親ですが、二階堂正平という人物と敵対しています。今、二階堂正平はこの日本を足掛かりに世界を支配するためにあれやこれやとしています。それを食い止めるためにご両親は動かれています」

 と沢村さんは言った。


 そこからは一部、希美さんから聞いていた情報と重複する部分もあったが詳しく教えてもらうことができた。

 両親は魔法界における警察にあたる組織『魔警』の中にある重大魔法犯罪取締局に所属しているらしい。

 両親は重大魔法犯罪取締局で職場恋愛の末、結婚、退職をしたそうだ。しかし、二階堂正平が勢力を伸ばしたため急遽復職をしたらしい。札幌に引っ越してきた後、俺の家にお手伝いさんとして出入りしていた人も重大魔法犯罪取締局の人間だったようだ。ちなみに希美さんも現役の重大魔法犯罪取締局の人だということが明かされた。

 二階堂正平という人物は建前上は魔法族の地位向上を訴えているが、実質的には魔法に長ける人物を重用し、魔法に劣る者は魔法族であろうとも異端として殺害を繰り返す人物らしい。そして厄介なことに非魔法族に対しては新興宗教を装い接近し、『奇跡』と称して魔法を見せてコアな信徒を獲得しているのだとか。

 将来的にはこの宗教組織を使い、非魔法族を大混乱に陥れ、その隙に魔法族が非魔法族を統治する体制を構築するつもりだそうだ。

 そして両親は希美さんとは魔道具で、沢村さんとはメールで日報のようなやり取りを送っていたらしい。

 しかし、それが途絶えたのが約1週間前。二階堂正平は強力な魔法使いであり、太刀打ちできる人物も限られるのだとか。

 だが、俺の両親は二階堂正平に対抗できる数少ない人物の一人であるため今は心配をしなくてもよい、と言われた。


 一通りの話が終わった。

「いきなりいろいろな話をしてしまって申し訳ないです」

 と沢村さんは俺に頭を下げた。

「俺もわからないことだらけだったので」

 俺はそう言った。実際、今までわからないことだらけだったのが少しわかるようになった。

「それにしても、二階堂正平はやばいわね」

 と希美さんは言った。

「そうですね。あ、そうだ」

 と沢村さんは俺と希美さんに紙を差し出した。

「入学申込書ね! 懐かしい」希美さんは紙を見ながら言った。

 入学申込書、恐らく俺が入学すると言われている魔法学校のことだろう。

「そうです。こうなっては順平様には入学していただかなくてはなりましたからね」

 と沢村さんは言った。

「実技試験はいつ?」

 希美さんは気さくな様子で聞いた。って、実技試験があるの? 初めて聞いたんですけど。俺、大丈夫かな。

「実技試験は十二月にあります。が、先ほどの魔法をすべて見ていたわけではありませんが、恐らく余裕でしょう」

 と沢村さんは言った。


 この日以降、希美さんと魔法の練習をほぼ毎日行った。

 そして、迎えた実技試験。――無事、合格した。

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魔法使い 二階堂順平の物語 歳桃晃弘 @saito_san

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