ハートフル赤ずきん~イケメン三豚といっしょ~

シャナルア

本編

 童話の世界は、不思議な別世界。


 たくさんの童話の物語を、本と本を通じて行き来することが出来るのです。


 そしてそれぞれの童話には、それぞれの物語の登場人物を演じる住人達が住んでおります。


 物語の住人達は一定期間を過ぎれば役目から解放され、そして同時に新しい命が誕生し、その者が登場人物の役目を担います。


 その仕組みのことを皆、【世代交代】と呼びました。


 こんな不思議な世界の【赤ずきん】の童話にて、事件が起きたのです。


***


「ううぇえええええん! 助けてくださいぃ~!」


 女の子の声です。


 赤い頭巾を被った女の子は大泣きしながら、レンガの家のドアをガンガン叩きました。


 ガチャン


「あ……!」


 ドアが開きました。


「ありがとうございます! どうかわたしを助け――」


「るっせーよ!! おやつタイム中に邪魔すんなあ!!」


「キャー!」


 中から出てきた、小柄で可愛らしい青少年が、目を尖らせながら叫びました。


 声変わり前の天使のような声です。


 だけど女の子を相手に、全力で警戒しています。


「ふー! ふー!」


「はわわ……」


 青少年は獣のように威嚇し、女の子を怯えさせました。


「た、食べないで……」


 女の子はうるうると目を潤ませます。


「ふー! ふ、あ痛っ!」


 可愛らしい青少年は、後ろの誰かに頭をチョップされました。


「うるさいのはお前の方だぞ」


「全く、女性には優しくしろと何度も言ってるじゃないか」


 レンガの家から、さらに二人の青少年が出てきました。


 一人は耳にピアス、胸元が大胆に見えるぶかぶかのTシャツを着ており、3人の中では一番ガタイがいいです。


 もう一人は眼鏡をかけており、上下ともに無地のコーディネート、言葉遣いと仕草から、知的さと礼儀正しさを感じます。


「あ、あなた達は……」


 女の子が、レンガの家から出てきた3人の青少年を見て、自分が探し求めていた相手だと確信します。


「ま、俺たち有名人だしな」


「弟が乱暴で、すみません。どうぞ入ってください」


「はー!? こんな怪しい奴を入れろっての?? てか、ここは僕が作った家だぞ!」


 女の子は、3人の青少年を見て言いました。


「あなた達が、3匹の子豚さん達ですね」


***


 3匹の子豚もとい青少年は、女の子をレンガの家に招き入れ、お茶を出しました。


「さてと、早速だが自己紹介だ」


 ガタイのいい男が真っ先に取り仕切り、そして名乗りました。


「長男のケルベロスだ。よろしくぅ!」


「次男のオルトロスです。以後お見知りおきを、お嬢さん」


「三男のフェンリル。ふんだ……」


 兄弟の名前を聞いた少女は思いました。


「皆、犬さんみたいな名前してますね」


「ケル兄ぃとオル兄ぃの名前をバカにすんなぁあ!!」


「バカにしてないですぅう!! 犬さんみたいな名前でかっこいいって意味ですぅう!!」


 少女の思いがけない言葉に、フェンリルは顔を赤らめます。


「……なら、許す」


「へえ、これがツンデレってやつか」


「いいえお兄ちゃん、物語序盤で堕ちるツンデレは、【チョロイン】と呼称されています」


「は?? うっせーバーカ!! くそ兄貴共!!」


 兄弟げんかが始まりました。


「あの、わたしの自己紹介がまだです!」


「おっとそうだったな」


 おほんと少女は咳払いをします。


「わたしはなんと、あの赤ずきんです!」


 その名前に、兄弟は驚きます。


 確かに少女の頭には、赤い頭巾がありました。


「え、あの有名な赤ずきんちゃんですか?」


「はい! あの、超有名な赤ずきんちゃんです!」


「そんなに自慢することか?」


 ケルベロスの言葉に、がーん、と赤ずきんはショックを受けました。


「……お兄ちゃん」


「ケル兄ぃだって、有名自慢してたじゃん」


「だー! 悪かったよ! 話を続けてくれ!」


 赤ずきんちゃんは気を取り直して話し始めました。


「わたしは赤ずきんなのですが、実はつい最近、赤ずきんになったばかりなんです」


「【世代交代】したってこと?」


「そうなんです……けれどわたしの先代は、赤ずきんちゃんがやることについての引継ぎをする前に、そのまま出て行っちゃったんです。

 赤ずきんになったばかりの、何も分からないわたしが、どんな目にあったと思いますか??」


「さあ? 物語が進まないとかか?」


「そうなんです! わたしは何も分からず、突然邪悪なオオカミさんに食べられて、いきなり【GAME OVER】なんて表示が出てきて、また初めからやり直させられ続けるんですよ!」


「まるでTVゲームみたいですね」


「わたしはこれまでに154回ぐらいオオカミさんに食べられました。皆さんから見て、死に過ぎじゃありませんか……?」


「うわぁ死に過ぎ……てか食べられても死なないお前が恐ろしいよ」


「フェンリルさんひどいっ! わたしをゾンビみたいに言うのは止めてください!」


 赤ずきんは事情を話した後、頭を下げました。


「三匹の子豚さん。どうかわたしに、邪悪なオオカミさんを倒す方法を伝授してほしいのです!」


「おいおい、なんで僕たちが手伝わなきゃ――」


「ああ、いいぜ。楽しそうだ」


 フェンリルの言葉を遮り、ケルベロスは笑みを浮かべながら答えました。


「まあ、お兄ちゃんならそう言うとは思ってました。そして私も同意見です」


「へえ分かってるじゃねえか、さすがはオルトロスだ」


 オルトロスは兄の言葉を聞いて、何気にうれしそうだ。


「むか……僕だってケル兄ぃがそう言うなんて分かってたし……」


 誰にも聞こえないような小さな声で、フェンリルはつぶやきます。


 そしてフェンリルは、いいよ、と赤ずきんに言いました。


「ありがとうございます!! 私なんかのために聞き入れてくれて!!」


「よし、さっそくだが、俺の作戦はこれだ」


 ケルベロスは別の部屋に入り、あるものを持ってきました。


「!? お兄ちゃん、これは――」


「これさえあれば、どんな奴だってイチコロさ!」


 機関銃です。


 エアガンではなく、本物です。


「わぁ! すっごーい!」


 赤ずきんは大喜びです。


「これならオオカミさんに一泡吹かせられますね!」


「いや、吹くのは血といいますか……」


「それじゃあ、お借りしますね」


「おうよ! きっちり懲らしめてやるんだぞ!」


 赤ずきんは機関銃を抱え、そして赤ずきんの童話を地面に置きました。


 本の中に入ることによって、実際の物語に登場することが出来るのです。


「それじゃ、行ってきます!」


 兄弟の前には、赤ずきんの本だけが残っています。


「機関銃があるとはいえ、使うやつがあれじゃ意味ないよ」


「うぅむ、もっとしっかり作戦を立てた方が――」


「まあとりあえず見てみようぜ、あいつがどうなってるのかは本を読みゃ分かんだから」


 3兄弟は、赤ずきんの本を読みました。



***


~童話・赤ずきん~


 機関銃を持った赤ずきんは、お母さんからお使いをお願いされました。


「ねえ赤ずきん、お願いがあるの。病気のおばあちゃんにこのチーズとワインを――ひぃ!! 何もってるの??」


「これは……え、エアガン……」


「そう、びっくりしたわ。本物じゃないなら大丈夫ね」


 機関銃を持った赤ずきんは、チーズとワインが入ったかごを持っておばあちゃんの家まで出掛けていきました。


 その道中、邪悪なオオカミが、赤ずきんを見つけます。


「へっへっへ……おいしそうな女の子がいるねぇ。早速どこに行くのか尋ね……んん??」


 機関銃を見たオオカミはつぶやきました。


「あの女の子は見なかったことにしよっと……」


 オオカミは縄張りへ帰っていきました。


 そして赤ずきんは、何事もなくおばあちゃん家にたどり着き、ワインとチーズをおばあちゃんに渡しました。


「あれぇ、おかしいな……オオカミさんが出てこないなんて……」


 数日後、機関銃を持ち歩く赤ずきんの噂は町中に広まりました。


 赤い頭巾より、黒光りする機関銃の方が少女にとても良く似合うので、町の人たちは新しい愛称でその少女を呼ぶことにしました。


 黒マシンガンちゃん、と


「黒マシンガンちゃんって何!?」


 GAME OVER


「なんで???」


***


「よっお疲れ、黒マシンガンちゃん」


「わたしは赤ずきんちゃんです。そんな名前で呼ばないでください」


「よかったじゃねえか、オオカミに食べられなくて」


「でも【GAME OVER】ですよぉ……しょんぼりです……」


 がっかりする赤ずきんに、オルトロスが疑問を投げかけました。


「そもそも前提がおかしくありませんか?」


「え?」


「赤ずきんの物語は、【そもそも赤ずきんがオオカミに食べられる】話のはずです。

 オオカミに食べられた結果、【GAME OVER】になるのはおかしいと思いませんか?」


「あ……」


 赤ずきんは、はっと気づいて驚いています。


 そんな赤ずきんに、フェンリルは言いました。


「確かにそうだね……ってことはさ……僕たちを騙したってこと……?」


「いやいやいやいや……そんなことないってば! ってか顔ちかっ! 顔こわ!!」


 オルトロスがおほん、と咳払いした後、さらに尋ねます。


「オオカミを退治し、赤ずきんとおばあさんを助けたのは通りすがりの猟師のはずです。何か心当たりはありますか?」


「……ああ!」


 赤ずきんはたった今思い出したかのように、言いました。


「そういえば、猟師さんは先代赤ずきんちゃんと結婚したみたいで、今頃二人で、ラブラブしながらハネムーンに出掛けてますよ!」


 【GAME OVER】の原因はどう考えても、猟師さんの職務放棄のせいです。


「いや、真っ先にそれに気づけよ。バカ頭巾」


「バカ頭巾じゃありません。赤ずきんです」


「なんだぁ、猟師をとっちめれば解決か……?」


 ケルベロスの言葉に、赤ずきんは「いいえ、それは嫌です」と答えました。


「わたしはですね、正義のヒーロー――子豚さん達のように邪悪なオオカミさんをやっつけたいんです! えい! やぁ! とりゃあ! って」


 ケルベロスとオルトロスは、何言ってんだこいつ、という顔をしました。


 しかし、フェンリルは眼の色を変えて、赤ずきんに尋ねました。


「ねえ、ひょっとして君は僕のようにオオカミを倒したいって言ってるの?」


 赤ずきんは笑顔で即答しました。


「はい! わたしは三匹の子豚さんの物語にとても憧れてるんです! 特に三男のフェンリルさんが、煮たぎった鍋の中にオオカミさんを落とすシーンが大好きなんです!」


 フェンリルは赤ずきんの言葉に喜び、笑顔になりました。


「君は僕のこと、分かってくれるんだね! 嬉しいよ!」


 フェンリルは赤ずきんの手を取り、ぶんぶんと上下に振りました。


「皆酷いんだ! 僕はケル兄ぃとオル兄ぃを守るために戦ったのに、僕のことを残虐だとか、犯罪者だとか言うんだ! あの恐ろしいオオカミを鍋に入れただけなのに!」


「そんな! あまりにも酷いです! 悪いのはどう考えてもオオカミさんなのに!」


「全く君の言う通りだよ!

 悪い奴らはきちんと徹底的に懲らしめてやるべきなんだ! みんなバカだからそれが分からないだけなんだ!」


 あれだけ赤ずきんを疑っていたフェンリルでしたが、今ではとっても仲良さげに話をしています。


 そして、その様子を見ていた、ケルベロスとオルトロスはこう言いました。


「「あいつら怖えよ……」」


 兄のために、オオカミを煮て殺害する弟。


 そんな弟の大ファン。


 そんな二人を見た、お兄ちゃん達の正直な感想でした。


***


 オルトロスは新たな作戦を皆に告げました。


「私も赤ずきんとともに物語の中に入り、そして私がオオカミを倒します」


「えー! わたしが倒すんじゃないの?」


「当たり前です。オオカミと戦うなど、女の子のすることじゃありません」


 オルトロスはきらりと眼鏡を光らせながら、赤ずきんに優しい表情で言いました。


「怖がる心配はありません。あなたがオオカミに食べられる前に、この機関銃でオオカミを仕留めます」


 赤ずきんが持っていた機関銃を、オルトロスが手に取りました。


「おいおい、俺の出番は?」


「ありません。お兄ちゃんはここで待っていてください」


「ちぇ! ……まあいいか!」


 赤ずきんとケルベロスはしぶしぶ承諾します。


「準備できましたよ」


 本を開いた赤ずきん。


 機関銃を担いだオルトロスと赤ずきんは二人、本の前に立ちました。


「それではすぐに終わらせてきます」


「行ってらっしゃい、オル兄ぃ、赤ずきん」


「ええ、行ってきます」


「はぁ、行ってきまぁす……」


 そして、赤ずきんの世界にオルトロスと赤ずきんが入るのでした。


***


~童話・赤ずきん~


 お母さんは赤ずきんに言いました。


「この人だれ……?」


 赤ずきんの横には、青少年に見える豚がいます。


 豚はお母さんにばれないように、機関銃を背中に隠し持っていました。


「私の名前はオルトロスです。美しいマドモアゼル、どうか私にあなたのお名前を教えぎゃあ!」


 赤ずきんは、オルトロスの足を踏みつけました。


「それじゃあ、おばあちゃん家にチーズとワインを届けてくるね」


「ええ、寄り道しないようにね。特に変な男とか……」


「うん大丈夫。例えばこんな、人の母親に食い気味でナンパするような男には絶対についていかないから」


 そして赤ずきんと、子豚のオルトロスは、家の外に出ました。


「ねえ赤ずきんちゃん。後でお母さんのお名前と電話番号を教えてください」


「オオカミさんの次はあなたに決まりですね!」


 赤ずきんはにっこり笑顔です。


 そしてしばらく二人で歩いた後、オルトロスは言いました。


「ここから先は、私は隠れて後ろからついていきます」


 赤ずきんはこくりと頷きました。


 そして、赤ずきんは一人しばらく歩くと、オオカミが話しかけてきました。


「こんにちは。お嬢ちゃん」


「こんにちは。オオカミさん」


「ねえねえ、君はどこへ行くのかな?」


「えーとね、わたしの行くところはね……」


 その瞬間、オルトロスは機関銃をオオカミに向けて、叫びました。


「女性に牙を剥く卑劣漢め! 死ぬがいい! オオカミ!」


「な、待ち伏せ――!」


 突如現れた機関銃を持った豚から、オオカミは逃げる術などありませんでした。


 しかし、機関銃から弾が発射されませんでした。


 オルトロスは引き金を引かなかったからです。


「オルトロスさん、なんで――」


「ああ……何という計算違いをしていたんだ……申し訳ございません」


「チャンスだ!! ぎゃおおおお!!」


 オオカミはオルトロスに飛び掛かりました。


「オルトロスさん!」


 悲痛な叫びを上げる赤ずきん。


「このオオカミ、めっちゃ好みの美女でした……!」


 オルトロスは最後に言葉を残した後、オオカミにぺろりと食べられました。


 なんとオオカミは、メスだったのです。


 呆然とし、膝を地面につける赤ずきん。


「ああオルトロスさん……まさかこんな肉食系女子が好きなタイプだったなんて……」


 赤ずきんはあまりのピンチに、変なことを呟いてます。


「がおおおお!! 今度はお前だぁ!!」


「きゃあああ!!」


 赤ずきんを食べようと、オオカミが今にも飛び掛かろうとしました。


***


「おいおいおい!! オルトロス!! くそ! すぐに助けに行かないと――ってあれ?」


 ケルベロスは周囲を見回します。


 三男のフェンリルがこの場にいないことに気づきました。


「もしやフェンリル、あいつ真っ先に!」


 そう、オルトロスの危険を察知したフェンリルは、横にいたケルベロスが気付かないほどの速さで本の中に入っていったのでした。


***


「おい、赤ずきんを離せ、オオカミ」


 オオカミは赤ずきんに襲い掛かる寸前、殺意のこもった声に反応し、動きを止めました。


「ああん?」


 オオカミはぎろりと声の方へ向きました。


「あたしの邪魔をしてタダで済むと思うな……なに!?」


「そっちこそ、僕の家族に手を出してタダで済むと思うな――!」


「あ……ああ……!」


 オオカミは酷く狼狽しました。


 目の前の豚――フェンリルの手にナイフが握られています。


 そしてあろうことか、そのナイフを子どものオオカミに突きつけていたのです。


「助けてぇ……ママぁ……」


「カミ太くん! あたしの息子がぁ!」


「僕の言うとおりにしろ! さもなくば、こいつの命は無い!」


 母オオカミ付近についていたであろう子オオカミをフェンリルは見つけ出し、人質にしたのです。


 母オオカミは冷や汗を垂らしながら、その場に伏しました。


「ああ、それでいい――赤ずきん、君は何をしてるんだい……?」 


「それは良くないよ、フェンリルさん……」


 赤ずきんはオルトロスが落とした機関銃を持ち、フェンリルに向けていたのです。


「子どもを人質にして母親を脅すなんて、とっても悪いことです! 見損ないました! 早くその子を解放しなさい!」


「ああ、普通は悪いことだね。だけど相手は邪悪なオオカミで……オル兄ぃを食べた奴なんだよ! 当然の報いだろ! それに君だって何回も奴に食べられたんだろ! それでもかばうの??」


「別にオオカミさんをかばってるんじゃありません! その方法が悪いことだって言ってるんです!」


 赤ずきんは、高らかに宣言します。


「わたしは正義のヒーローになりたいんです! 何も悪いことしてない子どもを巻き込むなんて、そんなの正義じゃありません!!」


 その言葉を聞いたフェンリルは、自分が勘違いしていたことに気付きました。


「ああ……そういう事……ふ……っくくく」


 少し寂しそうな表情で自嘲しました。


「君は正義の味方で、僕は悪の敵……似てるようで違ったんだ……」


 フェンリルの心は、赤ずきんへの幻滅と、そして自分への嫌悪感でいっぱいです。


「僕の事を、初めて理解してくれる人だと思ったのに……」


「フェンリルさん……」


 フェンリルの悲しみを理解した赤ずきんは、柔らかい声で言いました。


「その子を離してあげて……まだ戻れますから」


「戻れるだと……? もう元には戻らない……」


「お願いやめてください!」


「オル兄ぃを食べたオオカミだけは、絶対に許すもんかあああ!!」


 フェンリルは、手に持ってたナイフを、地面に伏した母オオカミに投げつけました。


「ママぁ!!」


(だめ、間に合わない!)


 赤ずきんはナイフに反応できませんでした。


 ナイフが母オオカミの寸前にまで迫ったその瞬間、バァンと発砲音が鳴りました。


「!? え……」


 赤ずきんが持っている機関銃の引き金が引かれたのです。


「ふぅ、どうやら間に合ったようだな」


 ナイフの刀身は、機関銃の弾によって撃ち抜かれ、粉々に飛び散っています。


「ケルベロスさん……?」


「ケル兄ぃ……!?」


 ケルベロスは赤ずきんの後ろから、飛んでいたナイフに照準を定め、発砲したのです。


 母オオカミに怪我はありません。


「ケル兄ぃ……なんで?」


「悪いなお前ら、こんなことになっちまったのは俺のせいだ」


「は……どういうこと……?」


「フェンリルがオオカミを鍋で茹で殺しちまったのは、俺がグーたらしてたせいだ。そして、俺が弱かったせいだ」


 ケルベロスは、赤ずきんから機関銃を取り上げました。


「俺は手抜きで藁の家なんて脆いもん作っちまった上に、弟の作った家に逃げ込んだせいで、小さい弟に、殺人なんて辛いもんを押し付けちまった。

 取り返しのつかない大馬鹿だったと、俺もオルトロスも後悔した。

 だから俺は力を蓄え、オルトロスは知識を身に着けた!

 ……ただ、家族を守るためにこれも必要だと思ったが、どうやら余計なものだったらしいな」


 そしてケルベロスは、太い木の前に立ち、両手に握った機関銃を叩きつけました。


「フンッ!」


 バキィ、と音をたてて、機関銃はねじ曲がり、部品がばらばらと飛び散りました。


「さあフェンリル! その子を離してやってくれ!」


「で……でも……そのオオカミがまた襲ってくるかもしれない!」


「そんときは俺がお前らを守る! 今の俺の力、見てなかったのか?」


「……」


 フェンリルは子オオカミを離しました。


「ママ!」


「良かった……カミ太くん!」


 親子で抱き合っています。


「さあてと、お前らも仲直りしろよ。ド派手な喧嘩は好きだが、見るのは嫌いでね!」


「……うぅ! ひっく! うわああああん!」


 赤ずきんは、突然涙を流し、謝罪しました。


「ごめんなさい!! わたしのせいですぅ!! オオカミさんを邪悪だなんて勝手に決めつけて、やっつけたいだなんて思わなければ、オルトロスさんもフェンリルさんもこんなことにはならなかったのにぃい!! うぇえええん!!」


「そうだぞバカ頭巾! お前が謝ったって、ひっく、オル兄ぃは戻らないんだぞ! こんなことをした僕に、君とオオカミを責める資格はないけど、ひっく、僕は許さないんだからなぁ!」


 ギャン泣きする赤ずきんとフェンリル。


 そんな二人を横目に、ケルベロスは母オオカミに言いました。


「さあ、ところでオオカミの奥さん。俺の弟、オルトロスを解放してくれないか?」


「……分かったよ」


「「……え?」」


 ケルベロスと母オオカミの言葉に、赤ずきんとフェンリルは混乱しました。


「オオカミに食べられたのに、オル兄ぃが生きてるわけ……あ……」


 赤ずきんに出てくるオオカミは、人間を丸呑みにするので、すぐには死なないのです。


 冷静に赤ずきんの童話を思い出せば、すぐに思い至るはずでした。


「あたしは獲物を丸呑みにしてから、後で出して息子と二人で分けて食べてるのさ。

 これから出すけど、口とお尻、どっちから出して欲しいかい?」


「お尻は汚い! 口からでお願いします!」


 赤ずきんは突っ込みました。


「冗談だよ! げろげろ」


 びちゃあと、粘液まみれのオルトロスが出てきました。


「オル兄ぃ!」


「オルトロスさん!」


 よろよろと立ち上がりながら、オルトロスは言いました。


「次は尻からでお願いします」


「あっ……頭はもうダメみたいですね……」


 赤ずきんは諦めました。


「昔から手遅れだったから正常だよ。オル兄ぃは」


「さあてと、これで全員揃ったな……これからどうするか、なんだが――」


「はーい! はいはいはい!! わたしにいい考えがあります!」


 その場の全員が、赤ずきんの言葉に耳を傾けました。


「皆で、皆が幸せになる新しい赤ずきんちゃんを作りましょう!」


***


~童話・ハートフル赤ずきん~


「ねえ赤ずきん、お願いがあるの。病気のおばあちゃんにこのチーズとワインを届けてほしいの」


「いいよ! それでねお母さん、おばあちゃんに焼きたてのパイもあげたいの! いい?」


「分かったわ」


 赤ずきんはチーズとワインとパイを持って、外に出ました。


 そして赤ずきんがしばらく歩くと、オオカミが話しかけてきました。


「こんにちはお嬢ちゃん。これからどこに行くのかな?」


 赤ずきんはオオカミの恐ろしさを知らないので、素直に教えました。


「だったら、こっちにいいお花畑があるよ。そこで花束を作ってプレゼントしたら、おばあちゃんはきっと喜んでくれるよ」


 その言葉を聞いた赤ずきんは、お花畑の方へ歩きました。


 そしてオオカミは、おばあちゃんの家に向かって行きました。


「むむ、あのオオカミ、どうやら悪いことを企んでいますね」


「僕たちでどうにか止めないと!」


 オオカミと赤ずきんの会話を、陰から聞いていたのは三匹の子豚さんです。


 三匹の子豚さんは赤ずきんのおばあちゃんの家に向かって、急いで走りました。


 そして、近道を通り、なんとかオオカミより早く着くことが出来ました。


「それじゃあ弟たちよ! 藁をかき集めてくれ!」


 次男三男が大量に集めた藁を、長男はものすごい速さで組み上げました。


 あっという間に、藁の家が完成したのです。


 そして、【赤ずきんのおばあちゃんの家】という看板を藁の家の前に置いて、三匹の子豚は草陰に隠れました。


 しばらくした後、オオカミがやってきました。


「ここが赤ずきんのおばあちゃんの家だな」


 そういって、藁の家に入りました。


「おや? 誰もいないなぁ」


 不思議に思うオオカミ、だが、待っていれば赤ずきんは来ると考え、藁のベッドに潜りました。


「この藁のベッド、とても寝心地いいなぁ……すやぁ……」


 オオカミは待つことを忘れ、熟睡したのです。


「zzz……んん……なんだこれ……?」


 起きたら夕方になっていました。


 そして家の床に、美味しそうなパイと、手紙が置いてあったのです。


 【おばあちゃんは花束をとっても喜んでくれました! オオカミさんありがとうございます! お礼にお母さんが焼いてくれたパイを差し上げます! 赤ずきんより】


「まったく、こんな小さなパイでお腹いっぱいになるかねぇ……まあいいか」


 オオカミは息子を呼んで、二人でパイを食べました。


 その後、オオカミ親子は赤ずきんと仲良くなりました。


 そして、藁の家での暮らしが気に入り、二度と人に悪さすることはありませんでした。


 おしまい。

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