生まれ変わり

@si2ta1_

道沿いの雑木林へと続く細道に入り、急勾配の坂を下っていくと、道の途中で小さな祠が祀ってある広場に出る。そのすぐ傍の階段を降りた先に、また細く曲がった道が弓形に続いていて、そこから二手に分かれた岐路を右に進めば、古い木造のバス停留所に到着する。


停留所の脇には一本の百日紅が植えられていて、初夏になれば、季節に追い立てられるかのように、また火が付いたかのように次々と花が開く。

宛らそれは小さな爆弾のようだと、夏が来るたびに思っている。


ある朝、停留所の中を覗くと、木製のベンチに幽霊が座っていた。

半透明の体が初夏の日差しにぼうと透けている。その癖、輪郭だけははっきりしていて、妙な存在感がある。

幽霊はこちらの視線に気付き、ちらりと私を見たが、何事もなかったかのようにまた空を眺めた。

逡巡した後、隣に座っても良いですか、と聞くと、幽霊は頷き、はい、と答えた。

やけに淀みのない声をしていた。

そのまま幽霊と二言三言話すと、如何してか、不思議と呼吸の合うことを感じた。

その日はただそれだけで、私は到着したバスに乗り込んだ。


翌日も、幽霊は同じ場所に座っていた。

何も言わずにいるのも躊躇われて、一言挨拶をして座った。

何も言わずに彼は会釈をして、少し待ってから、天気が良いですね、と言った。

それから、そうすることが当たり前のように話をした。

空模様から始まり、百日紅が良く咲いていること、気の早い蝉がもう鳴き始めていること、本格的に夏が近づいてきたこと、祖母の作るお萩が甘いこと。

あまりに自然な心持ちで会話をしていたので、時折彼の透明な足先や横顔が視界に入って漸く、自分が幽霊と話していることを思い出していた。

停留所の幽霊と話すことは、私の日課となった。


蝉が次々と鳴き始めて、百日紅の隣に紫陽花が咲いた。

いつも通り、彼は停留所のベンチに座っていて、私は軽く会釈をして隣へ腰掛ける。

その次の日も、更にその次の日も彼は何かを待つように、そこに座っていた。私は用事があってもなくても、停留所へ赴くようになり、また様々な話をしたが、それでもまだ、不思議と話し足りないような気がしていた。


彼は生まれ変わりを信じていた。曰く、身体が朽ちた後の生き物の魂は、何処か遠くへ向かったあと、また別の場所で生を得るらしい。

幽霊がそんなものを信じるのも滑稽だと笑っていたが、天国に一番近い彼が言うのだから、たぶんそうなのだろうと思う。


ある朝、私が停留所を覗くと、彼は変わらずそこにいて、物憂げに、ぼんやりと空を見上げていた。

何も言わずに隣に座ると、昔のことを思い出していたのだと語った。

彼には心に想う人がいるらしく、偶にこうして空を見上げては、思い返しているのだという。

もう随分昔のことだから、きっと死んでしまっているだろう。それでも忘れるに忘れられず、こうして探しにきていたのだと、寂しげに笑った。

ずっと生まれ変わりを信じている。彼の言葉が鮮明に想起されていた。

だから、もし一眼でも彼女を見ることが出来たなら、自分はもう満足だよ。

彼は空を眺めたまま言った。

半透明の横顔の向こう側で、良く晴れた空の浅い群青が見え隠れしている。

満足ならどうなるのですか、と問いかける。

泡のように消えてしまうだろうね、と返る。


それ程ならば、どうして毎日ここで座っているのだろうか。

生まれ変わりを信じるのならば、もっと人の多い場所でその人を探した方が早い。わざわざここにいる必要がない。私がそれを聞くと、彼は空を眺めたまま、押し黙った。


暫くして、漸く口を開いた。

「彼女がもし生まれ変わっているのなら、ここへ来ているだろうから。」


何処か遠くから風が吹いて、ふらりと頬を撫でた。胸の奥で何かがすとんと落ちる感覚がした。

喉が渇いていた。口がまるで別の意志を持っているかのように動き、私もです、と答えた。そして、何か夢を見ているような心地のまま、私もずっと、貴方を待っていました、と言った。

夏の風が髪を揺らしている。

ただ黙ったまま、彼を見ている。

そうしているうちに陽は傾いて、暖色の西日が向かいに並ぶ木々を染めた。

まるで百日紅を染め出して、その色を誰かがそのまま着色しているような錯覚を覚えた。

長い静寂の後、彼は顔を上げると、そうか、君だったのか、と言った。

そしてこちらを一瞥した後、端から輪郭が崩れ、曖昧な靄となって、消えた。


それ以来、私は生まれ変わりを信じている。

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