第11話  抜けない闇

初出は~なろうにて2015年6月。文字数約6000字。現在検索除外中。

『未成熟なセカイ』の元になる『誰かの思い出ーホントノキモチ』という小説の高校生編の短編。 ネタバレw



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 深夜一時。

 食品加工場。

 皆、衛生帽、白衣、長靴、マスク、手袋を付け、コンビニに送る野菜サラダを流れ作業で透明なカップに詰めて作っている。

 十七歳、高校二年の倉橋美紗子もそこにいた。

 他のパート・アルバイトに混じり一列に並び、流れ作業のレタスをカップに入れていた。

 通路を歩いて来た工場長が後ろを通る。


「きゃ!」


 一瞬、美紗子が声を上げる。一斉に衛生帽とマスクで顔の分らない顔が美紗子の方を向く。

 工場長が通りすがりに美紗子のお尻を鷲掴みしたのだ。


「すいません。何でもありません」


 周りにそう言うと美紗子は作業を続けた。

 工場長はニコニコして去って行った。

 青白い照明の静かな食品加工場。




 午前十時半。

 遠野太一は電車で美紗子のいる町へ向かっていた。

 太一と美紗子は小学校四年の時クラスメイトだった。

 美紗子は太一の友達の幸一を好きだったのだが、振られ、本当は好きだったのに太一はその時からかい、意地悪をした。その後五年になり、再び会い話す機会があり、太一は今でも美紗子を好きな自分に気付き、告白したのだが振られた。その頃、美紗子の母親が交通死亡事故を起こし、美紗子の家は家を売り、祖母のいる此方の町に引っ越して来た。太一はその後も美紗子を心配し、もう六年近く暇を見つけては美紗子に会いに来ていた。

 太一は比較的空いている車両の中で、席に座り、下を向いてスマホの画面を見ていた。美紗子からのLINE。


『駅近くのコンビニに居ます。着いたら連絡下さい』


 太一の街と美紗子の町は約四十キロ程離れている。電車で四十分ちょっと掛かる。

 着くまでの間、太一は窓の外を見たり、美紗子からのLINEを見たりと、交互に繰り返していた。窓の外の空は晴天だった。


『もう三分程で着きます』


 太一は美紗子にLINEした。


 六月で湿気で少しムカムカするが、今日はデートするには最高の晴天だった。


 二人は駅で落ち合い、駅前の通りへと出た。

 太一の住む街に比べるとこの町は小さい。駅前にもぱらぱらと商業施設が並ぶ程度だった。


「今日もバイトだったの?」


 太一が聞いた。


「うん。午前三時まで」


「三時! 寝てないんじゃないの」


 美紗子の話にビックリして太一が聞いた。


「大丈夫。帰って五時間位寝たから」


「そう。午前三時なんて危ない奴とかいるかも知れないから気を付けろよ」


 心配そうに太一が言った。


「大丈夫。私自転車で飛ばして帰るから」


 そう言うと美紗子が自転車を物凄いスピードで漕ぐ仕草をして見せた。


「ははは、大丈夫かい。それと朝食べた?ファミレス入る?」


 太一はスマホで時間を見て、手前にあるファミレスを指してそう言った。

 時間は十一時になる所だった。


「朝食べてない。いいよ、入ろ」


 美紗子が言った。


 太一はハンバーグランチ、美紗子はカルボナーラ、それと二人共、サラダバーとドリンクバーを付けた。


「お尻ー!?」


 太一は思わず大きな声を出した。

 美紗子は口の前に人差し指を立て、シーっとする格好をして言った。


「そう」


「触られたの?」


 太一がまた聞く。


「触られたって言うより、掴まれたって感じ、こう、ぎゅうっと」


 太一はフォークとナイフを置き、突然立ち上がって言った。


「行こう」


「何?」


 ビックリした美紗子が聞いた。


「工場長をぶん殴りにさ」


 太一は怒った顔をして言った。


「駄目、やめて、困る」


「なんで?」


「それはショックだったけど、深夜勤のバイト、高校生は駄目なの見逃して貰ってるの。クビになると困る」


「でも、ショックだったんならやっぱり」


 太一の怒りはまだ収まりそうになかった。


「違うの。太一君が思ってる様なショックと違うの。とりあえず掛けて」


 そう言うと美紗子は椅子に座るよう促した。


「何が違うの?」


 そう言いながら太一は椅子に掛けた。


「工場長ね、前に私位の娘がいるって言ったの。それなのに私のお尻掴んだのよ。自分の娘の掴んだのと同じ事じゃない。それ考えると、ショックで気持ち悪いの」


 太一は話を聞いて呆気にとられた気分になった。


「あのさー、それは、俺分ると思う」


「え?」


 太一の言葉にビックリして美紗子は聞き返した。


「俺、男だからかも知れないけど分る。自分の娘と他人の娘は違うんだよ。自分の娘は何処まで行っても娘だけど、他人の娘は全て女。ほら、娘のいるお父さんが、自分の娘と同い年か、それ以下の女の子のいるキャバクラとか風俗とか平気で行っちゃうじゃん」


「えー、それはそれでやっぱり気持ち悪い」


 美紗子は本当に気持ち悪そうな顔をして言った。


「気持ち悪がってもそういうもんだよ」


 そう言うと太一は店内の中年親父や窓から通りを歩く中年親父を眺めながら続けて言った。


「でも、高校生が内緒で深夜勤働いてるのを見逃してるんだぞって、こっちの弱みに付け込んでるんなら、やっぱりぶっ飛ばした方が良くない? 今度は胸見せろとか触らせろとか言ってくるかも知れないじゃん。大人にはとんでもねー奴結構いるからな」


「そしたら流石に辞めるよー。深夜勤だから時給凄く良いんだけどね」


 美紗子が言った。


「やっぱりお金?大変なの?」


 太一が聞く。


「うん。こっち来てからパパずっと派遣だからね。前住んでた方では仕事したくないって言うし、ママはあれから鬱病で病院通ってるし、妹も中学生になるし。色々お金掛かるのよ。それなのに毎月、年金だ健康保険だとか、決まって取られる物もあるし。全く国は私達家族を殺したいのかしら」


 美紗子が言った。


「相変わらず生活保護とか受けないんだ」


「お婆ちゃんちに住んでるから、申請出来るか分らないけど、調べてもいない。生活保護って、受けたら力入らなくなりそう。なんか、あー終っちゃったんだ。って感じ。大体私何にも分らないんだから、困ってそうな家には行政から来て、色々受けられるサービスとか具体的に教えてくれなきゃ、自分達じゃ何があるのかすら分んない」


「そうか…」

 寂しそうに太一が言った。


「そう…」


 美紗子も寂しそうに言った。

 六年前、美紗子の母親の起こした事故は当時小学校六年生の女の子を死亡させた事故だった。名前は小川瑞穂。賠償責任は億単位に登り、任意保険に入っていたとはいえ、それまでの生活を一変させるものだった。

 

 食事も一段落して、二人のテーブルには飲み物だけが置かれていた。


「これ」


 そう言うと太一は美紗子の方に向け、茶封筒をテーブルの上に置いた。


「いつも少ないけど」


「悪いよ」


 太一の言葉に美紗子はそう答え、なかなか茶封筒に手を出さずにいた。


「いつも言ってるけど良いんだよ。バイトしてるし、美紗子のスマホ止まっちゃったら連絡出来なくなるし。それに俺、今でもずっと美紗子の事好きだから」


「馬鹿」


 美紗子はそう言うと少し顔を赤らめて、テーブルの上の茶封筒を受け取った。

 中身は確認しなかったが、二万円入っていた。


「いつもありがとう。本当に助かります」


 美紗子はそう言いながら丁寧に頭を下げた。


 ファミレスを出た二人は美紗子が服を見たいと言うのでアパレル系の店舗が多く入っているビルに入って、見て回った。


「あ、これいい」


 美紗子が店の入り口付近の特価品のコーナーの服を手に取り言った。


「どれ」


 太一が覗き込んで値札を見る。


「えー、九百八十円じゃん。安すぎるよ。俺金出すからもう少しちゃんとしたの買えよ」


 太一が言った。


「さっきも出して貰ったのに悪いよ」


 美紗子が少し甘えた声で言った。


「いいよ、いいよ。せめて三千円位の買えよ」


「じゃあ、この九百八十円のコーナーの三枚買っていい?」


「なんでそうなるんだよ。三千円だけど、俺の言ってる事と違うじゃん」


 笑いながら太一が言った。


「たまにしか服買えないから、枚数欲しいの。いいでしょ?」


 そう言うと美紗子は笑顔で太一にお願いする様な仕草を見せた。


「しょうがねーなぁ」

 


 買い物を済ませた二人は店を出て、公園に向かって歩き始めた。


「でも、美紗子が明るくなって本当良かったよ」


 太一は思い出した様に言った。


「それも太一君のおかげだね。軽い鬱病で誰にも会いたくなかった私に、ちょくちょく会いに来てくれたもんね」


「最初は会ってくれなかったもんな。家の前や、お前の部屋の前で何回も出て来るの待ってた。今はこうやって一緒に歩けてるのが不思議だよ」


 太一は遠くを見ながら言った。


「太一君が居たからだよ。太一君はいつまでも私の事を忘れなかった。きっとね、世の中のいっぱいいる困ってる人達は、具体的な助けだけじゃなく、自分の事を分かってる、自分の状況を知っているって人がいるだけでも、それは救いになるんだよ」


 美紗子が言った。


「そうなのかなー。俺、美紗子程頭良くないから分んないや。そう言えば美紗子は頭良いから大学行くの?」


「行かないと思う。行くとなると奨学金借りる様になるでしょ。ウチの場合、何かあったら借りた奨学金の分だけ借金増えて、一家心中とかなりそう」


「せっかく頭良いのに」


「頭がちょっと良いだけでは大学には行けないのだよ。お金さえあれば誰でも行けるけど。フフ」


 そう言って美紗子は少し笑った。

 


 程なく二人は公園に着いた。

 今日は土曜日だからか、誰もいなかった。

 二人はブランコに並んで座った。目の前には砂場が見えた。


「幸一君どうしてる?」


 美紗子が太一に聞いた。


「なに、気になるの?」


 太一が聞き返す。


「好きとかそういうのじゃなく。やっぱり瑞穂さんの事で、後ろめたいというか、幸一君の人生も変わっちゃったんだろうな。って思うと」


「ずっと会ってないから分らない。多分今もまだ引籠もってるんだと思う。アイツ中学三年間一回も来なかったし、高校受けられなかったろ。でも、美紗子の母さんの交通事故はもう引きずってないと思う。途中からは自分が外に出るの怖くて引籠もってるんだと思う。アイツんち親共働きで昼間一人だからな。逃げ込むには良いんだよ。瑞穂さん。アイツが助けた子、その子は親に監禁されてたけど、助けた幸一が引籠もりじゃ、まるで漫画だね」


 太一が言った。


「そう、そのどうしようもない様な運命に私も鬱病みたいになったのよね」


 美紗子は遠くを見ながら言った。

 美紗子が小四の時好きで告白した幸一が五年のGWで見つけた女の子、小川瑞穂。彼女は母親に監禁されていた。幸一が見つけた事で保護されたが、数日後、雨の日、美紗子の母親が轢いて死亡した。

 この事を知った時、美紗子は逃げられない運命。決まっている運命に恐怖した。自分がどう頑張ろうと、知らない所で運命は決まっているんじゃないのか?そう思うと、生きる意味も見失い、軽い鬱病になったのだ。


「私は、太一君が居たからこうしていられるのね。きっと私も引籠もっていた筈の運命を、太一君が変えて見せた。幸一君にはそういう人がいなかったのね」


「いやー、俺は美紗子が好きなだけだよ。俺、好きになれば馬車馬だから」


 太一は照れ笑いしながら言った。


「ありがとう。好きでいてくれて」


 美紗子は太一の方は見ず、正面の遠くを見たまま言った。

 

 それから二人はゲームセンターでクレーンゲームをしたり、ウインドゥショッピングを楽しんだりして、夕方まで過ごした。

 


 駅前の喫茶店。


「JK散歩とか、援交とか、してないよね?」


 太一が聞いた。


「え、なんで」


 何を急に言ってるのかと言う口調で美紗子が言った。


「だって美紗子、金金って。生活苦しいのは分るけど、お金に対する執着心最近強いから」


 太一は少し拗ねた様に言った。


「もう、この辺にJK散歩なんてないでしょ。テレビの見過ぎ、東京じゃないんだから。それに私は、家族を守る為に働いてるだけだし、今、バイト掛け持ちで三つやってるし。そう言うお金の稼ぎ方はしないよ」


 少し呆れた様に美紗子は言った。


「それならいいけど。お金さ、足りなかったら言ってくれよ。俺もっとバイトするし、お前が変な事してたら、凄い辛い」


「分ってる。太一君には本当に感謝してる。絶対裏切る様な事しないから。でもね、人間て、落ちるのは簡単だけど、いざ上がろうとすると、全然欠片も上がれないんだよ。幾ら頑張って稼いでも、毎月何かしら支払いがあって、貯める前に持ってかれちゃうの。人間て平等じゃないと思ったし、日本て、生かさず殺さずで、私達を救う気がない国なんだなぁって思った」


「うん。そうかも知れない。それでも美紗子はちゃんとしてて貰いたい」


「分ってる」


「そろそろ出ようか」


「うん」


 そう言うと二人は喫茶店を跡にして、駅の方へと歩き出した。

 そろそろ太一の帰る時間が迫って来ていた。



 午後六時過ぎ。

 駅前は人はまばらだった。

 二人は人目を避ける様に、駅の建物脇の木立の方に入った。


「抱きしめていい?」


 太一が聞いた。


「いいけど、服買って貰ったしなって、思っちゃうよ」


「構わない」


 そう言うと太一は美紗子の体を力一杯抱きしめた。

 次会える時まで忘れない様にと。


「キスもいい?」


 抱きしめながら太一が更に聞いた。


「いいけど、お金貰ったしなーって、思っちゃうよ」


 美紗子は惚けた口調でそう言った。


「それでもいい」


 そう言うと太一は美紗子の唇に自分の唇を重ねた。

 二人は一分程そうして抱きしめ合い、キスしていた。


「これで次会う時まで、美紗子の匂いや感触を覚えていられる」


 唇と体を離しながら太一がニコニコしながら言った。


「馬鹿」


 照れくさそうに美紗子は言った。



 それから十分程して、太一は電車内に一人でいた。


『今日は楽しかった。また直ぐ来るから。夜中にまたLINEする』


 太一は美紗子宛にLINEして、窓の外を眺めた。

 電車が動き出した。



 美紗子は駅前に立っていた。

 太一からのLINEを見て、


『こちらこそ楽しかったです。ありがとう』


 と、返信を打ち、スマホの電源を切り、歩き出した。


 駅から五分程歩いた所のマンションに美紗子は入って行った。

 五階の角部屋のドアを開け、美紗子は中に入る。


「おはようございます」


「おはよう。四番空いてます」


 美紗子の声に中の中年男性が答える。

 部屋の中は改築され、細かく間仕切りが立てられ、二畳程のスペースで七つの部屋が作られていた。


「瑞穂さん、入室ね」


 中年男性が言う。

 美紗子は此処では瑞穂と言う名前にしていた。

 手前から三つの部屋は既に、私服だが明らかに高校生位の若い女の子が入っていた。そしてパソコンのモニターに向かって話をしている。ネットの有料配信のアルバイトだ。パソコンの置かれた机の下にもカメラが設置され、スカートの中身を撮っている。パソコンと向かい合うように制服や水着・体操服等衣装が掛けられた、簡易の更衣室がある。ネットで繋がった客の注文でその更衣室で着替えるのだが、間のカーテンは短めにされており、完全に隠す事は出来なくなっていた。また、更衣室のミラーも角度を付け、パソコンのカメラに合わせてある。

 

 美紗子は言われた通り四番の部屋に入って、パソコンの前に座り、軽く笑顔をカメラに向けた。

 パソコン画面上の入室件数が三、四、と増えて行く。

 画面上に客のコメントが流れる。


〈こんにちはー〉


「こんにちは」


 美紗子はパソコンに向かって手を振り、笑顔で答えた。






          おわり

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