第12話 花火の町

初出は~なろうにて2015年8月。文字数約1800字。

車の移動するシーンの練習の為書いた小説。


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        ドン!


 車が坂道を下った瞬間、大きなオレンジ色の大輪が、目の前の空に見えた。


「あ、花火!」


 母親と二人で後部座席に座っていた娘が、身を乗り出して、指を差して言った。


「ホントだ。こりゃあ、一等席の眺めだ」


 運転している父親が言った。


「明日から学校始業式なのに、この町は今日が花火大会なのね」


「だから今日なのかもしれない」


 母親の言葉に返すように父親が言った。


   ドン!   ドン!   DON!


 オレンジ・黄色・緑、色とりどりの花火が立て続けに上がる。


「きれい」


 娘は花火に魅了され、釘付けになって見ている。


「ああ、綺麗だな」


「ホント」


 夫婦も眺めながら口々に言う。

 坂道が終わり、車は平坦な道を走る。

 両脇に家が並ぶ。


  ドン!   ドン!


 花火の音はするが、建物の所為で良く見えない。


 娘は脇の窓から音のする方を探す。


「見えなくなっちゃた」


 寂しそうな声で言う。


「もう少し行くと開けるから、また見えるさ」


 運転しながら父親が言った。




 暫く行くと、道路際一杯に並ぶ家は無くなり、店舗の駐車場等でまた空が見える様になった。

 駐車場には数十人の人々が立って夜空を眺めていた。

 その中には、中学校の制服を着た子供数人と、先生らしい大人の姿も見えた。

 この町では数年前、長雨による土砂災害が起きていた。

 人も十数人死んだ。

 この場にいる中学生の中にも親を失った子がいた。

 先生は夜空に上がる花火を見ながら生徒達に言った。


「生きてさえいればいい事もあるんだ。お前らも、いつかあの花火みたいに人生に大輪の花を咲かせる時が来るんだ。だから下なんか向かず、いつも花火を見る様に、上を向いて生きろよ」



  ドン! ドン!  ドン!


 音に合わせて花火が次々に花開いて行く。


「音と花火にあんまりズレがないから、近いんだな」


 車を運転している父親が言った。

 娘は向きが変わり、横の窓から見える花火を、窓に手を付け、食い入る様に眺めていた。


「きれい…」


「本当。パーンと大きく綺麗に広がって、直ぐ消えちゃうの、誰かさんみたい」


 母親が言った。


「やめろよ。聞こえるだろ」


 父親の言葉に母親は娘の方を見る。

 娘は窓にくっ付いて、花火に夢中だった。


「大丈夫よ。聞こえてないから」


 父親は室内ミラー越しに娘を眺め、そして母親の方を見た。目が合った。


「悪いと思ってるよ。だから一人で逝こうと思ってたんだ。保険金で借金は棒引き、寧ろ幾らかは残る。それでお前達は生活を再建出来れば」


「何度も言ってるでしょ。考えたけど考えられなかった。皆で逝こうってしか思えなかった」


 母親はそう言い諦めた様な薄ら笑いを浮かべると、花火を見ている娘の方を眺めて、また言った。


「きっと、花火とか見に来ている人達は、幸せなんでしょうね。明日や明後日なんて事を考えてたら、空なんて見上げてられないでしょう」


「皆が皆そうとは限らないさ。今すぐどうとかじゃなくても、数週間先、数ヶ月先の事で困っている人はいるかも知れない。自分達だけが特別とか、不幸だとか思っちゃいけないよ」


「あなたが言わないでよ」


「ごめん…」




 車は花火の脇を通る様に進み続けた。


「世の中には私達みたいな人もいるのかなあ」


 母親が言った。


「そりゃーいるさ。一億人いるんだぜ。今まるっきり同じ状態の人だって、日本中に三人位はいるだろう」


「一億分の三」


「まあ、そう」


「そう考えても全然連帯感沸かないわね。何処かの誰かの話だし。逆に私達家族の孤独感が募っちゃう。あ~あ、あんなに友達とかもいたのにな。この子の友達のママとかも。でも今は、誰にも会いたくない」


「悪いな、ごめん」


「しつこかったわね。いいの、私が未練がましいの。一緒に逝くって決めたのに。こっちこそごめんね」


 母親は少し涙目になり、そう言った。



    ピュルルルルルルルー


「あ」


 窓から外を眺めていた娘が声を漏らす。


     ドドーン


 地鳴りの様な音が響く。


     パラパラパラ・・・


 火の粉が空を漂い落ちて来る。


「今のすごーい!」


 娘が驚いた様に声を上げる。


「今のは大きかったなー。尺玉かな」


 父親が言った。


「ホント、音が大きくてビックリしちゃった」


 母親が言った。


「尺玉上がったんじゃ、そろそろおしまいだな」


「ええー、もう終わりなのー」


 父親の言葉に娘が言った。


「ああ、どうせもう直ぐ町を抜けると見えなくなる。この先は田んぼとか山ばかりだ」


「ああ、つまんないなー」


「何だって、いつかは終るのよ」




 程なく車は町から遠ざかり、花火の音も聞こえなくなった。

 車は夜の道を山の方へ向かって真っ直ぐ走った。

 後ろのトランクに練炭を載せて。






         おわり


 

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短編臭 孤独堂 @am8864

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