おしゃれなカーディガン
紫 李鳥
おしゃれなカーディガン
起きたら先ず、やかんに水を入れ、ガスコンロで沸かす。その間に食事の準備。準備と言っても前日の惣菜や味噌汁を温め直すだけだ。一人暮らしになってからは朝は簡単な食事で済ませていた。
お湯が沸く頃を見計らって急須に茶葉を入れる。大して高いお茶ではないが、
それはクリスマスだった。二駅先のマンションに住む次男の嫁、
「お
佑里恵はそう言って、包装紙に包まれた長方形の箱を有名百貨店のロゴが入った紙袋から取り出した。
「あらぁ、毎年、悪いわねぇ」
そう言いながら包装紙を剥がした。
「お義母さんには、他に何もしてあげられないですから、このぐらいは」
「あらぁ、おしゃれなカーディガン」
多実子は箱から出した藤色のカーディガンを広げると目尻に
「よかったわ。お義母さんに気に入ってもらえて」
「でも、出かけなくなったし、着る機会がないわ」
残念そうにカーディガンを眺めた。
「ぜひ、家の中で着てください。高価なものじゃありませんので」
「そうね。勿体ないけど普段着にするわ」
多実子はそう言って、壁掛けフックにかかったハンガーを手にした。ーー
それは、一月二日の早朝だった。病院から佑里恵に電話があった。
「広尾病院です。岸田多実子さんが救急車で運ばれてきました。急いで来てください」
「えっ? ああ、はいっ」
佑里恵は慌てて服を着替えるとタクシーを拾った。ーー
「で、やけどの具合は?」
病院に着くなり、受付のナースに訊いた。
「はぁ? やけど?」
ナースは意味不明な目を向けた。
「患者さんは、喉に餅を詰まらせて搬送されてきたんですよ」
火事が原因で重いやけどを負ったのだと思い込んでいた佑里恵は
「……餅?」
ノックの後にドアノブをゆっくりと回し、病室を
「……筋書き通りにいかなくてガッカリしたみたいね」
突然しゃべった多実子が佑里恵を見た。佑里恵はギクッとすると、後ずさりした。すると、多実子は
「毎朝やかんでお湯を沸かすことを知っていたあなたは、袖口にフリルが付いたカーディガンに引火することを企んだ。私だって、“着衣着火”ぐらい知ってるわよ。それに、息子と一緒に選んだなんて嘘。息子はこんなセンスのないカーディガンなんか選ばないわ」
そう言って袖口のフリルを指で
「目的は何? 私の保険金が欲しかったの? それとも、息子が浮気して帰ってこないから親の私に八つ当たりしたの?」
「……」
心中を見透かされた佑里恵は多実子を見ることができなかった。
「携帯電話は便利よね。咳き込んで話せなくても、逆探知で家まで救急車が来てくれる。お陰で命拾いはしたけど、こんな後味の悪い結果になるとはね。息子が浮気するのは、あなたに魅力がないからでしょう。いっそのこと離婚したら? 子供もできなかったし、何一つ息子の役に立ってないんだから。保険金は入らないけど、殺人未遂で警察に通報されるよりましでしょう?」
多実子はそう言って
佑里恵は病室を飛び出ると、急いでナースを呼びに行った。
「看護婦さん、助けてっ!
錯乱状態で大声を出した。
医師が駆けつけた時は
「……どうして、飴玉を?」
若い医師が訊いた。
「私がいつものど飴をバッグに入れてることを知っていた義母が、飴が
佑里恵は
「確かに餅を詰まらせたのも
医師が残念そうに言った。
「まさか、飴で喉を詰まらせるなんて考えもしませんでした。私が飴さえあげなければこんなことには……」
佑里恵は肩を震わせた。
「自分を責めないで。悪気があったわけじゃないんですから」
医師が慰めた。
「……はい」
佑里恵は
おしゃれなカーディガン 紫 李鳥 @shiritori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
カクヨム☆ダイアリー/紫 李鳥
★15 エッセイ・ノンフィクション 連載中 14話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます